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社員教育

施設や車両が出来つつあったが、それらが機能するには人が必要。動かす社員の教育も行っていたが。

 鉄道専門の訓練学校、鉄道学園を作った昭弥だったが、またも大変だった。

 何しろ教官が少ない。現役の機関士は少ないし、引っ張ってきても勘と経験で動かしていただけなので理論的なことやどうすれば良いか的確に教えられない。

 そのため、昭弥はここで機関士候補生を直接指導することにした。


「社長! 機関車が動きません!」


 重量物を積んだ複数の貨車を引っ張る練習をしていたが、機関車が発進不能になっている。


「蒸気圧は十分か!」


 蒸気弁を閉め忘れて、ずっと蒸気が漏れっぱなしだったことがあったから確認させた。


「十分です!」


 圧力計は高い数値を出している。

 計算上、この機関車のみで発進できるはずだ。


「連結器はどうした」


「きちんと締めました」


 その言葉を聞いて昭弥は一つ思いついた。

 直ぐに運転台を降りて機関車の後ろに回り連結器を確認する。

 機関車と貨車が寸分も離れないようにがっちり締められている。


「やっぱり」


 昭弥は、ハンドルを動かして連結器を緩めた。

 更に後ろの貨車を見て同じように締められていた連結器を緩めてゆく。


「よし、これでゆっくり発進させろ!」


 昭弥の指示に候補生は従い機関車をゆっくりと走らせる。

 まずは機関車。

 緩んだ分だけ貨車より先に動き出し、やがて連結器の緩みはなくなる。

 その瞬間、動かなかった一両目の貨車が動き出した。

 一両目がゆっくり進んだ後、二両目を結ぶ連結器が引っ張られ、二両目も動き出す。

 それらが次々と動き出し、列車が進んで行く。


「凄い」


 一連の動きを見ていたセバスチャンは驚嘆の声を出した。


「どうして緩ませただけで進んだんですか」


「一両ずつ勢いを付けて動かしたんだよ。一度に大量の小麦粉の袋を運ぶのは無理だろう。けど一袋ずつなら運びやすい。連結器をがっちり締めたら、その重量を一度に動かさないといけないから、動けなかったんだ。だが緩めた事で一両ずつ動かすことが出来るようになったんだ」


「それだけで全体が動くんですか?」


「重い荷車を動かすとき、いきなり動かすより少し勢いを付けてから動かした方が動き出しやすいだろう。最初に機関車が動いて勢いを付ける。機関車の勢いで一両目の貨車が動き出したんだ。次の二両目は機関車と一両目の勢いで動き出す。これが繰り返されて列車全体が動き出したんだ」


「凄いんですね」


 セバスチャンは理解出来なかったが感心した。

 重量列車発進の基本手順だが、知らない彼らには魔法の様に見えるのだろう。


「これらを全て教えないといけないのか」


 昭弥は、溜息を付いた。

 乗員の訓練を行わなければならないのだ。

 これまで他の鉄道で機関車を動かしていたという人は多い。

 だが、殆どが我流で、適当に動かしているだけであり、どうやって自分の機関車が動いているのか理解していない人物も多かった。

 さらに、昭弥が求めたことがあった。


「停止位置が違っている。ラインに合わせるんだ」


「ブレーキが効きにくいんですよ」


「機関車が動き出したとき加速の具合でブレーキの効き具合を確認しろ。運転中に速度調整のさいにブレーキを使うときも効き具合を確認して」


 停車位置を指定しており、そこに止めるように命じていた。

 適当に動かしている人が多いので、守れない人間が多い。


「時間もオーバーしている。定刻に着くようにしてくれ」


「細かすぎませんか」


 指示の多さにセバスチャンが呆れ気味に言った。


「必要な事なんだ」


「どうしてですか?」


「定刻に到着しないと、機関車が追突したりして事故が起こる。そうなれば運転中止だ」


「事故が起こりますか?」


「今までの鉄道より、ずっと速い速度で動くことになる。ブレーキが間に合わずに追突する可能性が高い。そうならないようにする仕掛けも考えているが、限界がある。少なくとも定刻に到着するようにしないと、危険だ。それに、停車位置が違うと、荷物の積み込みや、乗客の乗り込みに時間がかかる」


 現代日本の鉄道があれほどまでに正確で高頻度の運転が可能なのは、運転士の技量が優れているからだ。海外では、ホームのどこかに止まれば良いし、時刻も遅れが多い。

 鉄道が日本より使いづらい理由に運転士の技量の違いがあった。


「けど、必要ですか?」


「今後の事を考えると、必要なんだよ」


「広い土地があるのですからそれだけの余裕を設ければ良いでしょう」


「その分税金がかかるよ。土地の広さに応じて納税しなくてはいけないからね」


「え? 鉄道会社は免税では?」


「運転開始からの一年間だけ。それ以降は赤字分は納税せずに済むけど、税金がかかる。そのことを考えると少しでも減らした方が良い」


「どうして免税にしなかったんですか?」


「王国の税収は余裕有るのか?」


「ないです」


「そうだろう、だから納税するように改めたんだ。それに鉄道というのは、満員の乗客と積載一杯の貨物を高頻度で運転すると収入が多くなるんだ。だから、列車を高頻度で動かす方法を考えないとダメなんだよ」


「大変ですね」


「ああ、本当に大変だよ」


「自力で経営できるんですか」


「僕の居た国では一部の例外を除いて、皆独立採算制だったよ。利益を上げている会社も多かったよ」


「どうやったんですか?」


「簡単、物と人を運びやすくしたんだ。それだけ」


「それだけですか」


「ああ、鉄道は元々、人や物を運びやすいからね。その手続きが簡単になれば良い。大丈夫成功するよ」




 昭弥のいた世界では鉄道が世界中に敷かれていた。自動車に押されぎみだったが、鉄道が優位な部分もあり完全には駆逐されていない。

 まして、自動車のないこの世界なら鉄道の独壇場であり成功は約束されたようなものだ。

 だが、それはまともに運営できたらの話だ。

 その運営を担うのが駅員をはじめとする社員なのだが。


「いらっしゃいませ」


 不抜けたと言うより、戸惑いのある声で挨拶の練習をしているのは、駅長候補生だ。

 駅の運営管理の責任者だが駅員の教育も彼らの手が必要だ。

 だが、教育が上手く行っていない。

 理由は分かっている。教員が圧倒的に不足しているのと能力が無い。


「元から居る職員では荷が重いですよ」


 王国鉄道で元から活躍している職員が居るが、昭弥の求める能力は持っていない。やって来る列車主、それも非常に少ない、相手から通行料を貰い、許可書を出す事務仕事だけ。

 大勢の乗客を相手にするノウハウなどない。乗客を相手にするのは列車主だ。

 だが、今度は直接会社が乗客の相手をするのだ。


「どうしよう」


 挨拶が出来て、周囲に気配りが出来て、立ち居振る舞いが立派、大勢の人を相手にしても手際よく捌ける人。


「そんな都合の良い人いるかな」


「失礼します昭弥様。王城より連絡文章を持って参りました」


 声を掛けてきたのは女王付のメイド、エリザベスだった。


「受取証にサインをお願いします」


 候補生や教官、職員から見られても少しも、たじろぐことは無く。淡々と事を進めている。


「昭弥様?」


 その振る舞いを見て、昭弥は確信した。そして、エリザベスを見る目が変わった。

 エリザベスには嫌な予感がした。




「総員、整列!」


 エリザベスの号令で、全員が一斉に背筋を伸ばし一礼した。


「本日は挨拶の練習をします。皆さん笑顔になって礼をして下さい」


 全員、言われたとおり礼をした。


「上手く行っているようですね」


「そうだね」


 王城のメイドや執事は、貴族相手に接客をする事になれており、礼儀作法は習っている。仕えることも挨拶も完璧。王城でときどき開かれる晩餐会などで客賓やその従者を捌くのにも慣れている。

 正にうってつけの人材だった。


「これで何とか社員教育は上手く行きそうだな」


 王城の礼儀作法を身につけた駅員。良いキャッチコピーになりそうだ。


「あの私は良いんでしょうか?」


 エリザベス付の執事として仕えていたセバスチャンが尋ねてきた。


「僕の近くで仕事を手伝ってくれる人が必要だからね。しばらくは無理」


「はい」


 と言ったが最近、鉄道関連の仕事ばかりやらせていたので、セバスチャンが執事だという事を完全に忘れていた。


「これからも宜しくね」


「はい」


 呆れ気味にセバスチャンは答えた。




 整列と言われて駅長用の白い制服を着たトムは背筋を伸ばした。

 駅長教育と言うことで王都に来ているのだ。はじめは王都に行けるというので、小さい自分の村より大きな王都に何があるのだろうと楽しみにしていたのだが、そうも行かなかった。

 初日と二日目は疲れているだろうから、定められた宿泊所を中心に歩き回った。鉄道学園は南岸にあり、開発が著しい。逆に言えば、完成した建物が少なく何もかもが不足していた。

 作業員目当ての露店や商店が多かったが、自分の村の祭りの延長線上と思えた。

 それでも、賑やかだが物足りない。

 渡し船で王都の中心に行ってみたが、不景気なのか今一活気が無く。劇場に入ったが、満足できなかった。

 そして三日目からは本講習の始まりだった。

 端的に言うと詰め込み教育だ。

 午前中は座学、必要な法令や帳簿の書き方、報告の描き方、部下の指導法、機関車の運転の仕方、ポイントの切り替え方法、緊急時の対処法などだ。

 昼食を挟んで午後は、午前中に習ったことの実習だ。

 それも分単位で行い、五分前の行動を義務づけられている。

 監獄でももう少し自由があるんじゃ無いかと思えるくらいの過密スケジュールだ。

 そして今は、女性から礼儀作法を習っている。

 それまでの紺から白い制服を渡されて少しは楽になると思ったがそんな事は無かった。

 果たして、役に立つのだろうか。駅での業務に背筋を伸ばすことなど必要なのだろうか。


「あなた、聞いています?」


 いきなり声を掛けられてトムはビクッと背筋を伸ばした。


「あ、いえ」


「この仕事に礼儀作法が必要かと疑問に思っているようね」


「いえ、そんな」


 図星を指されてしどろもどろになるトムにエリザベスは言った。


「まあ疑問に思うのはしょうが無いわ。あなただけなら必要は無いでしょう。けど、あなたはその制服を着たら、他の人から見たらあなたは、鉄道会社の一員であり、鉄道会社そのものなのよ」


「はあ」


「理解していないようね。じゃあ、私を見てあなたは何を思う?」


「え?」


 黒いメイド服と王家の紋章をを見て答えた。


「王城のメイドです」


「そう、黒いメイド服にこの紋章は王城のメイドよ。これを見た人は私をエリザベスではなく王城のメイドと見るわ。確かにそれは正しいけど私の一挙手一投足が王城のメイドであると見られているの。もしミスとかすればそれは王城のメイド、ひいては王家の評価が下がるの。なのでこれを着ている限り手を抜く事なんて出来ないの」


 あまりの気迫にトムはたじろいだ。


「何より私は、そのことに誇りを持っているわ。それだけ重要な職なんですから。才能の無い人、信頼の無い人に渡されることは決して無い特別な職。それ故に私自身を評価しこのメイド服を授けてくれた王家に感謝し忠実に職を全うしようと思うの」


 そこにはエリザベスと言うことを否定される目で見られる悲惨さは無く、むしろ選ばれたことに誇りを持っている姿だった。


「貴方方が渡され着ている制服は私のメイド服と同じ、新しく作られたとは言え、鉄道会社の重要な職である事を示す物なのよ。それをただ漫然と着ているだけなら案山子でもできるわ。それともあなたは、自分のすべき役割も認められている事も理解出来ない能なしなの」


 心底、軽蔑した目でエリザベスは見たあと、強い光を瞳に宿して断言した。


「そんな事はない。貴方たちは駅長の役目をしっかり果たせると信じて制服を与えられたのよ。もっと自信を持ちなさい」


 確かに自分たちは他の訓練生より早く白い制服を渡された。それが、意味することをようやく理解した。


「いい、貴方たちは駅長、駅で一番えらく権限があるの。そしてそれは責任を背負うことよ。責任を果たすには様々な能力や実力が必要なの。訓練を行うのはそのためよ。それ以上に貴方たちは、駅において鉄道会社の顔となるのよ。各地に鉄道が通るけどあなたの配属される地では、あなたの駅が唯一の鉄道の駅と言うことが多いでしょう。そして貴方たちは、その駅の長。誰もが貴方方の振る舞いを見て鉄道会社を評価するでしょう。その評価は立ち居振る舞いで評価されるの。いい、こうして礼儀作法を教えるのは、貴方方を評価し登用した鉄道会社にドロを塗らないための訓練なの。恩を仇で返したくないのなら、しっかり学びなさい」


 それだけ言うと訓練を再開した。


「おっかなかったな」


 朗らかに同期の訓練生がトムに話しかけてきた。


「だけど言っていることは正しい。しっかりやらないと」


「真面目だな。そういえば怒られてから力の入れようが違うな」


 トムは赤くなった顔を、同期から逸らした。

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