王都工業地帯
鉄道建設が順調である事を確認した昭弥。鉄道建設の要、製鉄所の状況を確認しに行く。
ラザフォードを見たあと、昭弥達は王都の南岸に建設されている工房の視察に入った。
建設予定地では、高い煙突や作業場の建設が進んでいる。
一部は既に完成して操業を始めている。
「凄い規模ですね」
帝都にあった工房の十数倍の規模である。
「ああ、ここでレールと機関車を作る予定だ」
「帝国から購入すれば楽ですよ」
「そうだけど、お金が帝国に行ってしまうからね。王国で作れば王国の人々を雇って賃金を支払うことになるから王国に金が落ちる。原材料も王国で購入出来れば王国に金が落ちる。帝国に吸い上げられるより良いよ」
「じゃあ、はじめから王国で作っては?」
「それだと時間がかかりすぎて、帝国鉄道が勝手に王国中に鉄道を敷いてしまう可能性がある。素早く建設するには、帝国から買った方が早いんだ。後は順次、王国製のレールや機関車に切り替えて行けば良い」
二人は敷地内に入って行き、一際大きな建物に入った。
「どうです。準備は」
「あ、社長。出来ていますよ。いま試運転の段階です」
工員が見せたのは二基の巨大な炉だった。既に火が入っており、炉の上部から次々と材料を入れていた。
内部はランプの明かりで煌々と照らされ、外より明るく見える。
「これが鉄鉱石を溶かして鉄を作る溶鉱炉です」
「こんなに巨大な炉は初めてです」
セバスチャンがその大きさに驚いて呟いた。
「でも、これ、作り続けることが出来るんですか? どれだけ木炭が必要になるか」
「いや、これは石炭から作るコークスを燃料にしている」
「石炭から? 硫黄が入っていて脆くなるのでは?」
セバスチャンが指摘するように鉄に硫黄が入ると脆くなる。
「いや大丈夫だ。コークスは石炭を加熱して硫黄を取り除いた物だからね。溶鉱炉に使うにはとても良い燃料だ」
「コークス?」
「ああ、石炭を乾留して作る物だ。一寸きてくれ」
そう言って案内されたのは高炉に付属する施設だった。
「こちらは?」
「コークスを作り出す乾留炉だ」
そう言って見せたのは巨大な窯だった。
昭弥が、陶磁器と木炭の工房を雇い入れて作らせた巨大な窯だ。そのまま製鉄所に住まわせて運転も任せている。
「この中でラザフォードから運んできた石炭を熱して不純物を溶かして、分離する」
「石炭が燃えてしまうのでは?」
「大丈夫だ。外の空気と触れないようにしているから問題無い」
その時窯が一つ開かれた。中から、大量のコークスが出てくる。
「燃えかすみたいに見えますね」
石炭とは違い光沢が無く、所々穴の開いた巨大な灰の塊に見える。
「これがコークスだ。不純物が無くなって、燃えやすい炭素のみになっている。だから非常に高温で燃える」
傍らでは作業員がコークスを次々と取り出している。だが、全てを取っても、別の作業員が来て内部に柄杓を持って何かを掻き出していた。
「何を出しているんですか?」
「見てみろ」
セバスチャンは昭弥に促されて、内部を見た。どろっとした、液体が溜まっていた。
「これはタールですか?」
「そうだ」
石炭を乾留すると底の方にコールタールが溜まる。
「船の帆や船体の防水に効果がある。建築資材としても、材料の固定とかに有用だ。これも売り出して足しに出来る」
「すばらしいです。機関車も石炭では無くこのコークスを使えば良いのでは?」
昭弥は微妙な顔をした。
「何か問題でも?」
「うん、コークスは生産性が低いんだよ。石炭が一〇〇有るとすると乾留で出来るコークスは二〇くらいなんだ」
「え! 残り八〇は?」
「副産物、コールタールとか灰になる。あと、この屋内を見て何か思ったことはない?」
「え? そういえばランプが多いですね。溶鉱炉のある建物もそうでしたけど」
「あれはこの乾留炉から出てくるガスを使って照らしているんだ。そういうものが大量にでるので石炭から出てくるコークスは少ないんだ。ここぞと言うとき、大出力が欲しい場面では使えるけど、日常の列車運行には高価すぎて使えない。それくらいなら石炭をそのまま使う」
だが、周りへの煙被害とかを考えると常用は出来ない。
「それに生産能力、コークスの生産量を考えると、溶鉱炉にしか使えない」
「増やせば良いのでは?」
「一時に施設を増やすわけにはいかないよ。人手が必要だし、なにより投資に対する回収が不透明だからね。最初に大量に作っても在庫を捌ける売り先が少ない」
昭弥は大胆に見えても慎重にことを進めていた。
あまりにも大量の生産量と商品を送り出しては、十分な売り上げが見込めない。なにより王国にどのような悪影響が出るか解らない。
「でも、採算が取れると解ったら拡張できるように敷地は十分確保している。ここの建設が終わったら直ぐに次の工場を作れるように手配している。だから安心しろ」
昭弥はそう言うと、セバスチャンを連れて高炉のある建物に戻った。
高炉のある建物では、先ほど出来たコークスを次々と投入していた。
さらに主役である鉄を含んだ鉱石、鉄鉱石、不純物を取り除くための石灰石が投入される。
「これで鉄が出来ますね」
「いや鋼鉄じゃないと意味が無い」
昭弥は断言した。
「鉄だと脆すぎる」
鋼鉄は鉄の中に二.一パーセント程の炭素が含まれているものを指す。それ以上でもそれ以下でも脆くなりやすい。
通常、溶鉱炉から出たばかりの鉄は四.五パーセント以上あるので炭素を排除するる必要がある。
「そこで大量に鋼鉄を作り出す装置が必要になる。それがこれだ」
目の前にあったのは鉄の樽だった。
「何ですかこれは?」
巨大な樽、セバスチャンよりも大きな鉄で出来た樽に見えた。横にある二本の軸で支えられている。
「これが秘密兵器、転炉だ」
「転炉? それは何です?」
「工房の職人達に命じて作らせたんだ。回転可能で中身を取り出すことも出来る。内部は耐火煉瓦が敷き詰めてあって、そこから空気を入れることが可能だ。軸を中空にして空気を送り込めるようにするのは苦労したそうだ」
「何で空気を入れる必要があるんですか?」
「ロット行きます!」
セバスチャンは疑問を発したが工員に遮られた。
「やってくれ」
だが、答えは目の前で示された。
溶鉱炉の下の方から赤くドロドロになった鉄が流れ出してきた。
その鉄は耐熱性の桶に入れられる。桶が溶けた鉄で一杯になってから桶がクレーンでつり上げられ、転炉の上に運ばれた。
「投入!」
転炉に鉄が流し込まれる。
「すごい……」
濁流の如く、鉄が注ぎ込まれる光景にセバスチャンは絶句した。
「驚くのはこれからだ」
昭弥の言うとおり、本番はこれからだった。
転炉の中から細かい火花が飛び出し、豪雨の如く辺り一面に降り注ぐ。
「これは」
「いま、転炉の中に空気を送り込んでいる。転炉の底から出た空気は鉄の中にある炭素と結合して出て行く。これを半刻も続けると鋼が出来るんだ」
「空気を入れて冷えないんですか?」
「冷えているように見えるか?」
転炉の中の鉄は冷えるどころか、更に輝きを増している。
「更に熱くなっているように見えますけど」
「実際、熱くなっているんだよ。鉄の中にある不純物が燃えているんだ」
鉄の中に含まれている炭素と空気中の酸素が反応して、激しく燃焼している。燃焼した炭素は二酸化炭素となり、鉄から出て行き鉄の炭素量は減って行く。
つまり、熱源となる上に鉄の炭素を取って鋼にしてくれるのだ。
「凄いです!」
三十分後、転炉へ空気を入れる作業が終わり、ゆっくりと転炉が傾き、用意された桶に出来上がった溶けた鋼を入れてゆく。
「出来上がったな」
「凄いですね」
「まだだ。これからレールを製造する」
桶はつり上げられ製造工場に輸送されて行く。そして、成型炉に入れられ、レールの形に整えられ出てきた。
「出来てきましたね」
「ああ、後は熱処理を行って硬くしてから運び込む」
「でも今までと形が違いますね」
「良い所に気が付いたな」
昭弥は、資料室にセバスチャンを連れて行き教えた。
「これは俺たちが作っているレール、こっちが今までのレールだ」
逆Tの字型、とI型の断面をしたレールを見せた。
「僕の居た世界だと今作っているレールを使用していた」
「今までだとダメなんですか?」
「まあ、利点はあるにはあるんだけど。消耗したら形が同じだからひっくり返せば良いんだ」
「便利ですね」
「直線だったらね。カーブのレールは逆方向に曲げる必要がある。それも敷設するときより倍の労力がいる。しかも摩耗しているからバランスが悪い」
「ちょっと使いずらそうです」
「だから、はじめから交換を前提にしたこの形が良いんだ」
「用意周到ですね」
「ここまでやらないと、鉄道を走らせることなんて出来ないよ」
10/27 誤字修正しました
1/22 空行追加




