病院
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「絶対安静です」
と言われて昭弥はアムハラ鉄道病院に入院することになった。
このまま退院したかったがセバスチャンに強く言われて入院を続ける事になる。
大方、総督府や駅に移動したら仕事を始めて体調を崩すに決まっていると思われているようだ。
仕方なく、ベットの上で休むことにした。
ケモムス十人組が面会謝絶を盾に入ってこないこともあり、静かに過ごせたのだが。
「暇だ」
午後になる頃には暇をもてあますようになる。
このところずっと鉄道関係、それも国家レベルで鉄道を好きなように作ることが出来たのだ。異世界とはいえ、鉄オタである昭弥にとって至福の時間だったのだ。
二四時間鉄道に乗りっぱなしの状態と同じ、好きな事をずっと続けられるという、昭弥にとって最高の職業だ。
たとえ眠くても一秒でも楽しい時間を多く楽しみたくて眠りたくない。
身体を壊すと分かっていても、何時までも続けていたい。
そんな環境にいたのに、何も出来ない病室にいるのだ。
退屈な上につまらない。
今までの環境に比べれば、拷問に近い。
何もする事が無いので昭弥は部屋の外に出ることにした。
病院内は、比較的静かで動く人間は少ない。
先日、列車で保養地に患者を送り出したから少ないのだろう。
ふと、一つの病室を見た時、絶句した。
ベットがかなり汚れているにも関わらず、交換される様子もない。
食事が並べられていたが、どれも粗末なものだ。
これでは、助かりそうもない。
病院の建設を命令したとき、規則の詳細を書いたのだが、実行されていない。
「……どういう事なんだ」
昭弥は信じられないものを見ているようだった。
鉄道の現場、建設、運営の現場では事故や病気になる者が多いので、予防のために栄養や休養の充実を行い、万が一怪我や病気になったときの為に病院も整備している。
王国には病院があるので同じような設備を整えれば良いと考えていたが、昭弥の知っている現実の病院とは大きく違った。
「どうして」
その時、後ろに軽い衝撃が加わった。
「す、すいません」
シーツを山ほど抱えた小柄な看護婦だった。
ちなみに服装はヴィクトリアンなメイド服にエプロン、ナース帽を被っている。
あまり奇抜にならず、この世界から違和感を持たれないように、手に入りやすく動きやすい制服を考えたらこういう服装になった。
「前が見えなくて」
「いや、こちらも気が付かなくてすみません」
昭弥は尋ねることにした。
「どうして、ここはシーツが交換されなかったり、食事が粗末なんですか。ええと」
「フローラ、フローラ・ナティリィです」
「フローラ。花の女神ですか」
この世界では、昭弥が居た世界のローマ神話に出てくる神々を祭っている。
そしてその多くは現実の世界に信者などを通して干渉出来る。例えば神の力を貸し与えるなどしてだ。
信心深い信者ほど大きな神聖魔法を使える。例えば治癒魔法で、鉄道病院でも治療の為に何人も雇っている。
「ではフローラさん。どうして看護がお粗末なのですか?」
「は、はい。僻地のため、物資が届きにくいんです」
「中央に報告していないのかい? 衛生基準も定めてあるはずだけど」
「はい衛生基準の本は届いて居るのですが、誰も実行することはありません」
「何故」
「必要ないと考えているからです。行っても意味が無いと、ベットに撒くくらいなら自分で消費しようと考える人達がいます。シーツも毎日取り替える必要も無いと考えています」
「横領に職務怠慢かよ」
自分たちで勝手に使っているのか。
「よく、そんな人材ばかりいるな」
「はい、誰にでも出来る仕事だといわれていますから」
「? どういうこと?」
「あ、看護は患者の世話をするだけで誰でも出来ると考える人が多くて」
実際、昭弥の居た世界でもナイチンゲールが登場するまで看護が重要と考える人間は少なく、患者の世話のみをすれば良い、専門知識が無くても務まる仕事と考えられていた。
「患者の世話をするだけの簡単な仕事だと言って入る人が多いのです」
昭弥は頭を抱えた。
看護婦が確立されていない世界でまともな看護が出来るはずがなかった。鉄道のことばかりに目を向けていた自分が情けない。
鉄道のために身体を張って怪我したり病気となった職員に申し訳ない。
「で、君は何をやっているんだい?」
「は、はい。担当の患者さんだけでもしっかりやろうと」
「他の人は何もやっていないのに?」
「だからといって自分がやらなくて良い理由にはなりません」
フローラは身体は小さいが芯の強い女の子だった。
そのことに昭弥は目頭が熱くなる。
「どうしてそこまでやるんだい?」
「実は昔大病を患って死にかけたときがあったんですけど、司祭の方に看病して貰って助かった事があったのです。神殿にお仕えしたかったですが残念なことに入れず、看護婦の求人があったここに入りました」
「本当に人の役に立ちたいんですね」
「はい、ここは本当に良い場所です。衛生基準や手引き書に書いてあるとおりにやったら亡くなる方も減りましたし」
「減ったの?」
「はい、四分の一くらいに減りました」
死人が出るのは仕方ない、だが多くの場合看護が不十分、包帯を代えない、シーツを換えない、食事がお粗末、などによる不衛生、栄養不足によって起きる。
治療は殆ど治癒魔法を使うか、魔法が使えない場合は外科手術か投薬で治す。治癒魔法が使える人間が少ないため、治癒魔法に依存しない外科手術や薬学が発展している。
それで直るのだが、患者側にも負担がかかる。治癒魔法は本人の免疫力、治癒力を増幅させるものであり、患者の体力を消耗させる。そのため治療後、一時的に栄養不足になったり、免疫力が落ちたりする。
それらを防ぐための専門知識を持った人物、看護婦が必要なのだが、人材が十分じゃない。
「……分かりました」
それだけ言うと昭弥は、すぐさま行動に移った。
看護婦の動きを視察して問題のある看護婦を記録、具体的な違反は書かずにおく、思い出しただけで不愉快だからだ。
それらを終えるとすぐさま、総督府に移動して改善を図った。
まず、特に酷いと思われる看護婦を三人ほどクビにした。優秀な人員を除いてクビにしても良いのだが、人員不足もあり減らしすぎるのは問題だと考えて彼女らに危機感を与える程度にして、勤務態度の改善を図る。
そしてフローラを看護部長に任命して看護婦の仕事を徹底させるようにした。人事権も与えて、技量が下手な人は指導するが、改善の兆しが見えないのならクビにし、技量が良い人は昇進させるように改めた。
また、部族に頼んで獣人の中から献身的な女性を選んで看護婦として採用して看護を行わせることにした。従順な人を中心に行えば、効率的な運用が出来るはずだ。
やる事は単純だが、効果はあるはずだ。
いくら箱物を作り規則を作っても、それを守る人間、上手く運用できる人間が居なければ無用の長物だ。
実際に彼女が就任してから死亡率は著しく低下し、病院内の雰囲気も変わった事から人事の難しさを改めて痛感した昭弥だった。
「やれやれ」
総督府に入って昭弥はひと息吐いた。
「休息のつもりだったんですけどね」
自分の建てた施設なら大人しく休んでくれると思っていたセバスチャンには誤算だった。
「だが、問題点が分かって良かったよ」
「失礼します」
その時、総督室に入って来たのは、フローラだった。
「お薬をお持ちしました」
「わざわざ来なくても良いのに」
「いいえ、病院の報告もありますから」
そう言って、自らトニックウォーターを渡す。
「これ苦いんだよな」
「なるべく飲みやすいものに出来る様に開発を行っていますがまだ掛かりそうです」
「ジンに入れればマシだと思うけど」
未成年の時に飛ばされて飲んで良いのか分からない。まあ、二年くらい経っているので良いのだろうけど。
それにキニーネは日本だと劇物指定を受けている薬物だ。過剰に飲んだら副作用も懸念される。何とかしないと。
昭弥はそう考えたが、それは俗説で日本で劇物指定はされていない。鉄道関係に関して詳しいし、周辺情報も手に入れているが、化学系だと知識が中途半端だ。誰か科学担当の人間が必要だと昭弥自身考えているが、今も見つからず悩んでいる。
穏やかに会談していると突然、扉が開いてフードを被った人物が、巨大な大剣を構えて入って来た。
「ユ、ユリア様……」
顔を見なくても分かった。女王ユリア陛下だ。
「病気と聞いて列車に乗って駆けつけたのですが、元気そうですね」
かつてなら一月以上の時間が掛かったはずだが、鉄道のお陰で二日もあれば王都からアムハラまで到着することが出来る。便利になったが、このような結果は不本意だ。
と言うよりユリアの声音が非常に怖い。
「いえ、病気のようですね。獣人、貴族夫人のみならず、また新たに一人囲うなんて」
「ち、違います。彼女は看護婦で薬を……」
「そう言って侍らせる理由を作るのですね」
ユリアは、大剣を構えた。
「ま、まって」
「問答無用」
振り下ろそうとしたとき、フローラが間に入った。
「退きなさい。退かないとあなたごと斬りますよ」
「退きません」
目を逸らさず、意を決して自分の意志を話す。
「総督は私の患者です。看護するため何があってもお守りします」
「愛人のつもり」
「違います! 看護婦として病が治るまで何があっても守り抜きます。それが私の決意です」
ユリアは再び睨み付けたが、やがて大剣を降ろした。
「……確かに一切の私心はなさそうね」
つまらなそうにユリアは言うと踵を返した。
「帰るわ、病気がまだ続いているようだから、その子に看病して貰いなさい」
それだけ言って、立ち去ってしまった。
「大丈夫ですか?」
「え、ええ」
フローラが昭弥に尋ねると昭弥は、震えながら答えた。
「しかし、良く平気でしたね」
「いえ、患者を護るんだという思いで一杯で」
目的のある人間というのは強いということか。
「あの状態の女王陛下相手に一歩も引かないなんて」
「え? 女王陛下だったんですか」
「ええ、あ、内密にお願いします。お忍びで来たはずですから」
「は、はい。でも、あの、私なんてことを」
「いや、気にしていないと思いますよ」
と言うより、立ちふさがって生きているだけで十分凄い事を証明したフローラだった。
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