アクスムの通商
「久しぶりやな、昭弥はん」
協定を結んだ翌日、貿易担当取締役のサラがやって来た。
アクスム総督府内の通商を協議するためだ。
「中々、おさかんなようで」
「……何処で聞いたんですか?」
「町中噂で持ちきりや。十の部族が娘を一斉に送ってくるやなんて色男やな」
「からかわないで下さい」
「ははは、でもどうするんや。そんなに沢山、一晩一人でも十日はかかるで」
「やめて下さいよ。とりあえず秘書の役割を頼みます。セバスチャン一人だとどうしてもオーバーワーク気味なんで」
「まあ、ええんやないの。総督の他に鉄道大臣、鉄道会社社長、チェニス公爵の仕事もあるんやし」
サラは昭弥の役職を一つ一つ言って答えた。
「ええ、身体が二つ三つ欲しいですよ」
「女の子の相手にも必要やしな」
笑うサラを昭弥は睨んで尋ねた。
「それで身一つでここまで来たのはどうしてですか?」
「用件は二つや。一つ目は交易関係」
「内容は?」
「アクスムの交易や。主に独占貿易に関する内容がマラーターから来とる」
「どうしてマラーターが?」
「単純に貿易の規模がデカいからや。独占交易を行わせて貰いたいっちゅう話しや」
「見返りは莫大な献金ですか」
「その通りや」
税というのは、法律を制定すれば民から簡単に搾り取れると考えている人間がいるが、それは大きな間違いだ。
制定しても、徴税する仕事があり集めるだけで一苦労だ。
例えばロシア帝国ではピョートル一世の時代、富国強兵のため財政拡大を行うべく髭税とか無数の物品税を制定したが、徴税する役人の経費が増えてしまい非効率だったため一定額を支払う人頭税に移った、という事例がある。
蛮地と言われたアクスムは未だ産業が未発達で交通の便も悪い。
商人に独占交易を認めて上納金を得られるというのは、役人を使って徴税に赴かなくて良い分、効率的と言える。
税金は取りやすいところから取っていくのが基本だ。
「けど、鉄道会社的には儲からないんですよね」
「そうなんや」
だが、独占貿易を認めると鉄道会社としては儲からない。
鉄道会社は右から左へ人と物を運んで料金を貰うから、貨物量が少ない独占貿易では収入が少なくなる。下手をすれば少ない利用者が結託して値下げを要求してくるかもしれない。
そういうことは避けたかった。
「でも、儲かる商品なんて有るんですか?」
今でこそ生ゴムを産出しているが、これはここ半月ほどの事だ。
それ以前から商品価値のある産物があるはず。
「あるんや」
サラが正解を言った生徒を見る教師のような態度で昭弥に説明した。
「熱帯でしか育たない植物を売っているんや」
「例えば?」
「胡椒、丁子、ナツメグ、唐辛子、などなどや」
「どれも王国や帝国で必要とされるものじゃないか」
保存技術の発展していないこの世界において、野菜や肉を保存するには油漬け、塩漬けぐらいだが、より美味しく残すために香辛料で漬ける。さらに万が一腐った場合、香辛料で味をごまかすことも行われている。シャーロック・ホームズの木曜日のカレーと言った事が多く行われている。
そのため、香辛料の需要は旺盛であり、値段は高まる一方だ。
「でも、どうして帝国や王国に……ってまさか」
「そうや、マラーターが仲介しているんや。アクスムの香辛料が必要やが直接購入するのは戦争しているから無理や。そこで、マラーターが登場する。マラーターがアクスムから購入して王国に転売。それを帝国に運ぶんや」
「ただ転売するだけで儲けられて良いですね」
「ウチらも商売や、それ相応のリスク背負っているんやで」
溜息を付きつつ昭弥は、答えた。
「となると、絶対に売る訳にはいきませんね。私たちの利益が少なくなるんですから」
「そういうことや」
「マラーターには、売らないと伝えて下さい。代わりにアムハラの近くに港を作りますからそこから貿易を行うように伝えて下さい」
「で、そこまで運ぶのは昭弥はんの鉄道っちゅうわけか」
「そういうことです」
昭弥は、そういうと地図を出して机の上に広げた。
「これは?」
「アムハラの改造計画です」
「狭い土地で作る必要があるんやろうか?」
「他は部族の領域で適当なところが無いんですよ。それに拡大計画はあります」
そう言って、見せた地図は、焼き討ちされたときよりも巨大だった。
「なんか広すぎやないか? 山や海まで広がっとるで」
「ええ、山を切り崩します。その土を海岸に持って行って埋め立てます」
「なんちゅう計画や。それじゃあ二倍の土地ができるわ」
「捨てる土も有効活用出来て一石二鳥です」
神戸市は高倉山を切り崩しその土を港に運んで埋め立てに使って住宅地とウォーターフロントの開発を行うポートアイランドを実行。成功させ、世界的な評価を得た。
それをここでもやろうというのだ。
「結構大掛かりやな」
「土は鉄道で運びますし、工事現場には蒸気で動く土木作業機械を投入します。数年で計画は完遂できるはずです」
昭弥は自信を持って答えた。
「ところで、二つ目の用件は何ですか?」
「ああ、召還命令や王都のユリアはんから預っとる」
「うっ」
獣人十人を送られた事がばれたのだろうか。
「安心しい。協定が結ばれる前に書かれたもんや」
「なら」
「けど、もう知っとるんやないか。連絡手段が整いつつあるし」
「げっ」
知られたら何をされるか分からない。
「王都に行かないとダメ?」
「行かんと何をされるかわからんで」
「ですよね」
ウンザリしながら、昭弥は王都へ移動する準備を進め、その日のうちに出発した。




