7、勇気
「ご主人様・・・ご主人様」
「・・・」
「起きてください、ご主人様」
「うーん。なんだね。こんな朝っぱらから」
「やっと起きましたか。では、準備ができたら出発しますよ」
「出発?それはいいが、試験はどうなったんだ。試験は」
「それは、枕元をみてください」
「枕元?」
疑問に思いながらも、今さっき自分が寝ていた布団の枕元を探してみる。
すると、
「これはなんだ?」
「プレゼントだそうです」
「プレゼント?・・・これは・・・あっこれがあいつがいっていた武器か。なら、合格したんだな。そうだな合格かー。でも、なんでだ?だって、僕達はぼこぼこにやられたじゃないか」
「それにはわしが応えよう」
料理中のタヌキんど一世が、フライパンを持ったままこちらに近寄ってくる。
「それはいいが、まず火を消せ」
「火?なにを言っておるんじゃ?火など熾してないぞ」
「なら、そのフライパンはなんだ?」
「これは、その・・・」
「その・・・」
「朝ごはんじゃ。朝ごはん」
「朝ごはんか」
ゆっくりと立ち上がり、フライパンの中を覗きこむ。
すると、そこには、
「目玉焼きとチーズ!?・・・・チーズ目玉焼きか!?」
「そうだ。目玉焼きの上にチーズをのせてみた。われながらいいできだと思うが」
「ああ。そうだな。じゃあ、説明を始めてくれ」
「説明?・・・あっそうか。試験のことか。・・・それはなー・・・。あれは、おまえたちの力量を測る試験じゃ。そして、おまえたちは、その力量を超えたから、今ここにおるんじゃ」
「超えなかったら」
「今頃崖の下でのたれ死んでおったじゃろうなー」
「・・・そうか。そうだったか。で、これはなんじゃ?」
と言って包帯の巻かれた物体を掲げる。
「それは試験の合格祝いじゃ」
「合格祝い?」
「ああ。本当は試験をする前にハンデとしてわたそうと思っておったんじゃが、きさまらがいらんといったからな」
「そうか。ありがとう。では、開けるぞ」
「ああ。喜ぶといいがな」
「そんなもの・・・」
と言いながら、包帯を紐解き、中の物体を見て、固まる。
「・・・これはなんですか?」
「ハンマーだ」
「ハンマー?」
「ハンマーも知らないのか?ハンマーとはなー。打撃系の武器で、相手に重い一撃を加えることに長けており、それによって、相手を倒したり、気絶させたり、昏倒させたりすることができるとてもいい武器じゃ」
「武器?」
「武器も知らないのか?武器とはなー。戦いに行くときに使う敵をこらしめるために使う道具のことを指す」
「そうか、わかった。わかったぞ。これからは敵がいっぱい出てくるということだな」
ハンマーを顔の位置で両手で掲げ持ち、興奮しながら応える。
「まーそういうことじゃ。旅の餞別といったものかのー」
「餞別ですか?なら、ありがたく使わせていただきます」
「では、本題に入ろう。食べながらでいいから、聞いてくれ。
おまえたちにはいまからきつね仙人に会いに行ってもらう。そのためには、越えなければいけない壁がある。だが、それは今言ってしまうと楽しみがなくなるので、言わないでおく。あと、これを渡しておく」
と言って、今度は真新しい封筒を差し出す。
「これはなんですか?」
「これは、きつね仙人に宛てた手紙じゃ」
「手紙ですか。そうですか。わかりました。では、行ってまいります」
と言い、かばんも何も持たずに扉を開けて出ていこうとし、
「準備ぐらいしていかんかこらー」
と怒鳴られるのだった。
▲
「あー喰った喰ったー。うまかったですね、ご主人様」
「あーそうだな、相棒よ」
おもむろに立ち上がり、準備をするためにバッグに手を伸ばすと、
「あー準備ならご主人様が寝ている間にしておきましたよ。だから、あとは、タヌキんど一世に貰った手紙とハンマーを持つだけです」
「そうか、終わっておるのか?終わっている?・・・え~、ならなぜ、止めた?さっき止めたんだ?」
まだ一人喰い終わっていないタヌキんど一世の方を睨み付ける。
「いや、わし知らなかったし。準備がしてあること」
「知らなかった?知らなかった?知らなかった?・・・はー、僕は僕は、そんなことで怒られたのか?まーバッグも何も持っていかずに出て行こうとしたのは事実ではあるし、それは軽率だったとも思う。でも、怒ることは・・・」
「いや、あれは怒られて当然です」
「なぜ、なぜなんだ」
相棒の方に眼を向ける。
「それは」
「それは?」
「まだ私の腹が張ってなかったからです」
「ずごっ」
全く意図していなかった答えを言われ、同時にずっこける二人。
「いや、それはそなたの問題であって」
「また、ご主人様もご飯の途中だったからです」
「まー腹が減っては戦はできぬというしなーって・・・でも、それは答えになっているのか?」
「なっているのではないでしょうか?」
と言いながら、首を傾げる。
「いや、なってはいるが、根本的には違うよーな・・・まーいっかー。細かいことは」
「ずごっ」
またずっこけるタヌキんど一世だが、相棒はというと、
「まー主人がいいなら、それでいいです」
「おまえらなー・・・」
と言い、自らのない髪を退屈そうに片手で掻きながら、ふたりの話をまんまえで聴くが、いかんせん、二人の話が長いため、眠たくなってきて、一人居眠りを始めてしまう始末なのであった。
「ぐーぐー」
「ぐーぐー」
「これは起きませんねー」
「あー起きそうにないな」
「なら行きますかー」
「そうだな。あいさつもせずに出ていくのは悪いとは思うが、起こしても起きんやつが悪いんだし」
「そうですね。なら行きますか」
相棒が言ったのを合図に、馬を引く者は立ち上がり、相棒がおさえる扉から一緒に二人で、
「行ってきます」「楽しかったですよ」
と声を掛け、出ていく。
「では、馬よ。駆けろ。そして、道案内を頼む」
「いや、駆けるのはいいですが、早く乗ってください」
「あーそうだな、乗るよ」
馬の腰に手を掛け、背中にまたがる。
「では行きますかー」
「あー、いざしゅっぱーつ」
「いってらっしゃいませ。皆様方」
「・・・・」
だれだ?誰の声だ?と思い、声のした方を振り向く二人。
そこには、なぜかはわからないが、笑顔で手を振るCSまんとひひと子分なのかはわからないが、かわいく手を振るちいさなまんとひひどもの姿があった。
「なぜいるんだあいつらが?」
「わかりません。わりませんが、なぜか異様なオーラを感じます」
「あーそうだな。じゃあ聞くとするか。おまえらはだれだ?」
「そうきたか」
そうくるのをまるで待っていたかのように応える。
「じゃあわしの正体にも気づいているんだな?」
「まーなんとなくではあるがな」
「誰なんですか?ご主人様?あの森で会ったCSまんとひひではないのですが、ご主人様」
「いや、違う。これは・・・なんか前にもあったような気がするが・・・うーんわからん」
「わかれよ。そんなに月日経ってないだろ」
「いや、わかんねーし」
「なら、こういったらわかるか」
と言い、異様に低い声で、
「我は神、我はこの世の支配者。天に使えしもの。また」
「白髪のじじい」
「白髪のじじいでもあり、・・・はくはつ?はくはつのじじいだと・・・恩人にむかって・・・恩人に向かって・・・天兵天兵よゴンザレスという全脳の名を持つ善と悪の根本をなす神に誓う。我に力をあたえたまえ、世の理を変える穢れをそして、このものをあの権化に変えてしまえよ」
また呪文かよ。今度はたぶん相棒だな。僕はもう変わったし、でも、僕の時とは異様に違うな?まさか?まさか?呪文なんて呪文なんて・・・意味ないんじゃないの?と思いながらも少しだけわくわくしながら、隣の相棒をみつめていると、馬の姿がみるみると変わっていき、馬の周りに丸い円のようなものができ、光りに包まれます。そして、それが消れたとき、相棒の姿が見たこともないような黄色い毛並みを持った生物の姿へと変貌していたのでした。
それはなんといったらいいのでしょうか。黄色くて、かわいくて、がっしりしていなくて、とてもすばしっこく見えます。
爪はあまり長くなく、体の素早さをそこなわぬように長さを調整できるように指の中に収納できるようになっています。
また、顔はどうなっているのかというと、鼻は三角にでっぱっていて前よりもよく利き、その両側には、夜でも目が利く二つの眼があり、耳も前より遠くの音を聞き分けられるように頭の上についている。身長は前よりも大分小さくなっており、2m程あったのに、今は1m30㎝程しかない。
お尻には尻尾も付いており、毛がふさふさしていて、やわらかくわたげみたいな感触だ。
「うーん、かわいい。かわいいぞ。そして、あーずっと抱きついていたいやわらかさを持っている手触り・・・ドゴッ」
ここで馬から黄色い生物に変貌した相棒の怒りが頂点に達したのか、馬のひじ打ちが炸裂する。
「おーこれはいいな。前よりも戦いやすい」
「げほっげほっ。ぼくをぼくを・・・」
「そうか、気にいったかよかったよかった」
と死にそうな顔をする狸をよそに勝手に話を先に進める神と馬。
「まー気にいったといえば、気にいったんだが、この姿はなんなのだ」
「その姿はお主も薄々勘づいてはいるとは思うが、きつね仙人に会いやすいようにきつねの姿に変えてやったのじゃ」
「そうか、これがきつねなのか。わかった。でも、身長が大分低くなったぶん今まで下に見えていたものが大分大きくみえるなー。また、なんじゃこの眼は?夜でも眼が利くのか?異様に明るいな。夕方とは思えぬ」
「まーそれは後々慣れてくるじゃろ。体も心もな。では、行ってまいれ、きつねと狸よ。北にあるアパルル山脈めざして」
と言い、二人の返答もまたずに勝手に姿を消します。
「アパルル山脈とはなんですかご主人様?」
「わからん。わからんが、たぶんそこが僕達のめざす次の地なんだろう」
「そうですね。では行くとしましょうかご主人様」
馬の声のまま返答するきつねになってしまった馬の姿に違和感を覚えながらも、
「あ・・ああ」
と返事をし、ゆっくりと歩を進めるために前へと足を踏み出し、前にいるはずの相棒の異様な歩き方を見て、
「・・・」
と困惑するような感覚を覚えながらも、笑いをこらえるために必死で口を押さえにかかる馬を引く者なのだった。
▲
二人は北へ向かい、歩いていたが、その途中、
「・・・ぷっははは、はは」
「もう、笑わないでください。私だってまだ慣れてないんです。なったばかりなんですから」
ご主人様の方を振り返りながら話す。
「すまん、すまん。あまりにも異様だったもので」
ご主人様は笑いをこらえるのに必死なのか、腹を片手でおさえ、涙までも流している。しかし、私は幸せ者だ。いいご主人様に巡り合え、こうして日々を過しているのだから。もうあの時の私はいない。もう親に・・・。
これ以上は語れない。語れないんだ。私はご主人様に涙を流しているのを見られたくなくて顔をそむけ、涙をそっとぬぐう。
私は前へ進むんだ。ご主人様を守るために。
「ぎゃーーーー」
私は気づいていなかった。ご主人様に夢中になりすぎるあまり、今の私の置かれている状況に。そう、ここは崖の上なのだ。
「いきなり悲鳴を上げるなよ。俺までびっくりしたぞ」
俺?ご主人様が俺と言った?そこまでびっくりさせることをしてしまったのか、私は?
でもいい。助かったのだから。
「もう、前を見て歩けよ。俺がいなかったらどうなってたことか」
「また俺と?あの小心者のご主人様が俺と」
私は気づいていなかったのかもしれない。ご主人様が成長していることに。でも、
「おーいったなー。僕も成長してるんだぞ。おまえは知らないかもしれないが、僕だってあいつに隠れて修行してたんだぞ。そして、強くなり、それを認めてもらえた。勝てはしなかったが、次こそは勝つ」
「そのいきですよ。ご主人様」
「おまえ~。ばかにしてるなー」
とびかかり、じゃれあう二人。だが、今の状況忘れてないか?先へ進めないんだぞ。先へ。
「はあ、はあ、はあ」
「はあはあ」
「少し疲れたな」
「飛びかかってきたのはどっちですか?」
「あっわりいわりい。じゃあ、ひと段落もついたとこだし、作戦会議なんて意味のない真似はしないで、あたってくだけるとしますかー」
「おいおい、そりゃあないだろ」
と作者は思い、止めようとし、
「そうですね。私達にそんな頭のまわるような考えはできません。だから、あたってくだけるまでです」
相棒がそう言ってしまったため、
「もういいや、どうにでもなれよおまえら」
と思う作者なのでした。
二人は立ち上がり、眼下に広がる景色に圧倒されます。
「俺たちはこれを跳ぶのか?」
また動揺してますね。でも、
「そうですよ。私達は跳ぶんです。跳ばなきゃいけないんです。私もなったばかりのこの体でどこまでいけるかわかりませんが、やってみます」
ふと、あの黄色い狸が空を飛んでいたという事実が脳裏をよぎる。でも、
「僕たちはできないかもしれない。でも、できないともかぎらない。だから、跳べ、跳ぶんだ~~」
馬を引く者は跳ぶんだ~~と叫びながら崖を蹴り、空へと歩を進めます。
眼下にはなにもありません。怖くないわけがありません。でも、泣いていちゃ前が見えません。片腕で涙をぬぐい、もう片方の手をめいいっぱい伸ばし、どこともしれぬ地上へとつながる道しるべを掴もうと頑張ります。
「ごしゅじんさま~~。ファイトー」
相棒が応援してくれている。頑張るんだ。まだやれる。
そう思い、今度は足を使い、空中で必死に動かします。しかし、あの黄色い狸のようにはいかず、無情にも数ミリしか進みません。でも、それが功を奏し、その数ミリが地上への道しるべとなったのです。
「あっあっああ~」
伸ばしていた手が岩場に触れ、掴むことに成功します。でも、少し飛距離がたりなかったようです。頂上の岩場に到達するにはここから登らなければなりません。
でも、
「到いた~。到いたよ~」
うれしなみだがこぼれます。僕はその涙をぬぐう事はせず、今は一心不乱に眼の前の崖を登ります。
「ご主人様~。もう少しですよ~。もう少し」
また相棒が応援してくれる。それが僕の糧になる。それで僕は前へと進める。
相棒の声援が馬を引く者の肉体に刺激を与え、頑張るための糧となり、
「よっしゃあー。やったぁー」
歓喜の笑顔を浮かべ、うれし涙を流しながら万歳のポーズで地上に立ち、叫ぶご主人様。私はそれを見て、
「私も続きます。ご主人様~」
と言って跳び出し、無情にも下界へとまっさかさまに墜ちていってしまうのだった。
「ぎゃぁ~~~~~」
となるはずだった。はずだったのだ。だって私は私は・・・走れないんだから。
「ほらよ。やっぱり慣れてないだろ。その体」
涙を浮かべながら上を見上げるとご主人様の顔がある。私は助けられたのだ。
走れない私を庇って身をかがめ、懸命に腕を伸ばし、私の手を掴んでくれたのだ。
「ごしゅじんさま~~」
「泣くなよ。助かったんだから」
「はい」
「今引き上げてやるからな。あばれるなよ。足ついてないんだから」
「えっ!?・・・・えーーー」
私はその言葉に怖くなり、眼下を見て足をばたばたさせてしまいます。
「おおっと。あばれるな、あばれるな。重い」
「すいません。ちょっと驚きました」
私は感情を抑えるためにゆっくりと深呼吸をします。
「すぅ~はぁ~。すぅ~はぁ~」
「それでいい。それでいいんだ」
落ちつけ。落ちつくんだ。もう一人じゃない、一人じゃないんだ。
「はあ。はあはあ」
私を助けて疲れたのか、荒い息づかいが顔を刺激します。
「ありがとうございます。ご主人様」
「礼は言うな、借りを返しただけだ」
「借り?」
借りとは何でしょう?でも、そんなことはどうだっていい。だってまだ生きてるんですから。目の前にはご主人様がいる。それだけでいいんです。それだけで。
夕陽の光りをうけ、夕焼け色に染まる二つの影。
二つの影は重なり合い、夜の闇への弔いとしてゆっくりと闇と同化していくのでした。