外伝 貴族の嘆願 1
明日は二話投稿予定です
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玉川昭弥は重要人物である。
当人は、ただの鉄オタだと思っているが、周囲はそう思っていない。
突然、ルテティア王国に現れユリア女王陛下の信頼を勝ち得、鉄道によって衰退していた王国。そこへあっという間に、新技術をふんだんに取り入れた鉄道網を建設し、王国の国力を数倍にまで高め、いや跳躍させた偉人。
これだけで十分歴史に名を残せる、いや、既に残すだけのことをした生ける伝説である。
当然、重要人物であり、多くの人間から視線を向けられており、様々な思惑を持って接触しようとしている。
そんな人物だから、町中を歩いていて突然、誘拐されるのも当然と言えば当然だ。
勿論誘拐は犯罪行為であり、重要人物だから警護も警戒もされていたが、昭弥自身が身軽に、単独で視察に言ったためだ。また最近人付き合いに疲れていたこともあり、周りに警護専門の人間を置いていなかった。
そのため駅の中にある客用の大浴場を出て、一人でいたところを突然眠らされ、誘拐されたのは、昭弥自身の責任もある。
だが、本当に悪いのは誘拐した人物だ。
「お越し頂き、誠に感謝申し上げます」
しかし、誘拐犯自身はこれっぽっちも悪いとは思っていなかった。
漆黒のメイド服の裾を摘まみ、頭を下げて優雅に礼を行うほどだ。
そう、誘拐犯はメイドだった。
秋葉原にいるような、アルバイトメイドでは無くきちんと訓練を受け、服装も身なりもきちんとしたメイド。
頭にカチューシャを付け、エプロンを身につけ、靴はピカピカ、服は皺一つ無く、メガネを付けた知的なメイドだ。
エリザベスに技能はいささか劣り、昭弥の心証は最悪の、メイドだった。
縛られていないとはいえ、何処にも逃がさないという強い意志を瞳に宿して昭弥を監視していては、監禁も同然だ。
「ここは何処ですか」
無理矢理連れてこられた昭弥は尋ねた。
「ここはアスリーヌ伯爵様のお屋敷でございます」
「確か、チェニスの北側にある領地でしたね」
鉄道建設のため、王国の地図をよく見ている昭弥は何処に誰の領地があるかも把握している。確か、アルプス山脈の麓にある領地で、建国時の功臣が作った領地だ。アルプスの向こう側から征服したためアルプス周辺を領地に持つ貴族には建国時の家臣を祖とする領地が多い。
ここもその一つだろうと昭弥は当たりを付けた。
「どうして王国に大恩ある伯爵が私を誘拐したのですか」
「どうしてもお願いしたき事がありまして」
「王国や会社を通じて行っては?」
「しました。ですが、却下されました」
「何を願ったんですか?」
「鉄道の建設です」
鉄道を開業してから王国の国力は増大し、栄えている。特に鉄道が開通した地域では顕著だ。
そのため、鉄道を是非我が町、我が領地に通して欲しいと頼む町や貴族が増えていた。
「まあ、そうなるな」
しかし、大半は却下されている。
既に数年先まで建設計画が策定されているからだ。そして、その計画は、最も利益が出やすいルートを網羅しているためだ。
国策とはいえ、根幹にあるのは経済的発展だ。そのため開業後、経済発展が予想される地域を優先、厳選して決めて通している。
計画は予め公表されており、自分の町、領地を通ると分かった町や貴族は建設要請をしない。結果、建設を要請するのは、採算の合わない場所にある辺境の町や貴族のみであり、調査漏れが無い限り、通る可能性は非常に少ない。
「自ら建設されては」
「恥ずかしながら、我が伯爵領は貧しく、建設に当てられる資産は殆ど無く」
「だから誘拐したのか。建設を認めさせるために」
「はい、それがご主人様の命令でしたから」
「主人に言われて、手勢で私を誘拐したのか」
「いいえ、誘拐に関わったのは私一人です」
「え? あなた一人で?」
思わず昭弥は尋ね返した。
「主人から命令されて手勢で誘拐したのでは?」
「ご主人様のご命令は何としても鉄道を建設して貰うこと。王国にも会社にも拒絶されたため、途方に暮れていたところに昭弥様を見つけ、これ幸いにとお連れした訳です」
「……じゃあ僕を見つけて突発的にあなた一人でやったと」
「はい」
「……」
聞かれたメイドは肯定した。その姿に昭弥は怒りを通り越して呆気にとられた。
「すんなり認めるんだね。怒る気も失せたよ。ええと」
「私の名はマリアベル・デュレです」
「じゃあマリアベルさん。よくここまで連れてくることが出来たね」
「鉄道を使いましたから」
「列車に乗せられたのか」
だが、昭弥に列車に乗った記憶は無い。
「魔法か何かで僕を操ったのかい?」
「薬を嗅がせて衣装箱に入れて運び込みました」
「衣装扱いかい!」
だが、同時に有効な手立てだとも思った。この世界の貴族は旅に出るとき、大きな衣装箱、それも人が入るくらい大きな箱に入れる。移動が長期にわたる上に、衣装が嵩張るし、旅先での突発的なパーティーに誘われたとき、ドレスが必要だからだ。なので衣装箱を積み込んでもおかしくは無い。
「一等の個室を取りましたので隠しておくのは簡単でした。乗務員も非常に良く訓練されており快適でした。何より、女性の私を気遣い重い衣装箱を部屋まで運び込んでくれました。また不躾に部屋に入って改めることが無かったので簡単に事が進みました」
「それはどうも」
自分の会社のシステムが自分の誘拐に使われて昭弥は腹が立った。
中国の鉄道のように旅客機搭乗並みのセキュリティチェックや荷物検査をするべきか。
いや、あそこはテロ警戒というか乗客自身も信用していないから行っているのであり、誰でも利用できる鉄道という昭弥の理想とは離れている。
もちろん安全対策は必要だが、利用される善良なお客様に過度な負担を強いるべきでは無い。
「けどね」
「お待ち下さい」
強く抗議しようとしたとき、マリアベルに止められた。
「ご主人様がいらっしゃったようです」
主人か、抗議してやろうと思い席を立った瞬間、背中に冷たい物が突きつけられた。
「おかしな事や余計な事を喋れば刺し殺しますので、ご注意を」
「そこまでやるか」
背中にナイフを突きつけられては、何も出来ない。
そうこうしている内に、ドアが開けられ、主人が入ってくると昭弥は放心し、何も言えなくなった。
静かに入った主人は緩やかに会釈をして鈴のような明るい声で自己紹介した
「初めまして昭弥公爵様。当家当主のオーレリー・アスリーヌです。以後お見知りおきを」
ユリアを一回り小さくしたような可愛らしい、長い金髪の子供だった。
こんな小さな女の子が領主だなんて、と昭弥は思ったが日本にも鎌倉時代に女主人が認められていたし、戦国武将に女性もいる。ヨーロッパにもイタリアのマントヴァに女性の領主がいた記録がある。
この世界でも女性が進出しているのだから女性が領主でも不思議では無かった。
小さいながら一生懸命、威厳を張って、礼をしようとする姿が、また何とも愛らしい。
娘を持つならこんな娘が欲しいと昭弥は思ってしまった。で、誰と作るか想像したとき、ハッと我に帰った。
「いや、伯爵」
誘拐されてきたと言おうとしたとき、背中のナイフの感触を思い出し、昭弥は黙った。
「お持て成し感謝します」
「ありがとうございます。わざわざ田舎の我が領地に御身をお運びになられたこと、重ね重ね感謝いたします」
いかにも育ちの良さそうな素直な子だった。
無条件に力を貸したいと思ってしまう。
「我が領地に鉄道を開設して頂けるとの事。領民一同喜んでおります」
「その件はお断りさせて頂きます」
「な……何故ですか」
背中のナイフが数ミリ背中に入ったが昭弥は話しを続けた。
「私は社長として会社を守る責任があります。経営的に赤字になると予想される路線を建設する訳にはいきません」
「しかし……鉄道が開設された地域は全て発展を遂げ黒字に……」
「事前に十分黒字になると調査で分かったからです」
「私はただ領民のために尽くしており、ひいては王国の為と思い鉄道をひこうと」
静かに悲しそうに昭弥は話した。
「私も同意見です。しかし、鉄道を敷くからには王国がよく発展する方法を採らなくてはなりません」
「我が領地が発展に寄与しないと」
「水を集めようとするとき、山の頂から集めるのでは無く、谷の川にくみに行くようなことです」
「集まりやすい場所と集まりにくい場所があると言うことですか……」
「ご明察ありがとうございます」
「……やはり、我が領地は辺境ですか」
オーレリーは悲しげに呟いた。
「まあ、何が発展の切っ掛けになるか分かりませんし、調べてみますか」
「開設してくれるのですか!」
「二、三日領内を調べて出来そうであれば。確約は出来ませんが」
「はい! それだけでも十分です。どうぞこの屋敷にご滞在して下さい。マリー、お世話を頼みますよ」
そう言うと、オーレリーは深々と一礼して部屋を後にした。
「確約して欲しかったのですが」
「言ったように赤字路線を作る訳にはいきません」
省線や満州鉄道、国鉄のように政治家や軍隊の思惑のために赤字路線を作らせまくったあげく、借金を押しつけ補助金、値上げを禁止するという一般企業にあるまじき行為、超難関縛りプレイ、マゾプレイをする気など、昭弥にはない。
「まあ、それでも調査はしますよ」
「既に調査したのでは?」
「書類で調べて、既に商業が活発だったり鉄道に必要な資源がある場所を見てから詳細に調べて建設しただけですからね。あまり活発で無い場所は、書類に載っていない資源が有る可能性がありますから、調べてみますよ」
「普段からそうすれば良いのに」
「王国がどれだけ広いか分かっていっているのか」
最近、アクスムもデルモニアも併合して単純面積が増えたのに昭弥一人が調査できる範囲は狭い。今現在拡大中の鉄道の視察も必要なのだし、身体が十個、二十個欲しいくらいだ。
「まあ、調査して頂けるというのなら、ご協力いたします。何なりとお申し付け下さい」
「じゃあ、まずはその刺しているナイフ、抜いて怪我を治してくれないかな。夢中になって喋っていたから、大丈夫だったけど傷口が熱くて痛くなってきた」




