虎人族の村
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虎人族の村ティーグルに入った昭弥達は、周りをよく観察した。
大勢の男女が居るが年寄りや子供が多い。高床式の建物に各所に獲物だろうか、小動物が捌かれて干し肉にされている。
各所に昭弥の身長よりも大きな虎が放し飼いにされ、うなり声を上げている。
「うん?」
その時昭弥はある事に気が付いた。
「どうしました?」
昭弥の様子がおかしいことに気が付いたセバスチャンが尋ねた。
「いや、虎が大きいと思って」
「そうですか?」
「ああ、こういう大きな虎はもっと寒い地方に住んでいるものだ。暑いところの虎とか動物は小さいんだ」
正確には、哺乳類は寒いところだと大きくなり、暑いところでは小さくなる。
哺乳類は恒温動物、自ら体温を調整できるがエネルギーを消費する。寒い場所では体温を逃さないように体積を大きくするため大型化する。逆に暑いところでは積極的に逃がす必要があるので小さくなる。
生物は生息場所によって適切な進化を行うのだ。
昭弥がそのような知識を持っているのは、鉄道を妨害する存在に動物がいるからだ。
例えば、バッファローが絶滅寸前なのは、線路に上がって機関車と衝突するので、阻止しようと鉄道会社が殺しまくって数が減ったからだ。開拓時代のアメリカの機関車の前に付いている柵のようなものはカウキャッチャーと呼ばれる牛を左右にはね飛ばす為の道具だ。それくらい、鉄道と動物の衝突は多いのだ。
日本でも亀が線路に迷い込み、ポイントに挟まれて運行に支障を来すことがあるからだ。
その対策に動物の特徴を知る必要があり、鉄道会社で重要なテーマになりつつある。
「どうしているんだろう」
「そんなことより、交渉に集中して欲しいっす」
ブラウナー准将が注意を促す。
この後、泥沼の消耗戦に入るか否かの瀬戸際に立っているため、気が立っている。
何としても交渉で納めたいと願っていた。
「済みません」
昭弥は平謝りした。
「さあ、入って」
昭弥達は、ティナに促され村で一番大きな建物、族長の家に通された。
中は広く、屋根が高いこともあり解放感があった。
暫く待っていると、毛皮の服を羽織った大柄の男性が入って来た。
大股で歩いて昭弥達の前であぐらをかいて座った。
「ティム・ティーグルだ虎人族の族長をしている」
「玉川昭弥です。鉄道会社社長とアクスム総督をしています」
「ここに来るとは大した度胸だな」
「平和の為にやって来ましたから」
「ふん、誰のための平和だか」
「アクスムに住む全員の為の平和です」
「我らを追い出し、このような土地に閉じ込めたくせにか」
「? どういう事です?」
「惚けるな! 貴様らが北にあった我ら先祖伝来の土地を奪い去ったのは貴様ら王国だろうが!」
「!」
衝撃だった。
だが、当てはまることだ。確か四〇〇年前に初代ルテティア王がアルプスを突破して征服したと聞いている。
征服に従わなかった部族や土着民は排除したと言うからあり得る。
虎が大きいことが気になっていたが、元々、涼しい北のルテティアの大地にいたと言うのなら辻褄は合う。
まるで入った会社の管理職になったら歴代の犯罪行為を知ってそれに荷担している社員のような気分に、昭弥はなった。
「おねちゃん」
その時、部屋に入ってきたのはティナより少し小さな女の子だった。
「ティアナ」
ティナは入って来た女の子の名前を呼んで抱きしめた。
どうも二人は姉妹のようで、二人の顔立ちはよく似ている。
違いがあるとすれば、髪がティナは金髪ショートなのに対して、ティアナは黒髪ロングだ。
ただ、服装は大きく違った。
ティナが昭弥達のような軍服に近い洋服を着ているのに対して、ティアナの方は凄い服装だった。
首元から、両手両脚の先まですっぽり覆い身体のラインがハッキリ出ている。いわばボディスーツみたいな服装を着ている。彼女の動きと共に伸び縮みしていて身体の一部が引っ張られ、より強調することになる。
「相変わらず虎人族は凄いな」
ブラウナーは呟いた。
凶暴で淫乱な種族と王国で言われている虎人族の根拠として彼らの身体に密着してラインがくっきり出る服の存在が上げられる。しかも伸び縮みしてよりエロティックに見える。
王国の人間はそれが、色仕掛けをするためのものだと信じていた。
「男には目の毒だ……って総督」
昭弥の姿が見えないと周りを探すといた。
互いに抱擁する姉妹の前に立っていた。
異様な圧力を放つ昭弥にティナは怯んだ。
その視線は彼女の妹のティアナに注がれていた。
「な、なんですか」
「それ、いくら?」
「……へ?」
ティナへの返答に思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
「って何を言っているんですか社長!」
「貴様! 愛娘ティアナを奪うつもりか!」
「だああ、折角の交渉なのに何言ってんすか!」
セバスチャン、ティム、ブラウナーがそれぞれ叫ぶ。
更に虎人族の兵士と王国軍の兵士がそれぞれ武器を手に持って部屋に入り銃を構える。
交渉は決裂寸前となった。
「しゃ、社長、ここは謝って……」
「この服が、いやこの服の材料が欲しい!」
「へ?」
セバスチャンの声を遮り周りを圧する声を昭弥は放ち、全員が呆気にとられた。
「この服の材料と材料を得る木を見せてくれ」
「あ、ああ」
見たことのない迫力にティムは思わず頷き、昭弥を案内した。
案内されたのは、森のような場所で何本もの木が植わっていた。それらの木はV字型の傷が付けられており、そこから白い液体が出てきてVの頂点に置かれた容器に貯められていた。
「ここで採取している。この近くにも何本もある。出てきた液は酢を加えて固めて薄くして布を作る」
「……素晴らしい」
ティルムの説明を聞いて昭弥は断言した。
「あの社長それ、本当に素晴らしいんですか?」
「そうだとも」
セバスチャンの言葉に応えると、昭弥はティルムに尋ねた。
「大量に生産して下さい。足りないなら虎人族の捕虜を解放します。出来たものから即刻買い取ります。運び込む為の鉄道も建設します。だからどうか売って下さい」
「あ、ああ、わかった。売るよ」
あまりの昭弥の剣幕にティルムは頷くことしか出来なかった。
「あの社長なんですかこれ? 伸び縮みする布が必要なんですか?」
「必要だ! これはゴムだ!」
昭弥は断言した。
「伸び縮みする上、水を通さないこの性質は鉄道の発展に寄与する」
例えば連結部の幌。ビニールが多くなったがゴムで代用できる。
結合部に付けるクッション材、ドアの隙間を塞ぐ緩衝材、蒸気や空気を他の車両に送り込むゴムホースなどなど、使用できる範囲は多い。
「これが未来をもたらすんだ! 直ぐに引き返してゴムを購入する代わりに捕虜を返還しよう」
それからは濁流のようにあっという間に変わっていった。
昭弥は契約を結ぶとすぐさま戻り、ゴム輸送のための道路と鉄道の整備が行われると共に虎人族の捕虜の解放を行った。
表向きには人材派遣会社の社員をゴム生産の為に派遣すると言うことだったが、ほぼ全員が出身の村に送られた。そしてそこでゴムの生産、加工、輸送に従事した。
代金はきちんと支払われ虎人族に膨大な利益を与える事になった。
これを知った他の部族も総督府に恭順を示すようになり、我先にとゴム生産を行いはじめ総督府へ売り込みを図った。
虎人族のような使い方はしていなかったが、彼らはゴムを紐にしたり、罠に使ったりして日常的に使用しているので、生産拡大に支障は無かった。
精々、労働力が不足しているくらいだったが、それらは捕虜の返還で解決した。
二週間後アムハラで一つの式典が開かれることとなった。
アクスム総督府の元に恭順する部族達を集め協定を結ぶためである。
突貫工事で建築された仮設の建物に主要部族の代表が入る。
「さて、始めましょうか」
昭弥が話しかけて部族の代表達は次々と公文書に記入して行く。
協定の内容はこうだ。
各部族はアクスム総督府の統治下に入る
アクスム内に複数の州を設ける
各部族内に州を与え部族州おける自治権をえる
他の州に関しては総督府直轄となり州知事を総督が任命する
捕虜に関しては人材派遣会社へ売却する
人材派遣会社の人員は総督府、各部族州、鉄道会社、王国軍、総督の許可を受けた会社団体が借り受ける権利を持つ
部族民は王国民としての権利を得る
総督府、各部族はこの協定と総督府令、王国法、帝国法を守り、従う
一見、部族に不利に見えるが総督府と王国に一定の制限を加えることに成功していた。
また捕虜を派遣会社の人員として借り受ける形になっているが、鉄道会社によるゴムの買い取りが順調であり、問題無く進んでいた。
また、資金を元に買い取りも行われており、復帰は順調だった。
署名も無事に終わり、式典も終了しようとした時だった。
「総督閣下にお願いがございます」
突然ティムが声を掛けてきた。
「何でしょう」
「この度の協定締結と今後の友好を祈り、証を献上したいと思います」
「証ですか」
「はい是非受け取って下さい」
深々とティムが頭を下げてきた。
「まあ、良いですけど」
獲物の毛皮か、剣か弓が渡されるんだろう、と昭弥はこの時まで思っていた。
「ありがとうございます。では証として我が娘ティナを献上いたします」
「一寸待った!」
突然の話しに昭弥は思わず叫んだ。
「それはどういう事ですか」
「信頼の証として渡すのです。肉親を渡し決して裏切ることのないと決意を表すのです」
「人質?」
「人質として娘を盾にして扱うつもりですか?」
「しない!」
思わず昭弥は叫んでしまった。それを聞いたティムは大げさに言う。
「そうでしょう。昭弥様ならそのような事を行うとは思っておりません。そのような信頼の証の元、配下が首長に送るのです」
「うぐっ」
完全に昭弥の正確を読んだ上でティムは言っていた。昭弥なら人質として送られても決して盾にはしないだろう。
実際には、そういう建前で人質若しくは奴隷として献上させるのがアクスムの習慣だが、昭弥の性格を見抜いた部族長達は懐柔するために自分たちの娘を懐に送ることにした。
「どんな扱いをすればよいのですか」
「昭弥様のお好きなように」
「え」
ティムの言葉に昭弥は赤くなった。
というより、それをティムは考えていた。
二人が関係を持てば少しは虎人族に有利な状況を作ることが出来るのでは無いかとくっつけたのだ。
「我が一族からもお願いします」
「我が部族からも」
「わたしからも」
そう言って次々と会場にいた部族長が頼んでくる。
「そんなに持てる訳ないだろう!」
「制限はありませんが」
しれっとティムが言うと他の部族長も頷く。
昭弥というまれに見る人物との関係を手放したくない、という思いから彼らも必死だった。
「引き受けて下さい」
隣にいたブラウナー准将が耳打ちしてきた。
「出来るかよ」
「ここで拒否すれば総督府と部族の間に不和があると思わせるようなものです。ですから是非ともお願いします」
下手に不和を思わせるとアクスムでの治安悪化の可能性があり、ブラウナー准将としては上司に複数の女性関係が出来る程度で収まるなら安いと思っている。
「……わかったよ」
昭弥は仕方なく頷いた。
こうして、昭弥の元に十人の獣人の女性が侍ることになった。




