ルテティア急行
ここから本編が始まります。お楽しみに。
「いよいよだ」
昭弥は、中央駅に向かう前に気合いを入れた。
博覧会の目玉であり今後の王国鉄道のシンボルとなる超豪華寝台列車<ルテティア急行>。
幾多の試験走行とデモ運転を繰り返し、開業を迎えることとなる。
トワイライトエクスプレス、北斗星、カシオペア、七つ星と日本が誇る豪華寝台列車の系譜の先に位置するべく、昭弥が心血注いで作った列車だ。
お召し列車製造に関わったメンバーを集めて作り上げた最高級車両。
装飾は控えめにしたが、他の列車に比べれば豪華だ。
車両数は一五両。
先頭から電源車、職員車、客車三両、食堂車、ラウンジカー、ダンスカー、客車六両、展望車を基本形式として作る。
ラウンジカーの下には売店と小部屋を、展望車の下には大浴場を、ダンスカーの下には、現像室、床屋、洗濯室を設けて身だしなみを整えられるようにする。
必要な動力源、熱源は電源車のガソリンエンジンとボイラーから取る。
各車両の個室にもシャワーや浴槽を設けておき、浴びられるようにしておく。
そのために各車両に水タンクや熱交換器を設置。
部屋は各車両に一部屋から四部屋のみ。どの部屋も一階と二階に通じる階段があり、上を客間に下を浴室と寝室にする。
特に一両丸々一室にあてがうダイヤモンドスウィートは、複数の部屋からなり内部に吹き抜けも設ける豪華さだ。
全室冷暖房完備。各車両の共用部分にはソファーのある談話室や、共用トイレ、一階には荷物室がある。
各客車には客室係の待機室があり、いつでも部屋から呼び出すことが出来る。
まさしく動くホテルと言ったものだ。
車体の色は勿論、青。
帯は金色。
ブルートレインの正式な塗装だ。
元はフランスの寝台列車トラン・ブルー、青列車を真似したそうだが、日本人にとって寝台車イコール、ブルートレインだ。絶対にこの色は外せない。
他にも昭弥の様々な拘りが、満載された列車である。
それがいよいよ今日、王都中央駅から一九〇〇に出発する。
翌朝チェニスに〇七〇〇に到着しそこで朝食に二時間。その後はリビエラに向けて出発しリビエラで一泊し、正午までバカンス。続いてチェニスでお茶会を行い、アルプス山脈麓にある新しい温泉観光地アスリーヌで夕食と入浴、その後はトンネルを抜けて、トラキア半島付け根の港町アルカディアへ。そして終着地である半島先端のトラキアへは四日目の一〇〇〇に到着する
六二時間の長い旅だ。最短距離を進んで最高速で走ればもっと短縮できるが観光列車にしたくてあえてあちらこちらに止まるようにしていた。
だからと言って機関車に手を抜くことはしない。
高速線で大重量列車を高速で走らせる為に作り出したF8型蒸気機関車。
先輪の後ろに三つの動輪、更に後ろに三つの動輪のある六動輪、EF66型電気機関車と同じ動輪六つ、蒸気機関車としては日本では9750型など少数しかない。
一見マレー式、高圧の蒸気でピストンを動かした後、低圧になった蒸気で再び隣のピストンを動かすタイプに見えるが、全ての所ピストンが蒸気溜まりから直接送り出しているタイプだ。
アメリカのチャレンジャー若しくはビックボーイの小型版と考えて貰いたい。
こいつで牽引するので重い一五両の総二階建て車両でも百キロ以上で走らせる事が出来る。
「昭弥、おめでとう」
「ティーベ!」
ルテティア急行の出発駅である王都中央駅。
豪華列車専用ホーム入り口前で友人であり、会社の重役の一人であるティベリウス卿を迎える。彼は帝国貴族であり、同年代の昭弥に良くしてくれている。
「久方ぶりに会えて良かったよ」
「僕もだ。帝都の仕事が忙しくて」
「いや、君のお陰で会社は順調だよ」
誇張無く、昭弥はティベリウスを褒めた。
彼は帝都に駐在して他の貴族や大きな商家に鉄道の売り込み、旅行商品の販売を担当していた。
北方一の歓楽街を持ち、快楽王の異名が響いている彼だが、歓楽街を訪れる貴族を中心に顔が広く、社交的な彼は鉄道の販売交渉で優秀な成績を収めていた。
彼がいなければ、会社の更なる発展は望めないだろう。
「今日は、初の豪華列車の出発だ。何としても成功させよう。君にとっても大切なお客様だし」
「違うよ、僕たちに取っても大切なお客様だ」
「そうだね」
「しかし、入り口からして凄いね」
ティベリウスがエントランスを見て呟く。
入り口も装飾が施され、豪華だ。入り口の大階段を上ると出発ラウンジ。各所にゆったりとしたソファーにテーブル、バーカウンターまであり、お客様は出発前までここでゆっくりと休める。
そのホームは豪華そのもの、赤絨毯で敷き詰められている。
「凄く、雰囲気が良いね。けど豪華すぎないかい? こんなに豪華で大丈夫なのかい?」
「これぐらい必要なんだよ。お客様に特別な雰囲気を味わって貰うにはこれぐらいの投資は必要だからね」
「確かに度肝を抜かれるね。この切符も凄いよ」
切符も少し凝った。封書によって直接送られるが、駅に到着すると搭乗証明の巻き取った証書も用意しリボンで結んだあと、蝋封して直接手渡す。
古典的で儀式的な物だが雰囲気作りとして採用している。
「効果はどうかな?」
「ばっちりだよ。僕の国のカジノでもやりたいくらいだ」
「あまり、くっつきすぎないようにして下さい」
ジト目で昭弥付のロザリンドが二人を注意した。
「久方ぶりに友人が来てくれたんだから、旧交を温めても良いだろう」
「余りくっつけるなとの命令です」
ロザリンドはユリアが送り出してきたメイドで昭弥の監視役も務めている。
「はあ、そんなに信用ないかな」
「四六時中、目を離すなとのご命令です」
「これから乗るのに?」
昭弥は一番列車に乗り込む予定だ。勿論、ロザリンドとティーベ、そしてオーレリー、他にも昭弥の秘書が乗り込む。
更に王国の政財界の重要人物が乗り込み、帝都における商談を行う。
これらは来たるべき、博覧会の宣伝も兼ねているので、決して疎かに出来ない。
「社長、お待ちしておりました」
若い男性が話しかけてきた。
「やあ、ハンベール君。紹介するよティーベ、王都で鉄道のプロモーションをしてくれているハンベール君だ。主に王国内で鉄道を敷設したいという人を手伝っている。ハンベール君、こちらはティベリウス卿、帝都で会社の宣伝や販売を行ってくれている」
「宜しく」
「初めまして」
二人は互いに挨拶を交わした。
「王国内の鉄道新会社への投資と経営コンサルタントをしている。彼の成績はトップでね。彼のお陰で、王国の鉄道の総延長は更に伸びそうだ。今回の始発列車の企画と調整も任せていたんだ」
「それは凄い」
「いえ、ティベリウス卿ほどではありません」
謙遜するようだが、何処かハンベールは二人を警戒するように見ていた。




