鉄道経営と経済
次々と事業を進めて行く昭弥。湯水の如く資金を使う昭弥にセバスチャンは経営が心配になる
「社長、資金は大丈夫ですか?」
ある日、セバスチャンが紅茶を入れるついでに尋ねてきた。
「資本金や社債の売り上げがまだあるから大丈夫。いざとなれば鉄道銀行やシャイロック銀行などから借りれば平気だ」
「貸してくれるんですか?」
「銀行の上には中央銀行があってそこからも融資出来るようにしてある。さらにその上には、王国がいる。資金難になることはない」
「はあ」
セバスチャンの顔は冴えなかった。
何しろ、王国が鉄道によって収入が減っているのだ。帝国から鉄道建設にかこつけて大量の金を手に入れたが、それらは全て借金だ。
いつかは返さなければならないのだが、その中核事業が鉄道なのはなんとも皮肉だ。
「まあ、借りるところまで行かないよう、手立ては考えて実行しているけどね」
「何ですか?」
「皆の賃金を見てくれ」
「はい」
賃金の表を見た。
「何か気が付かないか」
「実際の給与と手取りの間に差があります」
結構な金額が引かれている。
「ああ、予め税金とか福利厚生費や退職積立金を差し引いている。残りも現金で渡すのではなく銀行口座を開設させてそこに入れてある」
「どうしてです?」
「まず、様々な手続きを簡略化するためだ。今までは、全ての賃金を手渡しにしていた」
「普通ですが」
「だが、それだと事務手続きが煩雑になる。何より現金を用意して事務所に運ぶ必要がある。それこそ経費がかかるだろう」
「確かにそうですね」
「そこで、給与は銀行の口座に直接降ろすようにしたんだ。働く人達には銀行に行って給与を必要な分だけ下ろして貰う」
日本にもある源泉徴収制度で、元はナチスドイツが税務署の経費削減と労働者の手間を省くため、また確実に税金を徴収するために取り入れた制度だ。
それまでは給与を確定申告する必要があったが、面倒だし、偽ったり、サボったりする人が多く、徴収に手間がかかった。
しかし源泉徴収ならその手間がなくなるし確実に税金が入る。
「確かに経費が減りますね。会社にとっても良い事です」
「それだけじゃない。銀行にとっても良いんだ」
「何故です」
「給与を全て引き出す人は全員じゃない。何人かは残す。それは銀行の預金となり資金になる」
「なるほど。しかし一定しませんね。多くの人は引き出すでしょうし」
「そこで考えたのが退職積立金だ」
「なんですか?」
「退職したときに出す纏まった金さ。会社の方からも一部出すけど、大半は積立金さ」
「それが?」
「積立金は何処に入れておくと思う?」
「銀行ですね。あ、そうか。それが銀行の預金になるんですね」
「その通り。退職しない限り、引き出されないから安定した預金になる。それが会社に回ってくるわけだ」
「確かに、銀行の資金力も大きくなりますね」
「そうだろう」
昭弥は満足そうに笑った。
「こうなると鉄道事業を成功させないと返せませんしね」
「まあ、鉄道が失敗しても返せるようにはしているけど」
「え?」
とんでもない爆弾発言にセバスチャンは驚いた。
「どういうことなんですか!」
昭弥はセバスチャンが入れた紅茶を飲みながら話した。
「王国の経済の話をしようか。王国の経済はどういう形だい?」
「基本は中継貿易です。東方諸国と帝国の間を結ぶ」
「その間にかかる税金は?」
「入港料ですね。あと、街道の使用料や馬車の税金」
「その通り。でも自己申告制だし、街道を迂回される事が多いだろう。取り立てようにも役人の経費もかかる」
「はい」
「そこで、向こうから直接納めて貰う方式にしたんだ」
「そんな事出来るんですか!」
「一寸した心理的な方法だよ。ところで商売では具体的にどんな取引が行われている?」
「東方の商人から商品を王国の商人が買ってきて運び、王国か帝国の商人に売ります」
「そうだ。つまり売買が二回あるわけだ。その度に契約が交わされるよね」
「はい」
「その契約は両者の間では有効だ。だが一方が反故にしたらどうなる」
「履行を求めます」
「それでも従わなければどうなる」
「組合内で話し合い、対抗します」
組合、若しくはギルドと呼ばれる職業毎の互助組織は中世時代からある。現代のような相互親睦と情報交換が主な目的の組織ではなく自分たちの権利、契約の自衛という側面が強い。
何故なら、権利の保護、尊重という概念が希薄であり、契約不履行や権利侵害などが横行した。
そこで職業毎にギルドを作り、契約違反者に対して団結して対抗するようになった。具体的には契約が履行されるまで、ギルド全体が違反者と契約を行わないとか、場合によっては実力行使を行った。
「そうだね。ではギルドも無力だったら?」
「国に訴えます」
「そうだ。それを利用したんだ。契約が正統である事を国が認める形にしたんだ。そのためには国に申請し印紙とスタンプが必要にしたんだ。そして、正式な契約に限り、強制執行を国のみが行うようにした」
「なるほど」
ギルドが実力行使をするのはリスクが大きい。もし行ったとしてもギルド員が傷つくかもしれないし、外聞が悪い。
しかし、代わって国が行ってくれるというのなら、ギルドはそのリスクから解放される上、契約が確実に履行されるので喜んで乗ってくるだろう。
「それと銀行を作ったよね」
「はい」
「銀行は基本的に会社から預金を預かり決済するようにしたんだ。直接現金で取引するより銀行で決算した方が楽だからね」
「はい」
「そして王国には、銀行への監察権がある。何しろ銀行は中央銀行から金を借りている。不自然な経営をしていたら直ぐに潰れて、貸した金が返ってこない。それを監視するために監査権がある」
「はい」
「つまり、銀行を通じて王国の会社の取引が解ってしまうんだ。だから税金をごまかすことが出来ない。これまでは自己申告制だったけど、これからは銀行経由で王国で、どんな取引が行われているかが解ってしまう。勿論現金による直接取引まで追いかけることは不可能だけど、これまで以上に収入を確保出来るはずだ。それに中央銀行から銀行を通じて多額の現金が供給されているからね。取引がこれまで以上に活発になる。収入は黙っていても増えるはずだ」
「鉄道を作る意味が無いのでは?」
「いや、取引が増えると言うことは、商品の量も増えるんだ。今のままだと一定量以上の取引が不可能になる。下手に増やそうとすれば麻痺してしまう。そこで今まで以上に商品を運べる鉄道が必要になるのさ」
「これからの時代に必要なのですね」
「それに王国の人達を救うためにもね」
「どういうことです? 銀行や経済の仕組みを変えれば王国が豊かになるのでは?」
「もっと正確に言うと、交易路である王都とオスティア周辺だけが豊かになるんだ」
「あ」
昭弥に説明されてセバスチャンは気が付いた。
「疲弊しているのは、王国の農村だよ。自給自足でやっていける所もあるみたいだけど、貧しい暮らしになる。農村から王都や港に商品を運べるようにしてお金を農村に送らないと豊かにならない。王都だけが繁栄するのがいいの?」
「いいえ」
「だから、鉄道が必要なのさ。セント・ベルナルド、王都間の開通は、その最初の一歩になる」
「楽しみです。まもなく開業ですね」
「ああ、いよいよだ」
10/19累計PVが5000を突破しました。また18日にはユニークが一日100を越えました。ご愛読ありがとうございます。今後も鉄道英雄伝説を宜しくお願いします。
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