北から来た貴族 1
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トンネル建設の準備が一段落したとき、急に王城から使者が来て、至急登城するようにという指示が昭弥に下った。
何かと思って、別室へ行くと一人の男、いや青年と引き合わされた。
「失礼します」
会った青年は、金色の短髪に流れるような切れ長の青い瞳、鼻は高くて、顔の掘りは深い。きつい印象だが口元が柔らかい笑みを浮かべており、それが鋭さを抑え寧ろ美形をより強調している。
背も高く身体は細いが、ひょろ長と言うより筋肉の付がよい、精悍といった表現が合う。
誰なのだろうかと昭弥が考えていると宰相であり押しかけ義父であるジャック・ラザフォード公爵が答えた。
「こちらは帝国本土の貴族ティベリウス・マリウス帝国伯爵だ」
「初めまして昭弥卿。ティベリウス・マリウスと申します」
ティベリウスは優雅に一礼して昭弥を見た。
ぞわっ
突然昭弥の背中に悪寒が走った。何故か嫌な予感、危険な香りがする。
お近づきにならない方が良いのでは無いか、と昭弥の勘が叫ぶ。
これまでも幾度かあった。
親の薦められた塾に入るとき、感じた感覚。
勘に従い入りたくないと伝えると、鉄オタを矯正する目的もあり、甘えるなと言われて強制入塾させられた。案の定、ヤクザまがいの脅しと罵詈雑言で授業を行う低劣な塾だったが、辞めようとしても甘えるなといって中々出して貰えず。幸い他の塾生がICレコーダーで授業を録音して暴行罪で警察に告訴して逮捕されようやく解放された。
それ以降塾に通うことは無く、嫌な記憶を忘れるべく鉄道趣味に昭弥は邁進した。
他にも中学入学時初対面にも関わらず、悪寒の走った相手が虐めの常習者だったり、教師が暴力暴言を肯定する人間だったりと酷い目に遭った。
鉄道趣味でも、悪寒が走ったときがあり、乗る予定だった電車に乗らずにいると、その車両が車両故障で数時間、駅と駅の間で停止してしまい、大幅に遅れたり、人身事故で運転中止になったりした。
幸い乗らずに済み、別ルートを行ったり駅周辺を調査することが出来た。
そのため昭弥は非科学的でも自分の勘を信じて行動することにしている。外れることもあるが、自分の勘を信じた方が良いと経験的に知っているしもう同じ間違いをしたくない、何より自分を信じたいと考えている。
「王国の為になる話しを持ってきてくれたんだ。出来るだけ前向きに検討してくれ」
そう言って義父は昭弥の逃げ道を塞いだ。
「はい」
昭弥にとっての最悪パターン、悪い予感がする、断れない逃げられない、が確定した。
昭弥は最悪の時の心構えを行い、会談に臨んだ。
「どのようなご用件でしょうか」
「我が領内に鉄道を敷いて貰いたいのです」
「失礼ですが伯爵の領地は何処にあるのでしょうか?」
「王国の北西で接しております」
「ならば帝国鉄道に依頼されては?」
「いや、王国鉄道が良いと思っております」
「しかし、王国鉄道はルテティア王国内での運転が主ですし」
「トラキアでも鉄道運転を行っていますが」
「それは例外です」
王国鉄道の延伸時にレールを確保するため破綻状態だったトラキアの鉄道を購入したのだ。そして、手に入れたレールを取り外し王国鉄道に据え付けた。
元々、運転が殆ど行われていなかった事もあり、外すことには問題無かった。ただ、一部路線で利益が出ていたし、利用者も居たため、彼らのために一部を残していたのだ。
「ですが、この度延伸していますよね」
「王国鉄道の延伸です」
昭弥は、淡々と断言した。
「建設するのは利益が見込めるからです」
今回の延伸はアルプス山脈によって隔てられたレパント海とインディゴ海を結ぶためであり、非常に有益だからだ。
「こちらでも利益が見込めますよ」
ティベリウスが答えた。
「何しろ、北では比較的通り易い回廊が我が領内から王国へ通じていますから」
ティベリウス伯爵領は、アルプスの西側、帝国本土側にある。
彼の言うとおり、セント・ベルナルド峠より通り易い峠が存在し街道も作られている。
にもかかわらず主要街道となっていないのは、あまりにも北にありすぎて遠回りになる上、冬は雪深く通行不能になるためだ。
「現状、トラキアへ行く路線があるので十分ですが」
「そうですか?」
ティベリウスの一言に昭弥は震えた。それを見透かしてかティベリウスは畳み掛けた。
「果たしてそう言い切れますか?」
「何か問題でも」
「もし、そのルートが使えなくなった場合、不利益は無いのでしょうか?」
痛いところを突かれた。
確かにあの大迷宮には魔力を取り出す装置、かつての魔法文明を滅ぼした装置の再現版が置かれている。それが暴走して大迷宮を使用不能にする可能性が有る。
それ以外にも、破壊工作によって鉄道路線が破壊されても復旧に時間が掛かるだろう。
今作っている帝国本土との連絡線は多大な利益をもたらすことが確定されている。同時にこの路線が非常に重要な交易路になることも確定している。
東西を繋ぐための重要なルートであり、昭弥のいた世界でいえばスエズ運河やパナマ運河並みの貿易路となる。
もしこの二つの運河が使用不能あるいは一時通行不能になったら世界経済は大混乱になるだろう。
本土との連絡線も同じで、これが断絶すれば、東西に大きな混乱をもたらす。
王国鉄道は民間会社であるがインフラの管理者とすれば、世間に対する責任もあり、そのような混乱を起こさないようにするのは当然だが、起きたときの混乱を最小限に抑える必要がある。
そのための代替路線を用意しておくのは当然のことだ。
その路線としてティベリウス伯爵の提案は魅力的だ。
遠回りという欠点は鉄道の速度で短時間の移動が可能。
雪に閉ざされるという欠点は、鉄道の雪に強いという特徴で問題はない。
故に魅力的だ。
「ですが、伯爵領を通らなければならないという理由がありません」
しかし、その点では他の峠も十分考慮に入る。
実際、いくつかの峠へ調査団を送っており、いくつか有力な場所を見つけている。
ただどれも一長一短があり、決め手に欠けていた。
ティベリウス伯爵の提案が他の予定ルートを凌駕する利点が見えないため昭弥は慎重になっていた。
しかし、伯爵はきちんと利点を持ってきた。
「自慢になってしまうかもしれませんが、私の領地は、北方の中心地となっております。そして楽しい施設が多く揃っております。需要は十分見込めると思うのですが」
昭弥が疑問符を浮かべているとラザフォードが耳打ちした。
「行っていることは本当だ。北国のため雪に閉ざされる領地は多いが、雪に閉ざされる地域では内職、機織りや工芸が盛んだ。それらを農家に貸し出すための機織り機や糸の取引の中心地になっている。それらの商人や職人、農作業が終わった後、納品ついでに骨休みで伯爵の領地で遊ぶ農民相手の施設が多い。十分な人の出入りがある」
施設というのは、ご想像の通り大人の商業施設やカジノである。
歴代伯爵が、自領を貿易の中心とするため、積極的に商人を優遇すると共に彼らおための施設を作っていた。
そのため伯爵領の町は北方では随一の歓楽街であり、伯爵は<北方の快楽王>と呼ばれている位である。
「いかがでしょう?」
伯爵が尋ねてきたが、昭弥は決めかねていた。
その時ドアが開いた。




