帝国鉄道広軌線
「ええい! このところ王国鉄道に取られっぱなしでは無いか!」
帝国鉄道の現状報告を聞いた皇帝は担当者を叱咤した。
「はい、高速線が開通してから、そちらに多くの利用者が集中しております」
「何故だ」
「単純に所要時間が短いからです。所要時間が短ければそれだけ、他の活動に時間が取れます」
「精々、一時か二時早くなるだけであろう」
「いえ、帝国鉄道と王国鉄道の高速線では倍以上の差があります。単純に帝国鉄道の所要時間と同じだけの余裕が王国鉄道は生み出すことが出来ます」
「なぜ、連中はそれほど速く動かすことが出来るのだ」
「単純に技術的に優れているからです。同じ標準軌の機関車では王国側の方が技術的に優れているからです」
「どういう事だ?」
「機関車の速度と出力は動輪の大きさとボイラーの大きさで決まります。ピストンの往復可能回数が帝国の機関車は少なく、同じ動輪でも速くする事が出来ません」
「ならば動輪を大きくすれば良いだろう」
「動輪を大きくすればそれだけ機関車のボイラーの位置が高くなります。そのため大きい動輪を装備するとボイラーの位置が高すぎて不安定になり脱線しやすくなります。またボイラーも大きくする必要があり、不安定さが増します」
「なんてことだ」
皇帝は苛立ちを隠さなかった。
「……待て。高くなると不安定になるのだな」
「はい」
「だが、幅広い機関車なら大きくするのに問題無いのでは無いか?」
「確かにそうですが」
「ならば、今より大きな軌間の鉄道を作れば良い」
「そ、それは新たに路線を作ることになり、既存の路線が無駄になるかと……」
「帝国鉄道の速度を上げるにはそれしかないだろう。兎に角、軌間の広い路線を作れ!」
「帝国鉄道が軌間の広い路線を作るようですよ」
「そうみたいだね」
昭弥はつまらなそうに答えた。
「なんか興味なさそうですね」
「意味の無いことをするなと思ってね」
「そうですか? 広くすれば速度が上がるのでは?」
セバスチャンも昭弥の鉄道講義を受けて少しずつ詳しくなっている。軌間が広がれば速度向上が図れることを知っている。
「軌間が二メーター近くありますから。単純に三〇パーセントアップは出来るのでは?」
帝国鉄道の最高速度は六十キロほどだったから、八十キロぐらいに上がるはず。
高速線より遅いが、十分脅威になるはずだ。
「こちらも広げますか?」
「必要ないよ」
「どうしてですか?」
「建設費や敷設出来る場所が制限されるからね」
昭弥は説明した。
「確かに広軌にすれば多くの荷物を運ぶことが出来る。けれど、広軌は敷設する場所が制限されるんだ。特に入り組んだ山岳地帯とかは難しい」
こうして盛大に墓穴を掘ったのがスペインだ。スペインは他のヨーロッパの国から侵略されないように広めの広軌にしたが、建設費が増大した。しかも山の多い国のため建設に苦労することとなり、タダでさえ他国に遅れていた産業や技術が更に遅れると言ったことになってしまった。
ロシアは平原と言うこともあり、建設費の増大は最小限に抑えられ、寧ろ広軌の特性を最大限に生かすことが出来た。
「それと今有る軌間を変えるというのは結構めんどくさいんだよね。レールの幅を広げるだけで無く、それに合わせた機関車や、貨車、客車も用意しないといけないからね。軌間を広げるのも大変だし」
とある私鉄は、一夜にして全ての路線の軌間を変更したことがある。長年にわたり用意周到に準備していたとはいえ、短い私鉄だからこそ出来たことだ。
長い帝国鉄道で一挙に出来るとは思えない。
「新設の路線のみですよ。平行線を作るみたいです」
「なら無用の長物だね」
「どうしてです?」
「ウチの高速線は標準軌にしたよね。どうしてだい?」
「それまでの線路と乗り入れが出来る様にです」
「それだよ」
昭弥は説明した。
「鉄道の最大の利便性は、遠くに迅速に運べること。確かに、新たに出来る路線の間は速くなる。けど、その区間だけ利用する列車や利用者ばかりじゃない。そこより遠くから来る利用者もいる」
例えば金沢間で伸びた北陸新幹線で考えて見よう。
富山から金沢まで速くなり便利になった。しかし富山から福井の場合はどうだろう。
それまであった特急が廃止されたりして金沢で乗り換える必要が出てきて不便になるのではないか。
「旅客はまだマシだけど。貨物の場合はどうなる? 違う軌間の貨車から貨車へ積み替える必要が出てくる。めんどくさいだろう」
「確かに」
「そういう面倒が出てくるために軌間を広げる必要は無いよ」
「そうなんですか?」
「ああ、今後を考えると軌間の小さい差なんて無意味だしね」
そう言って昭弥は、王国鉄道として対応しないことにした。
そうして広軌の路線を帝国鉄道は開通させたが、昭弥の予想通り相互乗り入れが出来ない不便さにより、特に貨物の輸送で不利に働き、赤字続きで結局短期間で廃止される事となった。




