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馬を引く者  作者: 江鋼太値
馬を引く者                     第二幕 勇気
31/43

9、コウモリ洞窟

 


それから五日後、僕達は一つの大きな洞穴に(たど)り着いた。

 誰がやったのかはわからないが、洞穴の両側にはレリーフが彫られていた。

 それは何かの生物の羽のように見えた。

「これが洞窟か」

「そうでございましょう。あと、この両側に彫られているもの。これはたぶんこの中にいるといわれているコウモリ族の羽でございましょう」

「そうか、じゃあ、目的地に着いたことだし、一休みでもするか。ふわあぁ~」

 馬を引く者と相棒はこのところずっと歩き詰めで疲れていた。そのため、二人とも大変眠い。だから休息もしかたがないのだ。

「いいや、ご主人様。休んでいるなんてもったいないです。着いたことですし、このまま行きましょう」

「そうか、僕はたいへん疲れているから、おまえ、一人でさきに見てこい」

「そういいますか、ご主人様は大変な根性なしですね」

「大変なは余計だ」

「根性なしはいいと」

「まあそれはいい。だから今は寝る」

「そうですか。そこまでいうなら私も寝ると致しましょう、疲れていることですしね」

「ああ、そうしろ」

 そう言うと、二人はそのまま入口の前で深い眠りに着いたのだった。


  ▲


 翌朝。僕達は洞穴の前で簡単な食事を済ませた後、目の前の洞穴に足を踏み入れた。

「ここがコウモリ洞窟か。いかにもコウモリがでてきそうな真っ黒いどうくつだな。中が見えやしねえぜ」

「そうでございますねー。日の光も入ってこないですし、本当に真っ暗です」

「暗いんだよ暗い。いっててー。なんか刺さった」

「ささくれじゃないですかねー。ここらへんになんか固いもんがありますし、さっきからぱきぱきぱきぱきいいます」

 馬はしゃがみ込み、足元にある棒状のものを取り、目に近づけ、よく見てみる。

 暗い中でも近くにあれば何かはわかるものなのである。

「これはこれはやはり木ですね。光がないので白黒にしか見えませんが、臭いと感触でわかります」

「そうか、地面にあるのは木か。じゃあ火を思い浮かべてみよう。できるかわからないが、やってみる価値はある」

 そう言うと、馬を引くものは、思いつく限りのあったかいものを頭の中に思い描きだす。

「枕。ストーブ。ランタン。ろうそく。布団。服」

 肝心のものがでてこない。あのゆらめく物体。あれを思い浮かべるにはどうしたらいいのだろう。

 どうしたら、どうしたらいい?

「なんでもいいですが、あまり多く思い浮かべないでください。私が潰れてしまいます」

「あっああ。わるい」

 そう言うと、馬を引くものは思い浮かべるのをやめる。

「パスな。お前が思い浮かべろ」

「そうですか、ではやります」

 馬は思い浮かべるゆらゆらゆらめく壮大な炎を。大きな大きな炎。町をも埋め尽くす紅蓮の炎。

「あついあつい。あっちー。もういいってもういい。ついたからもうやめろ」

 馬は集中しているのかご主人様のいいつけに背き、さっきからずっと大きな炎を思い浮かべ続けます。しかも炎は繊細な物質ではなく、容易に思い浮かべることができる物体のため、すぐに周りに広がっていきます。

 洞窟中が炎で包まれるのも時間の問題です。

 これはだめだな。もうやめさせないと。でも相棒をこんな方法で痛めつけるのもなあ。この際しょうがないか。相棒も許してくれるか。

 そう思い、相棒の黄色いふさふさしたやわらかい頭を平手で叩きます。

「いって~。いたいですご主人様~」

「あっ止まった。消えた消えた」

 馬の頭を叩いたことで思い浮かべている存在が消え、洞窟中にはびこっていた炎が消え、木に移し、たいまつとして利用するために移動させた火のみが残る。

 やっぱ幻想なんだな。あいつの言った通りすぐ消えたよ。

 でも、なんで地面にあった木に移した炎の一部は消えないで残ったんだろう?ふしぎだ。ふしぎ。

 この火、揺らめいていてなんか弱弱しいな。消えるんじゃないか?でも、消えてしまったらまた真っ暗だし。

「ご主人様~どうしたんですか~?こっちになんか分かれ道がありますよ」

「悪い悪い。今行く~」

 やっべー。置いてかれるとこだった。あぶないあぶない。

 そう思い、前にいる馬に追いつくために小走りになる。

「たったたたた。・・・・・どんっ。なんで止まったんだ。なんで」

「ご主人様。上です。上を見てください。なんかいますよ」

 僕は相棒の指し示すほうに視線を移す。

 そこには地球で見たコウモリとは似ても似つかない生物が天井からさかさまにぶら下がっていた。

 そいつは体全体がブラックで、三角形の異様に穴の広い耳が顔の両側から生えている。髪の毛はなく、有に2mはあるんじゃないかと思うほど大きな翼をもっており、骨も通っているため、細かく旋回することもできるのだろう。

 足の指は三本あり、ぶとっちょに丸々と平べったく太っており、汗腺から汗が異様にでているのかべたべたしている。たぶん天井にくっつくようにするためにあんなにべたべたなんだろう。

 顔には鋭い眼光が特徴的な二つの目を持ち、瞳の色は炎ように燃えるライトカーマインで、平べったい鼻を持ち、口からは大きな二本の毒々しく眩くダークバイオレットの牙が生えている。

 それにしてもでっかいなぁー。身長でいったら僕よりもでかいのではないだろうか。

「トウットウトウトウトウトウ」

「・・・・」

「トウットウトウトウトウトウ」

 なんだこの声は?耳がギンギンして痛い。いったいどこから出ているんだ。

「トウットウトウトウトウトウ」

 耳が痛い。痛すぎる。開けていられない。もう耳は閉まっておこう。

 隣を見てみると耐えられないのか相棒も耳の先を折り曲げ、額にくっつけている。

「トウットウトウトウトウトウ」

 まだだめなのか?耳を閉まっても聞こえてくる。

 なんだこの声は?頭の中にも響いてくるのか?

 馬を引くものは耐えられず、早くここから抜け出すために前を歩く相棒の手を乱暴に捕らえ、精一杯の速さで走り始めた。

 四足歩行になり、地面に手をつき、隣で同じように四足歩行でゆっくりと歩く相棒を引きづるようにして駆けていく。

「ズザザザザッ」

 地面に相棒の体が擦れ、土が擦れる音が洞窟の中にこだまする。

 僕はギンギンする異様な声から逃れるために相棒が痛い痛いと嘆くのもかまわず走りに走り、走りまくった。

 いったいどれくらい走っただろう。

「はあはあはあ」

 もう疲れた。もう走れない。

「ご主人様痛いです。もう体中の皮が擦り切れてぼろぼろです。止まってください。止ま・・・止まれって言ってるだろがおんどりゃー」

 馬は何を血迷ったのか、痛さに耐えきれず、地面を掴むように脚趾(きゃくし)を突き刺し、ご主人様のスカイブルーのTシャツの襟首を掴み、勢いよく地面に叩きつけた。

「ぐえっ。なっげほげほ」

 地面で苦しそうに喘ぐご主人様を見下げ、非常に痛たまれなくなり、その場で泣き崩れる。

「あ゛っあー。ぐわああぁー」

「げほっげほっげほ。泣きたいのはこっちだよ。でも、ありがとう。止めてくれて」

 泣き崩れる相棒の頬に顔を近づけ、優しくキスをし、頬を撫で労わる。

 これでいいんだ。これでいい。

 おまえはまちがっちゃいないんだ。間違っていることなんて一つもやってない。だから好きなだけ泣け。泣きたいだけ泣け。

 僕はお前の親友だ。一生お前のそばにいる。離れないと誓う。

 だから今は泣け。泣くんだ友よ。

「ゔっゔっ。うわああああ」

 泣き続ける親友を赤ちゃんを抱きしめるように自らの胸に近づけ、背中をやさしくさする。

 そうだ泣け。今は泣くんだ。お前は僕の家族だ。

「ゔっゔっ。うわああああ」

 洞窟の中にこだまする相棒の鳴き声を聞きつけ、羽音を立てないようにのそりのそりと抱きしめあう二人に近づく異様な影。そいつらは大きな翼を携えた無数のコウモリだった。


  ▲



「トウットウトウトウトウトウ」

 なんだこの声は?またあの髪切り声か。

 どんどん近づいてくる。こりゃあゆっくりしている暇はないな。

「ゔっゔっ。ひっくひっく」

「泣いてる場合じゃない。もう敵がすぐそばまで来ている。走れ、立って走るんだ」

 馬を引く者は相棒に声をかけ、肩を前後にゆすります。

「えっ?どう・・・耳が痛い。痛いよ」

「そうか。お前も痛いのか。これは感覚神経を犯す類の周波数を出しているのか?」

 馬を引く者は考えます。でも、ゆっくりと考えてる暇はありません。

 自身の頭もがんがんするのです。

「こりゃあやばいな。ひとまず退散・・・」

 馬を引く者は相棒の手を引っ張り、逃げ出すために走り出します。

 しかし、どういうことでしょうか?小さくなっていくはずの声がどんどん大きくなっていきます。

「こっちじゃないのか?・・・痛い・・・じゃあこっちだ」

 元来た道を戻るために逆方向へと体を方向転換させ、駆けだします。

「トウットウトウトウトウトウ」

 だめだ。全然小さくならない。むしろ大きくなってる気がする。

 こりゃあ囲まれてるのか?

「トウットウトウトウトウトウ」

 耳が痛い。頭ががんがんする。

「痛いです。痛いですご主人様」

 こりゃあだめかもしれないな。でも、あきらめるわけにはいかない。

 今度は誰も助けに来てくれないんだ。前のようにはいかないんだ。もう、タヌキんど一世はいないんだ。

「タヌキんど一世!?そういえばあいつが何か渡してくれたな。う~ん、なんだたっけな~?・・・・・・」

 隣で考え込むご主人様を見て、声をかける。

「考えてないで早くしてくしてください」

「まて。もうちょっとで思い出しそうなんだ」

「わかりました。でも、早くしてくださいよ」

 そういうと、相棒は声をかけるのをやめ、主人の行動と周囲を見守ることにした。

 ありがとう。恩にきる相棒。

 僕は思い出すために目を瞑る。今は危険だが、これはそれよりも重大だ。

 僕は試験の時のことに思いを巡らす。そして・・・・・・

「それは試験の合格祝いじゃ」

「合格祝い?・・・合格祝い・・・合格・・・祝い・・・あっ・・・あ~」

 馬を引く者は何かを思い出しました。

合格祝いと言って渡してくれたハンマー。あれを使えばいいんだ。

馬を引く者は背中に携えていた物体を目の前に持ってきて、包帯を解きます。

 それはずっしりと重く、先ほどまで背負っていた重さよりも重く感じます。

 やはりな。まだ実感できてない。

 先ほどまで体全体で支えていた物体を今度は腕だけで支えているのです。重くないわけがありません。

「あいつはこれを軽々と振り回していたよな・・・。いったいどうやって?」

 馬を引く者は目を瞑り、思い出そうとします。でも、悠長に考えている暇などありません。

「ご主人様・・・ご主人様。大変です。早く逃げましょう。もう強行突破しかありません」

「強行突破?・・・強行突破とは・・・なんだ」

「何を言っているんですかご主人様?行きますよー、そーれ」

 馬は馬を引く者(彼)が止めるのもきかず、彼を咥え、ひきずるようにして敵のほうへ突進していきます。

 でも、声が近づいてくるにしたがって徐々にスピードが落ちていきます。

 やはり耐えられないか。でも、隙なら作れる。その間に。

 何を血迷ったのでしょうか?馬を引く者は引きずられたまま目の前のコウモリ達に向かってハンマーを投下しました。

 でも、彼にはそれが重すぎたようでほとんど飛んでいません。しかし、彼らを驚かせるにはそれだけで充分だったのです。

「トウッ・・・・トウウッ!?」

 彼らが驚き、声がやみます。

 馬はその気を逃さず、一気に走り抜けます。

 馬を引く者も引きずられながらも無我夢中で腕を伸ばし、先ほど投げたハンマーを掴みます。

「へぇ~」

「ご主人様。息ついている暇なんかありませんよ。飛ばします」

「ドンドンドンドンドン」

 洞窟中に相棒の駆ける音がこだまします。

 地をけり、大地を踏みしだく音。それは何物にも止めることができません。

 相棒は彼らの隙間を潜り抜け、驚く彼らを置いていきます。

 彼らは狐と咥えられた狸をただ茫然と見送ります。

 でも、すぐに自分達がしなければならないことを思い出し、声をあげ始めます。

「トウットウトウトウトウトウ」

 彼らの声が洞窟の壁という壁にあたり、反響し、洞窟中に響き渡ります。

 でも、彼らが狐と狸の足を止めるには遅すぎたのです。

 声を発するのが遅すぎたのです。

「トウットウトウトウトウトウ」

「トウットウトウトウ・・・・・・・トウ」

 どんどん声が小さくなっていきます。

 彼らの声が駆ける狐と狸からどんどんと遠ざかっていきます。もう彼らの足を止める手立てはコウモリ達には残されていなかったのでした。

「トウットウトウ・・・トウッ・・・・トウッ」


  ▲


「はぁはぁ・・・はぁはぁ」

「やっと逃げられたな。お前のおかげだ」

「いえいえ・・・はぁー。ご主人・・・さまのおかげ」

「ちょっと息が荒いな。それにしてもいつのまにそんなに走れるようになったんだ?」

「はぁはぁー・・・練習しましたからね」

「そうか」

 馬を引く者は息を荒げる相棒の顔をみつめ、笑顔になります。

「ぱたっ」

 突如、相棒が隣で倒れ込みます。

 とっさに相棒の体を掴み、包み込みます。

「はあはあはあ」

 息も弱弱しいです。

「どっどうしたんだ?」

「はあはあはあ・・・今までの無理がたたったようです」

 見れば体中擦り切れ、血が流れだしています。

「そっそんなこというなよ。うっ・・うっ」

「泣かないでください。ご主人様が泣いてしまったら。私まで悲しくなるじゃないですか」

「そうだな泣いている場合じゃないな。何か考えないとな。何か・・・・あっ!」

 その時、頭の中に何かが浮かんだ。

 それは共に歩んだ者にしかわからない優しい思いの欠片。

「なっなんだ、これは?なんでこんなものが見える?」

 目の前に氾がる黄色くて淡い光りの結晶。それはまるで二人を優しく包み込んでいるようだ。

「んっどうした?どこへ行く?」

 突如意思を持ったかのように動き出す淡い光りの結晶。それは相棒の傷の部分へ向かっていく。

「何が起こっている?」

 突然の事態に動揺を隠せない馬を引く者。でも、それは恐れていた最悪の事態を緩和してくれる太陽のように見えた。

「よかったな」

「うんっ」

 涙を流しながら寄り添う二人。二人の周りにはいつまでも淡くて優しい光りの結晶がただよっているのだった。


馬を引く者 第二幕 勇気 終了。

つぎからは第三幕目に入ります。これからも応援よろしくお願い致します!!


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