外伝 貴族の嘆願 2
一センチほどめり込んだ刀身を抜いてから、酒精の強い酒で消毒した後、治癒魔法を唱えた。
「まさか神官だとはね」
「信仰心の厚い人間に、神が力をお貸し下さるだけです」
「信仰している神は何ですか?」
「マニア様です」
聞いて昭弥は絶句した。
確か、狂気と熱狂を司る神。
一つの事に熱を入れて狂ったようにのめり込むことをよしとする神だ。
ローマ神話でも出てくる神で、マニアの語源となった神様だ。この世界の神はローマ神話と同じだから、司る神も同じハズだ。
「ご主人様にお仕えすることに力を貸してくれるのです」
そう言って、マリアベルは、治癒を終えると一旦下がり、食事を持ってきた。
「お食事をご用意いたしました。どうぞお召し上がり下さい」
そう言って用意された食事の匂いを嗅ぐと空腹を覚えた。
眠らされて時間の感覚は無いが、チェニスから結構離れた場所でもあり、長時間の移動であったことは確かだろう。その間食事は摂れなかったから腹が減っていた。
思わず昭弥は手を伸ばして口に入れた。
「うまい」
パンは美味いし、鶏肉も美味い。保存のため香辛料をふんだんに使うのが王国料理の特徴だが、味が濃い。だがこの食事は適度に香辛料を抜いてあり、素材の味が良くしみ出ている。スープに入れて香辛料を抜くと共に、一緒に煮込んだ野菜が吸い込み味が濃くなるのを防ぎつつ、野菜の味付けも行っている。高度な技だ。
更に卵、硬くも無く柔らかくも無く、とろとろとしていて魚醤によく合う。
「美味しいです」
「ありがとうございます。ベットの支度も出来ております」
隣の部屋に案内されると、完全なメイキングがされたベットがあった。シーツにしみも無く皺も無い。一流ホテル並みの技術だ。
「全部マリアベルさんが」
「はい、ご主人様の為に常日頃からお世話させて頂いておりますので、これくらい当然です」
胸を張って答えた。
だがメイドとしてのめり込んでいるようには見えない。
「オーレリーさんのことが好きみたいですね」
「違います」
マリアベルは強く否定して
「全てを捧げています。好きなどと言う、風が吹けば飛んで行くような紛い物、気の迷いと一緒にしないで下さい」
斜め上を突き抜ける修正に昭弥は再び絶句した。
「先ほどご覧になったでしょう。あの可愛らしい幼い姿。金色の髪、緑色の瞳。毎日お手入れさせて頂くからこそわかる玉のようなお肌に小さく軟らかいお体。最高ですわ」
鼻血を出しながら答えた。
「素晴らしいでしょう」
「ええ……」
躊躇いがちに昭弥は答えた。確かにオーレリーさんは綺麗で可愛い。出来れば抱きしめてみたいし、数年後は美人になりそうだから彼女にしても良さそうだ。
だが、目の前のマリアベルの姿を見ると、その気持ちがドンドン失われて冷静になる。
「でも、あげませんよ。オーレリー様は私の物ですから」
「奪いませんし、あなたの物でもありませんよ」
忠誠心があるが、別方向に作用しているようだ。
「それで僕を誘拐したんですよね。鉄道を敷いて貰うよう依頼するようにとの命令を実行するために」
「はい、このままでは領地は立ちゆきませんし、そうなれば私とオーレリー様の愛の巣であるこのお屋敷も離れなければなりませんし」
「違うでしょう。けど、誘拐までやれと言っていなかったようだけど」
「ご主人様の意図を読み取り、お望みを叶えることこそ私の役目。鉄道を通すことこそお望みであり、達成することが義務であると」
その方向性と度合いが常軌を逸しているのだが、本人は気が付いていない。
「でも、一応僕は王国の要人でそれを誘拐したのは重罪だと思うけど。オーレリーさんは知らなくても実行犯があなたじゃ、主人であるオーレリーさんも咎を受けるのでは」
「あ」
「あ、って気が付かなかったんかい!」
思わず右手で関西風のツッコミを入れてしまった。
「ご命令を達成することで頭がいっぱいで」
「ついやっちゃったと……」
近頃の若者や老人じゃあるまいし、なんて無分別な。
これではオーレリーさんが可哀想だ。本人は良くても周りが悪くて、評価を下げてしまうような人だ。儚げな姿を思い出し、より可哀想になる。
何としてもこのダメイドから引き離さないと、と不思議な正義感さえ沸いてくる。
「って、どうして服を脱いでいるんですか!」
「お持て成しを」
裸になりながらマリアベルは言う。
「本音は?」
「この失態を身体で償おうと」
「色仕掛け!」
「違います快楽でもみ消そうと」
「同じ事だ!」
と怒鳴ったが、裸になったマリアベルは昭弥に近づきそのままベットに倒した。
そしてそのまま昭弥の服を脱がせて裸にした。
更に、そのまま、弾力のある豊満な身体を絡めてくる。
「って手慣れているな。何度もやってんのか」
「いいえ、初めてです」
「嘘吐け、ぐはっ」
身体の一部を撫でられてビクッとする昭弥。
「元気ですね童貞ですか」
「五月蠅い! 淫乱なあんたに言われたくない」
「私は処女です」
「信じられん。こんなに上手いのに」
「房事の手ほどきは、メイドの必修ですので。それに来たるべき日のために修行を欠かしたことはありません」
「何のだよ!」
「あ、膜は渡しませんよ。オーレリー様に捧げるので」
「黙れダメイド!」
思わず罵ったが、体術に優れているのか、昭弥を押さえつけて迫ってきた。
「さあ、大丈夫ですよ。快くて、楽しいことをしましょう」
「ひいいい」
マリアベルが昭弥に近づいた瞬間、扉が吹き飛んだ。




