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魔術師雇用

予算確保と法案を通した昭弥。いよいよ本格的に建設計画が始動しようとしている。だが、建設前に気がかりなことが

 シャイロックとの会談から数日、銀行と会社の準備に関係者は慌ただしく動いていた。

 だが、昭弥の計画書があり、その通りに動けば大丈夫だった。

 日本なら、会社法とか銀行法とか、ややこしい専門用語だらけの法律を読み解き、膨大な申請書を書き、非効率きわまりない役所に送り、何ヶ月も審査と打ち合わせを行わなければならない。

 だが、王国の関係法案を作ったのは昭弥であり、何処をどうすれば良いか解っていた。

 トラブルは初めてする仕事への戸惑いだけであり、城の役人だけでも出来た。書類の作成も結局は記録を残すためのものが殆どで簡単な物だった。

 そのため、昭弥はただ鉄道の準備だけに邁進していたのだが、


「うーん」


 鉄道会社準備室の一角で唸っていた。

 目の前には斜線と短い横線が幾つも描かれた紙が散乱していた。

 その光景にセバスチャンは、引いていた。

 最初は喜々として線を引きまくり、何をしているのか尋ねても答えず、唯々線を引く作業に熱中していた。

 しかし、徐々にゆっくりになり始め、やがて唸りだした。


「あの……」


 小さな声で尋ねて、ようやく昭弥は振り向いた。


「あ、セバスチャン。いつ来たの? 呼んでくれても良かったのに」


「さっきから呼んでいたんですけど」


 呼びかけた後は怖くて、呼び続けることが出来ませんでした、とは言わずにおいた。


「用件は? 急ぎ?」


「いえ、何の作業をしているのかと」


「ああ、これはダイヤグラムの作成だ」


「ダイヤグラム?」


「簡単に言うと列車を何処にいつ走らせるかを決めるのさ」


「必要なんですか?」


「必要だ!」


 昭弥は断言した。


「何本もの列車を速く走らせるには安全な間隔を保つ必要がある。いつ何処にどの列車がいるかを決めておかないと危険だ」


「前を走っている列車を見たら停止すれば良いのでは?」


「それも良いけど、今後、幾つもの支線を作ることになる。そうなると支線への接続する列車を走らせなければならないけど、時間を合わせないと乗り換えが大変だ」


「何でです?」


「支線の列車に乗るには、支線の列車が出発する前に本線の列車が着かないといけないだろう。支線の列車が出発した後に到着しても意味が無い」


「一日くらい待てますよ」


 昭弥とセバスチャンの感覚はかみ合っていなかった。時間に対しする認識が違うのだ。同時に価値観の差であり、現代日本とこの異世界との差だ。

 これを整合させなければならない。


「……他にも、列車が必要とされているところに無いのもいけないんだ。使いたい人が多いのに少ないところに列車が居てもしょうが無い。そんな事を無くすためにダイヤグラムを作成しているんだ」


「なるほど。しかし、どうしてそんなに唸っているんですか?」


「思った程、列車を走らせることが出来ないんだ」


 昭弥は説明した。


「簡単に言うと、順調に走っているときは多く出せる。だが、トラブルが起きて列車が立ち往生したとき、ダイヤが乱れる。その時、後ろの列車をどうやって止めるかが問題だ」


「どうしてです?」


「列車は走らせてこそ意味がある。一箇所に集まって止まっているんじゃ意味が無い。それに事故現場の前で鈴なりになったら修理に行けない。なにより、止まっていた列車をどうするかだ。駅に止めないと缶詰になる」


 日本で例えるなら、踏切事故が発生したのに、連絡が行き届かず次々と電車が事故現場近くに集まってしまい駅に入ることも出来ない列車が出てきて、線路の上で立ち往生。乗客は缶詰にされる。と言ったところか。

 そんな目に遭いたくないし、遭わせたくない。


「屋根があるから野宿よりマシでしょう」


 と現代日本人が聞いたら絶句、あるいは暴動を起こしかねない台詞だ。

 だが、それがこの世界の一般常識であり日常だ。歩いて移動が普通だから、野宿になることもある。屋根さえあれば良いのに、鉄道は自ら移動してくれるのであり、これ以上を求めたら罰が当たると思っている節さえある。

 そう言うなら、何もせずにしようかと思ってしまうが、それは鉄道愛に溢れる昭弥には出来ない。


「……兎に角、間隔を空けなくてはならないから、本数が少なくなってしまう。何とか本数を確保しようと色々連絡手段を考えているんだが、問題ばかりだ」


 基本は反対方向へ向かう列車で伝令させるんだが、伝達ミスやタイムロスが大きい。それに列車の数しか送れないから、新たな情報が伝わりにくい。

 馬は多少融通が利くが、飼うのに予算がかかるし、乗れる人材も少ない。

 荷馬車を引く馬を使えば良い、というのは却下。アレは輓馬と言って荷馬車を牽く馬で乗馬用の馬と種類が違い、重い馬車を引くことは出来てもスピードが出ない。

 同じ走るでも短距離走選手とマラソン選手では、走りも筋肉の付き方も違うと言えばわかるだろうか。

 それに、バラストが敷かれた線路の上は走りにくいだろう。

 ドラゴンは速いが、馬以上に少ないし高い。

 情報収集用に保有するつもりだが、連絡用に各駅に配置する訳にはいかない。

 狼煙を上げても細かいニュアンスが伝わらない。

 腕木信号器という腕木の位置で信号を送る方法がある。これを使えば二〇〇キロぐらいなら一五分で伝えることは出来るが、維持が大変だ。それに時間がかかるためその分、列車を止めるのが遅くなる。他の方法に比べればべらぼうに速いが、現代日本人の昭弥には遅く感じてしまう。


「結局、基本に戻るんだよね」


 腕木信号器と併用して行うしかなさそうだ。


「そんなに本数を通す必要があるんですか?」


「開業当初は少なくて大丈夫だよ。けど、利用者が増えると、一刻(一時間)の間に一二本通すことになる。それも時速四〇リーグ(キロメートル)で」


「どんだけ、早く高密度で走らせる気ですか……」


 提示された本数とスピードにセバスチャンは唖然とした。


「ところで用事は何?」


「あ、そういえばソロソロ、女王様と謁見予定です」


「ああ、そうだったね」


 昭弥は準備を始めた。




「どうかお願いします女王陛下。魔術師の登用をもっと増やして下さい」


 白髪で漆黒のローブを着た男がすがりつくように女王に嘆願していた。


「魔術学院の学生は皆優秀です」


「それは解っております。しかし、残念ながら王国にこれ以上雇う予定はありません」


 男の顔に絶望の色が見えた。


「あの、取り込み中でしたら改めましょうか?」


 あまりにも居たたまれなくて、昭弥が提案した。


「まあ、昭弥様。いつこちらに」


「先ほど。エリザベスさんが、入っていてくれと言われて」


「そうでしたか。それではジェイナス。このように次の方がいらしていますので」


「そ、そんな」


「あの」


 あまりにも哀れに思ったので昭弥は助け船を出すことにした。


「もし、よろしければお話しを聞きますが」


 少々ユリアには不本意になったが、昭弥との会談が始まった。


「直筆が必要な書類類はエリザベスさんに渡して有りますので、お願いします」


「解りました。この後直ぐにサインをしておきます」


「ありがとうございます。ところでこちらの方はどうしたんですか?」


「彼はジェイナス。次席宮廷魔術師ですが今はジャネットに変わって首席宮廷魔術師代理をしているの。二八歳だけど、優秀なのよ」


「二八!」


 昭弥は驚いた。そんなに若いのにどうして白髪で老け顔なのだろうか。

 ユリアはジェイナスに済まなさそうにしてから説明した。


「ジェイナスは優秀なのだけど天才にして変人の首席魔術師ジャネットには及ばないので」


 そのため次席だが、ジャネットが変人であるため、常識人のジェイナスを通じて話が来ることが多く取り次ぎに苦労していた。またジャネットの思いつきに振り回され、その後始末に苦労して来たため、若くして白髪になってしまった。

 現在、絶対安静のジャネットの代わりに首席魔術師代理となっているが、一人で全ての案件を処理しなければならないため、よりストレスの強い日々を送っている。

 今日は抱えている案件の一つ、魔術学院の生徒の就職支援だ。何とか、王国に宮廷魔術師の枠を増やして貰おうと思ったのだが。


「王国に余裕がないと」


「はい」


 申し訳なさそうに言った。

 何しろ鉄道で衰退しつつある国だ。ただでさえ削減した人件費を更に削減したいのだろう。新規採用など中止したいに違いない。


「魔術師はどういう所で役に立つのです?」


「主に政治の場での助言ですね。魔術を得る過程で様々な知識を必要としますから、優秀な魔術師は政治の助言者として有用です。各地方でも一人は居ます。あとは戦場ですね。戦場で、魔術を使いますが、最近は火砲の発達で不要になりつつあります」


「どんなことが出来ます?」


「四大魔法ですね。地水火風の四つを基本に行います。あと物を動かしたり、軽くしたり出来ます」


「ふむ」


 昭弥は考え込んだ。


「もし良ければ見せて貰えませんか?」


「と言いますと?」


「鉄道で使えるかも知れません。とりあえず見せて貰って判断します」


「宜しくお願いします!」


 ジェイナスは昭弥の手を掴んで叫んだ。

 あまりの勢いに昭弥は頷くだけで精一杯だった。




 昭弥はこの世界を調べる過程で魔術について知っていた。だが、あまりにも理解出来なかったし人数も限られており、出来る範囲も個人の力量に左右されることから、鉄道には不要と判断し取り入れないことに決めていた。

 だが、実際どれくらいの事を出来るかは知らなかったし深く知らなかった。

 もしかしたら役に立つかも知れないと調べてみることにした。


「さあ、見ていて下さい」


 そう言うとジェイナスは呪文を唱えて巨大な火球を生み出した。


「ファイアボールです。高温の火球を相手にぶつけて蒸発させます」


 そう言って放り投げると、的として用意された岩を蒸発させた。


「いかがです」


「凄い」


 昭弥は、素直に口にした。


「で、火球を維持し続けることは出来ますか?」


「え?」


 唐突に言われてジェイナスは戸惑った。相手を吹き飛ばすために作られた魔術であり何秒も保持するような物では無い。


「やってみます」


 だが、ここで断ると、採用取り消しになるかも知れない。そう思ってジェイナスは呪文を唱え今度は保持し続けた。


「ぐぐぐ」


 作り出すときも膨大な魔力が必要だが一定時間、保持するのにも魔力が必要になる。

 それでも、数十秒保持していたが霧消してしまった。


「はあはあ」


 ジェイナスは、大きな息をしながら呼吸を整えた。


「す、すみません」


「いいえ、気にしないで下さい。小さい火球だとどれくらい保持できます?」


「小さければ長い時間保持できますが、一時間くらいだと思います」


「ですか」


 昭弥は、一寸考えてから言った。


「他の魔術も見せて下さい」


 それから様々な魔術を見せたが、これと言った決め手が無かった。

 簡単に言うと、魔法の致命的な欠陥、発動者の能力に左右されることだ。

 人はすべからく魔力を持っており、呪文を唱えることで体内にある魔力を放出し、望む形に変えて火や水を生み出し操るそうだ。

 魔力の容量は人によって違い、多い人もいれば少ない人も居る。そのため、出来る魔術の種類が容量の大小で決まってしまう。

 また、魔力を出し続けるには呪文を唱え続ける必要がある。

 無詠唱魔法もあるが、ごく少量だけで、大きな魔力を操ることは出来ない。

 そのため、大きな魔術を連続で使用することが出来ない。

 魔法を付与された道具もあるが、魔力を封じるには魔術師が必要となる。

 懐中電灯などに使えるが、付与魔法は高度な魔術であり使える人が少ない。


「うーん」


 どうも決め手に欠ける。

 昭弥の求める鉄道は二十四時間、広範囲で動くので長時間稼働でき、大量に動員できる必要があるのだが。


「使える人が少ないとね」


 それが最大の原因だった。

 大勢雇ってくれと言われているが昭弥の求める必要量に足りない。帯に短し襷に長しか。

 いっそ特定分野に限定して雇うか。

 その時ジェイナスが、独り言を喋り始めた。


「ああ、私だ。何、もうそんな時間か。その件はムーア君に任せる。頼むよ」


 不思議な光景に昭弥は尋ねた。


「何ですかそれは」


「ああ、すいません。これは一寸した連絡事項でした」


「いえ、虚空に喋っていたようで」


「ああ、テレパシーですよ。魔術の応用で、少量の魔力を越えに遭わせて振動させつつ広げると遠くの魔術師に拾って貰えるんです。魔術師は魔力に敏感なので、大概の魔術師は出来ます」


「見習いでも?」


「これが出来るようになって見習いです」


「距離は?」


「人によって違いますが、慣れない者でも数百里。慣れた者だと国の隅々まで出来ます」


「他の魔術師同士のテレパシーを拾うことは?」


「あー、最初の呼びかけは皆に拾われますが、意識を同調させると混ざること無く会話できます」


 昭弥はがしっとジェイナスの手を握った。


「ぜひ全員雇いたい。見習いも含めて」


「え?」


 思わぬ好条件でジェイナスは驚いた。


「そ、それは有り難いのですが、見習いも雇われると学院から人が居なくなってしまいます」


「一定期間だけ、一年のうち三分の一程度、会社に派遣されるだけでも良いんです。会社に居る間はどこかの駅に派遣されますがきちんと、仕事の時間とプライベートは分けますし、魔術師としての勉強の時間も設けます。それに給料もきちんと渡します。それでいかがでしょう」


「あ、ありがとうございます!」




 早速、契約書にサインが為された。

 昭弥は求めていた通信手段が手に入って大満足だ。さすがに自動列車制御システムまでとは行かないが無線装置の代わりなってくれるだろう。道具扱いは気が引けるが安全運転のために、働いて貰いたい。


「しかし、そのテレパシーを使う人は居なかったのか?」


「居ませんでしたね。いくつかの例外を除いて」


「どうして?」


「我々が閉鎖的だからでしょうか。それと他のギルドや貴族社会も閉鎖的で、自分たちのやりとりを知られたくなくて、使おうと思わなかったのでしょう」


「なるほど」


「それと、明確な証拠にならないからでしょうか。魔術師が言っていることに誤りがあったりしたら、問題だと。それに文章で格調高く報告するのが基本なので、魔術師を連絡網にするのはごく少数を除いて行われませんでした」


 伝統と格式というわけか。




 この方法は上手く行き、魔術師達は各地の駅で交代で通信業務を担うことになる。

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