管理職登用
組織となる以上、中間管理職は必要。昭弥は集めようとするが、大きな問題が
「えっほ、えっほ」
拍子を取りながらジャンは、シャベルを使って必死に土を移していた。
肉体労働は慣れていた。貧農の子であり、自分の家の畑や、手伝いをしている他人の家で農作業をしてきたので頑強な肉体を持っていた。
「……」
しかし、やがて疲れて手が止まり
「やってられるか」
悪態をついた。
慣れているが、好きというわけではない。そもそも畑仕事、肉体労働が嫌で村を飛び出したのに、新天地で肉体労働をやらされるとは。
確かに、仕事は楽だ。ただただ土を運ぶだけだ。
休みもあるし給金も出る。仕事も夜明けから夕方までで、食事も出るし近くには露店も出ていてそこで酒も買える。
毎日休み無く、朝から夜遅くまで働き、小遣い程度の金しか貰っていなかった事を考えれば恵まれているだろう。
「こんなんじゃない」
だが、ジャンが求めていたものとは違った。
もっと、大きな事をやりたかった。
「何か無いか」
「おいっ!」
割れんばかりの声が鳴り響き、ジャンは身を縮めた。
監督の声だった。一寸でも休んだり、手抜きをすると大地を割かんばかりの叱咤を浴びせられる。これまで何度もジャンは身を以て経験しており、恐怖と共に身体に刻み込まれていた。
今回も自分が手を休めていることを咎められているのかと思った。
だが、今回は違った。全員に知らせがあったのだ。
「全員聞くんだ! 今度、王国鉄道の幹部登用試験がある。複数の部下を持ち指導する地位の人物を求めている。もし、この中でその気がある者は、試験を受けに来いとのお達しだ」
幹部、指導者、地位。
この単語がジャンを揺さぶった。
幾人もの人を従え、指導する高い地位。
監督になれると言うことか、いや会社の幹部だ、監督を従えることが出来るかもしれない。
上手く行けばもっと高い地位に行けるかも知れない。
「受けます!」
すぐさまジャンは手を上げて志願した。
その日のうちにジャンは工事現場近くの建物に送られて試験を受けることになった。
志願者は数十人おり、全員幹部を目指していた。だが、絶対に彼らより上に行くという気概にジャンは満ちていた。
どんな試験だってクリアしてやる。
「皆さんお待たせしました」
そのとき、試験官が入って来た。
「これより試験を開始します。ここにある試験問題に答えを記入するだけです。それでは始めて下さい」
それだけ言うと、試験問題を渡して志願者の監視に移った。
そしてジャンは、試験問題を見て固まった。
「……一体何が書いてあるんだ」
鉄道会社を作って工事を進めている昭弥。
今のところ工事は順調だったが、問題が出てきた。
「予想していたけどこれほどだとは」
「応募は多いのですけど」
「使える人は少ないね」
人員募集が上手く行っていなかった。
やる気がある人が多いのだが、
「字の読めない人がこんなに多いなんて」
不景気のせいで失業している人が多く、応募人員は多い。元々農地の面積確保の為、長男相続が伝統であり、次男以下の人達があぶれているため、現金収入を得られる鉄道会社への就職希望は多い。そのため人手の必要な建設、土木部門は直ぐに一杯になった。
給与が高かったのも一因で平均より五割ほど高い。出し過ぎだと、非難する声も出ているがその分、質の良い労働者が集まり作業の効率は良かった。
しかし識字率が低いため事務、管理部門には十分な人が居なかった。
義務教育制度が整い、識字率ほぼ百パーセントの日本とは違い、この世界は中世か近代ヨーロッパと同水準。
文字を読める人間は十人に一人居れば良い方だ。
「これは大変だ」
鉄道には携わる人間が非常に多い。
列車を動かす運転士、駅の管理をする駅員、線路を管理する保線員、車両の整備を行う整備員、列車運行の管理者など幅広い。
しかも一部、荷物運びなどを除いて専門家が必要になる。
「王国鉄道にも少ないしね」
実際、王国鉄道は街道の延長に過ぎず、皆が勝手に機関車と貨車をレールの上で動かし途中の駅などで通行料を払う形式だ。
今度作るのは、昭弥の世界の鉄道会社。
これまでは通行料を取る係員、通行を規制する係員、線路を管理する保線員ぐらいしか居なかったので少人数で済んだ。
だが、これからは列車の運転、保守管理、運行ダイヤの管理実行が必要になる。
昭弥は鉄道マニアなので知識はある。
実務を担ったことはないが、全く知識が無いよりマシだ。実際に鉄道に関わっている人間に聞いたり足りない分は、創意工夫で何とかしている。
だが、一人に過ぎず全てをこなすことなど出来ない。
軟弱者と言われるかも知れないが、駅で発券し、改札しつつ、列車を運転してポイントの操作を行う、等という複数の場所で同時に作業をたった一人で行え、と言う方が頭がどうかしている。
当然、昭弥もそのことは知っており、マニュアルを作成してどのような作業が必要か指示をだし、その通りに行動出来るようにしたのだ。
幸い、知識は分け与えることが出来るし、紙にして配布すれば同時に別々の場所でも人々に知らせることが出来る。
しかし
「読めないんじゃ意味が無いな」
「どうします?」
「文字の読める人をリーダーとその補佐役にして行動を指示してもらうことにしよう。各駅には、通信役として魔術師もいるから彼らに読んで貰おう」
「読める人はどうやって集めるんです?」
「王国や農村、町から紹介して貰う」
「入社してくれますか?」
「管理職に規定と特別手当を設ける。管理職は読み書き計算が出来なければならない。その代わり、手当を上乗せして給料を上げる」
「しかし、拡大する予定ですよね。今は良くても将来は大丈夫ですか?」
「そこは学校を設ける」
「学校ですか?」
「ああ、鉄道専門の学校を作って運転士や駅員、事務員、工員などを養成する。そこに入学出来るのは読み書き計算の出来る人間のみ。社員だけでなく一般からも募集する。そこを卒業出来れば管理職への道が開けるようにする」
「入学出来る人が少ないのでは?」
「手当が多くなるんだ。皆必死に勉強するよ」
「仕事が疎かにしませんか。あと、管理職が仕事を取られまいと妨害しそうですけど」
「いや、むしろ合格者を出させようと必死になる仕組みを整える」
「どういうことです?」
「合格者が出た場合、その直属上司に報奨金を出すんだ。それだけに必死になって読み書き計算を覚えさせようとするはずだ。勿論、仕事は完遂した上での話だが」
「出来ますか」
「時間に余裕が出るように、仕事の時間は抑えている。健康管理も考えてね。魔術師達にも読み書きを教えることが出来るだろう。上手く行くよ」
「おい、トム」
「何です父さん」
実家である雑貨屋で帳簿をつけていたトムは父親に呼ばれ手を止めた。
「実は王国の方から話が来てな鉄道会社に入れる有望な若者を探しているそうだ。そこでお前を入れようと思う」
「え?」
突然の話にトムは驚いた。
「待ってよ。帳簿付けとかどうするの」
「……あまり言いたくは無いが、最近売り上げが落ちていてな儂と兄二人だけでも何とかやっていけるんだ」
「うへ」
要は口減らしというわけだ。自分は三男でありもしかしたら出されるのではと考えていたが、唐突にその時は来たようだ。
「心配するな鉄道会社は王国お墨付きだ。食いっぱぐれることはあるまい」
「でも、鉄道の事なんて分からないよ。それに村を出たこともないし」
「心配するな。王国の方からは読み書きが出来るなら大丈夫だそうだ。手引き書を出すからそれを参考に仕事をこなせば良いそうだ。それに村を出る必要も無い。今度ここに鉄道が通り停車する駅が出来る。そこで働くので一月、二月の研修を除いて村を出て行くことはないそうだ」
「至れり尽くせりだね。で、その駅で僕は何をするの?」
「何でも駅の長、駅長をして欲しいそうだ。下に何人か付けるので駅を円滑に運営してくれとのことだ」
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