ナッサウ伯爵の真実
「私は何も知らん」
四号車のエメラルド・スイート二号室、獣人秘書達の部屋に指定されている客間にナッサウ伯は連れてこられて尋問を受けていた。
そして獣人秘書の中でも激しいティナが、掴みかからんばかりに問い詰めていた。
「じゃあ、どうしてあなたの召使いが、社長の部屋で死んでいたんですか! 殺しに行くように命じたんじゃ」
「そのようなメモは知らん」
「部屋のテーブルの上にあったメモを知らない訳無いでしょう! 置かれていたメモを見て召使いに命じたのでは。何よりメモのあったテーブルの前に座っていたんですよ! 見ていない方がおかしいじゃ無いですか」
「私が戻ったとき、既に召使いはいなかった。メモは誰かが置いていて見ていない」
「そんなこと信じられますか。これ以上、黙り込むなら身体に聞きますよ」
そう言って、指先から電撃を放ち始める。
虎人族でも電撃を出せる上位種である彼女の電撃は強烈だ。
「やめなさい」
だが、秘書の纏め役である狐人族のフィーネが、ティナを抑えた。
「下手に電撃を喰らわせて死なれては元も子も無いわ」
「けど」
「喋るだけの元気が無いだけよ。一寸、男を刺激してあげたら枯れ枝も若返るわ」
妖艶に笑ってナッサウ伯を見つめフィーネはゆっくりと近づいて行く。長く柔らかい毛が豊かに生える尻尾をゆっくりと揺らして、伯の顔を撫でる。
「さて元気になって……」
「止めておけ」
扉を開けて入って来たのは、昭弥だった。
「しゃ、社長!」
「昭弥、あなた立っていられるの?」
「結構辛い……」
治癒魔法は、身体の自然回復能力を高めて急速に直す方法だ。そのため、身体に結構負担をもたらす。本来なら一月かかる傷の治りが数分で終わるが、治癒に使われるエネルギーは一月分のエネルギーと同じ。
そのため疲労感は半端ではない。
「だったら寝ていなさい。何なら添い寝するわよ」
「あー私も」
「必要なら頼むよ。けどその前に、ナッサウ伯に聞きたいことがある」
「メモのことなら今聞いている所よ」
「それ以前の事だよ」
そう言って昭弥はペンと紙を取り出して、私は犯人ではない、と書いて伯に見せた。
「これを読んでください」
「!」
見せられたナッサウ伯は、驚き狼狽えた。
大量の汗が流れ、手も震え始めている。
その様子を見て昭弥は確信した。
「やはり、読めないのですね」
「え!」
部屋にいたセバスチャンが驚きの声を上げた。
文盲の人間は珍しくない。ろくな教育機関が無いため、教育を受ける機会が少ない。何より教育が必要ということさえ理解している人が少なく、自分の名前さえ書けない人が殆どだ。
それは貴族であっても同じで、当主でありながら文字を読めない人はいる。
「待って下さい。ナッサウ伯は賢人伯と呼ばれた賢者で、太古の文字も読める天才ですよ。それが文字を読めないなんて」
「だが、文字が読めなかっただろう」
「じゃあ、今までの功績は何ですか。太古の文字を解読して見せた事は何度もあるんですよ」
「モノクルだよ。多分あれはマジックアイテムで何が書いてあるのか読み上げてくれるんじゃ無いかな。多少、物の特徴を読み上げることは出来るみたいだけど」
「……そのとおりだ」
力なく伯は答え始めた。
「あのモノクルが、マジックアイテムでどんな文字も、読み上げてくれる。おぬしが言うように多少、物の特徴を話す事が出来る」
「しかし、親衛隊に取り上げられてしまった」
「今までは賢人伯ということで取り上げられる事は無かった。それをあのトカゲの蛮人め」
調査の為に龍人族の親衛隊長マイヤーさんが取り上げたからな。ユリアの為なら何だってやる人だから、躊躇なしだし。
「兎に角、メモを読めなかったことは確かなようですね」
「ああ、帰ってきたときには、あやつは既に居なくて、あの紙切れだけが置いてあった。内容を聞かされたときは驚愕した」
「召使いは何者です?」
「奴は脅迫者だ。モノクルの秘密を知り、ばらされたくなければ協力しろ、あるいは金を寄越せと言ってきた。ナッサウ伯爵家を維持するためにもモノクルの秘密は守らなくてはならず私は従うしか無かった。今回の列車に乗ったのも奴が乗るように言ったからだ……」
「いっその事、殺しちゃえば良かったのに」
ティナが過激な事を言うが一理あった。伯爵家の中で起きたことは伯爵家で処理できる。盗みを働いた、謀反を起こしたとか言って殺せば良かったはずだが。
「自分がいなくなればモノクルの秘密を書いた手紙を世間に公表する手はずになっていると脅してきた。下手に殺すことも出来なかった」
まあ、当然の処置と言えなくも無い。相手の元で行動するには、それぐらいの保険が必要だ。
「何のために列車に乗ると言っていましたか?」
「いや、奴は言っていない」
「どうしてそこまで秘密を守ろうと」
「我が伯爵家はあのモノクルを古の皇帝より頂きそれを持って古文書を読み解く貴族として列し、帝国へ助言を行いつつ、声明を出すことで帝国の考えを誘導し支えてきた。だが、知識を得られる機会が増えた今、耳を貸す者は少なくなっている。故に従うしか無かった。だが、ばれてホッとしている」
「どうしてですか?」
「賢人伯とよばれ様々な助言を行いつつも、人々を誘導するために声明を出してきた。帝国の命令によってな。しかし実際と求められる声明の乖離が大きくなりつつある。伯爵家は、古文書から今必要な古の政策を見つけ出し、それを行うべきと声明を出し、民を集わせ帝国を支えてきた。だが、今は鉄道によって人々の交流が盛んになり、どのような政策が必要か分からなくなっている。それどころか帝国はこれまでの政策を否定するような事も起き、寧ろ帝国に反対する声明を出さざるを得なくなってきている」
だからユリアが、良い人だと言ったのか。
帝国、皇帝の政策を批判する賢人伯の事を良いと感じていたのだ。健全とは言えないが。
必要な事を聞き終えた、と考えた昭弥は、秘密は守ると約束しナッサウ伯を解放した。
丁寧に頭を下げて、ナッサウ伯を送り出すと流石に体力の限界が来たみたいで、身体がふらつき始め、部屋に戻ることにした。
「お疲れ様、昭弥」
セバスチャンと一緒に肩を貸したティーベが話しかける。
「しかし、よく分かったね」
「たまたまだよ。宴会が始まる前に、食堂車でマイヤーさんと言い争った後、トイレを探していたからね。目の前の標識が見えないみたいで、もしかしたらと思ったんだ」
「鋭い観察眼だね」
ティーベに褒められながら昭弥は部屋に戻った。そして、一階のベッドルームに戻るとき天井に穴が開いているのが見えた。
「なあ、あの穴なんだろう」
吹き抜けの端の方、二階の客間、出入り口の扉近くに空いていた。
「銃痕かな?」
「セバスチャン、調べてくれ」
「はい」
セバスチャンは、先ほど治療を行っていた客室係のメイドに昭弥を任せた後、車掌から梯子を借りて穴から遺物をほじくり出した。
「銃弾ですね」
「全部で幾つあるか調べてくれ」
「は、はい」
全てをほじくり出すのは時間が掛かるので、弾痕をセバスチャンは数えた。
「召使いに一発使われ、更に二階の部屋で二発。二階天井に三発、廊下に一発、社長に一発、男爵に二発、一階床に二発の合計一二発です」
「多いな」
王国鉄道兵器製造が作るリボルバーは昭弥のいた世界に合わせて、六発だ。たまに五発やもっと多い弾数のリボルバーもあるが、六発が基本だったので六発にしてある。
「違う種類のリボルバーを他で作っている可能性もあるけど」
加工技術が進歩しつつあり、兵器製造以外で生産することも出来ると思う。だが、ここに持ち込まれる可能性は少ない。
「いつ発砲されたかが気になる」
その時、昭弥は気が付いた。
「なあ、僕はどんな風に撃たれたんだ?」
昭弥はセバスチャンに尋ねた。
「背中から肩に入って抜けていきましたけど」
「まて、僕はずっと男爵をマウントの状態でいた。後ろからだと、二階から撃たれたことになる」




