鉄道ブーム
王都の東側、港に近い場所は昔から交易が盛んだった。
ルビコン川の水運を受けやすい便利な場所で、王国の商家が軒を連ねていた。
だが、王国鉄道開通により鉄道貨物の取扱量に反比例するように水運の量は減りつつあった。今でも水運は使われていたが徐々に減っていた。
だが、それでも商売活動は盛んだった。
「新規株式公開だよ」
「市債が発行されるよ。急がないと無くなるぞ」
「投資信託はこっちだ」
名だたる商家達は株式会社となったり銀行を設立するようになった。
そして、水運の衰退と共に使われなくなった倉庫を改造あるいは解体して証券を取り扱う証券取引の町と変わった。
元々、商家が多く商売の取引や商談が多かったが、物流が少なくなってより活発になった。
特に郵便制度が整ってからは遠隔地との情報のやりとりが盛んになり、送金なども簡単に行えるようになった為、より盛んになる。
鉄道の発展もあり、遠隔地で事業を行ったり、商品の売買も盛んになり、資金の需要も大きくなってより繁盛している。
大戦の復興資金、アクスムの開発資金なども求められており、資金はいくらあっても足りなかった。
「凄い人だな」
そこに来たのはカンザス出身の貧農の息子ジャンだった。
鉄道会社に就職したが、仕事に慣れずあちらこちらへと転属を繰り返していた。
今は、環状線の監督補佐として王都東側の工区に配属されている。
今日は休暇で東側の町を見て回っていた。
「投資をすれば儲かるのか」
一攫千金を目指して鉄道会社に入ったが、あてがわれるのは日常の仕事だけ。
先の大戦では鉄道員は、兵隊になってはならないと命令されて英雄になれなかった。危険な戦地の鉄道業務をやって手当が貰えたが、大半が戦時国債であり即換金は出来なかった。
毎月給料の半分程度が支払われているが、直ぐに大金にしたかった。
何とか大金を手に入れたいと町を回っていて、この証券取引の町中に入ってきた訳だ。
「新しい鉄道会社が出来るよ」
「ウチにも出来るぞ」
「ミシシッピ鉄道に投資すれば、直ぐ配当が貰えるよ」
見ると、配当額が大きい。
一度買えば毎年決まった配当額を貰える。業績が良ければ更に貰えるという。
王国鉄道も株の配当金が凄い金額と聞いている。
「俺も買うとするか」
兎に角、金が欲しかった。貧しさから抜け出そうと思い、村を出てきたのだ。
ここで大きくならないと、出てきた意味が無い。
「だが、今の金で買えるか」
一応、給料は貰っているが日々の生活で、というより気前よく使っているため貯金が少ない。
「ウチ、ミシシッピ鉄道は戦時国債と交換で株を渡すよ」
そういった声を聞いてジャンは飛びついた。
戦時国債は山ほど有る。それを全て交換すれば今の支給金より大きな配当金が直ぐに貰える。
配当は確実に入るだろう。何しろ王国鉄道はあんなに儲かっているんだから。
「よし! 全て投入するぞ!」
「軽便鉄道建設支援であちらこちらで鉄道会社建設が始まっていますよ」
「そうだね」
昭弥は、新たに建設された鉄道省の大臣室で顔を引きつらせながらセバスチャンに答えた。
「どうしたんですか? あまり浮かない顔ですね。鉄道を延ばそうという機運が高まっているんですよ。中には軽便鉄道同士を結んで王国鉄道、帝国鉄道に次ぐ第三の鉄道グループにしようと唱えている人も居ますよ」
「そんな人も前の世界に居たな」
日本にも軽便鉄道同士を結んで全国的なネットワークにしようと考えた人がいた。
「あまりにも輸送力が少ないのと、スピードがのろいので構想だけで破綻したけどね」
「上手く行かないと?」
「まあ、それはまだ良いんだ。実際に建設しているならね」
「どういう事ですか?」
「詐欺の手口に使われているんだよ」
そう言って申請書類の束を渡した。
「どう考えても収入が入るように思えない計画書の山だよ。中にはまともな計画もあるけど、大半はとりあえず計画書を出しただけだ。まあ、鉄道の建設を行った事のある人間なんて殆どいないから仕方ないけどな」
一応、コンサルタントの育成は進めているが芳しくない。
王国鉄道も鉄道建設、経営に関わる優秀な人間が必要であり、おいそれと出す訳にはいかなかった。
「まあ、熱意だけ合ってやり方を知らない。それはまだ許せる。だが、はじめっから金をむしり取ってとんずらしようと考えている見え透いたクズが居るのが我慢ならん!」
世界各地の鉄道建設ブームの折には鉄道建設をダシに金を取って逃げる詐欺が横行した。
日本の和牛商法やオレオレ詐欺、特殊詐欺、ネズミ講と似たようなことが鉄道で行われたと言えば、おわかりだろうか。
「まあ、鉄道が儲かるというのはウチの会社で常識になっていますから」
その詐欺を助長しているのが他ならぬ王国鉄道会社だ。
新しい路線を引き、事業を行う度に増収増益を記録するため、鉄道=儲かる事業とみて参入しようとする人が多いし、投資しようと考える人が多い。
特に、鉄道の発展により商工業が発達して中産階級が育ちつつあり、預金をする余裕が出てきた。そして彼らは貯まったお金を預金以上に効率よく運用するべく投資先を探していた。そのような事もあり、鉄道株と名が付けば売れるような状況だった。
「だが、このミシシッピ鉄道なんかあからさまに怪しい。と言うか巫山戯ている! 詐欺を働いている。むしり取って最初の配当の後さよならします、と言っているようなものだろう!」
「どうしてでしょう?」
「よく見ろ! 配当を直ぐに出すと言っている。開業前どころか建設前に出来る訳無いだろう!」
鉄道への投資が回収出来るのは鉄道が開業して乗客貨物を扱えるようになってからだ。
開業前は建設費などで出ていくだけであり、建設途中あるいは建設前の土地取得で資金が尽きて開業前に倒産する会社も名が知られていないだけで星の数ほど存在した。
昭弥も王国鉄道を作る際に建設を可能な限り短縮したのも、それが理由だ。
建設前から配当金を出すなど自ら資金を減らすだけの行為であり、天才か、頭が狂っているか、詐欺を働くためにやっているとしか考えられない。
「集めた資金の一部を初回か数回のの配当として渡して、更に多くの資金を集めたあと、逃げる算段だよ」
「捕まえますか?」
「今のところ、捕まえる理由、法律上詐欺と認定する事は出来ない。事業計画を出して建設しようとしているからね。資材の仮発注も行われているようだし」
詐欺の兆候を見つけるのは難しい。一昔前ネットのオークションを見てどれが詐欺か真っ当な出品者かを判断するのが難しのと同じだ。商品が送られてきて現物と違うことが解って初めて詐欺と解るのと同じだ。
「本当に腹立たしい」
鉄オタの昭弥に取っては、鉄道が詐欺の道具にされるのが我慢ならず、ずっと頭に血が上っていた。
「どうするんです?」
「事業者が逃げ出すか、はじめから建設する気が無いことを証明する書類でも出てくれば良いんだけど。今はこのまま見ているしか無い。あとは啓蒙するしかないかな。鉄道の経営についてどういう事か、投資者にも理解してこの会社に投資して大丈夫か判断して貰うしかない」
「見ますかね。偏見ですけど、金を楽して手に入れようとする人達が読みますかね?」
「そこまで責任持てないよ。まあ、派手に逮捕して警告を出しておこう。捕まえられるように、警察に連絡をとっておくか。宰相経由で伝えて、いつでも捕まえられるように。必要な情報とかこちらで準備しておこう」
「わかりました」
数日後ミシシッピ鉄道の社長が逮捕された。会社内の横領を証明する書類が盗まれたことに気が付いて逃走しようとした所を逮捕された。
鉄道会社協力の下、捜索の結果、多額の架空発注やキャンセルが判明し資金を着服して豪遊していたことが判明。詐欺事件として起訴された。
ただ、投資された額の半分ほどが既に使われていたため、投資者に戻った金額は半分ほどであり、被害額は大きかった。
だが、これが世間に伝わると鉄道株の熱は下がり、慎重に調べる人々が多くなり、結果他の不正が判明したり無謀な計画である事が判明するケースが続出。
鉄道ブームは一時沈静化することとなった。




