6、旅の始まりと試験
オニオオハシ達を仲間に入れた一行は、次の仲間の所へ向かうためにまた空の旅を続けていた。
「あーあ、退屈だなー」
「そうだな」
ゲーテの卑屈な言葉にめんどくさそうに応える赤龍。
ゲーテが後方におり、前方に赤龍がいて、その周りにオニオオハシ達がいる。
「だからってしずかじゃない。むしろうるさい」
「あーあ、そうだな」
ゲーテの指摘に退屈そうに応える赤龍。
「ねー、こいつら連れて行って意味あんの?弱いよ」
「まー弱いのは認める。だが、迎え撃つには数がいると我は考える」
「そうだね。攪乱要員や連絡要員など、色々と使い方はあるしね」
「あー」
「でも、少しうるさいな」
「あー」
「ねーねー赤龍さまー。これからどこ行くんですかー」
「ねーねー赤龍さまー。ちょっと離れてもいいですかー」
「ねーねー赤龍さまー。これから・・・」
「うるさい。少しは静かにしろ。そして質問するなら前の質問が終わってからにしろ」
「はい」
おびえながらも声をそろえて返事をするオニオオハシ達。
「それはなー・・・いてっ」
「痛くないだろ。そして俺の返答をとるんじゃない」
「はーい」
とわびるような感じなど毛頭ないと言わんばかりのめんどくさそうな口調で対応するゲーテ。
「まーわかってるならそれでいい。しかし、もっとわきまえてもいいと俺は思う」
「わかった。わかった。そう怒るなって。我もいいすぎた」
赤龍を宥めるように周りにいる雲を使い、大きく両方の手を広げて目の前の相手を止めているような手の形を作る。
「俺は、俺は・・・・怒ってない」
赤龍は言いかえすように反論した後、少し間を取ってから自らしゃべり始める。
「こほんっ。では、どこから話そうかのー。そうじゃのー。まずは、今向かっている場所についてとそこにおる仲間についての経緯から話そうかのー」
子供の頃の赤龍(以降赤龍)「わーい。今日も遊んできていいのー」
赤龍の母(以降お母さん)「でも、あんまり遅くなるんじゃありませんよー」
赤龍「わかってるって」
と言い、母を残して海の中へと潜っていってしまう赤龍。
「わーあ。きれいー。お魚さん達。こんにちわー」
周りにいる魚の群れにかわいく話しかける赤龍。
「今日も楽しみだなー。何して遊ぼうかなー?おいかけっこかなー?それとも宝探しかなー?それともー・・・んー、楽しみだなー」
るんるん気分で海の中を深く深く潜っていく赤龍。
赤龍の向かっている先には、暗くて深い溝のようなものがぱっくりと大きく口を開けています。まるでどんなものでも飲み込んでしまいそうです。世界までも飲み込んでしまえるほど暗く、淀んでいます。
「少し怖いな。でも、ここをぬけないとたどりつけない」
赤龍は、呼吸を整えるために海の中で深呼吸をします。
自身に気合を注入し、気を奮い立たせます。そうでもしないと恐さで死んでしまいそうだからです。
「よしっ。いくぞー」
気合いを入れ終えた赤龍は、意を決して暗い海の底に身を投じていきます。
「暗い。それにしても暗い。そして、不気味だ。なぜなら・・・・うわっ」
赤龍は声をあげて驚きます。なぜなら彼の泳ぐ目の前を赤色の不気味な生物が横切っていったからです。
「ふーこわかったー。でも、こんどは・・・・」
今度は全身が灰色でおおわれており、鼻のとがった変な顔した生物が目の前をゆっくりと通り過ぎます。
「なんだありゃー?どっかのおっさんか?変わった生物もいるもんだな・・・いてっ。なんだこれは?かべか?壁にしてはすべすべしてるし・・・ぎゃーーー」
突然奇声をあげ、逃げ出す赤龍。なぜならそこには、自分よりも大きな身体をもったものすごく恐い生物がいたからです。
暗い海の中を逃げまどう赤龍。しかし、どこまで逃げても安心できません。なぜなら、視界全部が真っ黒い闇で覆われているからです。
「んっ?なんか光ってる?あれはなんだ?」
赤龍は逃げまどいながらも一筋の陽光を見つけたのか、少しずつと鈍く揺らめく光に近づいていきます。そして、揺らめく光のもとへ辿りつき、
「ぎゃーーー」
またもや奇声をあげる赤龍。
いったい何回奇声をあげればいいのでしょうか?
赤龍はよっぽど恐いものでも見たかのような顔でその場から一目散に遠ざかっていきます。
「がちっ」
なんだ?なんか変な音がしたぞ。でも恐いから振りかえらない。てかっ。振りかえれない。
「でも、あいつは追ってきてるよなー?だから、少しだけ。少しだけだぞ」
と自分にいいきかせながらゆっくりと後ろを振り返る赤龍。
そこには不気味で変な顔をした揺らめく光を頭に灯した生物と先程の大きな身体を持った恐い生物が対峙するように睨み合っていたからです。
でも、ゆっくりと観察する勇気など微塵も残っていない赤龍は、それを確認した後、一目散にその場から退散します。
「よかったー。相手を変えてくれてー」
安心した赤龍ですが、目の前の状況が変わるわけではないので、目的地に着くためにまた泳ぎ始めます。
でも、こんなところから速く退散したい赤龍は、自分の願望(目的地に着く間も楽しみたい。)はひとまず置いておき、目的地に着くために景色も見ずに全速力で飛ばしにかかります。
「速く、速く、もっと速く」
自分に暗示をかけ、速度を上げる赤龍。
自我の足に力を込め、全速力で動かします。速く着きたいという思いに応えるために赤龍は全速力で歩を進めます。
▲
「ドゴッ」
全速力で飛ばしていたため、前方に壁があるのも確認せず頭からつっこみます。
「ぬけないー。ぬけないー。んぐぐぐぐ」
腕に力を込め、壁にめり込んでしまった頭をぬきにかかる赤龍。
「手伝ってあげよっか?力貸したげるね」
「ありがとう。誰か存ぜぬが、かたじけない」
素直に礼を述べ、力を貸してもらう赤龍。
「もうちょっとだよ。がんばって。あたしもがんばるから」
その声はとっても甘く、耳の中に響いてきます。
姿は見えませんが、その声を聴き、赤龍の手に力がこもります。
「よっしゃー。いっくぞー」
「はいっ」
首筋に触れている柔らかい手に力がこめられます。
そして、二人の息が合わさった瞬間、
「ぽっ」
グラスから栓の抜けるような気持ちのいい音がしたと思うと、
「あああ。ぬけ、ぬけ、ぬけたーーー」
自らの顔の頬に両手をあて、自分の頭が抜けたことを再度確認する赤龍。
「よかったね。あっあたしアルギノ。暗い深海に住んでいるから寂しかったんだよねー。だから、あーそぼ」
自ら手を差し出しながらかわいくウインクをなげかけるアルギノ。
「ああ。ありがとう」
「どういたしまして」
目の前に差し出された手を取り、立ち上がる赤龍。
「あたし、アルギノ。君は?」
「おっ俺は赤龍。龍の一族の一人だ」
「ぷっぷぷぷぷぷ。へんなの?かっこなんかつけちゃって」
背筋を伸ばし、自身の胸に右手拳を握った形で添え、見栄を張る赤龍の姿を見て、腹を抱えてその場で笑い転げるアルギノ。
「笑うなー」
「だって、だって。あまりにもかっこつけるものだから。ついっ。ぷぷっぷぷぷぷぷぷはははは」
赤龍のいっそう赤く染まった顔を見て再度笑い転げるアルギノ。
「だーかーらー、笑うんじゃなーい」
暗い海の底出会った二人。そこには楽しく笑い声を上げる水色の毛を全身に湛えた白くてほのかに影のかかった鱗を持つ海の中に住む龍。水龍と大声を上げ、弁明を図る全身を赤い鱗で覆われた気高い龍。赤龍のとっても楽しそうな会話がずっーと響いているのでした。
▲
「ぷぷ。ぷぷぷぷぷ。ほんと笑えるなその話」
「だーかーらー、笑うなー」
またもや笑われてしまった赤龍。
どこにいっても笑われる運命にある赤龍。そんな赤龍はこれからどこへ向かっていくのでしょうか?
でも、これだけは言えます。
二人はほんとなかよしですねー。
▲
「我は誰だ?ここはどこだ?起きろ、して実感しろ!戻ってこれたという事実に」
頭の中に誰かの力強い声が響く。
「うーん、ここはどこだ?」
馬を引く者は未だ雨の降りしきる庭でゆっくりと躰を起こし、目をこすりながら呟く。そして実感する戻ってきたということを。
「これが僕の手・・・動く。これが僕の躰・・・動く。これが今いる世界・・・冷たい。ふはっ、ふはっ、ふはははは。戻ってきた。戻ってきたんだ~!」
馬を引く者は手を動かし、足を動かし、雨に打たれ感じる肢体の感覚に違和感を覚えながらも、自分というものを取り戻すことができたことに大いに喜びを露わにする。
その後、それを誰かに伝えたいという衝動に大いに駆られ、一気に駆けだす。雨の中躰が濡れるのもいとわず走り続け、あの崖の縁に辿りつく。そこで今の気持ちを精一杯に現そうと叫ぶ。
「おれは、おれは、もどってきたんだ~~~!」
躰全体を使って己の中に眠る意思を呼び覚ますような勢いで世界に叫ぶ。今われはここにいるんだという事実を。
その声の轟きにふと違和感を覚え、馬を引く者の相棒、馬も目を覚ます。
「これは・・・・ご主人様の声・・・・?」
叫ぶご主人様の声に違和感を覚えながらも、目を覚まし、我先にと駆けだす。
なぜなら、今はご主人様が生きているという感動すべき事実を今すぐにでも躰に刻み込みたいからだ。
「私はご主人様を護ることはできなかった。でも、ご主人様がそれを自分自身でなし遂げてくれた。
それは大いに喜ぶに値する事実だ。
それを早くこの身に実感したい。
だから今は走る。走って、走って、走って早く実感するんだ。ご主人様が本当に生きているという事実を」
馬は想いに駆られ、泥と雨にまみれ、どろどろになる肢体もいとわず、ご主人様に会いたいという一心で躰を動かす。
「でも、このままご主人様に会っていいのだろうか?我を哀れんだりしないだろうか?もう会いたくないとは言わないだろうか?もし、そんなこと・・・・いいや、ご主人様は絶対絶対ぜ~~~~ったいにそんなことは言わない。
なぜなら、私は知っているから。ご主人様が臆病で泣き虫で恐がりな人物だから。
でも、これだけは言える。それは、私だけが知っている事実」
ここで馬はご主人様の元へ駆けながら大きな口をめいいっぱい開け、眼に涙を溜めながら叫ぶ。
「ごしゅっ・・・ごしゅ・・・ごしゅじんさま~~~~」
その声が本当にご主人様の元へ届いたのかはわからない。でも、これだけはいえる。なぜなら、今ご主人様が目の前にいるから、
「あいっ・・・ぐすっ。あい・・・」
「もういわなくていい。いわなくていい。それは俺も同じだから」
二人は逢えたという事実を実感するように、その場でずっとずーーーっと愛し合っているかのように熱い抱擁をかわすのだった。
▲
我はタヌキんど一世、二人を夢の世界に送り出しただけで何もしていない意味のない存在というわけではないが、そういわれても仕方がないようなことしかしていない存在。
だが、我は誓う。ここからはちゃんとすると。
「あのー誰に誓ったんですか?」
なぜここでおまえが出てくる?
我の我だけの思考になぜ入って来る?
我は今一人にしてほしいのだ。
「でも、ここにいるのはあなただけではないんですよ。師匠」
「それはわかっている。わかってはいるが、二人とも黙ってくれ。そして、今は、今だけは我を一人にしてくれ」
タヌキんど一世は懇願するように二人の目の前に自らの片方の手の平を開いた状態でかざす。
「わかったよ。わかった」
「師匠がそういうのならば、我はそれに従うまで」
「恩にきる」
我は床の間で正座したまま頭だけをさげ、扉から出ていく彼らを見送る。
「ひゅ~ん。ゆらゆら、ぎーこぎーこ」
二人が出ていき、一人になると、タヌキんど一世は、すぐにあることにとりかかった。
それは今は言えない。でも、これだけは言える。なぜなら、それは二人にとってとても力になる物だからだ。
▲
タヌキんど一世に追い出された二人は、雨の吹きすさぶ寒い夜の中、いつ終わるともしれぬ師匠の懇願の儀式が終わるのを今か今かと待っていた。
「あーあ、いつ終わるのかねー。うぅーさむっ」
「・・・・」
「何か答えてくれよー。なぁーインゴット~」
「我に命令できるのは師匠のみ」
「そういわないでさー。話し相手になってくれよー。な、な」
懇願するように頭をさげながら手を目の前で合わせる作者。
「・・・。・・・」
それを見て、悩むように顎の下に自らの拳を握った状態で据えるが、いかんせん、あまり考えるという動作をしたことがないため、何も浮かばない。てか、今の所、こいつと話す気などあまりないため、悩むことでもないのだが、いかんせん、場が場というもので、考えないわけにもいかないため、一応考えてみるが、やっぱりなにも浮かばないため、相手のことを無視し、難しい表情を浮かべているだけ、という状態になる。
「あのー考えてくれるのはいいんですが、早くしてくれないですか?わたしはさむいんですぅー。うぅーつめたい」
「我は寒さなど感じない。冷たさも感じない。なぜなら感覚がないから」
「それは好都合ですねー。さぞかし楽でしょう。今のこの場所では」
「でも、感じられないというわけではない。なぜなら・・・」
と言うと、インゴットは何を思ったのか。おもむろに目の前でしゃがみ、地面の土を手につかみ、自らの口にほおりこむ。
「それは土だぞ・・・。食べ物ではないぞ・・・」
と忠告をするが、一向に食べるのをやめない。
むしろ食べる速度が増しているようにさえ感じる。
その圧倒的なまでの欲求を止めなければと作者は手を伸ばす。そして、インゴットの腕を掴む。
「冷たい。冷たいです。こうやって土を食べ、土の中の水分の冷たさを感じる。これが冷たいということなのですね」
「あーそういうことね」
とこころの中で納得し、掴んでいた腕を離す。
そして、立ったまま顔を下に向けた姿勢で涙を流しつづける作者。
「うぅー・・・うぅー・・・」
その候景を見て、
「我のために・・・我のために泣いてくれるのですか?あなたは優しい。優しい人なのですね」
と言い、ゆっくりと我の背中に腕をまわしてくる。
「それでは、我は泣けないので、代わりに泣いているあなたを慰めましょう」
そういうとゆっくりと体全体で包み込むように私を抱き寄せる。
私は彼女のされるままに従い、彼女の胸の中で涙を浮かべるのだった。
「うぅー・・・うわゎゎぁぁ・・」
▲
「ぐすっ。ぐすっ。ひくっ、ひくっ。へっへっへっくしょん」
「うぇっ。それはやめろよ。いくら好きでもそれは・・・」
「ゔぁい」
「トントン」
泣く馬を泣きやませようと背中を叩く。
「トントン」
「ひっ、ひっ。ひっくひっく」
「トントン。トントン」
「ひっ、ひっ。へえへえ」
今度は優しくさすり始める。
「へぇへぇ」
「楽になってきたか?」
「へえへえっ。ちょっと落ち着いてきました」
「そうか。それはよかった。立てそうか?」
「はい」
主人に肩を支えられながら四本足でゆっくりと立ち上がる。
「じゃあもどろうか。マイホームではないが、今のマイホームへ」
「はい、ご主人様」
雨の中相棒の肩を支えながらゆっくりと歩く二人。
「ご主人様。ぶしつけながら、聞きたいことがございます。ご主人様はあの闇の中ではいつものご主人様ではなかったような気がしますが、あれは何が起こったんですか?」
「僕がいつものような感じではなかった?んーん。あの闇の中では無我夢中だったからねー。負けたくない。強くなりたいって思いで」
「そうですか」
「うん。だからあんまり覚えてないんだよ。でも、そこまでおかしかったか?」
「はい、おかしかったです。いつものご主人様じゃなかったです。誰かにとりつかれているような感じで、正直言って恐かったです」
「そうか。恐かったか。ごめんな。だから泣いていたんだな」
「はい。もう戻ってこないかと思ってました。でも、でも・・・」
また泣き崩れる馬。
「ひっく、ひっくひっく」
「おまえは。またあのころに戻ったか?おまえと初めて会ったころもこうして慰めてあげたっけなー。毎日毎日。でも、あのころは僕も慰められていたときがあったし。あのころと同じというわけではないか。でも・・・」
ここでゆっくりと大きく手を後ろに引き、勢いよく相棒のお尻を平手で叩く。
「ぺしっ」
「痛い。痛いです。ご主人様。もう泣くなといいたいんですね。わかりましたから。叩くのをやめてください」
「いいや。やめない。なんかおもしろくなってきた」
「それはないです。私のお尻であそばないでください」
「ぺしっ」
「遊んでなどいない。叩いているだけだ。あくまで。あくまで・・・へっへっへ。ううっへへっへへへ。やめっやめっいぇ。いぇいぇ。へへへっへへへ・・・」
「おかえしです。ご主人様がやめないなら。私もやめません」
「ぺしっ」
「はっ。ははははは」
「ぺしっ」
「ははは。はは」
「まだやるかー」
「まだまだ」
睨み合う二人。間合いをとり、仕掛けるために互いをみつめあう。
「はあはあはあ」
その後、肩で息をするまで叩き合いを続ける二人。もうへとへとです。いつ倒れてもおかしくないです。
「ぺしっ」
「ばしっ」
「いたい」「いたいです」
突然の珍入者に頭を叩かれる二人。
「いつ終わるんかと思って見ていたが。全然終わらないからもう止めにきたぞ」
「そうだ。終わらないおまえらが悪い。でも、終わらせるために叩こうといったのは私だし。それは謝る。すまん」
と言って二人の間で頭を下げる作者。
「いや。いいんです。二人とも我を忘れていたのは事実ですし」
「そうですね。叩かれてなかったら。いつやめていたか」
「そうかそうか。私は謝り損か。謝らずともよかったのか」
「そうです。あなたは謝らずともよかったのです。我は・・・ぺしっ」
「何を言おうとしたんだ?答えによってはおまえを殺さんでもないぞ」
とガンを飛ばしてくる作者。
「恐いですねー。いやはや。何も言おうとなんてしてませんよ。何も」
おびえながらもそう答えるインゴット。
「そうか。ならいい」
インゴットを睨みつけていた眼を離し、胸の位置で腕を組む。
「まだ怒ってはいるんですね」
「ああ怒っている。でも、おまえにはあたらない」
インゴットの方を見ずに答える。
「はあはあはあ。はあはあはあ。はあはあはあ」
「んっ?なんか聴こえないか?」
「私には何も?」
「我にも何も聞こえないが?」
馬を引く者の問いかけに素直に答える相棒とインゴット。
「いや。なにかくるぞ。あれはー・・・」
「んっ。何かいるのか?だれが来るんだ。なあなあ」
と言って、馬を引く者は作者の肩を激しくゆする。
「はあはあはあ。はあはあはあ。やっと見つけたぞ。馬を引く者。おまえに渡したい物があるんだ」
▲
「はあはあはあ。はあはあはあ。やっと見つけたぞ。馬を引く者。おまえに渡したい物があるんだ」
肩で息をしながら中腰で膝の上に手の平を乗せた姿勢で、ゆっくりと言葉を紡ぐタヌキんど一世。
「渡したい物とはなんだ?たぬき・ぼべごぉ」
「おまえはだまってろ」
と言って平手で作者の顔をはたき、ぶっとばすことでだまらせ、
「おまえに渡したい物があるんだ。もらってくれるか?」
馬を引く者はごくりとつばを飲み込み、意を決して答えを紡ぐ。
「ああ」
「そうか、ならうけとれ、最期の試験だ」
「最期の試験?」
「主人に手を出すつもりなら容赦はしない」
「手を出す?人聞きの悪いことを。わしはこいつらに対して試験をしようと思うておるだけじゃ」
「試験?」
「ああ、いまから馬を引く者、おまえには弱虫だから武器を渡す」
「もう弱くなどいない。強くなるって決めたんだ」
「さあ?それはどうかな?」
「どういうことだ?」
睨み合い、火花を散らせ合う二人。
「では、ルールを説明する前にこれを受け取れ」
馬を引く者は、差し出された物体を受け取ろうと、手を前に出す。
「それはいらん。これは試験なんだろう?僕を試す試験なんだろう?だったら、それはおまえに勝ってからもらう」
「ほう、それは威勢がいいな。では、ルールを説明する」
それに呼応したのかはわからないが、今まで降りしきっていた雨がこぶりになり、ゆっくりと空が明るみはじめる。
「晴れたか」
「ああ、晴れたな」
「では、決戦と行こうか」
「じゃあ僕から」
「いや、二人でかかってこい。ハンデだ」
「いや、いらん。僕一人で行く」
「おまえはどうする?」
馬は考える。行くべきか、行かざるべきか。
「状況で判断する」
「そうか、なら、二対一ってことでいいな」
「ああ」
「相棒?ぼくを・・」
相棒によって口を塞がれたため、途中で言葉がとぎれる。
「いや、私もその試験参加したいだけだ。ご主人様の敵となる御方には、私が容赦しない」
「いや、僕も戦う。だから、二人でだ」
背中合わせで意思を伝え合う二人。
「では、ルールせ・・・ドゴッ」
「「いらん」」
二人の拳が顔にクリーンヒットし、後方へと吹っ飛ばされる。
強くなったな。おまえら。だが、
「まだまだ」
空中で体勢を整え、踏みとどまる。
「そりゃあそうだよな。相棒?相棒はどこだ?相棒?あいぼーう」
今の今まで背後に控えていた相棒が姿を消し、
「こしゃくなー。ゆるさ・・・」
何かに腹をえぐられるような感触を覚えたかと思うと、馬を引く者も姿を消すようにその場から居なくなる。
「ぎゃーーー。足場がなーい」
いったい何が起こったのか?突然のことに驚き、必死で目の前の地面を掴む。
「試験場所はここだ。ほらよ」
両足を何かに掴まれたと思ったら、足場から手が離れ、すごい勢いで落下していく。
「もうだめだ。死ぬ~」
地面に墜落する寸前で何者かが駆けてきて、飛来する物体を背中に乗せる。
「まだです。まだ諦めるのは速いです」
「ん?誰だ?」
「私です。忘れたんですか?あの一緒に歩んできた日々を」
「そうだな。まだ終わってないよな」
相棒の背中にまたがり、そう答える。
「これで終わってもらっては話しにならん」
空中で優雅に風を受けながら逃げまどう二人を見下ろす。
「来るぞ」
「言わずともわかっておる」
「では、行くかねー」
急速に飛来し、逃げまどう二人を眼中に捕える。
「これはどうかな?」
目の前に何かが出現したことでタヌキんど一世の渾身の一撃が防がれるが、
「ばきっ。ばきばきばきっ」
以外にもろかったため、耐えきれず、はかなく崩れさる。
「ほう、できるようになったか?」
自分の拳をみつめ、言葉を紡ぐ。
「ああ、できるようにはなった。でも、」
「まだまだじゃな」
「いや」
そう一言馬を引く者が呟いたかと思うと、座席がなくなり、いつの間に背後に回っていたのか。タヌキんど一世に蹴りを入れるために勢いよく馬が足を突きだす。
「それも詠んでおったわ」
そういうと、何かがタヌキんど一世の背後に出現し、
「パコッ」
何かがたわむ音がしたかと思うと、
「いっでぇー」
背後で痛みを訴える声が聞こえる。
「なかなかやりおるな。でもまだまだじゃな」
「あいぼー。大丈夫か?」
「これぐらい・・・なんのその」
目の前の針壁の中から主人の声が聞こえ、痛みに堪えながらも言葉を紡ぐ。
「あの様子だと。もう助けは期待できんかな?」
「そうだな。あとは僕一人だな」
相対し、互いをみつめあう。
「じゃあ、いくぞ」
「いつでも・・・ぼべっ」
馬を引く者が最後まで言葉を言いきるまえに顔面に拳を叩き込む。
攻撃をもろに受け、背後へと吹っ飛ばされる。
「続けていくぞ」
「それはどうかな?」
「・・・・いっでぇー」
「おまえが相棒にやったことをそのまま返しただけだ」
「こしゃくなー」
そこにはまだ小さいながらも鋭い針の壁にささるタヌキんど一世の拳があった。
「やはりな。でも、まだまだ・・・こんなものじゃ・・・どさっ」
ちからを使いすぎたのか?その場で崩れさる馬を引く者。
そして、
「ぼごっ・・・ご主人様ーーー」
「ほう。あの針の壁を破ってきたか」
「ご主人様。どうしましたか?起きてください」
相棒の必死の言動にも一向に眼を覚まさず、ぴくりともせず、まるで死んでいるかのように相棒の腕の中で眼をつむりつづける主人。
「やったのは・・・やったのは・・・おまえか~~」
何が起こったのか?突然突風が吹き荒れたかと思うと、一瞬にしてその突風が晴れ、なにかものすごくいやな空気が二人の間に立ちこみ始める。
タヌキんど一世はその異様な空気をまぎらわせるために、ごくりと唾を飲み込む。
「はあはあはあ。ピリオ・・・」
「やったのか?」
タヌキんど一世は馬の異様な殺気におされ、その場で動けず、もろくも馬の強襲を受け、地面にひれ伏すようにして、崩れさる。
「いんや・・・まだだ」
「その声は・・・ドンッ」
突然背後から何者かに頭を叩かれ、急速に意識が遠のいていき、その場で崩れさる。
「やっぱりわしが勝っちまったか。でも、わしの分身は倒せたようじゃの。まー間一髪だったがの」
そう言うと、ゆっくりと傍らに寝そべった二人を抱きかかえ、その場を後にするのだった。
▲
わしは待った。彼らが起きてくるのを待った。待ち続けた。だが、もう限界だ。
だから、
「こら、起きろ!べしっ。わしが起きているのに弟子が起きないとはどういうことだ!べしっ。まだ起きぬか。このぽ・・」
叩き起こすことにした。
「痛いです。もっとやさしく起こしてください」
上体を起こしながら言う。
それに
「悪い」
そっぽを向き応える。
「で、なぜこんなにうるさくしているのにそちは起きん」
「なんででしょうね。ご主人様はよっぽどお疲れのようですし、どうしたんでしょうね」
「しらん。しらんといったらしらん。わしゃあ試験をしただけだしのー」
「顔が赤いですよー。どうしたんですか?」
「もっもんですもん。もうっそんなことどうでもいい。ちょっと・・・」
「あっどうようしてるー。ということは試験には合格したってことですね。そうなんですね。やったー。わーいわーい」
前足を天井にむけて高くあげながら喜ぶ。
「そういうことだ。前よりだいぶましになったしな。わしからの試験はこれで終わりだ。では、おまえには、これを渡しておく」
と言って小さな薄汚れた紙切れのようなものを手渡す。
「んっ?これは・・・なんですか?・・・・地図?」
「そうだ。地図だ。コウモリ洞窟のな」
「コウモリ洞窟?」
「ああ。コウモリ洞窟。まーコウモリがうじゃうじゃいる洞窟じゃな」
「まんまそのままじゃないですか」
激しくつっこむ。
それをおさえるように、
「まーそう興奮せず聞け」
「わかりました」
姿勢を正すために正座をする。
「コウモリ洞窟とはな。コウモリがうじゃうじゃいる洞窟で、とても複雑な構造をしておる。そして、この地図は」
「洞窟の見取り図でしょう」
「セリフを勝手にとるな」
「それぐらいいいだろ」
こころの中で思いながらも、
「はいはい」
と応える馬。
「その通りだが、これをなくすと、出られなくなると言われており、いままでもこれを失くし、洞窟でさまよい続けておる者がおるというのも事実じゃ」
「ふーん。それは恐いですねー。でも、私がいればご主人様は絶対に護ってみせます」
「いやいや、おまえも守れよ」
「ほーい」
少しすねた表情でそっぽを向きながら応える。
「で、なぜ地図を失くしたら出てこれないんですか?」
「それはなー・・・」
「それはなー・・・」
「知らないんですね」
「ああ。わしにもわからん。でも、わしが考えるに、洞窟をさまよい続ける生物どもの呪いや怨念なのかもしれんのー」
「怨念ですか?そんなもの私にかかれば・・・」
と言い、勢いよく立ちあがるが、
「って威勢よくいうのはいいが、ひざががくがくじゃぞ。もしかして、恐いのか?」
「恐くないです。それに、私が恐がっていたら、恐がりのご主人様までちぢこまってますます雰囲気が悪くなるじゃないですか」
「そうだな。じゃあ、道案内と不足の事態の処理はそなたに一任するとしよう」
「あとは、これをわたすだけじゃな」
と言い、まだ布団の中でやすらかな寝息を発てている馬を引く者の枕元に包帯で綺麗に包まれた武器のような物体をゆっくりと置くのだった。
「それはなんですか?」
「それはなー・・・。開けてみてのお楽しみじゃ」