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馬を引く者  作者: 江鋼太値
馬を引く者                   第三幕 悲憤慷慨
33/43

2、気持ち

                  

 「あっあたし、どうしてあんなの好きになったんだろ?」

 あたしは考えていた。りゅうりゅうを好きになった理由を。

 

 最初っから好きなわけじゃなかった。でも、りゅうりゅうと毎日遊ぶうちに好きになっていった。

 でも、その好きっていう気持ちは、最初のうちは遊びたいとか、りゅうりゅうと一緒にいたら楽しいからっていう、それだけの理由だった。

 「あーあ、あのころに戻りたいな~」

 あたしはもう大人だ。あのころとは違う。

 たぶんりゅうりゅうもきっと違う、あのころとは。もしかしたら恋人もいるかもしれない。あたしのことなんかもうとっくに忘れてるかもしれない。

 でも、それでも、あの時の気持ちだけは忘れたくない。りゅうりゅうを好きだったという気持ちだけは。

 

 あのころ私達はいつも一緒にいた。

 どこに行くにも一緒だった。

 遊ぶ時も、探検に行く時も、話す時も、笑う時も、思いつくすべての時にりゅうりゅうがいた。

 「ねぇー、なんでりゅうりゅういなくなっちゃったの?」

 あたしにはその理由がわからなかった。

 あんなにいつも一緒にいたのに。

 「・・・ねぇー、なんで、なんでいなくなっちゃったの?りゅうりゅう?」

 あたしはいつのまにか泣いていた。

 涙なんかもうとっくにつきたと思っていたのに。

 あのころは泣いてばっかだった。りゅうりゅうがいなくなってからのあたしは(ひと)りぼっちだった。

 りゅうりゅうが来る前も独りぼっちだったが、一度独りぼっちじゃないときの気持ちを知ってからは、いっそう独りぼっちが嫌になった。

 だれかと一緒にいたい。ただそれだけだった。

 「あたしの気持ちってそんなんだったんだ!?」

 あたしは意外だった。自分の気持ちってそんなに簡単な理屈だったのだと。

 誰かと一緒にいたい。ただそれだけだった。

 じゃあ、あいつじゃなかったら。・・・りゅうりゅうじゃなかったら、どうなっていたんだろう。

 もし、あそこであいつを助けなかったらあたしたち出会っていたのかな?

 どうだろう?あたしにはわからない。でも、たぶん、あのとき助けてなかったら、あたしたちは一生出会わなかっただろう。

 人は言うだろう。そんなのわからないじゃないかと。

 もしかしたら違うところで出会っていたのかもしれないと。

 だが、その違うところでも出会わなかったとしたら。もしかしたら違う生物と出会っていたとしたら。あのとき助けなかった性であいつが死んでしまっていたとしたら。

 あたしにはわからない。だってあのときあたしはあいつを、りゅうりゅうを助けたのだから。

 もういいじゃないか、そんな昔のことなんか。

 「忘れよう。りゅうりゅうのことなんか・・・」

 あたしはりゅうりゅうがいなくなってからいつしかそう思うようになった。

 りゅうりゅうのことなんかわすれちゃえと。

 でも、結局忘れられなかった。

 頭を振っても、深海の底を歩き回っても、洞窟の壁に頭をぶつけても、自身の体を噛んでも、何をしても忘れられなかった。

 結局忘れることなんかできなかったのだ。

 一度好きになってしまったから、一度独りじゃないという気持ちを知ってしまったから。

 あたしがいけなかったんだ。そんなことを思ってしまったから。

 いつしかあたしは、自分自身をも憎むようになっていた。

 なんであのとき伝えなかったのだろうと。

 あいつはあのとき遠回しにでも、あたしに対してそう言ってくれたのかもしれない。俺はいなくなるんだぞと。

 なんで気づかなかったのだろう。なんで引き止めなかったのだろう。

 「あたし、どうしてあいつの、りゅうりゅうの気持ちに気づいてあげられなかったのだろう」

 りゅうりゅうだって不安だったんだ。もう会えなくなるんだって思ったら。もう遠くにいっちゃうんだって思ったら。

 「なんで気づいてあげられなかったの?あたしってばかだな~。あーあ、ばかばか。あたしのばか。・・・ぐすっ、ぐすっ」

 あーあ、なんであたしってこんなにも涙もろいんだろ。なんで感情が表にでちゃうんだろ。なんでなんだろ。

 りゅうりゅうがいたときだってそうだったかもしれないけど。

 「・・・って、あっ、またりゅうりゅうのこと考えてる。あたしって心底ばかだなー。忘れようって誓ったじゃないか。・・・誓ったじゃないか?」

 でも、結局忘れられなかった。忘れられなかったのだ。

 だからあたしは誓ったのだ。あのときそう誓ったのだ、泣きながら。

 「・・・りゅうりゅうなんか、りゅうりゅうなんか・・・・・殺してやると」

 あたしはいつしかりゅうりゅうのこと自体をも憎むようになっていた。

 たぶん、あたしの感情が表に出る性格が原因なのだろう。

 りゅうりゅうと遊んでいたときもそうだった。いーっつもりゅうりゅうを喜ばせようとやっきになって、りゅうりゅうのことを振り回して、あげくのはてに疲れさせて、

 「・・・・って・・・なんで、なんでなのよ、なんでりゅうりゅうのことばかり。・・・ねぇー、なんであたしってりゅうりゅうのことばかり考えちゃうの?ねぇ~、ねぇ~、こたえってたら・・・ねぇ~。・・・・こたえてよ・・・。ぐすっ、ぐすっ」

 助けてよ。助けて、りゅうりゅう。あたしこのままだったらあんたのこと殺しちゃうよ。あたしだって殺しちゃうかもしれないんだよ。

 「ねぇー・・・ねぇねぇ・・・どうしたらいいの?いったいどうしたらいいのよ?」

 いつしかあたしは延々と目の前の岩壁(がんぺき)に向かって泣きながら話しかけていた。

 「・・・もうそんなにもやつれていたんだあたしって」

 もうあたしのこころはぼろぼろだ。古くなって破れかけたぬのきれだ。

 「・・・ねぇー・・ねぇねぇ・・・助けてよ。助けてよりゅうりゅう・・・ぐすっ、・ぐすっぐすっ」

 

                          ▲


 「ゲーテー、あとどれくらいでアルギノのところへ着くんだ?」

 「さあな?」

 「おいおい、そりゃあないだろ。教えてくれたっていいじゃないか?」

 「やーだよ」

 声にがきっぽさを含めた高い声で答える。

 雲で形を作ることができるのならば、自身の雲の一部を竜巻みたいに変え、手のひらを姿(かたち)(づく)った上でぐるぐると回ってたところです。なんて滑稽なのでしょう。もうへそで茶を沸かしそうな勢いです。

 「おまえ、おもしろがってるだろ」

 「そうだぜ。わかってるなら聞くな」

 「なんかおっさんくさいな。その口調」

 「なっなんだよ。ちょっと言ってみただけだ」

 「あっ、照れてるゲ~テ~、かっわいい」

 「なっ、何を言う。なんでオスにかわいいと言われなきゃいかん」

 「あせってるあせってる」

 「・・・・」

 「んっ?どうしたゲーテ?」

 応えに詰まったのかゲーテが突然しゃべるのをやめる。

 俺は単にそう思っただけだった。ゲーテがどう答えたらいいのかわからなくなっただけだと。そう、ゲーテと戯れることだけを考え、周りになど気を配っていなかったのだ。ここが深海、海の底だということも忘れて。

 「・・・?おい、どうした!?・・・・・いったいどうしたんだ?」

 「・・・・」

 俺はなんでゲーテがそんなに長く黙っているのか気になって仕方がなかった。

 応えに詰まっているにしては長すぎるし、なら、なんでゲーテは黙っているんだ?

 何かが起ころうとしているのか?

 「そうか、忘れていたぜ。ここが深海だという事実を。敵が出てきたんだなゲーテ」

 「・・・・やっと気づいたか。我も戦闘態勢に体躯を変化させたほうがよいかの~?」

 「いいや、お前の出る幕はなさそうだぜ。一体だけじゃない気がする」

 「なぜそう思う赤龍よ。お主には外の世界など見えておらんのに」

 「・・・そうだなー。いうなれば勘というやつかな?」

 「勘か?・・・・でも、それはある意味あたってるな。そうだ。敵は一体ではない。沢山だ」

 

                           ▲


 あたしが何もしていなかったって?

 赤龍を待つ間にただ泣いてただけだって?

 誰がそんなこと決めつけた?作者か?読者か?この世界か?はたまた地球外か?

 そんなことどうでもいい。だが、あたしがりゅうりゅうが来るまでに決戦の準備を整えてないはずがない。

 だってあたしは今やこの深海の支配者だ。あたしに賛同してくれる悪の化身などごまんといる。そいつらに声をかければ、軍団の一つや二つなどたやすく作れるというものだ。

 「あーあ、赤龍早くこねーかなー?あいつのはらわたを早く拝みたいところだぜ。なあーゾイド」

 「はい、そうですね。アルギノ様。私も早く見てみたいものです。その悪魔というやつを」

 「・・・・悪魔か?そうだな。・・・・そうか、悪魔と呼ばれるまでになってしまったか?りゅうりゅうよ・・・」

 「・・・・?どうしましたアルギノ様?なんで泣いているんですか?また刺客でもあらわれましたか?」

 「・・・いいや、現れてないよ。ゾイド。・・・昔のことを思い出していただけだ。昔のことを・・・」


                          ▲


 あたしと赤龍は深海の底で出会った。あの時のことはよく覚えている。なぜならあいつ以外あたしには友達と呼べるものがいまだにいないのだから。


 「あーあ、今日も退屈だなー」

 あの日もいつものようにあたしは一人で海の底を散歩していた。

 「なんか面白いことないのかな~?あたしの好奇心をくすぐるような・・・・そう、ぱぁーっと、周りが・・・どういえばいいのかな?・・・そう、お花畑・・・ってお花畑なんか見たことないけど・・・ってそんなことどうでもいいか。うーんと・・・ってもう、なんでもいいから面白いこと起これ~~!!」

 あたしは砂の地面しか見えない暗い深海で叫んでいた。人知れず叫んでいた。

 そう、一人でいるのがさびしくてイライラしていたのだ。

 イライラを通り越して怒っていたのだ。 

 だから正直言って顔はとーっても恐い感じになっていたんだと思う。

 でも、好奇心旺盛なあたしは、不思議な事や突拍子もないことが大好きだった。

 だから飛びついたのだ。目の前の不思議に。あの尻尾に。

 「なにこれ、なにこれ、おーっもしろーい。なんだこれ。なんだこれ・・・」

 あたしは最初なんだろあれっ!?と思った。さっきまで怒っていたことなんか忘れて飛びついたのだ。目の前の不思議に。

 でも、途中からそいつが動き出したのだ。尻尾を目の前で器用にくねらせてうねうね動き出したのだ。

 「っきもちわるーい。なんだろこれ!?」

 あたしの脳の一番深いところにびびびっときて、これはなんかあるって思ったんだ。正直言ってあのときのあたしはなんも考えてなかった。将来のことなんて、自分なんてどうなってもいいと思ってた。

 でも、あいつに出会ってから変わったんだ。あたしの人生変わったんだ。

 だからあの時手伝ったのだ。あいつを助けたのだ。

 ただのあたしの好奇心を癒すためだけにやったのだ。

 「手伝ってあげよっか?力貸したげるね」

 「ありがとう。誰か存ぜぬが、かたじけない」

 結果論だけいおう。

 あたしはあの時あいつを助けてよかったと思っている。

 「もうちょっとだよ。がんばって。あたしもがんばるから」

 なぜなら、あの時あいつに出会ったことによって、あたしの人生がばら色に変化したのだから。

 「よっしゃー。いっくぞー」

 「はいっ」

 バラなんかあたし見たことないから、わからないけど、たぶん真珠のような感じだと思う。あたしの中では真珠が一番海の中で綺麗って思ってるから。

 「ぽっ」

 グラスから栓の抜けるような気持ちのいい音がする。

 「あああ。ぬけ、ぬけ、ぬけたーーー」

 「よかったね。あっあたしアルギノ。暗い深海に住んでいるから寂しかったんだよねー。だから、あーそぼ」

 でもねーあいつの笑顔。それはあたしの中ではその真珠をも超えていた。

 「ああ。ありがとう」

 「どういたしまして」

 なぜかって?

 正直言ってわからない。

 でも、これだけは言える。そう、あの時のあいつの笑顔は輝いていたのだ。真珠のようにキラキラって輝いてたのだ。まぶしいって思った。

 「あたし、アルギノ。君は?」

 「おっ俺は赤龍。龍の一族の一人だ」

 「ぷっぷぷぷぷぷ。へんなの?かっこなんかつけちゃって」

 だからあたしあいつについていこうって思った。

 あいつと一緒にいればこれからの人生楽しいことや面白いことや不思議な事がいーっぱいあるんじゃないかって思った。

 だから正直に手を差し出したのだ。あいつと友達になりたいただそれだけだった。

 「笑うなー」

 「だって、だって、あまりにもかっこつけるものだから、ついっ。ぷぷっぷぷぷぷぷぷはははは」

 それがあたしのあの時の正直な気持ちだった。

 「だーかーらー、笑うんじゃなーい」


                          ▲


 「そうですか・・・昔のことですか・・・そういえば、あなたと(わたし)が出会った時もアルギノ様、泣いてましたね」

 「・・・・えっ?そうだっけ?」

 あたしは正直そんなこと覚えていない。だってあの時はいなくなった赤龍を探すのに必死だったのだから。

 「そうでございますよ。アルギノ様。私はよーく覚えていますよ」

 「そうか、ゾイドが言うのなら間違いないのだろう。疑ってすまなかった」

 「いいえ、アルギノ様が覚えていないのも無理ないでしょう。だってあのときのあなたの顔ときたら、もう・・・ぷっう、ぷぷぷぷぷ・・・・・」

 「・・・?なんで笑うんだゾイド!?おまえ、頭がおかしくなったのか?」

 「いいえ、そうではありません。すいません。でも・・・でも・・・ぷっ・・ぷぷぷぷぷ・・・ぷぷ・・・止まらないんです」

 「・・・・」

 おいおい、なんでなんだよ。なんでそんなに笑えるのよ。

 あたしがいったいどんな顔していたっていうのよ、・・・もうっ。

 「・・・ぷぷっぷぷぷ・・・ぷぷ」

 あたしは笑い続けるゾイドがうざくなってイライラしていた。

 だからゾイドにイライラをぶつけることにした。

 「・・・・もうっ。・・・うるさいうるさいうるさい」

 「・・・そうですか・・・なら、・・・もっとイライラさせてあげましょう・・・」

 「・・・・えっ?」

 あたしは突然寒気が襲ってきたような気がした。なぜなら目の前に今の今まであたしと楽しくおしゃべりしていたゾイドがいなくなってしまったからだ。

 「・・・ゾイド?・・・ねー・・・ねー・・・どこいったのよゾイド・・・」

 ゾイドはあたしの呼びかけに応えない。ってか応えようとしていない。なんでなんだろう。なんでなのよ。ゾイドまで消えるなんて・・・そんなこと・・・

 「・・・うっ・うっ・・・うえ~~~ん・・・」

 またあたしを独りぼっちにしちゃうの?・・・いったいいつまで独りぼっちでいればいいの?

 あたしは涙が留まらなくなった。留まらなくなって無意識にあの人の名を呼んでいた。もう忘れようと思っていたのに忘れられない存在。

 そう、あたしのこころに深く深く刻み込まれた存在。

 「・・・りゅうりゅう・・・・りゅうりゅう・・・・りゅうりゅう~~~~」

 助けて・・・りゅうりゅう・・・・。


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