電化計画
永久磁石の製造と、発電機の開発に成功した昭弥は、電気の開発を全力で進めた。
何しろ、永久磁石が多数完成し、研究が一挙に進む。ちなみに新たに出来た永久磁石の出所は不明となっている。昭弥がどこからか持ってきたとしか書かれていない。
とりあえず出来た発電機を使って、簡単に作れる、電球、電信の製作に取りかかる。
電気で灯りを取ることが出来れば、ランプが倒れて火災になる危険も少ない。
機関車の前方に取り付けて前照灯としても使える。
夜間の事故を防ぐことにも役に立つだろう。
それに小さな電球でも明るく出来るので、計器類を照らすのに使えるだろう。
ガラス管へ鉄で作ったフィラメントをいれて溶かして窒素ガスを封入して作り出した。
寿命は短いが、小さくて何処にでも設置しやすい電球は今後、全ての車両に搭載する事は決定している。
灯りだけじゃ無い、信号器としても使える。
ライトの点灯で見間違いを少なく出来る。
後は大量生産の方法を確立するだけだ。
電信の方はもっと簡単だ。一本の線、スイッチ、コイル、発電機があれば簡単にできる。
コイルなんて、細い線を筒に巻けば簡単にできる。
これまで魔術師に頼っていた通信連絡網が、これで一挙に近代化、拡充することが出来る。
何より配備数を増やすことが出来る。
魔術師は、特殊能力者でテレパシーが初歩の魔術と言っても使える人間は少ない。しかも交代要員が必要で、膨大な数を求めていた。
だが、今後はその必要性は無くなる。
変更の間は必要だろうし、非常時や列車からの通信にも必要だろうから、お役ご免にはならないが、電信は誰でも教育を受ければ技術が身につき従事することが出来る。
大量配備が出来る長所を持つ。
電線を敷くのに手間が掛かるが、線路脇に設置すれば簡単だ。
そのため、昭弥はトマスに電信、電球、その延長で電話の製作を命じると、自分は最優先事項で作ろうとする物に移った。
昭弥が作ろうとしているのは、直流モーターを使った六〇〇ボルト、一五〇〇ボルトの電車だ。
路面電車用に六〇〇ボルト。近郊列車用に一五〇〇ボルトだ。
路面電車が低圧なのは、町中で感電するのを防ぐ為だ。
昭弥的には高電圧の交流、二万五〇〇〇ボルト五〇ヘルツの交流モーターを作りたいがあまりにも高電圧であり、交流は難しいので取りやめた。
何故、交流を作りたいかというと、電力のロスが少ないからだ。
基本的に電力、電気の力は電圧×電流で決まる。
だが、電流が大きいとロスが大きくなる。
なので電圧を大きくする方がロスが少なく有利だ。
しかも交流は、電圧を簡単に変える事が出来るので、使いやすい。
「何で最善の交流を作らないんですか?」
疑問に思ったセバスチャンが尋ねた。
「時間が無いからだよ。早急に電化させないと煤煙が問題になる」
だが、交流だと制御が難しい。三相交流など、数学的な知識が必要なのでモーターなどの設計に熟練が必要だ。
一方直流は、構造が単純で簡単に作りやすい。
迅速に電化を行うためには直流が最もよい、と判断し実用化を命令した。
昭弥の王国鉄道は高頻度の運転を行っていた。
そのため、蒸気機関車の排煙の煤が問題になっている。
幸い高品質の石炭を使っており、煤の出は少ないのだが、それでも出ていて、沿線から苦情が出ていた。
だが、今後頻繁な運転を行う路線、特に都市、王都やオスティア、チェニス、そして大迷宮を通る路線で電化が必要だと考えたからだ。
「そんなに酷いんですか?」
「一時間に数十本の蒸気機関車が通り過ぎるのは身体に悪いからな」
昭弥は蒸気機関車は好きだが、煙たいのは我慢できなかった。
鉄道ファンとして蒸気機関車に憧れはあるが、それはそれ、これはこれである。
考えて欲しい、朝のラッシュ時、満員のホームに入ってくるのが電車では無く蒸気機関車だったらと。
黒煙を上げて入ってきて、その空気を吸って咽せる姿を、煤が付いて煙り臭くなる服。
それで乗車できるならまだマシだ。
それが急行で通過する列車だったら? 煙を吸って我慢して通り過ぎるのを待たないと行けない。
運悪く満員で見送ることになったら。もう一度煙いのを我慢する必要がある。
そしてくるのは目的の方向だけで無く、反対方向の列車も来るので我慢する必要がある。
どれだけ電車が役に立っているか、必要かおわかりいただけるだろう。
「電化ならそれらの問題無い。何しろ煙を出すのは発電所だけ。後は送電するだけだ。変電所の建設に骨が折れるけどな」
「はあ、そうなんですか。でもそんなに設備投資して大丈夫ですか」
「結構デカい発電所をあちらこちらに作ってがんがん電気を作るよ」
「採算取れますか?」
「都市部を中心に高頻度の電車、列車を走らせる予定だから、十分取れるよ」
一般に直流方式は、高頻度の路線で最も採算が良くなる。なのでJRの大都市線や大手私鉄には直流方式が多い。
「ウチだけで消費を賄いきれますかね?」
「その通りだ」
セバスチャンの意見は、的を射ている。単に電車を走らせるだけで十分採算が取れる訳では無い。
「大丈夫。作った電気の一部は売電するから、と言うより売りまくる」
「え、何処にですか」
「とりあえずウチの工場と、近隣の住宅だ」
この世界の工場の主な動力源は水力か蒸気だ。
工場の天井近くに一本の軸が通っていてそれが蒸気機関によって回され、ベルトを張ることで各器械に動力を供給して回す方法を取っている。
「モーターは蒸気機関より小さいからね。電気を使えば機械が動きまくる」
ちなみに器械と機械は別で、前者は外部に動力源を持つもの、後者は動力源を持つものに分けられる。
これまでは器械で、蒸気機関によって天井にある動力軸を回して、各器械をベルトで張って動力を伝えていた。
一方、モーターを発明したことにより、器械の中に動力源を置くことが出来て、機械となった。まだドラム缶のような大きなモーターが必要な機械もあるが、小型化出来るし蒸気機関より効率的に動かせる。
何より嬉しいのは工場のレイアウトを自由に変更できるようになった事だ。
これまでは動力軸の位置で器械の設置場所が決まってしまった。動力を取れないのでは器械は動かず、無意味だ。
だが、モーターを内蔵した機械は違う。電源ケーブルを匍わせる必要があるが、好きな場所に置くことが出来る。
工場の必要スペースも小さくなり、新しいラインを作ることも出来る。
「これで、王国は変わるぞ」
「しかし、ウチの工場だけで足りますか? まあ規模が大きいので大丈夫ですが」
「心配するな近隣の住宅、商店、工場にも売るよ」
「出来ますかね」
「出来るよ」
実際、初期の電気鉄道は収入増加のため私鉄、公共鉄道の別なく周囲に売電することが多かった。
東京都が東電の株を、大阪府、大阪市が関電の株を持っているのは財テクでは無く、元々路面電車や市電への発電事業と付属する売電事業の関連設備を電力会社に渡した見返りとして持っているからだ。
発電は元々公共事業で、東京都の歴史を見ると電気局という部門が存在していたことが歴史書にはある。
なので珍しいことでは無い。
「さあ、早速路面電車を作るぞ」
昭弥は早速、モーターの作成と簡単な路面電車から始めることにした。




