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鉄道英雄伝説 ―鉄オタの異世界鉄道発展記―  作者: 葉山宗次郎
第二部 第一章 アクスム総督
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チェニス会談

「情報が纏まりました……」


 昭弥の執務室に入ってきた駐留軍代理司令官ブラウナーは絶句した。

 執務室の中は、書類とメモと地図の山で埋まっていた。

 ほんの二時間ほど前にこの部屋に来たが、その時は何も無いがらんどうだったはずだ。


「ありがとうございます」


 書類から顔を上げて昭弥はブラウナーを迎えた。


「すごいっすね」


「調査の計画や、今後の組織作りの資料や計画表です。まあ、机上の空論ですけど、ないよりマシですから」


「はあ」

 ギッシリ書かれた書類を見てブラウナーはウンザリした。

 鉄道に関わる人間はここまで細かいことを気にするのか。自分も細かいと言われる事が多いがここまでできないぞ、と内心思ったが口には出さなかった。

「それで、情報は纏まりましたか?」


「は、はい。どうぞ」


 昭弥に促されブラウナーは報告書を差し出した。


「ここいらで最大の勢力は虎人族ですね」


「虎人? 人虎族じゃないのか?」


「呼び方の違いだけで、どちらでも同じです。人から虎に近づいたのか、虎から人に近づいたのか論争があって、自分たちの立場を明確にするために言い出したんですけど、結局同じように使われる結果になりました」


「無意味な言葉論争だね」


 昭弥は呆れながら、情報を見た。


「虎人族は、武闘派の一族で戦う部族です。力も強く素早いのでかなりの強敵です」


「掃討できますか?」


「今の兵力では厳しいです。何より連絡線の確保も出来ていません。補給が無ければ活動できませんね。食料は備蓄がありますし、大きな集落だったので火薬の硝石もある程度、生産できますが、限度があります」


「やはり連絡線の確保を行いましょう」


「馬車が足りますかね。整っても馬車の積載量ではたかが知れていますし、飼い葉の問題もあります」


 馬は動物であり、食べないと死ぬ。全力を発揮するには人間以上に食べさせないといけない。

 そのため、大量の飼い葉が必要になる。行きも必要だが帰りも必要だし、道中露営するならその分も必要となる。馬車による補給には限界があり、軍団規模の駐留軍であるのはそのためだ。


「大丈夫、鉄道を敷くよ」


「何時完成しますか?」


 ブラウナーが尋ねたのは当然だった。

 確かに鉄道の能力は知っているが、建設に時間がかかることも知っている。

 チェニスからアムハラまで建設するのに時間がかかり、状況が悪化するのでは意味が無い。


「大丈夫、道路が出来ているから短時間で出来ると思う」


「道路に建設するんですか」


「ああ、一寸見て欲しい」


 そう言って、昭弥は二日ほどかけてブラウナーをチェニス近郊に設けられた集積場に連れて行った。


「これは?」


 ブラウナーが見たのは大量に集積された井の字型に固定された鉄骨だった。


「鉄で出来たレールと枕木を固定したものですか。しかし、小さい」


「ああ、軽便鉄道用のレールと枕木だ。設置しやすいようにレールと枕木を固定してある」


 日本では一〇六七ミリより狭い軌間の線路、主に七六二ミリの狭軌が使われている。

 標準軌より小さいので土地も必要なく、急カーブも設置できるので建設が簡単だが、小さいため機関車も車両も小さく輸送能力が低い。


「これなら迅速に建設できる。軌間は約三分の一の五〇〇ミリだが、道路の脇とかにも作れる」


 Nゲージの線路を大型化してミニチュアの蒸気機関車を走らせていると思って貰いたい。昭弥の居た世界でも、フランスのドコービルが自らの名前を冠した会社を作り、農業用の四〇〇ミリ鉄道を商品化して世界中に売り出した。以後さまざまなゲージの可搬式鉄道を生み出している。驚くべき事に一九六〇年代までディーゼル車を含む様々な製品を送り出し売ってきたのだ。


「道路かその脇に建設すればあっという間に結ぶことが出来る。小さいので輸送量は通常の十分の一程度になるがそれでも一日に数千人の兵員を送れるし、一個軍ぐらいは養えるだけの物資を運べるはずだ」


 昭弥は軽便鉄道に敬意を表して七六二ミリにしたかったのだが、元は工場で部品輸送用に作った車両であり七六二ミリだと大きすぎた。そのため泣く泣くダウンサイズした。だが、これで大規模農場や鉱山で使うには手軽な大きさとなり使用できる範囲が広がった。


「十分すぎます。工兵隊も出すので建設をお願いします」


「よし、早速始めよう。標準軌の線路の建設も同時に進める。一本の標準軌を建設するの場所に軽便なら三本敷ける」


 昭弥が考えた標準軌敷設の方法だ。まず、標準軌建設場所に軽便を一本ずつ敷く、三本敷けたところで営業運転開始、複線を通常運転に使い一本を建設資材輸送用にする。そうして、標準軌をもう一本つくり、完成したところで、軽便を撤去して、もう一本標準軌を完成させて複線の標準軌を作る。

 こうして短期間に標準軌を敷設しつつ物資を運ぶ方法を考えていた。


「問題は労働力の確保ですけど」


「問題でも?」


「現地の人間が必要でしょう。そこで相談があるんですけど」


 そう言って昭弥は、自分がこれから会う人間との交渉の補助を頼んだ。




「そう硬くならないで下さい」


 場所を移して会談場所である駅事務所の一角、会議室の椅子に座ったブラウナーに昭弥は話しかけた。


「これで精一杯の笑顔です」


 交渉相手の話を聞いたブラウナーは無理矢理笑顔を作っており、全体的に引きつった顔をしている。


「相手のことを思うと殺意が湧いてきて」


「元上司でしょう……」


 と言ったところで昭弥は考えを改めた。学校時代、いけ好かない先輩や同級生、教師がいたのだ。殺意の湧く元上司が居てもおかしく無い。


「交渉が決裂しないようお願いします」


「できる限り努力します」


 その時、扉が開いて交渉相手が入って来た。


「初めまして総督閣下。軍務省主計局長のユーエル大将です」


 そう言うと隣にいるブラウナーに向かって言った。


「久しぶりねブラウナー」


「ええ、本当に……」


 殺意の籠もった視線をブラウナーは浴びせた。

 自分が好意を向ける同性と一緒に居たいがために駐留軍司令官の椅子を蹴って主計局長に収まった。

 軍の為の提言をしているとはいえ、本心を知っているブラウナーとしては、好意的にはなれない。地獄の南方戦線を共に戦い将官にしてくれても、いやだからこそ許せなかった。


「まあまあ、必要な物資は送り込むから」


「それはどうも、だとしたら捕虜の件も許して貰えるんですか」


「それは別ね」


 ユーエルは話しを進めた。


「奴隷としての購入ですが一億枚は安すぎるのでは無いかという査定です。二倍前後が適当かと」


「吹っ掛けているのでは?」


「そうでしょうか? このところ奴隷の値段が上がっていましたし、インフレで物価も上がり気味です」


 これまで奴隷の供給が少なくなっていたのと戦争によりあらゆる物資が必要とされたため物価が上がっており、倍額要求は適切とも言える。


「ですが、これだけの量の商品を売りに出すと値崩れを起こしませんか? 高額な値段で売り続けるのは無理かと」


 昭弥は捕虜を商品として語る罪悪感を感じながら、尋ねた。


「大丈夫でしょう。長期にわたって少数ずつ売り続ければ」


「ええ、ですが、商品の品質を保つにはそれなりのコストがかかります。それを維持できると」


「痛いところですね。まあ、軍内での労働を」


「商品に手を付けるつもりですか」


「やはり、脅しは通じませんか」


 商人出身であるユーエルだけに駆け引きが上手い。昭弥も鉄オタであるが商売の経験はこちらに来てから積んでいる。

 双方の損得を的確に理解して突いてくる。


「それに鉄道会社で引き受けられますか?」


「というと?」


「財務的に内部的に問題無いかと言うことです。どうぞ」


 そういって、ユーエルが部屋に入れたのは、本社にいるはずのサラ・バトゥータだった。


「サラさん、どうしてここへ」


「重大な案件なので役員として当然の提言をするためや」


 昭弥の質問を一刀両断に切り裂いて本題を言った。


「確かに現在鉄道会社本社は拡大期に入っていて、慢性的に人手不足が続いている。今後も延伸計画があって、必要人員の増加は避けられないわ。しかし、一時に職員を増やすことは適切であらへん。むやみに人を増やすと鉄道でどうなるか。それは社長もご存じのハズや」


「うぐっ」


 痛いところを突かれた。

 鉄道とは技術集約型の産業であり、素人がおいそれと入れるものではない。所々、工夫をして扱いやすくしているとはいえ、素人にいきなりSLを運転させるのは無理だ。

 大量の人員が必要な保線も、釘の打ち方、レールの運び方、軌間の幅が揃っているかの確認方法、完全管理など教えることは山ほど有る。

 一人前になるにはそれ相応の時間が必要であり教える人間も必要だ

 それに人員構成もおかしくなる。

 会社は本体だけで二〇万人雇っている。そこに新たに二〇万人入ると混乱する。

 しかも経験の無い新人だ。

 教育機関はあるが、これだけ大量の人員を収容できない。

 関連会社毎に割り振る手もあるが、同じ事だし管理が大変だ。


「ええか。二〇万というのは紙の上の数字じゃあらへん。実際の二〇万の命や。社長はんが預かる命。全ての責任をおわなあかん数字や。それを受け止められるだけの器量があるかっちゅうことや。物語や劇の場面じゃないんや。伊達や酔狂で言って良いことじゃあらへんで」


 サラに凄まれて昭弥は直ぐに返事が出来なかった。事の事実を誰よりも重く受け止めていた。分かっていたつもりだ。だが、改めて突きつけられると、何も言えなくなってしまった。


「と言う訳で反対させて貰うわ」


 正論だ。

 会社の社長なら会社の存続を考えなくてはならない。

 だが、彼らを救いたい。

 一箇所で管理がし易く、適正毎に配分できる方法。


「……本社で受け入れる事はできないな」


「ほな中止するか」


「いや、引き受ける」


「どないしてや」


「新会社を設立して、そこで引き受ける。そしてその会社で適正と本人の意志、関連会社の希望を考慮して決定し派遣する」


 言わば人材派遣会社だ。

 これなら派遣会社で人員を一括管理出来るし、適正に合わせて振り分けることも出来る。


「しかし、鉄道会社と関連会社で受け止め切れるんかいな」


「鉄道会社だけじゃない。駐留軍にも引き受けて貰う」


「そんな無茶な。軍で新規部隊の創設なんて無理ですよ」


「軍務省としても認められません」


 ブラウナーとユーエルも反対したが、昭弥は続けた。


「編成するのは、アクスム総督府とチェニス公爵領だ。そこで編成する。維持費は総督府と公爵領が持つ。軍からは教官、指揮官の派遣と指揮権を貸与する。いかがだろうか」


「それなら問題無いかと」


 貴族には兵権が認められている。

 反乱で兵権を取り上げられる貴族が多かったが、新規貴族の昭弥のチェニス領は兵権が認められていた。

 また総督府も一定の制限があるが、軍を創設する権限がある。

 維持費は各自が負担することになるが、税収などが確保出来る見込みがあるので問題無い。


「それに総督府やチェニス領も官僚を求めている。読み書きが出来て、現地の事情に詳しい人材が欲しい」


「なるほど、それなら大丈夫でしょうね」


「儲かるちゅうならええわ。その方向で進めましょ。あ、それと社長、これどうぞ」


「何ですか?」


 渡されたメモを受け取って読んだ。何かの名簿のようだ。


「査定していて、結構高額になりそうな奴隷のリストや。これはどうも購入がえろう高く付き添うや。新会社でもな。だから別枠で購入する必要があるわ」


「私が、言い値で買いましょう」


「ヨッシャ、商談成立」


 昭弥、ユーエル、サラは三者共に合意し、進めることにした。




「あー、やったわ」


「お疲れ様です。あと、ありがとうございます」


 昭弥が出ていった後、サラとユーエルは互いをねぎらった。


「でも良かったんですか? 社長にあんな反対をして。私は助かりましたが」


「かまあへん。社長は無茶をするけど、今回ばかりはやり過ぎや。いくらなんでも今回は会社が傾きかねへん事業や。こんな重大なこと独断で決めるのはやり過ぎや。取り締まり会を開くくらい重要や。アクスム開発は、まあやり過ぎやけど、社長の権限の範囲でおこなっとるし、利益も見込めるからかまへん。しかし、奴隷の件はやり過ぎや。一寸ばかしお灸据える必要があったわ。そりゃあ、アクスムの総督で捕虜はアクスムの民や。取り返そうとするのは分かるわ。奴隷に否定的なこともな」


 実際、昭弥の鉄道会社は関連会社を含めて奴隷が居ない。給与を渡し豊かな社会こそ鉄道が活躍出来ると建前を言って実行していたが、昭弥自身、元いた世界の道徳観念から奴隷を使うことを生理的に嫌がっていた。


「まあ、納得出来るしそれで儲けられるんや。社長としては合格。今回の事も及第点や。まあ、土壇場であんな提案してくるとは予想外やったけど」


 出来ない事は出来ないと言うことは重要だ。

 出来ない事をやって失敗して、周辺に迷惑をかけるのはよくない。それが、良い行いだとしてもだ。

 俺が社長だ、俺に従えと言うことは出来るが、やったらそれだけで社長失格だ。

 確かにサラは昭弥に雇われているが取締役だ。

 経験を買って必要な提言を貰うために雇っているのであり、頭ごなしに否定することは両者の関係を否定する。

 それは契約違反であり、サラは即刻辞表を提出してさよならする予定だった。


「まあ、おもろいし、これからもおもろいもん見させて貰おう思っとるし良かったんやけど……」


「どうしました?」


「いや、何故か寒気がするわ。とんでもない事に首突っ込んでしもうたようで」


 その直後、一人の駅員が入って来た。


「失礼します。バトゥータ取締役は?」


「ウチや。どないした?」


「はい、社長からの指示書を貰ってきました」


「なんやろ」


 指示書を読んで絶句した。

 アクスム総督府とチェニス公爵領の公債発行のための計画立案と、売り込みの計画を立てるように、と書いてあった。


「社長の反撃や……」


「断れませんか?」


「無理や。最大半分を自分の個人資産で購入すると言うてきたわ。完売できるように、手を打ってきとるわ。これじゃあやらざるをえんわ」


「いいんですかそんなこと」


「マッチポンプみたいなもんやけど。それだけ社長が必死と言うことや。本気だしとる。ここで手を引くのはウチの沽券に関わるわ。やってやろうやないか」


 決意も新たにサラは、チェニスを後にした。


「しかし、早速勘が当たりましたね」


「はあ、何を言うとるんや」


 ユーエルの言葉にサラは、ウンザリした表情で答えた。


「こんなん日常茶飯事や。いつもの仕事のうちや」


「そうなんですか?」


「そうや。これまで幾つ会社を立ち上げてきたと思うとるん? 両手両脚の指じゃ足たらへんで」


 事実これまで立ち上げてきた会社は、鉄道会社本体を始め、貿易会社、陶磁器会社、加工機械、船舶、馬車、建設、土木、印刷、食品、倉庫、レストランなど上げたら切りが無い。


「その初期費用。どうやって調達したと思うんや? 株や債券や。その販売計画と売り込み図るのウチやで」


 会社の開業と聞いて商家出身のユーエルは、気が遠くなった。のれん分けの店を出すだけでも非常に苦労する。品物の仕入れや家賃、人件費、輸送費、それに自分の生活費。それのトータルがいかほどになるか知らない訳でもない。個人の小規模な商店でも多額に上る。

 それを短期間の間に、まして中小企業とは比べものにならないくらい大きな会社を立ち上げている。

 その必要とする資金がいくらか。想像も出来ない。

 ユーエルの絶句を尻目に、サラは続ける。 


「嫌な予感は、もっと世間の常識をひっくり返すことや」


「まさか……」


「王国中に鉄道敷いて、王都の生活が著しく変わっていること、この前の大戦で王国軍が大勝したこと見ても否定できるか?」


 サラの言葉にユーエルは反論できるなかった。


「そういうこっちゃ。まあ、損なことが起きることは無いけどな」


 サラは溜息交じりに答えた。自分の仕事が増える気がしてうんざりした。だが、楽しみである事も事実だった。

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