鉄道仕事図鑑~あるいはジャンの転属日記4~
「よーし、ソロソロ離れるぞ。全員準備しろ!」
「はいっ」
班長のかけ声と共に各貨車に乗り込んだ連結員が答えた。
まったく、恐ろしい物考えるぜ。
連結員の一人のジャンは、心の中で毒づいた。
新しい仕事場は仕事が楽で、給料が良いと聞いて転属してきたが、危険きわまりない。
今の仕事は操車場の連結員。自分の担当である貨車を列車から切り離した後、車体後部の足かけに乗る。切り離された貨車群は、後方から機関車に押されて行きハンプ、小高い丘の上へ持ち上げられ、その先の下り坂で、一台ずつ、貨車が離れて行く。
その後は徐々にスピードが付いて行き、走ったまま仕分け線へ入る。仕分け線に入ったら少しずつ減速し、安全な速度で前にいる貨車に連結。あるいは、仕分け線の端まで行き停車させブレーキを掛ける。
「まあ、確かに簡単だが」
前の車両が次々と離れて行きいよいよジャンの番になった。
下り坂に差し掛かり、後ろの貨車と離れて前に進んで行く。
徐々に加速してポイントに侵入する。小刻みに衝撃が加わり、次々とポイントを通過、目的の仕分け線に入る。
そして、そのまま長い仕分け線を走って行く。
だが、中盤から徐々に速度が低下して行き三分の二ぐらいの所で停止してしまった。
「え、どういう事だ」
「おい、ジャン!」
その時、班長がやって来て注意した。
「お前、脚のブレーキ踏みっぱなしだったろう! 怯えて踏んでいたんじゃねえのか」
「あ」
スピードを落とすために足下にブレーキがある。これに脚を掛けて、ブレーキを掛けることが出来る。
だが、スピードの恐怖により思わず脚を踏ん張ってしまいブレーキが掛かって、中途半端な位置で停止してしまった。
「このままだと後続に問題が出るぞ」
中途半端な位置で止まってしまった貨車は、それ以降に貨車を止める必要が出てくる。 そのため、仕分け線に入れられる貨車の数が少なくなり、早めに機関車で仕分け線から出発線へ動かす必要が出てくる。
「済みません」
ジャンは謝ったが、同時にこう思った。どれだけのスピードが出るかなんて解らないだろう。
「怯えているのか?」
「違います!」
おびえと言われてジャンは、内心に怒りを感じた。
男として恐がりと言われるのは恥だ。
次の、列車の時ノーブレーキで走る事を決めた。
いよいよ次の列車、乗り込むとジャンは再びハンプの上にやって来た。
列車から離れて徐々に加速スピードが増すが落とすこと無く前に進む。前方に既に入っている貨車。
だが気にすること無くブレーキを踏まずに前進する。
「!」
しかし、早すぎると思いブレーキを踏む。金切り音を上げて、車輪が悲鳴を上げるが、スピードは落ちない。そのままの速度で貨車に激突した。
衝撃によりジャンの身体は半回転し、貨車の側面に強打して、下に落ちた。
「おい、大丈夫か」
慌てて、班長が駆け寄ってきて、話しかける。
「バカッ、ハンプの当たりで少しブレーキを掛けて減速具合を確認してから、調整しつつ入るんだ。あんなスピードで入ったら衝撃で吹き飛ばされるわ! それに貨車の中の荷物も衝撃で壊れるわ」
しこたま班長に怒られた。
その後、ジャンは仕事に復帰したが、連結員では無くポイントの操作員となった。
連結員としての仕事が、アレだったので回された。
まあ、大雨の時も同じようにやるので危険な仕事だ。しかもブレーキの効きが悪くスピードが下がりにくいので気を遣う。しかも外の作業なので雨に濡れてしまう。
それに比べれば、簡単な仕事だ。
貨車の行き先別の標識を見て、自分の担当する貨車がやって来たら、切り替えて入れて、元に戻す。
それだけの仕事だ。
小さいながらも屋根が付いており、雨をしのげる。そう考えると素晴らしい職場だ。
だが、殆ど通過ばかりで、切り替える事など無かった。
そのため、暇で集中力が途切れがちになった。
「おいジャン! それお前の貨車だろう!」
「!」
班長に叱咤されて気が付くと自分が担当している貨車だった。
急いでポイントの切り替えを行おうとするが、時既に遅く。目の前を通り過ぎてしまった。貨車はそのまま端の再仕分け線に送られ再びやってくることになる。
「今度間違えたら承知しないぞ!」
班長に言われて今度こそと思うジャンだった。
再び貨車がやって来る。自分のだ。
そう思った瞬間、ポイントを切り替えた。
だが、接近してきて気が付いた。文字を読み違えた。
慌てて戻そうとするが、時既に遅く、列車は自分の担当する仕分け線に進入。そのまま行ってしまった。
「何やっているんだジャン!」
すぐさま班長の怒りの叱責が飛んだ。
同時に、停止命令が下り、仕分け中止が命じられた。
一旦機関車が貨車の押し上げを止めると、脇の線路から一台の機関車が出てきて、ジャンの仕分け線に進入し、出発線へ押していった。そして、一台だけ違う貨車は本来の仕分け線か到着線へ運ばれて、本来の目的地に行くだろう。
「万が一間違えたときの修正手順があったから良かったが、もし間違えて違う場所に運ばれたら何日も到着が遅れることになるんだぞ、二度と間違うな」
「はい!」
そういったジャンだったが、どうもこの仕事は合いそうにない。
なのでジャンは転属することにした。




