帝国鉄道新路線開通
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王都に帰る列車の車内でユリアは昭弥にこの前行われた皇帝の宣言とその内容について説明した。
「そういうわけです」
所々、エリザベスの補足が入りつつ、昭弥はユリアの話しを聞いた。
「申し訳ありません。折角王国鉄道を広げてくれたのに、このような事に、帝国鉄道に奪われるような事態になってしまって」
これまで昭弥は王国の為に尽力してくれた。
鉄道建設と運営に未熟な中、文字通り献身的に超人的に活動し王国鉄道の発展に寄与してくれた。
鉄道開通後もその発展に尽力し王国各地を結び、反映をもたらすよう様々な施策を行ってくれた。
徐々に衰退していた王国の経済は回復するどころか跳躍し、帝国のどの地域よりも豊かと言えるまでになった。
先の大戦でも、三カ国侵略の上に内乱という絶体絶命の危機でも、鉄道をフル活用した戦力集中、各個撃破に協力し市条例を見ない大勝利に収めたのは昭弥の尽力があってこそだ。
なのに、ユリア自身は昭弥から多大な恩恵を受けているにもかかわらず、それを守ることさえ出来ない。
勇者の血を引いていながら、何も出来ないかつての自分と何も変わらない。
「本当にごめんなさい」
申し訳ないという気持ちでユリアが言った後、昭弥は答えた。
「そんなこと別に良いじゃないですか」
「へ?」
「いやあ、ユリアさんの表情から最悪の事態、帝国が王国鉄道を接収すると言ってきたかと思いました」
「そ、それはよほどの事が無い限り、行えませんし、保証も行わなければならないので、ないかと」
「そうですか。なら心配はありませんね。隣接する鉄道なんて、接収されることに比べればずっとマシ。いや望むところです」
思わぬ返答にユリアは呆気にとられた。
喜々として語り、目をキラキラさせる昭弥にユリアは圧倒されながらも尋ねた。
「で、でも王国鉄道のシェアを取られるのでは」
「一部は取られるかも知れませんが、大丈夫ですよ。寧ろ望むところです」
「え」
自分の会社の収入が奪われるというのに昭弥は喜んでいる節があった。
「さあ、どんな風にやって来るのかな。いや、寧ろこちらから提言するべきか」
「やめて下さい!」
本気でやりかねない言葉に思わずユリアはツッコンだ。
「帝国鉄道の工事は始まっております」
皇帝の宣言の後、昭弥の帰投を待って王国鉄道株式会社取締役会が開かれた。
王国鉄道株式会社として帝国鉄道に対してどのような対策を行うかを決めるためだ。
司会進行は情報調査を行ったセバスチャンが行った。
「資材の調達が遅れていることもあり順調とは言いがたいものですが、とりあえず工事は進んでいます」
「開通した場合の影響やけどな」
貿易担当のサラが答えた。
「最初は分からんけど、王国鉄道の稼ぎ頭やった帝国への貨物輸送が激減するはずや。いくらかは残るはずやけど、単純に帝国への輸送量の七割くらいは離れるハズや。輸送量でも三分の一くらいやろか」
その数字を聞いて溜息が漏れた。
「何とかならないんですか」
オブザーバーとして参加している王立銀行総裁シャイロックが尋ねた。
「いくらか方法はあるやろうけど、単純に距離が短いから帝国鉄道の方が安いし早いんや」
王国鉄道はオスティアから北上した後、王都から西に方向転換してセント・ベルナルドに向かって行くため、距離が長い。一方帝国鉄道はセント・ベルナルドからオスティアへ直行するので距離が短い。
なので管理費も安いし、時間も短い。
どうあがいても物理的な有利さは帝国の方が上だ。そして、物理的な有利は絶対的である。
「社長どうします?」
全員の視線が昭弥に集まった。
社長の決断を全員が注視する中、昭弥は口を開いた。
「何もしない」
「はい、ではそのように……えっ!」
思わぬ言葉にセバスチャンは聞いてから驚き、他の物は絶句していた。
「いや、聞いていなかったんですか社長……シェアを取られるんですよ。輸送量が向こうにいっちゃんですよ」
「別に構わないだろう。それどころか、喜んで譲ってあげよう」
「しかし……」
「出来るならの話しだけどね」
「何か考えがあるんですか?」
「いや、ほっといた方が良い」
下手に動いて何ら成果なしでは意味がない。動くだけ疲れる分、害だ。
なので昭弥は動かないことにした。
「と言うより建設を手伝って上げようか。と言う訳でサラさん新会社を作って」
「ほんまに話し聞いているんかい!」
暢気な昭弥にサラは怒鳴り声を上げた。
「そんな怒った顔をしないで下さい。美人が台無しですよ」
「そんなん関係ないわ! 取られてええんか!」
取引先というのは商人にとって命そのものだ。それを相手に、商売敵に渡すなんて狂気の沙汰としか言いようが無い。おまけにそれを手伝おうというのだ。
「大丈夫ですよ。それどころかこちらの利益になります。なので手伝って上げましょう」
「話しを聞かんか!」
そういうやりとりが暫く続いた後、ようやくサラは渋々承諾し、言われたとおりに新会社を作ることにした。
「さてこれで終わりだな」
「社長う、お茶が入りましたあ」
会議が終わって舌足らずなロザリンドが全員に紅茶を出して落ち着かせた。
全員少しは気持ちが落ち着いたので、とりあえず昭弥の方針を承認して取締役会は終わった。
「やれやれ、ありがとうロザリンドさん」
「どういたしましてえ」
その後、ロザリンドは自分の席に座り何やら書き始めた。
「……ロザリンドさんそれはなに?」
「女王様への報告書なのですう。昭弥様が何をしているか毎日報告するのですう」
「やめてくれない?」
今の会議のやりとりは誤解されそうだ。
「ダメなのですう。女王様の命令なのですう」
「頼むから」
昭弥はロザリンドに懇願したが彼女は書くのを止めなかった。
お陰でユリア女王から帝国に肩入れするのかと詰問されてしまった。
宣言から暫くして、帝国鉄道の新路線が開通した。
開通したのはセント・ベルナルドから南東へ延びオスティアに通じる路線、通称帝国オスティア線だ。
オスティアから帝国本土へ香辛料が運ばれていることから、収益が十分な額になると期待されていた。
その期待は皇帝フロリアヌス自らセント・ベルナルドで開通式を行った事からも窺える。
「本日ここに帝国鉄道オスティア線の開通を宣言する。帝国本土とインディゴ海が直接結ばれ、多くの富がもたらされ発展することを祈る」
そう言って、皇帝はハンマーを大きく振りかぶりゴールデンスパイクを叩こうとして
ガーン
外した。
ハンマーはスパイクの横にあるレールに辺り、皇帝の手を痺れさせた。
周りでは家臣達や官僚が笑いをこらえるのに必死で顔が歪んでいる。
フロリアヌスは、何事も無かったかのようにハンマーを持ち直しスパイクの位置を確認してから打ち付け、半分ほど埋まった。
更に三回ほど打ち付けてようやくスパイクは埋まり、鉄道は完成した。
同時に待機していた汽車から一斉に汽笛が鳴り響き、ファンファーレが鳴らされる。
これからの帝国鉄道の未来が明るいものになるという宣言だった。
近日中に他の路線も完成し、王国の物流を握ることになるだろう。
「王国は頂くぞユリア」
会場から離れるとき皇帝は小さく呟いた。
帝国鉄道オスティア線開通から数日経った頃、さぞかし通行量が増えると思われていたが、そんな事無かった。
相変わらず、王国鉄道の方を使って輸送する量が多かった。
帝国鉄道を使う者もいたが、明らかに少なかった。
「現在、帝国鉄道への乗り換えを行っている顧客も居りますが、少数に留まっています。収入に関しては減少はそれほど多くありません」
「どうしてこんなに少ないんですか?」
状況報告を終えたセバスチャンが尋ねた。
「単線だと運用出来る本数が少ないからね」
複線と単線では倍以上違う。
おまけに、帝国鉄道では一日ごとに上下が入れ替わる。
これでは必要な時に必要な距離を稼ぐことが出来ないし、時間が倍以上掛かる。
「単線でも最大限に運用出来る方法はあるけど一寸難しいしね。複線にした方が簡単に運用出来るし」
昭弥は呟いた。
「今頃思い通りに行かなくて、皇帝はお怒りだろうね。というより、もう少し健闘して欲しいよ。力不足も甚だしい」




