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馬を引く者  作者: 江鋼太値
馬を引く者                   第三幕 悲憤慷慨
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4、決戦場

 「おーい・・・おーい・・・おじょ~さ~ん」

 あたしは何か聞こえたような気がして自身の躰を起こす。

 「ここはどこだ?あたしはいったいなにを?」

 自分の置かれている場所を確認するために、真っ先に浮かんだ言葉をそのまま口にする。

 「ここは決戦場じゃ」

 「決戦場!?」

 あたしはその意味がわからなくて、問いかけるように相手が言った言葉をそのまま口にする。

 「言葉が少なかったかの~」

 「あぁ。そうだろうな」

 「じゃあどうすればいい?」

 あたしの疑問に答えるために、目の前で議論が交わされる。

 あたしにはどうすればいいのかわからないため、黙って見守ることにした。

 「・・・・」

 あたしは生まれた時から一人で、大好きな生物にも見放されたため、正直言ってどう接したらいいかわからないのだ。

 だからあたしは待つことにした。

 相手があたしに対して話しかけてくるまで待つことにしたのだ。

 「・・・・・」

 その時間は異様に長く、永遠に続くように思われた。実際はそんなに長くなかったかもしれないが、あたしにはこのままだったらおばあさんになってしまうんじゃないかと、錯覚させるほどの時間がたったように感じられた。

 「・・・・・」

 話し合いが終わったようで、集団の中で一番年長者と思われる生物があたしのほうへ近づいてくる。

 そいつはとーっても小さくて、体の左右から触手のようにはえる無数の小さな足を動かし、ゆーっくりとゆーっくりとあたしのほうへと近づいてくる。

 色は白色で躰が透けており、内臓が見えている。とーってもグロテスクな生物だ。

 「きもい。きもすぎる」

 あたしはきもい生物が嫌いだ。あたしは恐怖を与える存在が嫌いだ。なぜならずーっと一人でいたからだ。

 そいつが悪い生物じゃなくて、単にグロいだけだよと教えてくれる存在がいなかったからだ。

 あたしにはそんなこと教えてくれる人がいない。いるわけがないのだ。だってずーっと一人だったのだから。

 でも、そんな真っ暗な闇の中にいる人生の中でも一際眩い時があった。それがりゅうりゅうといたときだ。

 りゅうりゅうはいろんなことを教えてくれた。この世界には太陽があること。陸があること。鳥がいること。草があること。

 とーってもいろんなことを教えてくれた。それはあたしにとって光のように感じられた。光というものがどういうものかはわからないが、とーっても(まばや)いているように見えたのだ。

 りゅうりゅうって太陽だ。いつかりゅうりゅうはこの世界で一番輝く存在は太陽だと教えてくれた。だからあたしはあたし自身に輝きをくれた存在。りゅうりゅうを太陽って思うことにしたんだ。

 「ねー、りゅうりゅう。もう一度会いたいよー。顔を見せてよ、りゅうりゅう」

 あたしはもう戻ってこない存在に対して悲痛な声を投げかける。それは悲嘆にくれるあたしに輝きを与えてくれたたった一人の存在だから。

 「でも、だめだよね。こんなあたしじゃ」

 涙にくれながらも、あたしはこんな顔じゃ本当にりゅうりゅうが戻ってきたときに顔向けできない。と思い、自身の涙を強引にぬぐい、目の前の困難に向き合うことにした。

 そう、悲嘆にくれてたらたぶんこのさきもっともーっと不運に見舞われるだろう。だからあたしは強くなる。あたしに降りかかる流星群のような不運を全部打ち消すために。

 そう誓うように、目の前の不運をすべて薙ぎ払うために、あたしはグロテスクな生物に対して誓いの言葉を述べる。

 それはこの先ずっとあたしの中に永遠に刻まれることになるのだろう。

 だって初めてあたしが決心したことなんだから。

 「その決戦。あたしにも参加させてください」

 みててよりゅうりゅう。ぜーったい今度会った時あんたを殺してやるんだからね。

 「あんたたちのグロテスクな躰。すべて粉々に打ち砕いてみせるから殺す気持ちでかかってきなさいよ」

 光の射さない暗闇の中の決戦場で、一人の少女の孤独で理不尽な戦いが幕をあける。

 それは、自身の大好きな想い生物に立ち向かうためにつなげる、本当の意味での最良の一手になりうるのだろうか。

 でも、今の彼女には、そんなことを考えている余裕など微塵もなかったのだった。

 「きもいきもいきもい・・・・・あんたたちって全員きもいわね。ほんとっ、へどがでるわ」


                   ▲


 あたしは今戦っている。目の前には多くの鋭い牙を持つアンコウのようなこげ茶色の躰をもつ気味の悪い生物がいる。

 「はははっ、笑えよ笑え。お前もわしのように笑えよ」

 「いや、充分きもいから。てかっ、それで笑ってるのかよ」

 あたしは思ったことは相手の気持ちなど考えず、そのまま言葉にすることが多い。なぜなら親がいないからだ。だから誰にも相手の気持ちを考えて言葉を発しろなんて習ってないし、教えてもらってもいない。

 あたしが寂しい奴だって。そうだあたしは寂しい奴だ。寂しいやつなのだ。

 あたしは最初っから一人だった。ずっと一人だった。生まれた時から一人だった。

 どんな時に笑えばいいのかなんて知らない。だから今笑えと言われても笑えない。あたしの好奇心を刺激するものがないかぎり笑えないし笑顔になれない。

 「そうか、笑えないか。戦いが楽しくないのか?お前も肉食生物だろ」

 戦いが楽しい?肉食生物だから戦いが好き?そんなのへどがでるぜ。笑えるかよぼけっ。って感じだ。

 あとおまえきもいって。

 「いやっ、肉食生物だからって全員戦いが好きっていうわけじゃないと思うぞ。あたしは冒険や探検のほうが好きだぞ」

 「そうか、冒険や探検か。そんなの何が楽しい?わしは一日中待っているんだぞ。砂の中に埋もれたり、暗い深海の中で輝きを求めてやってくる生物を食す。その待っている時間が極上の調味料になるんじゃ。

 だからわしはその時間を有効に使うために顔技を覚えたんじゃ。暇じゃから」

 あたしは挟んだ。相手の言葉に異を唱えるために。

 「暇なのかよ。だったら顔技じゃなくてもっと面白いことをしろよ」

 「例えばなんじゃ?」

 例えば?例えばと言われてもわからない。好奇心を膨らませるための妄想をするぐらいしか思いつかない。だってここは暗い深海だ。周りだって見えやしない。今は周りにいろいろな発光生物がいるから暗さなんて感じないが、普段は暗いので、今のほうが異様に感じる。そして不安も多い。見えるからって全部いいことばかりじゃない。

 普段と違うだけで生物は不安を感じるものなのだ。でもあたしは違う。

 普段と違う。それだけであたしの好奇心は刺激される。でも、周りにいる生物がその好奇心を邪魔している。だから笑えないし楽しめない。だから今は笑顔になれないのだ。

 ここにあいつがいたら、ここにりゅうりゅうがいたら違ったかもしれない。

 でも、もうりゅうりゅうはいない。りゅうりゅうなんてどうでもいい。だってあたしを置いていったんだから。あんなやつなんてどうでもいい。今のあたしには関係ない。でも、あたしのこころの片隅を支配しているのはあいつだ。りゅうりゅうなのだ。

 だからあいつを殺す。あたしを置いていったあいつを殺す。

 あたしに愛を教え、愛を壊したあいつを殺す。

 これはそのための第一歩なのだ。元凶のあいつを殺すための第一歩なのだ。

 戦いに身を投じることはいいことなのかもしれない。だってあいつを殺すための力をつけることになるのだから。

 でも、本当にそれでいいのだろうか?あいつを殺していいのだろうか?でも、今のあたしのこころにはあいつがはびこりすぎている。あたしのこころを支配しすぎている。それがあたしにあいつへの躊躇をなくしているのだ。

 そして、あたしには親がいない。だからそれを止めてくれる存在もいない。

 だからといってそれでいいのだろうか?あいつを殺していいのだろうか?

 でも、今はそんなことどうでもいい。目の前の戦いに集中すべきなのだ。

 あたしはそう思い、力の限りを込めて、腕を振り下ろす。

 「いってーなー、もう。手加減しろよ」

 「どうでもいいだろそんなこと。お前も全力であたってこいよ。そうしないと死ぬぞ」

 それが目の前の敵の真っ黒い眼球を傷つけ、目を()えなくする。

 あいつへの殺意が力へと変換され、目の前の敵を傷つける元凶となる。

 これはいいことなのだろうか?それとも悪いことなのだろうか?

 でも、今はそんなことどうでもいい。

 目の前の敵が突進してきたから。

 「なんだよその言い方は。喧嘩売ってるのかてめーは」

 そして殺意を向けてきたから。

 あたしはそれに応えるだけだ。

 りゅうりゅうへの殺意。それがあたしの今の力になるのならそれを利用してやればいい。

 あたしはそう思い、りゅうりゅうへの殺意を目の前の敵に向けて全力でぶつけることにした。

 「あぁー、そうだよ。だからおめーの全力、今のあたしにぶつけてみろよ」

 「じゃあ、覚悟しろよ。これが今のわしのぜんりょぉくだ~~~!!」

 あんこうの鋭い牙がどんどん近づいてくる。

 あたしは敵の動きに目を向ける。

 これは予行練習なんだ。りゅうりゅうを殺すための踏み台なんだ。

 そして、りゅうりゅうへの殺意を増幅するための余興なんだ。

 だから利用できるもんはすべて利用してやる。あたしはそう思い、長い尻尾を天高く持ち上げ、勢いよく振り下ろした。

 案の定それは敵のちょうちんに当たり、光と片目を失った敵は方向感覚を失い、あたしのいるところとは全然別のほうへと突進していき、壁に突っ込んで気絶してしまった。

 あたしはそれを見て高笑いのような蔑みの笑顔を浮かべる。

 「ふはははは・・・ふは・・」


                  ▲


 「次は俺だ。あやつのようにはいかないぜ」

 「ほうっ。あんたはあやつよりも強いのか?」

 「ああ。強いぜ。あいつの四倍はな」

 あんこうのお尻を指さしたのち、自身の顎を親指で指し示し、敵意を露わにした目であたしをみつめる。

 あたしはその敵意に高揚を抑えられなくなり、鋭い爪を敵の腹めがけて突き刺す。

 奴は不意を突かれたらしく、腹に突き刺さった刃を見て、青い顔になり、

 「ちょっ、ちょっとまて、まてまてまて、ぬくなよ・・・・絶対に抜くなよ・・・」

 とか口走っている。

 あたしは奴の言葉になど眼中になく、突き刺した爪を勢いよく抜き、血がどばどばと流れ出るのを不敵な笑みを浮かべながら見守る。

 「ふへへへへ・・・」

 「なんだよ。なんなんだよ。抜くなっていったじゃねーか」

 青ざめた顔がどんどん生気を失っていき、浮いていることができなくなった躰が地面に弱弱しく足をつけ、ごろんと右側臥位になり、

 「つ・・・つぎは・・・こ・・こうは・・・」

 途中で脳に血が回らなくなり、感覚器官を動かすこともできなくなったのか、そのまま息を引き取ってしまった。

 深海の中ではよくあることである。生物の世界は弱肉強食で弱者は強者に食べられる運命なのである。

 あたしはそいつの腹に牙を突き立て、柔らかい肉を貪り食う。

 「ああ。うめー。うめーぞ。おめーのはらわた。あたしは気に入ったぞこの味」

 「どんどんどんどんどん・・・・・・」

 上にいる観客も肉に目がくらんだのか、見境なくあたしの貪る肉の前に群がってきて、まだあたしが喰ってない尻尾やちょうちんなどの部位を自身の爪や牙でもぎ取り、貪り食う。

 「むしゃむしゃ・・・むしゃむしゃ」

 もう目の前の決戦場は神聖な戦いの場ではなく、一種の地獄という名のレストランと化しており、修羅場と化していた。

 「あっ、おめえー俺の肉取ったなー。ただですむと思うんじゃねーぞ」

 「いいじゃねーか。おめーが死ねばいいだけだろ」

 「何を~~」

 もう何がなにやらわからない状態である。肉の取り合いから戦争へと発展しそうな雰囲気である。

 そこへどこから降ってきたのか、あいつが現れる。

 あたしのりゅうりゅうへの愛を憎悪へと変え、殺意に変換した元凶であり、ここへ導いた人物。

 そう、あいつが。

 「あんっ?おめーら何しとるんじゃ!?」


                   ▲


 「・・・・」

 「今なんか聞こえなかったか?」

 「いんや、空耳じゃないか?だって他の奴らも貪り続けてるし、・・・・」

 俺は周りを見回す。

 自分の見る限りこの場にいる誰もが相手のことなど考えず、意思の赴くままに食す侯景がどこまでも広がっている。

「 ・・・・そうだな。何もいないな」

 その侯景に、何も異変は起こってなさそうだと判断した俺は、さっきのは聞き間違いだったんだなと思い、俺も本能の赴くままに貪り続けることにした。


 「・・・・おい」

 ゾイドは誰にも気づかれていなかった。それどころかレストランの惨状は激化の一途をたどっており、ついには未だにのびているアンコウにも魔の手が延ばされ、むさぼりが始まろうとしていた。

 もう誰にもこの惨状は止められないかと思っていた。

 その侯景にゾイドはかつての自分を見ているようであり、これは私がわかりあえていると思っていた候景そのものだと思った。

 それを見て、ゾイドには耐えられなくなり、頭の中の何かが切れたゾイドは、

 「があああああ~~~~」

 意味不明な叫び声をあげながら見えない姿のまま元凶の中へと突っ走っていくのだった。


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