運動家貴族
昭弥はチェニスからの列車で王都南駅に到着した。
「よ、ようやく着いた」
昭弥はホームに降り立つと、そのままへたり込んだ。列車の中で一瞬たりとも気が抜けなかったからだ。
「大丈夫ですかご主人様」
昭弥の背後から、疲れの原因であるケモノ娘達が口々に尋ねた。
アクスムの十大部族から送られた娘達に囲まれ、隙あらば身体を密着させ、それ以上の事をしようとするからだ。
それを丸一日以上車内でずっとしてきたため疲れた。
「運びましょうか」
そういって近づき昭弥を担ぎ上げようとする。
「いや、大丈夫」
これ以上ひっつかれると何をされるか分からないので、自分で立ち上がって改札に向かおうとした。
「玉川総督!」
その時、昭弥に声を掛ける女性がいた。
「あ、あなたは」
「ポーラです。ポーラ・ワトソンです」
チェニスで奴隷となろうとしてた捕虜を解放するよう懇願していた女性だ。
「あのときは失礼しました。また新たにあんなに奴隷が増えると思うといても立っても居られなくて」
「は、はあ」
「けど見直しました。彼らの故郷に戻して働かせることで奴隷とならずに済むようにするとは、感激です」
「え、ええ、まあ」
あまりの一方的な話し方に、昭弥は何も言えずにいた。
「もしあの時、合わなければ彼らの運命は奴隷となるしか無かったでしょう。私が強く言わなければ、総督は唯々彼らを使役するだけとなっていたでしょう」
この言い方に昭弥は嫌悪感を感じた。
確かに会わなければ、奴隷を見過ごしていただろう。後から知って手を打とうにも手遅れになっていた可能性は高い。なのでそこは感謝している。
しかし、使役せずに済んだのは運良くゴムの木を見つけたことと、彼らが採取していたからだ。運が良かったのは神のお陰かも知れないが、それを自分の手柄のように言うのは昭弥には好感が持てない。
「ああ、これも神のお導きでしょう」
と一人、自分の世界に入っている。こちらの事を見もしない。
「ところで後ろの方々は?」
「秘書達です。仕事が多いので彼女たちに手伝って貰っています」
「ああ、そうですよね。人手は欲しいですよね。私も多くの方々に協力を頂いております。皆さん奴隷解放の為に協力して下さる方々なので、総督も是非お知り合いになられると良いでしょう」
「そうですか」
「では、失礼いたします。今後も奴隷解放のために頑張りましょう」
そう言うとポーラはホームから消えていった。
「……凄い嵐のような人でしたね」
「ああ、全くだよ。目の前で聞いたから耳が痛い」
セバスチャンと昭弥はしみじみと言った。
昭弥が吐き捨てるように言う。
「何なんだよあの人」
「あの後調べましたが、どうも奴隷解放運動の活動を行う帝国貴族のようです」
「帝国貴族?」
「はい男爵の爵位を持っています」
「どうしてそんな人が活動を?」
「帝国男爵の家に産まれましたが神殿に入れられた後、実家が所有していた奴隷達の反乱によって両親をはじめ家族全員が殺害されました」
「家族全員が奴隷に」
「はい」
「普通は復讐しようとか思わないか」
「神殿にいましたし、反乱を起こした奴隷は周辺にいた自警団や駐留帝国軍によって皆殺しにされました」
帝国では反乱を起こしたあ奴隷は、反抗心あり、危険な物として処分する。
皆殺しというのは残酷だが普通の対応だ。
「それに、元々男爵家の奴隷の扱いは過酷で、ポーラさんが常々庇っているのを疎ましく思った先代がポーラさんを神殿に入れたようですし、ポーラさんも過酷に扱う父親のことを酷く言い、殺されたのは神罰だ、と言っているほどです」
「本当か?」
「ええ、あちらこちらで奴隷解放を訴える演説を行いますが、必ず自分の家族の罪と罰を言っています」
疎まれていたとは言え、家族のことをそこまで悪く言うだろうか。昭弥でも世間体を気にして公の場で言うのは憚られる。
「それで、家督を継いでどうしたの?」
「唯一生き残ったポーラさんが、戻ってきて家督を相続し帝国男爵の爵位を継承。以降、奴隷を買い取って解放奴隷とする活動を行っています」
「どうやって購入しているんです?」
「主に男爵家の家財を売り払って行っていました。ですが解放奴隷達が領内で働いて、開拓した作物の収入などが購入資金となっていますが、他の支持者からの寄付金もあって潤沢みたいですけど」
「奴隷二〇万を買える程じゃない」
「ええ。それに関連してトラブルが発生しています」
「どんな?」
「他の所有者の奴隷を勝手に連れ出して解放させたという訴えが度々起きています」
「本当ですか」
人道的には正しいが、社会的には問題だ。
奴隷は、この帝国では財産と見なされており、奴隷を勝手に連れ出すことは泥棒と同じだ。
牧場の牛を食用として殺されるのは、可哀想だと言って勝手に連れ出して自分のペットにするようなものだ。
「裁判になりません?」
「ええ、訴えられています。ですがいずれも証拠不十分で釈放されていて、逆に訴訟者が名誉毀損と不当告訴で処罰されています。奴隷解放運動を疎ましがっている有力者による虚偽とも考えられますが、帝国政府の判断ですから何かの意図があってそのような処分になっている可能性が有ります。気を付けて下さい」
「注意?」
「帝国政府が、諸侯領に混乱をもたらす為に送り込んでいる可能性が有ります。十分注意して下さい」
「うわあ、いやだな」
昭弥は、肩を下げて呟く。
どっと疲れが出てきたみたいで、昭弥は足取りも弱く今度こそ改札に向かった。
「あ、社長、出口は向こうですよ」
セバスチャンが答えた。
「あっちだろう」
「あっちは一般客用です。貴賓用の出口はあちらです」
主要駅には王族や貴族、政府要人などが専用に使う貴賓用の出口が作られており、彼らに利用されている。
昭弥は会社の社長であるし、アクスム総督、鉄道大臣でもあるので、利用することが可能だ。
「いや、一般で良いよ」
だが、昭弥が貴賓用の出口を使うことは希だ。
利用者がどういう風に使っているか分からない、と言う理由で使うことを良しとしていなかった。
「いえ、貴賓用を使って下さい」
「何で?」
「そんなに人が多いと迷惑です」
セバスチャンが昭弥の後ろを指した。
アクスムから一緒に来た獣人の娘達だ。彼女たちが団体で一般用から出てきたら迷惑だろう。
「……貴賓用を使うか」
と、貴賓用出口に向かおうとしたとき、黒地に銀縁の制服を着込んだ王国近衛軍の一個小隊三〇名が昭弥達の前にやって来た。




