蒸気機関車の違い
夕方18時頃にも投稿します。
「列車の能力が低くないか」
皇帝は担当者を呼び出して、詰問した。
「低いとはどういう事でしょうか」
「列車の積載能力だ。牽引力とでも言うか」
「ご命令通り、王国鉄道と同じように引くようにしています」
「だが、連中が一台の機関車で済むところを我々は二台、時には三台で引いて居るでは無いか」
「はい……」
事実だった。
サラマンダーを使った機関車では数が足りないため、石炭を使った機関車の投入を行っていた。
だが、その機関車の出力が低かった。
「いったい、何が違うというのだ」
「王国鉄道の機関車は、高性能ですね」
オーレリーが尋ねてきた。
「どうしてそう言えるんだい?」
「機関車一台当たりの牽引力が大きいです」
「大型の機関車を投入しているからだよ」
「でも、帝国鉄道の同じ大きさの機関車と比べても出力が大きいです
「良い所に気が付いたね」
昭弥はオーレリーを褒めた。
「他と比べるときは、同じ基準で比べることが必要だ。目的に合った比べるべき基準を見つけて、判断するのが必要だ」
「ありがとうございます」
オーレリーは嬉しそうに言う。その笑顔が可愛くて思わず抱きしめたくなる。だが、昭弥は自重した。ダメイドと同じ道を歩みたくない。
「でも、どうして違うんですか?」
「ああ、簡単。温度を上げて、蒸気の温度が下がらないようにしているのと、排煙をよくしているんだ」
「どういう事です?」
「蒸気というのは、冷えると水滴になってしまう。液体から気体になると体積は六〇〇倍になる。だからこそ、ピストンを動かすことが出来るんだけど、温度が低いと水滴になって、逆にピストンを動かす力が少なくなってしまう。温度を上げるのは、それを防ぐのさ」
蒸気機関車の出力が低下する理由の一つに蒸気の温度の低下がある。温度が低くなると直ぐ水滴に戻ってしまうからだ。
特に高圧の状態だと、沸点が高くなるため一寸した温度低下で水に戻りやすい。温度を上げるのはそのためだ。
「それを助ける為に排煙をよくしている」
「排煙ですか」
「煙を効率よく出すこと、火に新しい空気を入れることだよ」
火をおこしたり、火力を上げるために空気を送り込む事がある。新たな空気を入れると共に煙を排除して燃焼しやすくするためだ。
「機関車は、ピストンで使った蒸気を煙突の下に送り込んで排煙を促進させるけど、それが良くなるようにキルシャップを設けたんだ」
「キルシャップ?」
「蒸気の噴出口の上に、大小二つずつ付いた筒を置き、更にその上にペチコート、口のすぼまった円筒を置いて排煙効率を高めているんだよ」
「それで、高まるんですか?」
「一寸見て」
昭弥は手近な紙を丸めるとその中に息を吹いた。更に脇には蝋燭を焚いて煙を出した。
「よく見ると口と円筒の間へ煙が吹き込まれていただろう」
「はい」
「吹いた息が周りの空気を呼び込んで円筒の中に一緒に入れていくんだ。これが、キルシャップの基本原理だよ」
フィンランドの機関車技師キララの開発したキララスプレッダーとフランスの機関車技師シャプロンが開発したペチコート、そしてそれらを組み合わせて作ったキルシャップにより、効率よく排煙し、機関車の火力が上がった。
「他にも煙突を二つに増やしたんだ」
「どうしてですか?」
「二つに増やした方が排煙がし易いからね。それぞれにキルシャップを付けているから効率も良い。高く出来ない分、煙突の面積を増やさないとね」
「どうして煙突を伸ばすと良いんですか?」
「煙突の中の空気が熱いと、煙突外の空気より密度が軽くて浮力が生まれる。そして、暖かくなった空気は、煙突外の空気を引き込みながら上に上がっていく。これを煙突効果と言うんだ。煙突が高ければ高いほど排煙効率が良くて、工場の煙突が高いのはそのためだよ」
「蒸気機関車の煙突も高くすれば良くなるんですか」
「勿論。けど、高くするのは、難しいんだ」
「何故ですか?」
「鉄道には建築限界というものがあってね。一定以上の高さだと、連絡橋やトンネルの天井にぶつかってしまう恐れがあるんだ。それを防ぐ為に、一定以上の高さにならないよう限界がある。煙突を高く出来ないんだ」
「だから、煙突の面積を広げるため二つに増やしたんですね」
「そう。それと燃焼室を設けて火炎の位置を最善にしてあるんだ」
「火炎の位置を最善?」
「うん、一寸、こいつを見てみよう」
そういって、昭弥は紙片を幾つも階段状に等間隔に並べた棒を持ってきた。更に同じ間隔で火の着いた蝋燭をおいた。
「見ていて」
そう言って昭弥は、棒を移動させ全ての紙片がそれぞれ、火の上に来るようにした。
暫くして、真ん中の紙片から火が燃えだし、他の紙片も燃えだした。
「さて、どうだい」
「不思議です。火に一番近い紙片が先に燃えるなんて予想しませんでした」
「そ、火の温度が高い場所は炎より少し高い場所なんだ。石炭で燃やした火も同じで、最も温度の高い場所がボイラーの中心に来るように、火室とボイラーの間に何も無い空間燃焼室を設けて、調整しているんだ」
「だから、良い性能を出せるんですね」
「うん、こういうやり方をシャプロンマジック、あるいはシャプロンリビルトといって、機関車の性能を上げる事が出来るんだ」
「凄いですね。シャプロンというのは社長の師匠でしょうか」
「う、うん……」
ここで昭弥は言葉に詰まった。自分が異世界から来たのは王国の極秘事項だ。
関係者以外に伝えてはならない。下手に肯定すると、疑問を持たれることになる。
「そうだよ」
だが、否定することは昭弥には厭だった。自分の尊敬する人は素直に認めたい。
何より自分の気持ちを偽ることを良しとしなかった。
「会ったことは無いけど、僕の師匠だね」
最後にして悲劇の天才機関車設計技師アンドレ・シャプロン。フランスに生まれた彼は科学的な実験と考察、データから蒸気機関車の能力向上を行った。
それまでの機関車に改良を加えることで五〇%以上馬力が上がった機関車さえあった。
昭弥が、高性能の機関車を開発できるのも、彼ののこした技術によるところが大きい。
「すごい人なんですね」
「ああ」
昭弥は悲しそうに言った。
シャプロンが独自に設計した蒸気機関車は無い。全て既存の機関車の改良だ。
それが、彼が周囲とぶつかる原因となった。
彼の、改良によって性能が向上すると言うことは、それまでの技師達の腕が未熟という証とみられてしまい、彼らの立場が悪くなった。そのため、シャプロンは周りとの軋轢が常に存在した。
何より彼、シャプロンが登場したのは二〇世紀初め一九二五年頃だったころだ。
電気機関車やディーゼル機関車が生まれて蒸気機関車に変わろうとしていたときだ。
フランス国鉄の上層部は無煙化を促進しようとしたのに、蒸気機関車の性能向上はそれを妨げる障害になりかねなかった。そのため、シャプロンは新設計の機関車を作ることが出来なかった。
「その人の教えなら次はもっと凄い蒸気機関車が出来ますね」
「そうだね」
昭弥はオーレリーに一言だけ呟いた。確かに、新しい蒸気機関車の計画は進めている。
だが、同時に蒸気機関車の歴史を終了させる計画が昭弥自身の手で進んでいた。




