反対者
鉄道会社を無事に発足させた昭弥。早速建設準備を始めるが、反対者が出てその対応を迫られる。
さらに鉄道建設は小さな村にも変化をもたらそうとしていた。
王国議会の翌日、銀行創立と事業立ち上げの目処が付いた昭弥は、鉄道建設計画始動を正式に発表し株の販売を始めた。
株は資本金集めであり、原資となる。
ただ、株券のほぼ全てが王国と王家が購入することとなり経営に問題はなかった。
だが、それでも足りない分を銀行から融資して貰うため、その銀行の設立も求めた。
既にシャイロックが根回しを行っているため、その日のうちにいくつかの有力商家が銀行創立を発表し、鉄道会社に融資することを決定した。
ただ、返済の保証として、融資の一部を株の購入で行うと発表した。
借りる側としては致し方ないが、全体の二割に過ぎず、議決権も確保されており問題ない。
他にも関連して機関車工場、レール工場、石炭を採掘する石炭会社、新たな港を作り管理する会社、川船の運営会社、沿線の農家を保護する農業組合、オスティア周辺の漁港を纏める漁業組合など、設立する会社や組織は多い。
それらも鉄道会社と同じように王家や銀行、地元の有力商家、農家などが株主となったり融資したりしてくれる事になっている。
それだけの事をしなければならないのだが、事前に計画したとおりに進んでおり問題は無かった。
だが、問題は発生する。
「昭弥様大変です」
「どうした?」
鉄道会社社長予定者玉川昭弥は、王城に設けられた鉄道会社準備室で必要な書類にサインをしているところに、執事であり、会社設立の手伝いをしているセバスチャンの乱入にあった。
「鉄道建設反対者が抗議に出てきています」
「どういう人達?」
驚いた様子もなく、昭弥は尋ねた。
「はい、川船ギルドです」
「鉄道が川船の仕事を奪うと言って撤回を求めているのかい?」
「そうです。知っていたんですか?」
「まあ予想出来ていたからね。対策もして説得していたんだけど、資金調達が大事だったから別の人に頼んだんだけど、十分に伝わらなかったみたいだ」
資金がなければ事業は興せない。
だが、資金があっても鉄道沿線の人々の反対にあったら建設は困難だ。出来たとしてもまともな運営は出来ない。
「解った。僕が説得する」
「大丈夫ですか?」
「納得して貰わないと、仕事にならない」
昭弥は椅子から立ち上がり、城門に向かおうとした。
「昭弥は居るか!」
だが、マイヤーが入って来てタイミングを失った。
「はい」
「丁度良かった! 城門に抗議者が集まっている! 何とかしろ!」
「ええ、これから行こうと……」
「では、来て貰おう!」
そう言って手を引っ張って連れ出そうとした。
「ちょ、待って下さい」
「早くしろ! ええい! まどろっこしい!」
そう言うなり、マイヤーは昭弥を引き寄せると左手で昭弥を抱え込んで歩き始めた。
「え?」
一瞬、何が起きたか解らなかったが、後頭部に触れる柔らかいの正体を知って慌てた。
「あ、あのマイヤーさん、その」
胸が当たってます。
それも横乳。
それでいてどんな枕よりも弾力があって柔らかい、しかも微妙に心地よい体温が伝わり、天にも昇るような幸福感が伝わってくる。
「文句を言うな! こうやって運ぶのが一番手早い!」
いや、昭弥に文句は無かった。むしろご褒美です。
自分の身体を鋼のように締め付けるマイヤーの左腕も気にならなかった。
ああ、このままずっと、こうしていたい。
鉄道に対する愛情は誰にも負けないが、昭弥も思春期の少年である。原始的欲求を抑えることは出来なかった。
「へぷっ」
だが、その時間も長くは続かず、城門に着くなり放り出された。
「鉄道建設反対!」
「俺たちの仕事を奪うな!」
「即時中止せよ!」
王城の城門近くに集結した川船を引く仕事で鍛えられた身体を持つ男達。
彼らは殺気をみなぎらせて迫ってきた。
「静かにして下さい」
城門を護る衛兵が大声で抑えているが、収まらない。
「えー皆さん。私が社長です」
なるべく大きな声で昭弥が口にしたが、彼らの声に消されて届いて居ない。
「静まれ!」
だが、隣に居たマイヤーが衝撃波のように圧力のある声を張り上げると、途端に静まった。
「ここに居るのが、お前達の会いたがっていた社長だ。話があるならこいつに言え」
そう言ってマイヤーは昭弥を指した。敬うとかそんな感じは一切ない。
まあ、胡散臭い異世界人だし、これからやる鉄道事業にも懐疑的なマイヤーだ。何か不始末が起きたらマイヤーに全てをおっ被せて始末すれば良いと思っているかのだろう。
「社長なのか?」
先頭に居た中年の男性。多分、彼らのリーダーだろう、その人が昭弥に話しかけてきた。
「はい」
「鉄道を作るのを止めてくれ!」
「どうしてでしょう」
「どうしてかって!」
昭弥の言葉を聞いた後ろの若い連中が声を上げた。
「俺たちの商売を奪う気だろう!」
「帝国の鉄道が出来てから俺たちの商売あがったりだ」
「荷物は皆、取られているんだぞ」
「王都からの荷物は皆帝国鉄道が運んでいる」
「この上、王国鉄道が川沿いに出来たら皆奪われちまう」
「鉄道建設反対」
「ま、待ってください」
昭弥は抑えて説明しようとしたが、全員が大声で次々と言うので話す暇が無い。
「静まれ!」
業を煮やしたマイヤーが再び大声を発してようやく静まった。
「お前達の意見は解った。だが、こいつの意見も聞いてやれ」
こいつ呼ばわりされた昭弥は、複雑な気持ちで話し始めた。
「皆さんの仕事を奪うと言う話ですが、今でも仕事はありますか」
「有るが少ないぞ」
威勢の良い声が上がったが、先ほどより小さい。半数ほどが話しに加わっていないからだ。
「帝国鉄道が出来てから少なくなったのでは?」
「ああ、そうだ!」
今度はほぼ全員が答えた。
つまり半分は仕事を奪われる恐怖、もう半分は仕事を奪われた腹いせに来ているわけだ。
「残念ながら、私たちが鉄道建設を中止しても誰かが建設するでしょう」
「そんときは、また潰せば良い」
「それが帝国だとしても?」
昭弥の声に全員が黙り込んだ。帝国に逆らうことを彼らは理解して居る。
「結局仕事はいつか奪われてしまいます」
「だからお前が奪えと、結局俺たちに死ねと言うことだろう」
「違います」
「どう違うんだ!」
「私たちは貴方方に仕事を依頼します」
「え」
昭弥の言葉に全員があっけにとられた。
「俺たちに仕事を渡すって」
「はい」
「鉄道会社は荷物を運ぶのが仕事だろう?」
「じゃあ、なんで荷物を運ぶ仕事を渡すんだ」
「そうだ!」
「嘘だろうが!」
「嘘ではありません!」
昭弥は大きな声で否定した。
「鉄道建設には多くの資材や道具を必要とします。それらを運ぶために、貴方たちの川船が必要となります。どうか協力をお願いします」
荷物を運ぶ仕事と言われて男達は一瞬黙ったが、またすぐに質問した。
「けど、それは鉄道建設の間だけだよな。その後は何も無いんじゃないのか」
「いいえ、その後も仕事はあります」
「どんな仕事だ?」
「石炭輸送です」
一瞬、川船の男達はぽかんとした。
「石炭なんて何に使うんだ?」
「燃やします」
「何のために?」
「機関車や機械を動かすために」
「そんな事出来るのか?」
全員半信半疑だった。
無理もない、この世界のエネルギー源は木炭かサラマンダーだ。石炭はよほどの事が無い限り使わない。
「新しい機械は大量の燃料が必要です。それらを賄うためには石炭が必要なのです。そして大量に運ぶ必要があります。それらを実行出来るのは貴方方の川船しか有りません。どうかお願いします」
昭弥は頭を下げてお願いした。
「話は分かった。どれくらいの期間、どれくらいの頻度でやれば良いんだ?」
「期間はとりあえず五年。ほぼ毎日お願いします」
「五年! 毎日!」
昭弥の言葉に全員が驚いた。
川船の仕事とは不定期だ。
貿易船が寄港しなければ荷物がないし、来たら大量の荷物を捌かなければならない。農作物も収穫期でないと輸送出来ない。
だから、毎日仕事をしてくれと言う言葉は、驚きなのだ。
「輸送量の詳細は追って知らせます。また、資材の輸送に関しても契約をお願いします」
「こ、こちらこそお願いします」
破格の条件を聞いてその場に居た全員が頭を下げた。
「何とかなった」
城門前から解散していく人達を見て昭弥はホッとした。
「本当にいいんですか? あんな約束して」
心配になって後を付いてきたセバスチャンが尋ねた。
「ああ、すべて本当の事だからね」
「けど、石炭の輸送も良いのですか? 運べば私たちの利益になるのでは?」
「そうだけど、川船の方がコストが低いんだ。使う石炭の値段は採掘の経費と輸送の経費で決まるから、安い方が良い」
「じゃあ、どうして鉄道に仕事を取られるんですか?」
「簡単、川船は時間がかかる。その分、船頭の日当もかかる。それに時間が短ければ商品を現金化する時間も短いから商人は鉄道を選ぶ。あと、船は積み替えが多い。積み替えには人が必要だから彼らの経費が必要になる。鉄道は一度積み込めばレールが続いている限り、載せ替える必要が無いから目的地まで一気に行ける。なにより、船は水路がなければ進めないが、鉄道はレールを敷けば好きなところに行ける。これが大きく違う」
「な、なるほど」
昭弥の言葉にセバスチャンは圧倒された。
「さあ、皆に仕事を作るために頑張るよ」
「はい」
「社員の新規募集も始めた。新たに入ってくれると良いんだけど」
コルトゥーナ川の岸辺にある小さな村カンザス。
そこの村長の家の前には、布告文を出す掲示板が置いてあり、王国などから出される布告を張り出している。
その時は多くの人々が集まり出された布告を見て一喜一憂する。
この日も、新たな布告文が出ており人々が集まってきた。
「なんて書いてあるんだ」
貧農の息子ジャンが、友人であるガブリエルに尋ねた。
「今度王国鉄道が大きくなるそうだ。そこで大きくなる分人手が必要だから参加する人を求めている」
布告文はもっと文語調で堅苦しい言葉で書かれているのだが、ジャンにわかりやすい言葉に直してガブリエルが答えた。
「入ると給料が保証されるらしいね。待遇も良くて食事が出て七日に一度は休暇が許されるようだね」
続きを二人の共通の友人であるトムが読んだ。三人は同い年であり同じ日曜学校に通っていたこともあり、子供の頃から一緒に遊んだ仲だった。
「そりゃいいや。入ろうぜ」
大きな声でジャンが誘った。
「いや」
「止しとく」
だが、二人は断った。
「何だよ。こんな好待遇、他にないぜ」
「でも家のことが」
「そうそう」
貧農のジャンと違い、ガブリエルは富農の次男であり、兄がいるとはいえ、家の手伝いをしなければならない。
トムも町の雑貨屋の三男であり、家の手伝いをする必要があった。
貧農で分け与えられる土地がなく自立しなければならないジャンとは違った。
「けどな、こんな村に居ても将来はないぜ」
だがジャンに言われて二人は言葉に詰まった。
ここ最近鉄道が出来てから、野菜漬けやベーコンの売り上げが減ってきており、村は貧しくなる一方だった。畑を捨てて出て行く人も出始めており、村の活力が減っていた。
「俺は行くぜ!」
ジャンは宣言した。
「こんな未来のない村にいたってしょうが無い! 俺は自分の未来を自分で築くぜ! 例え一人でもな!」
ジャンは宣言すると勢いよく飛び出し、直ぐに立ち止まった。
「ところで、何処に行けば王国鉄道に雇って貰えるんだ?」
ジャンは自分の疑問を二人に尋ねた。
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