車内捜索2
秘書からの聞き取りを終えたティーベは後ろの車両に向かって歩き始める。
食堂車の連絡通路を通り、サロンカー、ダンスカーも通過して寝台車にある目的の部屋に向かう。
「畜生! 何処に行った」
開いた扉から罵り声が届いてくる。
「一寸良いかな?」
ティーベが声をかけるとハンベールが動きを止めて振り返った。
「な、何でしょう」
「取り込み中なら改めるけど」
「いえ、大丈夫です」
ハンベールは服装の乱れを直して姿勢を正した。
「何でしょうか」
「いえ、事件の前後のことを聞こうと思いまして」
「犯人と疑っているのですか?」
「まさか、犯人を見つけるために証言を集めているんです」
「ああ、男爵と契約について確認しました。そして、どうも納得出来なかったようなので、社長に話して貰おうと思ったところに社長が通ったので、私も追いかけました。ただ食堂車の所で身体検査に時間が掛かり、遅れて見失ってしまいました。その間に、車掌長の部屋に行ったのですが、入れ違いだったようで、社長の部屋に戻ったんですが、誰もいなくて。仕方なく、戻ったところ。社長に三号車の連絡通路で会ってそのまま、社長の部屋に引き返しました」
「最初社長の部屋に入りましたか?」
「いや、入っていませんが」
「社長が襲われた後は?」
「ああ、あの時は社長が襲われて、セバスチャンさんが倒れて、社長が一階に落ちて。慌てて駆け寄ると社長が男爵に撃ち殺された後、男爵が喉に銃を当てて撃ち抜いたので慌てて客室係と秘書に伝えました。それを終えてから車掌長に連絡するために職員車へ。その後は本社への連絡などをするために郵便室へ」
「他に人は?」
「いいえ、いませんでしたね。セバスチャンさんも気絶していて、手が足りないと思って秘書の方に声を掛け、車掌長にも連絡して助けを貰おうと」
「そうでしたか。事件の前はどうしたんですか?」
「ああ、ホプキンス男爵と話しを付けて貰おうと社長を探して郵便室や部屋を往復しましたが、見つけられず」
「三号車のトイレはご利用なさりましたか?」
「いえ、していませんが」
「そうですか。いや、どうもありがとうございます。しかし、トップのセールスを行えるとは凄い方ですね」
「いえいえ、お客様の為に親身になってお話しを聞いて、為になるプランを提案しているだけです。そのため、自然と増えていっただけですよ」
「なるほど、私も見習わなければ。ああ最後に護身用の拳銃とかは?」
「ええ、普段は携帯していますが、今回は陛下がお乗りになるので金庫の中に入っています」
「見せて貰えますか?」
「どうぞ」
そう言って、ハンベールは金庫の中にあった自分の拳銃を差し出した。
ティベリウスは拳銃を確認する。使い込まれているが、先ほど使ったような跡はない。弾の数も六発全ては言っており発砲済みは無かった。
「宜しいでしょうか?」
「ええ、ありがとうございました。一寸お借りしても宜しいでしょうか?」
「ええ、勿論」
ハンベールの快諾にティベリウスは礼を言って、部屋を離れていった。
ティベリウスは礼を言って、部屋を離れていった。
再び歩き始めたティーベは前方に向かって歩いて行く。
「止まれ!」
そして食堂車の親衛隊による歩哨に到達した。服の上から手を当てる一通りの身体検査を受けた。
拳銃を怪しまれたが、事件検証の為に必要と納得させ持ち込みを許可させた。
その後、自分を調べた隊員に尋ねる。
「一寸良いかな?」
「何でしょう?」
女性隊員が応えた。男性の親衛隊員もいるが女王の身辺警護はマイヤーの方針で女性のみで固められている。
「ここの歩哨線で取り調べるんですよね」
「身体検査は必ず行います」
「本当に」
「ええ、誰でも。通る者は全員、身体検査を受けてもらっています」
「見落とすことは? 例えば拳銃とか」
「あり得ません! あのように大きな物は確実に見つけられます。マジックアイテムなら探知機があるので完全です」
確かにマジックアイテムに反応するアイテムがあった。これなら確実に分かる。
結構広範囲でマジックアイテムを探知できる装置もあり、使用どころか保持も難しい。犯行に拳銃を使ったのは、探知を避けるためだ。
「誰にでも検査を?」
「勿論です」
「本当かな? 例えば帝国の駐在武官補とかは?」
ティベリウスに聞かれて親衛隊員は黙り込んだ。
しかしティベリウスは視線を逸らすこと無く、無言で尋ねる。
「……流石に外交問題になります。しかし、何か問題を起こせば帝国にとっても不名誉な事ですし」
歯切れ悪く応える。
「しかし、陛下の部屋の前では隊長自ら確実に行っております」
一般隊員なら躊躇する相手でもユリアの為なら何でもするマイヤー隊長だったら、帝国駐在武官補でも容赦なしのようだ。
流石に昭弥にやったような身体検査はしないだろうが、見落としはしないはずだ。
「正直に話してくれて、ありがとうね。それと宴会の後、何人ほどここを通っていった?」
「鉄道会社の方々の他には、ホプキンス男爵、それと各部屋の召使いの方々ですね。荷物車に荷物を取りに行くという人が多かったですね」
「事件の前と後では?」
「事件前はホプキンス男爵と鉄道会社の方、召使いの方々ですね。事件後では鉄道会社の方が何人も移動していました。記録もございます」
「見せて貰えますか?」
「はい、どうぞ」
ティーベは、リストを見て疑問に思ったことを尋ねてみる。
「ハンベールさんと男爵の通過時間が違いますね」
「はい、男爵が追いかけようとして小競り合いになり、身体検査が遅れたのです。その間にハンベールさんが終わって通して、男爵はそれから受けてもらい通しました」
「そうですか。ありがとうございます」
そう言ってティベリウスは前方へ引き返し、陛下の部屋ダイヤモンド・スイートの前に向かった。
ここにも歩哨がいて警戒しているが、陛下が昭弥の部屋に行ったせいか少し緊張がほぐれている。
「一寸宜しいでしょうか?」
「なにか?」
歩哨に立っている女性隊員に尋ねた。
「宴会の後、ここに来られたのは何人でしょうか?」
「オーレリー卿とティベリウス卿、そして昭弥卿です。他にも貴族が何人か挨拶に」
「ホプキンス男爵は?」
「来られましたが、引き留めました。招待されていませんでしたから」
「何で来たんでしょう?」
「どうも昭弥卿が陛下の元にいると思ったようです。二人の間は結構有名ですから。匿っていると思ったのでしょうか。しつこかったので、銃を突きつけて追い返しました」
物騒な追い払い方だ、とティベリウスは思った。ルテティアは尚武の国で、万事力尽くということが多いと聞いていたが、ここまでとは、と心の中で驚愕した。
「あまりにも長時間ごねていましたから。やむをえずです」
心底ウンザリした表情で彼女は応えた。
「追い払った後、暫くトイレで暴れていたようですが、少しして静かになりましたね。暫くして出て行きましたが」
「仕切り扉があるのによく分かりますね」
「扉が薄いので、向こう側の音が良く聞こえるんです」
「なるほど。出て行く前後で何かありましたか?」
「トイレに入っている間、誰か階段を上り下りしたようです。そして出て行った後、何人かが上って後ろに向かいました。その直後に事件が」
「なるほど」
ティベリウスは、丁寧にお礼を言ってマイヤー隊長に会えないか尋ねた。
「何のご用だ?」
親衛隊の制服をキッチリと着込んだ龍人族の隊長はダイヤモンド・スイートの客間でティベリウスと会見した。
少々不機嫌な顔だった。
ようやくお休みになった陛下のご尊顔を堪能していたのに呼ばれたからだ。
「いや、このような事件があって警備の状況がどうだったか尋ねたくて」
「先ほど、再点検に協力して頂いたときに、ご覧になったはずだが」
昭弥が襲撃されたあと、歩哨線内、食堂車より前方への銃器の確認が行われ、紛失した武器が無い事が確認されている。だが、流入した方法が解らず、現在は女王陛下の近辺を守りつつ、持ち物検査を再度行っている状況だ。
以上の二つの理由、特にユリアの件からマイヤーは苛立っていた。
「いえ、再度の確認です。特に発車前にどのような検査を行ったかを確認したくて」
どういう事か察したティベリウスはマイヤー隊長を宥めつつ聞きたいことを尋ねた。
「秘密事項ですが」
「ですが、鉄道会社としても警備の漏れが無いか協力して調査しなければ、今後も問題が発生します。ここは手を取り合って警備を立て直すべきでは?」
その言葉に一理ありと見たマイヤーは応え始めた。
「この部屋の周辺は厳重に確実に警備している。歩哨も立てているし、食堂車でも歩哨を立てている」
自信満々にマイヤーは答えた。ユリアの為なら何だってしかねない。
「身体検査は何処で? 食堂車ですか?」
「晩餐会の開場時には食堂車前に移動して私も立ち会ったが」
「その前は? 駐在武官補を何処で調べましたか?」
「移動前だから、この部屋の前だが。陛下が近くに居たからな。誰であろうと調べるぞ」
部下は場を読んで調べませんでしたがね。まあ、それが正常な対応だろう。マイヤーの場合はユリア関連だと、神さえ調べかねない。駐在武官補もそれを分かって身体検査を受けたはずだ。向こうが大人で助かったと、ティベリウスは思った。
「で、その後、食堂車へ移動した」
「うむ、私は陛下の尖兵だ。おかしな物を持ち込まないように食堂車前でしっかりと取り調べを行っていたぞ」
それは、昭弥に聞いて確認済みだった。それを行っていなかったらナッサウ伯はどんなことになっていたことか。その意味では、本当にマイヤー隊長に感謝だ。
「食堂車より後方の警備はどうなっていますか?」
「見回りを行っている」
「危険物は予め確かめましたか?」
「当然だ。出発前に厳重に調べている。手荷物に車両、鉄道会社の応援も使い、屋根裏まで、職員の手荷物を含めて調べてある」
「出発以降は?」
「いや、事件発生以降していないが。走行している列車にどうやって持ち込めるというのか? 現在漏れが無いか再点検したが異常は無かったと部下の報告が出ている」
当然だろうという雰囲気でマイヤーは応えた。
昭弥が襲撃された時点で穴があったと言うことに気が付いていないのか。もしかシア鱈その銃口がユリアに向けられたかもしれないのに。銃を向けられてもユリアは平気かもしれないが護衛がこれで良いのだろうか。
ユリアに危害が及ばなかっただけで、マイヤーは安心しきっていた。
「事件の前はどちらに」
「陛下と共にお部屋にいた。危険人物が入ってくるので監視していた」
昭弥の事だろうとティーベは当たりをつけた。マイヤーは目の敵にしているから。
「事件の後は?」
「陛下のおそばだ。話しを聞いた後、部下に三号車より前を固めるように命じた後、後方車両の再捜索を命じた。安全が確認された後も陛下のおそばで守っていたぞ」
本当に陛下にぞっこんなので呆れた。だがおくびにも出さず、礼を言う。
「ありがとうございます」
そう言ってティベリウスは部屋を辞した。




