オムニバスと路面電車
「王都内でオムニバスの苦情が来ています」
社長秘書として仕事をしているオーレリーが昭弥に報告した。
オムニバスというのは、簡単に言うと乗合馬車、バスの事だ。
リグニアの古語でオムニバスというのは、全ての人のために、と言う意味で全ての人が乗れる車と言う意味で使われている。
昭弥のいた世界でもラテン語で同じような意味でそれを語源にした、二階建ての乗り合い馬車が走っていた。アルセーヌルパンに出てくる乗り合い馬車を見て貰えれば解るだろう。
「何か問題があるんですか?」
「ええ、路面電車や馬車鉄道の軌道内に入ってきて暴走しています」
「確かに問題だな」
鉄道は直ぐには止まれない。停止するには結構距離が必要だ。勝手に軌道内に入られては衝突事故が起きてしまう。
「王都の知事に依頼して軌道内への侵入を禁止する条例を出すように依頼する。場合によっては王国から出すようにしよう」
実際、長崎などの路面電車の走る市町村では軌道面への自動車の侵入を禁止している。
お陰で交通渋滞が起こってもスイスイ行ける。
逆に交通渋滞を何とかしようと軌道面への侵入を許した東京都は事故が多発し、遅延も多くなって廃止となった。
「実は他にも問題があって」
「どうしたんです?」
「乗客を多く乗せようとして屋根にも席を設けています」
「別に問題無いだろう」
「いえ、大問題です。路面電車の架線に乗客が接触する事が多くて」
「げっ」
昭弥は戦慄した。
確かに王都内には路面電車の線路が縦横無尽に広がっている。
そして、電化を進めており、架線があちらこちらに張り巡らされようとしている。
架線は馬車に接触しないように十分注意を払っていた。
だが、屋根の上に席を設けて乗車人数を増やすのは計算外だった。
馬車の上に乗ったら座っていても高確率で感電、経ってたら確実に接触する。
「なので電化に反対する方々が多くいます」
「参ったな」
これまでの馬車鉄道の場合、馬が引くから架線など引いていなかった。だが、電車となると架線が必要になる。
道路の上を走るとなると、道路を通る交通にも注意を払わないとダメだ。
「というより、そんなに人が多いの? オムニバスに乗り込む人が」
「結構増えていますね。王都の人口が増えつつありますし、路面電車にも乗り込む人が多くて満員の電車が多く出ています」
「うーむ」
確かに王都の人口は増えつつあった。
大量の物資が入りつつあったし、鉄道関連を中心に求人が多かった。
更に彼らやその家族を相手にする商売人達。
次々に人が人を呼び込んでくるため、王都は人口増加が止まらなかった。
そのため、都市交通機関の整備が必要となり、馬車鉄道や路面電車を導入したのだが、不充分であり、補うようにオムニバスが多数出現していた。
そのオムニバスが、路面電車を邪魔していた。
「他の都市はどうだ? チェニスとかオスティアとか」
「そこまで増えていないようですね。今のところ王都だけのようです。で、どうしますか?」
「どうしたら良いと思う?」
「高さ制限をしては? 屋上への客席設置禁止」
「確かに有効だね」
自動車にも高さ制限があるのだから、馬車にも高さ制限を行った方が良いのかもしれない。
「だが、王都の人口の増え方と公共交通機関の拡充は必要だぞ」
「そのための路面電車です。路面電車の増強を図り、オムニバスの必要が無いようにするべきでは」
「確かにそれが良いかもしれないが、今後の公共交通機関の発達を考えるとオムニバスも必要だ。路面電車は建設費が掛かる。オムニバスは道路さえあれば何処にも通せる。それに軌道の必要が無いから、道路上なら様々なルートを選べる」
他にも、彼らに配慮しなければならない昭弥だった。
一応、鉄道会社でもバス会社を作って運用しているが、他のバス会社も多い。昭弥の敷いた鉄道により、需要の無くなった駅馬車を再編成する形で出来ていた。転職したばかりの彼らにいたずらに制限を与えるのは、少々心苦しく締め付けると再びの失業や、いらぬ反発となり抵抗勢力になってしまう。
「……なんかオムニバスを褒めていませんか?」
「一寸違うな、オムニバスの長所を褒めているんだよ」
「鉄道会社のライバルなのに」
「ライバルかもしれないけど、どちらかというとお隣さんだね。鉄道では不充分なところを補ってくれる」
「? どういう事です?」
「鉄道は線路上しか走れず、安全の為には駅でしか乗降させることになる」
「当たり前でしょう」
「そう、けど駅以外の場所だと、線路の脇に家があっても乗ることは出来ない。そのため、駅に行かないと列車に乗れない」
「はい」
「だが駅が遠すぎると不便だ。そこでオムニバスの出番だ。駅を作るほど人はいない、でも利用者はいる。そういう人のためにオムニバスがあると駅に人を運んでくれる。引いては鉄道の利用者も増える。彼らにへそを曲げられると困る」
「なるほど、でも、どうするんですか? 架線を撤去する訳にはいきませんよ」
「架線の高さを高くする。倍ぐらいに」
「……確かに屋上の席でも着きそうにありませんけど、パンタグラフを高くするのは難しいのでは?」
「いやパンタグラフでは無く、車体を高くする」
「え?」
昭弥の提案にオーレリーは目が点になった。
数ヶ月後、新たな路面電車がお目見えした。
見上げるような高い車体、簡単に言うと二階建ての路面電車だ。
香港の二階建て路面電車と言えばわかるだろうか。
あそこの路面電車も元は一階建てだったが、二階を試用するようになり、後に全ての新造車を建造するようになって、全ての車両が二階建てになったのだ。
「これならオムニバスの屋根席でも触れることはないし、路面電車の乗車人数も増えて一石二鳥だろう」
「確かに、一石二鳥ですね」
高さを増して接触を少なくした上に、公共交通機関をオムニバス、路面電車共に向上させた手腕は中々の物だった。
「けど、今後の人口増加を考えると地下鉄も必要か」
王都周辺にはまだ農地が多く住宅地や商業地への変更は可能だし、電車の車両数が少なく改善できるので、導入しなくても大丈夫だろうが。何時か導入するときのために、準備だけはしておいた方が良いと思う昭弥だった。




