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鉄道英雄伝説 ―鉄オタの異世界鉄道発展記―  作者: 葉山宗次郎
第二部 第一章 アクスム総督
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貫通ブレーキ

 その日、昭弥は王都の対岸にある鉄道試験場に来ていた。

 工場地帯に隣接したここは、開発された新型機関車や客車、装備の実験、試験、評価を行っている。

 昭弥はその敷地一杯に作られた周回線の直線コースに来ていた。

 新しい装置の確認を行うためだ。

 右から汽車の汽笛が聞こえる。十数両の貨車、満載状態を再現するため、貨車には水の入った樽を満載していた。周回線は複線で、両方に同じ編成の列車が同じ速度で走っている。

 やがて、二本の列車は旗の立っている場所に到達し、一斉にブレーキを作動させた。

 同時に作動させたのだが、右側、昭弥から見て奥の列車の減速が遅い。

 一方手前側の列車は急速に速度を落としている。

 奥側の列車は、徐々に減速しているが手前側の列車ほどではなく、差が広がりつつある。

 やがて二本の列車は昭弥の前にやって来たが、奥の列車はそのまま通り過ぎて行ったが、手前側の列車は先頭の機関車が昭弥の前で止まった。


「調子はどうだい?」


 昭弥は機関車に駆け寄り機関士に話しかけた。


「上出来です! 機関車が思い通りに止まってくれる」


 機関士は笑顔で答えた。


「無茶な編成だと思いましたが、このブレーキがあれば、どんな長く重い列車でも止められますよ」


 この列車が装備していたのは貫通ブレーキ。蒸気機関車で作り出された圧縮空気を各列車に送りブレーキを作動させる。

 仕掛けは単純だが効果は抜群だ。

 列車は引いている車両が重いほど止まるのが難しい。先頭の機関車がいくらブレーキを作動させて減速しようにも、後ろの車両の勢いで押されて止まれないからだ。

 これまでは車掌車のブレーキを車掌が作動させ、後ろから引っ張るようにして止める力を増していたが、車掌と機関士の息が合わないと上手く行かないし、緊急時には時間がかかりすぎる。

 そこで、貫通ブレーキで各車両のブレーキを作動させ、それぞれの車両の車輪を止めて全体を一斉停止させようとした。

 これなら機関車だけにかかっていた勢いを分散する事が出来るし、何よりブレーキの数が増えて単純に制動力が増える。


「これで速度を上げる事が出来る」


「どうして使わなかったんですか?」


 セバスチャンが尋ねてきた。


「単純にブレーキを作動させる方法が無かったんだ」


 紐で引っ張ろうとしても車両と車両の間は連結器が繋がれているが、走行状態は一定ではなく車両が離れたりくっついたりする。そのため紐が引っ張られて勝手に作動してしまい止まったり、緩みすぎて肝心なときに動かない可能性が有った。

 だが、アクスムで手に入れたゴムを使ったゴム管を使って空気圧で作動するようにした。

 途中弛んでも中の空気が送られればブレーキは確実に作動する。長くなっても空気を送れば同じように作動する。

 連結時にそれぞれのゴム管を繋げる必要があるが、制動力と長大化のためには大した問題ではない。


「これを全車両に装備するぞ」


「そんなに重要ですか?」


「ああ、これで列車編成を長くして速度を上げる事が出来る」


 列車編成が長くなればそれだけ多くの荷物を運ぶことが出来る。速度を上げれば多くの列車を走らせる事が出来る。

 鉄道会社の収入は何倍にもなるだろう。

 早速、利益が何倍にもなる物を作り出し、ラザフォード宰相に報告することが出来る。


「どれだけ長い列車にするんですか?」


「一リーグ(一キロ)以上」


「どんだけ長くするんですか」


 昭弥の言葉にセバスチャンは呆れた。

 昭弥はただ単にアメリカで普通に引かれているワンマイルトレイン、全長が一.六キロ以上の貨物列車を念頭にして言っただけなのだが、信じていない。

 昭弥の居た世界には更に長い列車があったにもかかわらずだ。

 まあ、十両を越える列車自体珍しいこの世界ではそんなことを言っても信じて貰えていないのは無理もない。


「ともあれ実験は成功だ」


 一方搭載していない方の列車は遠くでようやく止まった。

 これからは速いスピードでみ安全に止められるようになる。


「直ぐに量産に入る。そして全車両に搭載するんだ」


 そのためにもゴムが必要だ。

 アクスムの開発を促進しなければ。




 本社に戻った昭弥は早速、量産体制の確立に取りかかった。

 工場の生産ラインの確保に、工員の確保、製造工程の確認。やる事は山ほどある。

 中でも重要なのは原材料の確保、ゴムの生産体制の拡大だ。

 これまではアクスムの一部でしか栽培されていなかった。それをアクスム各地で生産出来るようにするために苗木の生産を確立させる準備も進めている。

 アクスムを出発する前に指示していたから大丈夫だろう。


「陛下とはどうですか?」


 セバスチャンが尋ねると昭弥は黙り込んだ。


「どうも避けられている」


 昭弥としては気が重かった。

 自分が活躍出来るようにしてくれた恩人でもあるし、こうもすれ違うなんて。

 何とか仲直りしたいのだが


「社長、私の部族の土地は広いのでゴム生産に向いていますよ」


「いいえ、私の所はアムハラに近いので是非」


「わたしの所、育ちやすい」


「ウチの土地のゴムは量が多いよ」


「あたしの所が一番よ!」


 十の部族から送られてきたケモミミ娘達が、言い争っている。秘書としての仕事を任せているのだが、ゴムの生産場所で意見対立しているのだ。


「だあああっ! みんな好き勝手に言わないで!」


 ゴムの苗木の数は限られている。効率よく生産量を増やすために適切な場所に飢えなければならないのだが。


「皆好き勝手に言わないで!」


 自分の部族が利益を得られるように主張が激しい。


「社長。私は会社の利益の為に進言しているのです」


 と、虎人族のティナが昭弥の右腕に胸を当てつけて話す。


「アクスムが少しでも豊かになるようにご協力を」


 と、兎人族のハンナが左腕にを胸に抱え込むように話す。


「皆で仲良くしていますよ」


 と猫人族のカティが左の足下にやって来る。


「わ、私もお手伝いします」


 と羊人族のシャーラがたどたどしい言葉で右の足下にやって来る。


「意見の相違はあっても協力したい気持ちに変わりは無いわ」


 と、狐人族のフィーネが両脚の間から答える。


「だからご安心して」


 と、龍人族のドロテアが後ろに回り込み自分の胸を昭弥の頭の上に載せた。

 更に、他の四人も次々とやって来る。


「ちょ、ちょっと苦しい」


 昭弥が話そうとしたとき、扉が吹き飛んだ。

 幸い、扉は鳥人族のヴェロニカ・フォーゲルが風の魔法で跳ね返したお陰で誰も怪我をしなかった。

 だが、昭弥は当たって気絶したかった。

 何故なら入って来たのは


「ユ、ユリアさん」


 分厚い胸甲と、高いヒール付装甲ブーツが付いた鎧を着込み、大剣を担ぎ、どす黒いオーラを周囲に放ち、今にもレーザーが放たれそうな目力のある険しい瞳で昭弥を睨んでいる。


「昭弥、これはどういう事ですか……」


「し、執務です」


「どこが」


 今の昭弥の姿はケモミミ娘に囲まれて、キャッキャウフフしているようにしか見えない。


「今日という今日は許しません」


 そう言ってユリアは大剣を構えた。


「ま、まって!」


「社長に手を出すことは許しません」


 昭弥が止める前にケモミミ娘達が前に出て戦闘の構えをとる。


「ちょ、やめ……」


 止める間もなく彼女たちは、ユリアに向かって突撃していった。




 一分後、勝負はついた。

 立っていたのは、勝者ユリアだけだった。

 床に倒れる者、壁に張り付いて怯える者、互いに抱き合って震える者、土下座して服従の態度を取る者。

 全員、自分たちとは別格の強さを持つ存在として認識した。


「いいご身分ですね。総督として獣人を侍らすなんて」


「違います……」


「どこがですか。こんなにいつも一緒に居て……王都には全く居ない」


「アクスム総督になったんだから仕方ないでしょう。任命したのはユリアさんでしょう」


 事実を言われてユリアは狼狽えるが、なおも抗議する。


「で、でも、もう少し王都にいたらどうですか」


「そういうわけにもいかないでしょう」


 現地に行かないと分からないこともあるし、実際に見なければならないこともある。


「そ、そんなにアクスムが良いんですか」


「いや、やんなくてはいけない事があって」


「……もういい!」


 それだけ言ってユリアは出て行ってしまった。


「何なんだ」


 昭弥は訳が分からず混乱した。

 いきなりやって来て、秘書達を倒した後、叫んで出ていった。

 どういう事なのか分からず、ただ椅子に座ることしか出来なかった。


「……とりあえず、医務室に連れて行くか」


 倒れている彼女たちを治療しなければ。


「あと、壁直して貰わないと」


 昭弥の背後の一面を残して、後は全て破壊されていた。

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