チェニス到着
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「ここがチェニスか」
初めて訪れる自分の領地に昭弥は特に感慨無く呟いた。
貨物列車で来たため、貨物駅に一旦降り立った後、旅客駅への連絡列車に乗り継ぎ移動して今、駅のホームに立っている。
オスティアと同じ緯度にあるが海流の関係からか、より温暖であり冬である今の時期は過ごしやすい。
「さて、仕事だな」
「どうするんですか?」
付いてきたセバスチャンが尋ねた。
「領地の屋敷に行きますか?」
「何も無いのに? それに後から来る人員の仕事をすることを考えると駅の近くが良い」
駅は新設されたためチェニスの町から離れたところに建設されている。
そのため中心に近い公爵邸から離れており、仕事上は不便だ。
「宿舎には使えそうだな」
「そうでしょうけど」
「よし、とりあえず駅の事務所の一角借りてそこを臨時の事務所にしよう。で、駅近くの倉庫やホテルを適当に借りたりして鉄道支社の事務所にしよう」
「そうですね。そうしましょう」
「やけにあっさり肯定するね。反対するかと思ったのに」
「いや、このままアクスムへ単身乗り込もうとか言い出しかねないと思っていましたから」
「そこまで無鉄砲じゃないよ」
「常識があって良かったです」
「アクスムを開発するために前進基地となるこのチェニスを把握しないとね」
「やはりいつもの社長でした」
同時にセバスチャンは覚悟した。喜々として語る姿は破天荒な無茶ぶりの前兆にしか見えない。
「さてと始めるとしますか」
昭弥は宣言通り、駅事務所の一角を占拠すると列車内で書き溜めたメモの整理を始め、順に処理するよう命令した。
各地の人事の移動命令であり、王国各地で昭弥の代わりとなって建設に従事した達人、専門家だ。
昭弥が鉄道に必要な技術や知識を与えたこともあり、この世界随一の鉄道建設専門家集団となっている。
元々、河川改修などが盛んで土木技術が優れていた上、怒濤の鉄道建設により現場の数を多くこなしてきた経験豊富なベテラン集団になりつつある。
昭弥にとって彼らほど頼もしい集団はない。
さらに出鱈目とも思える地図を位置から作り直す測量集団。
新たに鉄道を新造する必要もあると思い鉄道工場から製造チームの一つを。
と同時に、チェニスの町の改造計画と、領地の経営計画を立てる。
激戦地の近くだったため、町に結構被害を受けているし、占領されていたため略奪と破壊を受けて、町が崩壊状態だ。それらの対策も一通り考える必要がある。
これから来る職員の宿泊施設として近くの軍施設を一時的に借り受けたり、鉄道会社傘下の建築会社に新たな社屋の建設を指示したりと、それらの仕事を駅員の手を借りたこともあり、一晩で終わらせた。
一日中、鉄道に乗っている間、指示書や計画書を書き上げていたにもかかわらず、徹夜をする驚異的なスタミナ、いや鉄道に対する情熱だった。
「さて、一休みするか」
夜が明けたことに気が付き、一旦手を休めるとセバスチャンが力尽きていた。
さすがに昭弥に付き合うのは、常人では難しい。盗賊の経歴があっても無理だ。
昭弥はセバスチャンに駅員から借りた毛布を掛けると、散歩がてら外に出て行った。
「さすがに人が多いな」
激戦地の近くだったこともあり、駅周辺は軍による大規模な野営地が出来ていた。
アクスムへの中継点ともなっており、駐留軍へ派遣される部隊の出発地でもあるため、活発に活動している。
「変だな。主力は既にいないはずなのに人数が多すぎないか?」
テントの数が多すぎるような気がする。それに、宿営地としては防御陣地が大規模すぎる。と言うより外敵に備えていると言うより、内側から出さないようにしているように見える。
「今すぐ出して下さい!」
一人の女性が宿営地の前で懇願していた。
「彼ら、彼女らは何ら私たちと変わりません!」
「何度も五月蠅い」
何処か、切羽詰まった、迫り方を当直兵に行い、彼らを困らせていた。
「だったらあんたが買い取れよ」
「彼らは商品じゃありません」
「いや、商品だよ」
「酷い! 慈愛の心は無いのですか!」
「いちいち掛けていられるか!」
なおもすがりついてくる女性にケリを入れて離した。
「ちょ、ちょっと、待って」
状況は分からなかったが、女性が蹴られるのを見てはおけず昭弥が前に出た。
「いくら何でも蹴らなくても」
「ああ、こいつは毎日やって来て同じ事をやっているんだよ。いい加減、やめて貰いたいんだが口で言っても聞かないんで、身体で分からせるしか無いようだ。中の連中と同じで」
「? どういう事ですか?」
「ああ、後ろの奴隷共さ」
「!」
昭弥は驚いた。
ここにいたのは、先の戦いで捕虜になったアクスム軍の兵士達。殆どが獣人であり、奴隷として売れる。
「どうして」
「どうしてって、奴隷として売れば金になるからな。報奨金が増えるのは嬉しいしな」
兵士が戦うのは大義名分と勝算の他に報償がいる。それも現実的な。
略奪が多いのは、少しでも自分の取り分を増やすためであり、苦労が多い割りに給料が少ない事もある。
奴隷は特に高値で売れるしこれだけの人数なら、膨大な価値、財産となる。
彼らが厳重に囲うのも分かる。
「ところでお前は何だ。この女の仲間か」
「いや、違う。鉄道会社の社長玉川昭弥だ」
「社長……って、チェニス公爵!」
鉄道会社社長玉川昭弥がチェニス公爵に任命されたことは、王国中に知れ渡っている。
「し、失礼しました」
故にぞんざいな扱いをする事は出来ないので、兵士達は急に丁寧な言葉になった。
「公爵様、お願いです彼らを助けて下さい」
一方、すがるように懇願してきたのが先ほどの女性だった。
「おい! 公爵様になんてことを」
「まって、乱暴しないで」
無理矢理引き離そうとする兵士を制止して女性に尋ねた。
「あなたの名前は?」
「ポーラ・ワトソンです。奴隷制度廃止運動をしています」
「玉川昭弥、鉄道会社で社長をしています。まあ、このチェニスの領主もやっていますが」
「お願いです昭弥様、彼らを解放して下さい」
「解放できるかい?」
昭弥は兵士に尋ねたが、兵士は渋い顔をした。
先ほども書いたとおり、奴隷は価値のある財産であり、兵士達の報奨金の一部となる。
何より二〇万もの数だ。
兵士一人の判断でどうこうできることではない。
「わかった。ありがとう」
それだけ言うと昭弥は、回れ右をして駅に戻っていった。
「ま、待って下さい。公爵様、どうか彼らを」
帰る昭弥にポーラはなおも懇願した。
「分かっていますよ」
歩みは止めず、昭弥は彼女を落ち着かせるように答えた。
「彼らは必ず助けますよ」
「ほ、本当ですか」
「社長!」
そのとき、セバスチャンがやって来た。
「いきなり居なくならないで下さいよ。心配しました」
「済まない、起こすのは悪いと思って」
「一人で出歩く方が危険です」
「そんな事より、彼らの解放を」
二人のやりとりをポーラが中断させた。
「あの社長……この人は?」
「ああ、奴隷解放運動をしているポーラ・ワトソンさんだ」
「よ、よろしく」
「あ、はい。宜しくお願いします。そしてどうか、奴隷解放を」
突然のお願いにセバスチャンは驚き、昭弥に尋ねた。
「どういうことです?」
「手短に話すと、今チェニスには先の戦いで捕虜になったアクスム軍二〇万がいて、奴隷として売られようとしている」
「はい」
奴隷制度になれているセバスチャンが頷いた。
「そこで彼らを解放しようと思う」
「そんな無茶です」
セバスチャンが異議を唱えた。
「二〇万の奴隷を解放したら、軍が怒鳴り込んできますよ。兵士への報奨金も少なくなりますし、兵士達が報奨金を求めて反乱を起こす可能性も」
「だろうね」
奴隷を売って金儲けに見えるだろうが、彼らにとっては昭弥のいた世界に当てはめれば、高層ビルの建設作業員として働き、ボーナスとして与えられる予定だった最新型パソコン一式を反故にされるようなものだ。
命がけで死ぬかもしれない仕事を行ったのに約束された報酬が与えられなければ怒るだろう。
「そこで、彼らを買い取る」
「え!」
昭弥の言葉にセバスチャンは驚いた。
「無茶ですよ。アクスムの獣人は結構高いんです。それも働き盛りの青年期だから値段はすごいことに成ります。女性は特に高いんですよ」
奴隷の価値はそれぞれだが帝国では成人男性奴隷で平均金貨三〇〇枚ほど、美しい女性なら金貨一〇〇〇枚ほどだ。獣人なら五割ほど高くなる。
平均的な庶民の年収が金貨二〇〇枚ということを考えると高価だ。
「大丈夫なんですか? ざっと見積もっても金貨一億枚ですよ」
「平気だ。金のあては有る」
「え?」
「今回の戦争での軍の輸送費だ。うちが軍隊の輸送で得た収入を元にする」
「ああ、ありましたね。大丈夫なんですか?」
「平気だ」
今回動員された軍の兵力は三〇〇万程、彼らが平均三回ほど鉄道を利用したとして一回あたりの費用を金貨一枚とすると九〇〇万枚になる。それ以上何回も転戦していたり遠距離を移動していたら、更に巨額になる。
運ばれるのは、兵士だけじゃ無い。馬も運ばれるし、大砲や弾薬、食料も運んだ。そしてその調達も。
他にも鉄道会社の工場で武器の生産を行った。
加工機械を持っているのが鉄道会社の機関車製造工場ぐらいしかなく、大砲や銃の生産が出来そうな場所が民間では他に無いからだ。
納めた武器の数も天井知らずだ。
そして、資金源となった戦時国債。その引き受けも鉄道会社が行っている。特にインフレ対策を兼ねて一定額以上を国債で支払うようになってから、比較的高級な鉄道会社の社員の多くは国債を持っており、それの償還を迫ったり、大量売却をちらつかせたらどうなるだろうか。
「それだけの請求書を軍に送りつけたら一体、いくらになるかな」
「ははは。軍は青くなりますね」
「だろう。代金として奴隷をもらい受けるんだ」
「うちもそれほど財政に余裕ありませんよ」
「労働力が確保されるんだ。十分おつりが付くよ。それでも足りなければ、僕の個人資産を使ってもいい」
実は、昭弥は金持ちだ。
領地を持っているからでは無く、株で儲けているからだ。
鉄道会社の株式をはじめ、関連会社の株を結構持っている。そして、その株価は上がりつつあり、一部を売却して富を得ている。得た富の大半は新規事業の立ち上げに使っている。そしてその新規事業は基本的に成功するので損失が殆ど無い。そのため、証券マンが見たら失神するほどの利益率を誇っている。
「……結局、彼らを奴隷として扱うんですか」
睨むようにポーラが昭弥に話しかけてきた。
「バラバラにされて売られていくよりマシでしょう。それに酷い扱いをする気はない。身分は奴隷だが社員として働いて貰います」
「ならどうして解放することが出来ないんですか!」
「私も会社の経営者として会社の金を支出するからには、利益を出さなければならない」
株の大半を所有するのが王国とはいえ、昭弥が勝手に使って良い訳では無い。
自己の都合のために大金を使うのでは、悪徳貴族と同じだ。それが、善行のためであってもだ。
奴隷解放の為に何の見返りも無く金貨一億枚を出すことは昭弥には出来ない。
「……利益……結局あなたは他の人と同じなんですね」
最後には泣き叫んでポーラは離れていった。
「良いんですか?」
「……ほっとこう」
自分の無力さを噛みしめながら、昭弥は事務所に向かった。
確かに身勝手で生理的な嫌悪感を感じて、追いかけなかったのも事実だ。だが、奴隷解放を行うという昭弥の意志は変わらなかった。
「さあ、忙しくなるよ」
「新たな仕事も増やしてくれましたしね」
「言ったな」
二人は笑いながら、事務所に戻った。




