救出
「海岸沿いの線路に部隊の配置完了しました」
「よし」
部下の報告に指揮官は満足した。
上の指示で総督を捕らえるように命令されている。
後は沿線沿いを見張っている部下の報告を待つだけだ。
警戒線を突破していった場所から沿岸に向かってるのは分かった。
後は網を張るだけだ。町に向かっている可能性もあるが、それらの経路には部下を配置して見張っている。
「? 線路上に何か居なかったか?」
夜になってから見張っている場所の近くで線路に向かう影が見えた気がした。
「分かりません」
暗すぎて分からない。だが、一人か二人ほどで七人以上の集団ではない。しかも負傷者を抱えて移動している。そんな集団が通った気配はない。
線路に何か仕掛けたかも知れないが、カーブの先でよく見えない。
「列車が来ました」
部下の報告で機関車に目を向ける。時刻通りにやって来ている。最近は夜間運転も行うようになって列車が通る頻度も上がっている。
「飛び乗るつもりなら信号を送って止めるはずだ。良く見張れ」
「はい」
夜間なら松明を掲げて止めようとするはず。あとはそれを見つけて襲撃すれば終わり。列車が止まる前に片付ける事が出来るはずだ。
列車を見送った後、暫く経ってからパンという音がした。
「見つけたのか」
だが、銃声にしては音が小さい。戦闘が行われているとしても撃ち合いの音がしない。
「隊長! 列車が減速しています!」
「!」
見ると列車が激しいブレーキ音を上げながら急減速して停止した。
「どうして止まるんだ」
その時ハインツ・エーベルはアムハラに向かって貨物列車を走らせていた。
軽便鉄道の機関士をやった後、予定通り、鉄道学園に入学したが、学園に在籍したまま機関区に庫内手として配属され機関車の整備、というより掃除係となった。
とりあえず、機関車を磨き上げる職務だが、軽便より大きい標準軌の機関車を触れるのはハインツにとって望む所だった。
仕事が終わると、学園に行き講習を受ける生活はハードだったが、同じような境遇の生徒も多く、学んだことが直ぐに活かせるので、苦では無かった。
だが、それも半月ほどで終わり、いきなり学園生徒のまま機関助手に任命された。どうしてもアクスム方面への機関助士の数が足りず、ハインツに回ってきたためだ。構造は軽便とほぼ同じで短期間の講習の後、そのまま乗務することとなった。自動投炭装置があることと、軽便で投炭のやり方を知っていたこと、獣人の身体能力で長時間の作業をこなせたことも大きかった。
そのまま、無事に機関助士を務めていたが、またしても半月ほどで今度は機関士となった。疫病などで保養地送りとなる機関士が多くどうしても数が足りないため、機関車を知っているハインツが抜擢されたのだ。
軽便で機関車の扱い方は知っていたし、大きさが違うだけで、操作方法は同じという事もあり、短期の講習で機関車の癖を知ると直ぐに手足のように動かすことが出来た。
そのため、ほぼ毎日機関士として列車を運転する事になった。
何しろ現在軍事行動が多く軍は補給を必要としていたし、警戒線建設のための資材、ゴムや香辛料のプランテーションづくりの資材、農具などの需要が高く取扱量がうなぎ登りだ
今ハインツが走らせている列車は沿岸部に集積された香辛料を運び出すために動いている。
行きは軍への補給物資を満載して帰りは香辛料を積んで帰る。そんな日々の繰り返しだ。
襲撃が少なくなったとはいえ警戒は怠れない。ただ、後ろにもう一つ特別な荷物を積んでいるので、一寸は安心出来る。
カーブに接近してきた。急いで建設されたためこの路線はカーブが多い。脱線を避けるためカーブに入る前に減速する。
十分に減速してカーブに指しかかかる直前だった。
パン
という破裂音が車輪から響いてきた。研修で体験した事を思い出し、ハインツは反射的に行動した。
「雷管信号! 非常! 非常! 非常!」
雷管信号
レールの上に鉛のバンドが付いた雷管を置いておき、列車が通過すると破裂する。その破裂音を聞いた機関士は、直ちに列車を止めなくてはならない。
見通しの悪い場所や状況、夜間、霧、見通しの悪いカーブなどで事故が起こり線路を塞いでいる。その上、信号員を派遣する余裕がないとき、追突などの二次災害を防ぐ為にレールの上に置くものだ。
ろくな通信手段がない王国鉄道では、事故の拡大を防ぐ重要な命綱であり、停止しなければ危険な状況を意味する。
なので、ハインツは必死に列車を停止させようとした。
蒸気弁を閉鎖し、ブレーキ弁全開、非常ブレーキを作動させ、非常汽笛を鳴らし車掌にもブレーキを作動させるよう知らせる。
急激なGが掛かり一挙に止まった。貫通ブレーキが無ければ更に停止距離が長くなっただろう。それにカーブの前の減速で速度を落としていたこともあり早く停止する事が出来た。
「何が起きたんだ」
ハインツは周辺を見回ると、こちらに向かってくる影がある。
襲撃かと思って銃を取ろうとしたが、やって来る人物の顔を見てハインツは仰天した。
「社長!」
このところ良く会う鉄道会社の社長だった。
「やあ、ハインツ・エーベル機関士。上手く機関車を扱えるようだね」
いきなり声を掛けられてハインツは戸惑った。そういえばこの人はアムハラに来る機関士の顔を全員覚えている。獣人の自分も覚えていることに、緊急事態であるにも関わらずハインツは感動した。
「こんな所で何をしているんです」
「用事があったんだよ、それより怪我人が居る乗せたら出してくれ。雷管信号は俺が仕掛けた」
「え?」
見ると獣人、虎人族の女性が担がれて運ばれて来ている。
「一体何が」
その時銃声が響き、近くを弾がかすめた。
「襲撃されたんだ! 直ぐに出すんだ!」
「わかりました。時間稼ぎも出来ますよ」
ハインツは短く汽笛を連続してならした。
すると貨車の扉が開き中から完全武装の兵士一個小隊が出てきた。
「撃て!」
さすがに正規軍一個小隊を相手に銃撃を繰り広げる訳にはいかず、襲撃者は密林に後退した。
「乗り終わったぞ」
「発進します」
ハインツは汽笛を鳴らして車掌に緊急発進を知らせ、ブレーキと蒸気弁を解放、一瞬空転するが直ぐに前に進み始めた。
襲撃者はなすすべなく、昭弥達の乗った列車を見送るしか無かった。
「いや、本当に助かった。けど、こんなに兵士が居るなんて、交代予定の兵士か?」
「いいえ、最近物騒で護衛の為に兵士を乗せるように言われていました」
「ほう」
昭弥は、礼を言おうと思って後ろの貨車に向かった。屋根伝いに移動し屋根に空いた換気用の扉から中に入る。
念のためにセバスチャンに確認させるのも怠らない。信頼出来る部隊である事を確認して昭弥は降りていった。
「先ほどは助かりました」
「いえ、無事に救出出来てブラウナー准将への面目も立ちます」
「ブラウナー准将の命令ですか?」
「はい、助かって良かった」
昭弥達は無事にアムハラに帰投出来ることが出来た。




