8、復讐
「ではいきますか、万龍姫」
「ああ、道運。ではまいろうか。決戦へ」
「ならあいつも連れて行かなくてはな。いるんだろ、ゾイド」
あたしの呼びかけに呼応するようにどこからともなく声が聞こえる。
「はい、おります」
「誰でありますか」
「どこにいるの~」
「みえないーーーー」
「うん。桜にも」
「ガーターもー」
口々に声の主がどこにも存在しないことを証明するような声が聞こえる。
「私はここです。わかってるでしょう。アルギノ」
「ああ。でも、アルギノというのはちとしっくりこないな。今はこの万龍の女王だしな」
「さようですか。でも、私はあなたの部下というわけでもありまんし」
「そうだなー、う~~~ん・・・」
あたしは考える。この姿の見えないあたしを復讐という名の憎悪へと導いてくれた生物にどう呼ばれるのが一番いいのかを。
「だから見えないって~~~」
「なんで声が聞こえるの」
「そんなこと俺にわかるか」
「だよねーー」
「おまえらは黙ると言う事ができないのか!!」
あたしがどなると、
「すいません」
見えない者に向かって声をあげていた者達が一斉に委縮する。
「まー黙っていればあたしも何も言わん。だからちと待て」
あたしは配下の者共に時間をくれるよう要求する。
これは考えなければならない案件だ。
「ちょっと二人にしてくれるか?」
「はい、わかりました。では私達はさきに向かっております」
「ああ。だが、あたしの復讐なんだぞ。獲物は残しておけよ」
「存じ上げております。ですが、万龍姫のお望みの品に私どもの力が通用するかどうか・・・」
「先代の国王の側近ともあろうものがそう委縮をするな。大勢でかかればあの想い生物にも一本咥えられるかもしれんじゃろ」
その言葉に胸を打たれたのか。今まで沈んでいた皆の顔に生気が戻ったかのように活気づいた顔になる。
「そうですね」
「そうだよ。なんてったってあの赤龍だぜ。胸が躍るってもんだよ」
「ああ。そうよね」
「よ~~~し、私達で一本喰わせてやろうじゃない」
そこで道運が皆に集まるように声をかける。
円陣を組み、あたしもそれに加わる。
そしてあたしが声をかける。昔の口調で。今は今だけは。勇気をくれ、ゾイド。
「・・・はっ・・」
あたしは今何を感じた!?まさかあたしの想いが通じたのか。
「今確かに肩に重みを・・・」
まさかな。ゾイドがそんなこと。
「ほんとですよ。アルギノ」
「だ~か~ら~、そ~れ~を~・・・」
「皆待っておりますよ。万龍姫」
あたしはゾイドにどやされ、はしゃいでしまっていたようだ。反省反省。もうあの時の野蛮な性格ではないのだ。今でも少しは出る時があるが・・・。
「あ~る~ぎ~の~」
「はい。すいません」
あたしの驚きっぷりがよっぽどおかしかったのか、笑いが起きる。
「ははははは」
その笑いにつられるようにあたしも尾を重ねる。
「ではいくぞ~、決戦の舞台へ。皆の者準備はいいか~」
「「「「はい、万龍姫」」」」
「「「「「ま~ふぁ~だ~~~~!!!!」」」」」
▲
ゾイドは悩んでいた。このまま赤龍に会っていいものかを。
アルギノ様を復讐の海に導いていいものかを。
「でも、それに導いたのは私だしなーー」
そうなのだ。復讐の憎悪を掻きたてた張本人は私なのだ。私が責任を取らねば。
でも、アルギノ様は私に何をしてほしいんだろう?
一緒に戦う?一緒に旅をする?友達になる?・・・・どれも違う気がする。
きっとアルギノ様が考えていることは私にはわからない。誰も他の生物の考えなんか見通せない。そう、聡明なあいつでさえも。
だから私はアルギノ様の前から消える。今は消えていたほうがいいと思う。なぜなら、私がいたらきっと、・・・・復讐のじゃまになってしまうだろうから。
アルギノ様を引き留めてしまう存在になってしまうかもしれないから。
願いや想いなんてなんの罪もないものに捕らわれているアルギノ様を解き放つために私はアルギノをアルギノ様と呼ぶことにしたのだ。私は枷、どこまでいっても枷なのだ。
復讐の権化と化す運命に導いたのは私なのだ。だから私がけじめをつけないといけないのだ。あなた様の前から消えることで。私の能力をフルに使って。
▲
「ゾイド。ゾイドゾイドゾイドゾイド。ゾイドやーい・・・」
どこにいってしまったんだ、ゾイド?
「はあはあはあ」
思えばゾイドと私の出会いはりゅうりゅうが導いてくれたものだったかもしれない。復讐という名の憎悪が。
でも、けっして悲しいことばかりじゃなかった。楽しいこともあった。
だって一人じゃなかったのだから。
あいつはあたしのことを友とは思ってないかもしれない。でも、あたしはきっとあいつのことを友と思っているだろう。だって今はりゅうりゅうよりもあいつ、ゾイドのほうが大切だと思えるのだから。
生物とは変なものだ。優しくされていない相手にだって感情を許してしまうのだから。友と呼べてしまうのだから。
だからゾイドよ。出てきてくれよ。
「おーーーい、ゾイドやーい」
あたしは友の名を呼ぶ。あいつが教えてくれたあいつの名を呼ぶ。見たこともないあいつを呼ぶ。姿を知らない友の名前を呼ぶ。思えばあたしはあいつのことなんて何一つ知らないのかもしれない。でも、これだけは知っている。あいつは復讐の権化などではない。友なのだと。
「友なら友らしくあたしを支えてくれよ。泣き虫で好奇心旺盛で何物にも興奮を抑えられないあたしの感情を。なーゾイド。優しくしてくれなんて言わない。だっておまえにはそれができないんだから。
だからお前らしくまたあたしを復讐の海に引き入れてくれよ。あたしをりゅうりゅうへの憎悪で満たしてくれよ。それが一時の悲しみだったとしてもあたしはけっしてあなたをうらぎったりなんてしないんだから」
あたしは涙を流す。
友を想い、友に泣き、友に愛されることを誓って。
「あたしはなんて泣き虫なんだろうな。ゾイド。今お前に会ったらあたしはなんて言われるんだろうな。きっとこう言われるんだろうな」
「・・・・・・・・」
「・・・・」
あたしは空耳だと思った。だってそれは確かにゾイドの声だったのだから。
「それはあたしのセリフだよ」
「そうだよね」
「うん」
「じゃあ、どうしようか?一緒に言う?」
あたしは見えない友に向かってうなずく。
「うん」
「じゃあ一緒に・・・・おかえり、アルギノ(ゾイド)」
▲
私は復讐の権化だ。負の存在は消えるのが動議なのだ。
私はこの世にいちゃいけないんだ。もう消えたほうがいいんだ。
だって私は誰にも必要とされていないんだから。
「・・・・ド」
何か聞こえなかったか?
「・・・・ド」
空耳か?
「・・・・イド」
いいや空耳じゃない。どんどん大きくなってきている気がする。
「・・・・イド」
そしてどんどんはっきりになってきている気がする。
「・・・・イド」
この声聞いたことがある。
えーとだれだったけ?
「・・・・イド」
そうだ。ゾイドだ。私が私であるための名前。
「ゾイド」
私を呼ぶ声が聞こえる。この声は・・・・あいつか。
復讐者か。
そうか、アルギノ。お前は私を失いたくないのだな。私にも戦場に立ってほしいのだな。
しょうがないな、出て行ってやるとするか。
「おかえり、ゾイド」
「・・・・」
あいつが私を探すように周囲を見回す。
私はこんきよく待つ。
だって私は必要とされていたんだから。
そして、あいつは見えない私を見つけたかのようにぱっと笑い、
「それはあたしのセリフだよ」
と言う。
私は目の前がぱっと明るくなったような気がした。
だって見えないはずの私が見えているような顔をしているんだよ、あいつは。
「そうだよ」
私は泣きそうだ。
「うん」
今だけはあいつに私の顔が見えてなくてよかったって思った。
「じゃあ、どうしようか?一緒に言う?」
だってそのときの私の顔は、ぐっちゃぐっちゃに汚れていたんだから。
「うん」
「じゃあ一緒に・・・・おかえり、アルギノ(ゾイド)」
うっうっうわわ~~~~~~~ん・・・・。
▲
「そうか、たくさんか、いいねーそれ、ぞくぞくするぜ。ひさしぶりに胸が高鳴るってものよ」
「やっぱり我も参加したほうがいいか?」
「せかすなゲーテ、お主の思いもわかるが、ちょっと挑戦させてくれ。これだけ危機せまる修羅場は久しぶりなんだぜ。俺の楽しみを奪わないでくれよ」
「了解。じゃあ、我は少し見物してるとする。ただし、危ないと思ったら加勢するからな。それだけは覚えておけよ」
「了解」
そう言ってゲーテは俺の周りから消え、俺を纏っていたゲーテの欠片も俺から離れていく。
そうだ。最初っからこんなものなんて必要なかったんだ。用心のために、目くらましのためにあいつに周りを囲んでもらったが、やっぱり意味なかったか。
「姿を現せよ。アルギノ。俺をりゅうりゅうと呼ぶたった一人の想い生物よ」
「やだね。今はまだその時ではないんだよ。それまでこいつらに遊んでもらいな。りゅうりゅう」
俺にはそう聞こえたような気がした。正直言って空耳だったかもしれない。だって実際奴の顔を見てないんだから。
でも、今はそんなこと考えている余裕はなさそうだ。だって目の前には敵の大軍勢がいるのだから。
「ほら、かかってこいよ、おまえら。俺は今血に飢えているんだ。八つ裂きにしてやるぜ」
「いけーおまえらー、やってしまえー」
しわがれたのろしがどこからか聴こえたかと思うと、俺の周りには数十万という生物の大群で埋め尽くされていた。
「そうだそうだ来い。俺は血に飢えているんだ。今の俺は恐いぜ。へっへへへへ」
俺は高笑いしながら群がる軍勢に向かって嘲笑の笑い声を浴びせる。
「じゃあ、俺からいこうか」
「あたしからあたしから」
「ちゅうちゅう。ちゅうちゅう」
「なんでもいいからかかってこいよ。まとめて相手にしてやる」
それが口火となったのかはわからないが、一気に生物が押し寄せてきたことは確かだ。
「おいおい、ちょっとは連携ってものを考えろよ。これじゃあ、雑魚じゃねーか」
俺はそう思い、上海へと体を移動させる。そして下海に氾がる雑魚に向かって翼を大きくはためかせることで、竜巻を作り出すと、両翼を激しく器用に動かすことで、目の前の竜巻をコントロールし始める。
「あーもっと楽しい闘いになるって予想してたんだけどなー」
俺はそう思いながらも竜巻に巻き込まれ、
「ぐわえぇーーー」
「しぬーーーー」
「やめでーーー」
変な叫び声をあげる雑魚どもを眺める。
そいつらは、蛇のような姿をしているものや、ちょうちんのようなものを頭にぶらさげていたり、刃物のような口を開けて叫んでいるやつもいた。
中にはグロテスクな五本指の手と鰭のような足を同時に併せ持つ生物もいた。
「あーれー」
「ここはどこ?私は誰!?」
「ぎゃーーーーー」
俺はそんな奴らをおかしそうに竜巻から少し離れたところで眺め続ける。
「あー楽しいことってなんでこうすぐに終わっちゃうのかなー、でも、これで全部じゃないんだよね。アルギノ」
「ああ。まだあたしの出る幕じゃない。道運勢、やーっておしまい」
第二弾があるようだ。次はどんな奴だ!?またすぐに終わってしまわないよな。
今度はもっと楽しませてくれよ。
「なー道運さんよ」
俺は一際威圧してくるウナギのような体をした奴を道運だと決めつけてねめつけてみる。
「そうだ。主が道運だ。お前は強いのか?」
「・・・・・」
俺はその問いに威嚇するような視線を送ることにした。
「そうか、強いのだな。なら、他の者は不要かもな。お前たちさがっていろ」
「ははー道運様」
「よく訓練された兵士たちだな」
「おほめに預かり光栄です。にっくき復讐者殿」
「復讐者??それは一体・・・」
俺はその先の言葉が続けられなかった。なぜなら先程の奴らのように目の前の道運とかいう奴も雑魚だと思っていたからだ。
でも、奴はけっして雑魚じゃなかった。なぜなら、今まで笑い声がでそうなほど朗らかだった闘いの場が、奴が目の色を変えたことによって一気に寝静まったかのように静寂に包まれたのだから。
「こりゃあよかった。ちょっとは楽しめそうじゃないか」
素直にそう思った。
「ははははは、ではまいりますぞ。復讐者殿」
俺はその復讐者という威圧的な言葉に対して「ぞくり」と寒気を感じるのだった。
▲
俺は奴の言葉に寒気を感じた。その一言だけであいつのどん底がわかったような気がした。俺がここに置いていったかつて愛した者の気持ちが。
「復讐!?それはどういう意味だ!!」
でも、本当のことは知らない。あいつのどん底とはどんなものだったか。
だからそれについて問う。
「知らねーのか。なら、お前の躰に直接刻み込んでやるぜ。うへへへへ」
「躰で持って伝えるか、いいね。ぞくぞくするぜ」
奴は俺をどういうふうに八つ裂きにしてやろうか頭を巡らしているようだ。なら、一度その痛みというものを受けたほうがいいのかもしれない。そうしたらかつて愛した者の気持ちが少しでもわかるかもしれない。そう思って俺は奴の攻撃を素直に受けることにした。
それが俺への罪滅ぼしになるのなら。
「んっ?なぜ両手をあげる??抵抗しないのか?」
「抵抗はしない。それがあいつのためだから」
「あいつのため?・・・・ふーん、まあいい。なら死ねよ」
奴はまっすぐに俺へと進んでくる。そして、鋭利な尻尾を突き出し、俺の腹めがけて突き立てる。
「うっ・・・そんなものか、そんな痛みなのか、あいつの痛みは。そんなものじゃないだろ」
俺は奴にもっとだもっとと問う。
「なら、これはどうだ」
俺の腹の中で奴の刃が躍り狂う。
「うっ・・・こんなものじゃないだろ、絶対こんなもんじゃない」
「なら、これでどうだ!!えっ!!」
今度は腹が奴の刃によってかき乱される。
「いや、まだまだだ」
アルギノの想いはこんなものじゃないはずだ。そう思った俺は、さらに痛みを加えるよう問いかける。
「ならっ・・・これか!!これでいいのか、えっ!!」
奴は俺の想いに問いかけるように必死に下腹部をかき乱す。
そうやって俺はかつて愛した者の想いを躰に刻み込めるかのように受け続ける。
俺への想いはそんなものか!!と言わんばかりに。
それから数時間後、やっと奴の想いが尽きたのか、俺への執拗な執念の刃が消えうせ、もうないとばかりに力尽きたように海中を漂う。
「・・・・うっ・・・うえっ・・・もうだめだ。動けねえよ」
「なら死ぬか」
「・・・そうしてくれると助かる」
奴は消えいりそうな声で応える。
「じゃあな。・・・うれしかったぜ。あいつの想い教えてくれて」
俺はその想いに応えるかのように顔中から涙を流しながら、海中漂う自身と比べて小さすぎる奴の躰を鋭利な鉤爪でもって、一心不乱に切り刻むのだった。
「・・・・あ・り・が・と・な・・・うっうっ・・うわあああ~~~」
▲
俺の怒涛の涙が枯れてきたころ、暗い海の底からゆっくりと次の敵が近づいてきた。
「・・・!?」
その気配に俺は驚く。こいつは奴の匂いだ。やっと本命の登場だと。俺は泣くのを止め、奴が来るのを息を殺して待つ。
「・・・よお、久しぶりだな。りゅうりゅう」
闇の中から聞きなれた声が聞こえる。
「・・・まだその名で呼んでくれるのか?アルギノ」
俺は懐かしい声にこたえる。
「・・・ああ、そのほうが殺しがいがありそうだしな」
「・・・殺しがい・・・やはり俺を憎んでいるのか?」
でも、声を聴く限り昔とはずいぶん性格が変わっているように感じる。
「ああ、憎んでいる。それも殺したいほどにな・・・」
奴がそう声を発した直後、轟音のような海水を切り裂く音が聞こえたと思ったら、
「ごたいめーん」
真逆から奴が突っ込んできた。
「・・・うっ」
それは俺が思っていたよりもよっぽど早かったため、よけきれず、鋭利な刃物で切り裂かれたような痛みが皮膚に突き刺さる。
「へっへー。上々。上々。じゃあ、次行くぜ」
そして、やはり今度も声の聞こえたほうとは逆のところから奴の刃が飛んでくる。
「うっ」
そのことに対して疑問を感じた俺は、まさかと思いながらもそのまさかを想定しながら戦うことにした。
「今度は、こっちだよ。りゅうりゅう」
そう結論付けた俺は、声とは真逆の方向で受け身をとることにした。
「やはりな」
案の定、奴は俺が構えた方向から向かってきたため、腕で刃を掴むことに成功する。
「ほほう。ちょっとはできるようだな」
「あたりまえだ」
やっとかつて愛した者の顔を拝めることができると考えた俺は、確認するためにまっすぐ前をみつめることにした。
「当たり前か」
でも、見てはいけなかったのだ。なぜなら、そこには失神してしまいそうなほどかわいい奴の顔が、目からあふれてはすぐに周りに溶けていく涙によってひときわ反射して輝いて見えたのだから。
「うっ!!」
まぶしい。これは見てはいけない。見ては。
「・・・どうした??力が鈍くなってきたぞ。あたしがかわいいせいか!?えっ??」
とっさに目を瞑ってしまった俺は、腕に込めていた力を緩めてしまう。
それを好機と判断した奴の動きが、突然早くなったように見えたと思ったら、視界から消えうせてしまう。
「・・・どこだ??どこだどこだ!?」
「ここだよ」
そして、また出てきたと思ったら、頭を殴られたような痛みが脳に走り、間髪入れず、真下から横殴りの竜巻が襲いかかってくる。
「こりゃあやばいな。助けるか」
そう考えたゲーテは、赤龍を取り囲むように自身の雲をバリアーのように配置する。
「がきっ・がきがきっ」
雲と竜巻が衝突し、火花が散るが、海中のため、すぐに火花が消えうせ、空気の泡のようなものが周りにいくつも生まれる。
「がきっ・がきがきっ」
「ありがとな。ゲーテ。お前は参戦させない予定だったんだがな」
「予定が予定でいかないのが戦場だぜ」
「・・ああ、そうだな。忘れてたぜ」
「おいおい」
数分後、竜巻と雲の触れ合う雷のような轟音は消えうせ、静寂だけがあたりを包み込む。
「・・・終わったか?」
「・・・そうみたいだな。でも、油断するなよ」
「わかってるよ」
わしは雲たちに退がるように命令すると、ゆっくりと霧散するように周りを囲っていた雲がいなくなり、視界が開けてくる。
「・・・それを待ってたんだぜ」
あたかもそれを待っていたかのように奴が登場してくる。
「それは想定済みだ」
そう来ることは俺も想定済みだったため、体を竜巻のように大きく左回りに振って、勢いのついた尾で持って奴を吹っ飛ばすことに成功したかにみえた。
「んっ??あたってない??」
でも、突如何かにからめとられたかのように自身の尾が言う事を聞かなくなり、反対に俺の躰が何かに持ち上げられるように勢いよく回転しだす。
「なんだなんだ??一体どうしたんだ??」
突然のことに俺は気が動転してしまう。
「わしにもわからん。でも、雲たちが何かに反応していることだけは確かだ」
「・・・何?どこだ??」
俺は回転する中ゲーテの分身どもが指し示す先を見ようと、遠心力にまけないように力を込めてゆっくりと首を持ち上げる。
「・・なんだ!?あれはいったい??」
そこにはゆらゆらとうごめく雲がまとわりついたところだけ白く変化して、他のところは海の色のままのようななんとも薄気味悪い侯景が広がっていた。
「雲がこれ以上動かないぞ。どうした??」
突如俺を掴んでいた何者かの手が離れたため、海の中を吹っ飛ばされるように体が飛んで行ってしまう。
「ぎゃーーー」
「見つかってしまったか」
「そのようだな。ゾイド」
そして、わしは、ゆっくりと敵だと悟られぬように雲たちを動かすことでゾイドと呼ばれた奴の正体を探っていくことにしたのだった。
▲
わしは雲たちを慎重に動かすことで奴の全貌を探ることに成功しているかに視えた。なぜなら、雲たちが動かなくなる範囲が少しずつ狭まっていたからだ。
「順調だぜ。これならすぐにでも奴の全貌が拝めるんじゃ」
わしは順調に解明が進んでいることに満足し、それが罠とも知らず、先読みの力に頼ることもせず、雲たちを動かすことで満足していた。
それからしばらくして、奴の全貌が露わになってきたところでわしは重大なことに気づいた。
「んっ!?なんだこれは!?」
それは我が目を疑う結果だったのだ。
なぜならもう生きてはいないと思っていたのだから。
「なんだこれとはしっけいな。わが友よ」
「わが友??」
「まさか忘れたわけでないだろうな、ゼア」
それはもう二度呼ばれることがないと思っていた名だった。
「なぜその名を知っている?」
「あくまでしらを切る気か。まーいい」
ぶきみな声が聞こえる。
「なぜ知っているのだ?」
「さあな」
そういうと奴はわしの前から姿を消した。
「・・・今のは?まさか・・・奴だとでもいうのか」
わしは奴の本当の姿を知らない。なぜなら奴は絶対に誰にも本当の姿を見せたことがないからだ。
でも、奴はわしのことを最初から知っているようなものいいだった。
なぜならわしも初めて会ったとは思えなかったからだ。
それはなぜだろう。
「・・・・」
わからぬ。
でも、これだけは言える。
なぜなら奴はその名を知っていたからだ。
「ゼア」
わしの真名を。
そして、なぜかそのあとわしのことをこういったのだ。
「友」
「・・・・」
わしは一瞬ぞくりと寒気が全身を駆け巡ったような気がした。
寒気など感じることがないのにだ。
あれはなんだったんだろうか、いったい?
そう思ってわしは問うたのだ。
「お主は誰だ!?」
と。
そうすると、奴はこう答えた。
「それはお前の知ることではない」
「それはどういう意味だ?」
「さあな。お前の得意な先読みで詠んでみるがいい」
「・・・なぜそのことまで知っている!?」
また寒気が走る。でも、今度は一瞬ではなかった。
「それはなー・・・」
「それは・・・」
「こういうことだ」
「まさかその姿は!!」
なぜならその姿は、あまりにもおぞましすぎたからだ。
「そういうことよ」
そしてあまりにも奴に似すぎていたからだ。
「ジョアン??」
「あったりーー」
▲
「おいおい、どうしたんだ、いったい?」
「ゆすっても起きないぜ、そいつは」
俺は見えない奴に吹っ飛ばされたあと、素早く体勢を整え、仲間の場所へ戻る。
するとそこには、放心状態で制御が利かなくなったようにだらけた雲の残骸があった。
「おいおい。どうしたんだ、いったい?」
「ゆすっても起きないぜ。そいつは」
「知ってるさ。だって積乱雲だもんな」
「せいかーい」
俺のゆすろうとした腕は、吸い込まれるようにしてゲーテが託してくれた雲たちの中を通り過ぎる。
「だれだ?こんなことをしたのは?」
そのことに対して怒り狂った俺は、脳が正常な判断をしなかった性で、無情にも、声がしたほうと同じところを切り刻んでいた。
「わたしだよ。りゅうりゅう」
「えっ??なんで若返って?」
それが罠とも知らずに。
「どういうことだ??これは」
なぜならそこには子供のころの赤龍とアルギノがいて、無邪気にも海の底で俺に芸を見せてくれていたからだ。
「うわあ~~~。すごーい」