ルテティア急行車両案内2
五号車は、サファイア・スイート三室。
構造は部屋が三つある以外は四号車と同じだ。この車両は女王ユリアの随員の部屋。親衛隊員の控え室となっている。
エリザベス、マイヤーなど一部のメイドや将校がユリアの部屋に設けられた従者用の部屋を使っている。
貴族などの上流階級は大勢の使用人を連れて旅することが多いので、グレードによって収容人数は違うが彼らのための部屋も各部屋に用意してあった。
続く六号車は、食堂車だ。
「広いね」
「ああ、ここは気を配ったよ」
ティーベの言葉に昭弥は応えた。
通常は四人がけのクロスシートが並ぶが、間もなく始まる晩餐会のために一つの長いテーブルになるよう移動している。
催し物に応じてテーブルの配置が変えられるようにしてあった。
「豪華な食事を出せるようにもしてあるよ」
「しかしこんなに広くて料理は大丈夫なのかい?」
「この下に調理室がある。配膳室にゴンドラがあって、それを上下させることで料理を運ぶ事が出来る」
「なるほどね。でも、皆忙しそうだね」
間もなく始まる晩餐会に備えて食器やテーブルクロスの準備で給仕やメイド達が忙しく動いていた。
「これじゃあ後ろの車両に行けないな」
「大丈夫。連絡用の通路が一階脇にあって自由に移動できるよ」
そう言って昭弥は案内したが、出口の所で再び親衛隊隊員に捕まった。どうもここから前方を重点警備区域としているようだ。晩餐会に出てくるユリアの為にやるとすれば絶対に抑えておきたいだろう。
止めて欲しいのだが、この後方にいるお客様の身体検査をさせないようにするためには、ここで妥協しないとだめだった。
昭弥達は、親衛隊員の注意を受けてから後方の七号車に移動した。
「ここはラウンジカーだよ」
バーカウンター、ソファーのあるテーブル席、落ち着いた色合いと内装。
サロンと言った感じだ。
「食後にここに来てゆっくりとするんだ」
「凄いね」
「驚くのはまだ早いよ。この下は売店があって、日用品等を売っている。更に小さな舞台部屋もあって、吟遊詩人の弾き語りが行われるよ」
本当は、映写室にして映画を楽しめるようにしたいのだが、映写機が発明されていないので舞台小屋になっている。
「本当に何でもあるね」
「まだまだ、驚くのは早いよ。次の車両に行こう」
続く八号車はダンスカー。固めの床材と演奏コーナーがありダンスが出来る様になっている。流石にオーケストラ編成は無理だが五人ほどの楽団なら十分に踊れる。
「さっきのラウンジカーとは違い、ダンスとかカードゲームとかが出来る様になっている」
「雰囲気で部屋を分けるのか。すごいね」
「下は床屋に写真現像室、洗濯室だよ。身だしなみを整える事が出来る」
「現像室は?」
「車内で撮影をして貰ってその日のうちに現像できるようにしてある。サービスの一環だよ。もうすぐ、出発前に撮った写真が出来上がるはず、明日の朝にはお客様に渡せるよ」
更に後方を昭弥は案内する。九号車は四号車と同じエメラルドスウィート、一〇号車は五号車と同じサファイアスウィート、一一号車から一四号車は、一両四室のルビースウィートがあり、客室以外は同じような構造を持っている。
最後の一五号車は展望車。
天井が前面ガラス張りで、車両の八割が上を見ることが出来るというカナディアンロッキーも真っ青の豪華な車両だ。
更に、下には大浴場があり、ゆったり風呂に入ることが出来るようになっている。
シャワーのみで、十分なバスを確保出来ないルビークラスの人達に使って貰うためだが、度肝を抜くには十分だろう
「これで車両は以上だよ」
「本当に、どれだけ要素を入れているんだい?」
まさしく動くホテル。
下手な宮殿より豪華で機能的な車両にティーベは驚いていた。
「帝国本土の人達を驚かすにはこれぐらいの事をしないと無理だろう」
「まあね」
贅沢に慣れきった上流階級を驚かせるには、これぐらいのインパクトが必要だと歓楽街を経営するティーベは知っており、その意味でも昭弥の先見性には驚いていた。
「本当に、退屈させてくれないね君は」
一つ疑問が浮かんだのでティーベは尋ねることにした。
「ところでこの列車で採算は取れるのかい?」
全ての部屋の定員は二人、ダイヤモンド一室、エメラルド合計四室、サファイア合計六室、ルビー合計一六室、総計二七室、乗客定員五四名。他に乗客を増員したり、使用人の分を加えても最大で一五〇人程度しか乗せられない。
「結構高い料金にしてあるから採算は取れているよ」
そう言って、最低のルビー・スウィートの金額を言った。
一等客室の五倍ぐらいの金額だった。
「高いね」
「移動距離も長いし、他にも色々と準備しているからね」
「え? 車両以外にも準備したのかい?」
「ああ、専用のホームとかね。総二階建ての車両の整備も進んでいるけど、豪華列車用のホームとか施設とか作っているから。そういった出費も多くなってね」
「……大丈夫なのかい?」
思わずティーベは恐る恐る聞いた。たった一編成のためにそれだけの費用をかけたらどれだけ高い切符になるのだろうか。
「似たような豪華列車を何本か走らせる予定だからね。元は十分にとれるよ」
「希少価値が無くならならないかい?」
「コースを色々設定するよ。リゾート地へ向かうコース、温泉地へ向かうコース、ジャングルに行くコース。雪を楽しむコーストかもいいね」
「わざわざ雪を見に行く人なんているかな」
北国で雪を死ぬほど見ているティーベが否定的に言った。
歓楽街を経営しているのも、雪で閉ざされた人々の息抜きのためのという理由もあるからだ。
「大丈夫。雪を見たことの無い人は多いからね。物珍しさに見たいと言って見に来る人はいるよ」
そう言って、昭弥達は戻ることにした。
間もなく晩餐会が始まる。
床屋で髪をセットして、服を着替えて向かうべく昭弥は向かった。




