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馬を引く者  作者: 江鋼太値
馬を引く者                     第二幕 勇気
25/43

3、タヌキんど一世、地獄の司獄(しごき)

 



 ここはタヌキんど一世の家です。今二人は眠っています。一昨日とは違う淡い桃色の布団にくるまり、一緒に就寝しています。

 「んっ?一緒に?」

 ここで地の文に聞きます。

 「二人はただ単に横で寝ているだけですか?それとも一緒の布団に入っているということですか?」

 「同じ布団に入っている」

 「ええええええ、えーーーー」

 驚きの声と顔を浮かべる作者。

 「驚くなよ。ただ単に一緒の布団に寝てるというか、タヌキんど一世に寝かされただけじゃねーか」

 ここでタヌキんど一世が二人の会話に介入し、

 「そうだ。我が寝かした」

 と二人の寝ている布団のある居間の畳の足の方の部分に胡坐をかいた状態で腕を組みながら鎮座したまま語る。

 「なーんだそうか」

 と思い、無駄足を踏んでしまったなと感じ、

 「ふうー」

 とため息をつきます。


                             ▲


 世界が混沌に包まれ、闇から光りへと変換されしとき、安住が約束される。

 「ああああぁー」

 馬が身体を起こしながら、腕を天に向かって大きく広げ、大あくびをする。

 そして、ねぼけ(まなこ)の自身の目をこすりながらおもむろに傍らに目を向けると、主人の顔があったので、驚愕の顔を浮かべる。しかし、よく近づいて見てみるとすやすやと寝息をたてていたため、寝ていると思い、主人のかわいい寝顔を観察しにかかります。

 「この閉じられたちいさな目。すこしばかりでっぱった鼻。すこしばかり空気を吸い込むために(ひら)いたり閉じたりを繰り返している口元。丸い顔の輪郭。前は左右の両側の真ん中あたりにかわいくてさわりごこちが抜群のやわらかい感触の耳がついていたが、いまは頭の上に耳が左右にわかれてついている。でも、それもいい、うーん、めっちゃかわいい」

 と思い、瞳をきらきらさせながら、小さな声で語るが、いかんせん小さな声といっても、相手の顔のまんまえで語られては、意味がないということで、相手を起こしてしまい、寝ている主人がうっすっらと目を開ける。

 「うわあああぁ。んっ?ああ、相棒か。おはよう」

 と言い、とっさのことに驚きの顔を浮かべ、主人に今の状況を悟られぬように瞬時に起き上がり、座ったまま主人の方を向いたまま背後の壁に向かって脱兎のごとく後ずさりを始めます。

 「どんっ」

 無情にも壁に突き当たる。

 「これはですねーなんといいますか。ご主人様の寝顔がなんともいえぬかわいさを帯びていたものですからみつめてしまったといいますか、観察してしまったといいますか。ほんとうに申し訳ありません」

 謝罪を述べ、腰をおり、座ったまま額を床につけます。

 「んっ?なんで謝る?単にみつめていただけじゃろ。だったら謝ることもない。もっとちこうによれ」

 「はあっ」

 と小さく溜め息をつきながらも片手で頭を掻きながら、疑問の顔を浮かべたまま主人の方に近づいていきます。と主人がおもむろに近づいてくる馬のほうに腕を伸ばし、馬を掴み、自身の胸に抱き寄せる。

 「かわいいのう。よしよし。僕のかわいい相棒。ほっほんとうに死んでなくてよかったぁ」

 と相棒の顔の後ろについた茶色いたてがみをなでるように触りながらやさしく呟きます。

 そのやさしい声に、

 「あーやっぱりこうなるんだな」

 と思い、顔を赤くし、照れながら涙を浮かべます。

 「あのー少しいいですか?私達のこと忘れてません?」

 抱き合ったままの二人を覗き込みながら、ゆっくりと呟きます。

 部屋にほかの人がいるとは思ってもいなかった二人は、

 「ぎゃあーーーーー」

 と同時に驚きの声をあげ、抱き合ったまま作者から離れるように反対方向の壁の方に向かって後ずさりを始めます。

 「んっ?わしもいるぞ。ほら飯だ、飯」

 と言って大きな緑色の皿を差し出してくるタヌキんど一世。

 二人は涙を手でぬぐいながらおもむろに手を伸ばし、口へと運ぶ。

 「ううう、なんといいますか。この口の中いっぱいにひろがるあまーい味ととけるようなパンの触感。そして、まるで眼の前一帯がお花畑につつまれているような芳しい香り。もーなんともいえぬおいしさです。まさにビューティフルといっても過言ではない」

 と目の前にある黒い物体をみつめながら語る馬を引く者。

 「はい、そうですね。ご主人様。たいへんおいしゅうございます」

 傍らにいる相棒も同意の言葉を述べる。

 「そうかそうかこのくろあんぱんがそんなにおいしいか」

 「くろあんぱん?」

 二人同時に疑問の声をあげる。

 「あーそうか、説明してなかったのー。これはな、小麦粉に小豆を練り込み、中に小豆と空中庭園で育てたリンゴを混ぜ、ペーストにしたものを包み、小麦粉のまわりを先程と同じペーストにしたもので包み込み、ほど良く焼きあげた小豆包みあんぱんならぬくろあんぱん。そうくろあんぱんなのじゃよ」

 と立ったまま頭上に皿を持ち上げ、語るため、二人からは全く見えないので、全体像は言葉から想像するしかないが、とにかくその異様な行動に呆然とし、固まる二人なのだった。

 「んっ?んっ?んっ?しくったー」

 頭上にくろあんぱんが載った皿を掲げているのも忘れて身体を下げ、しゃがみこんでしまったため、皿を落とし、それが自身の頭に当たり、その痛さに目を疑い、後方へと倒れ込み、気を失ってしまいます。

 その光景を見てまたもや唖然とし、一人だけ唖然としていなかった作者が、

 「面目(めんもく)まるつぶれじゃん」

 と座ったまま自身の頭を抱え、顔を開いた片手でふさぐようにした恰好で、倒れたままのタヌキんど一世に向かってつっこみをいれます。


                              ▲


 タヌキんど一世は居間で目を覚ました。畳の床にそのままの状態で寝かされていた。その状況に、上体を起こし、固まります。

 「・・・なぜだ。なぜ誰も何も敷いてくれていない」

 タヌキんど一世は固まったまま思考しています。状況が理解できないのだ。

 「あっ起きたか」

 「起きた起きた」

 「おはようございます」

 作者が最初に声をかけたため、作者の方にタヌキんど一世は顔を向け、その声を聴き、応答で起きたことがわかった馬を引く者が作者の右肩の所から顔だけを覗かせて言葉を吐く。

 続けて馬を引く者の隣にいた相棒の馬が、もう次の日の朝のことを知らせるために朝のあいさつをする。行儀よく正座になり、まるで人間みたいに腰を折り曲げ、礼儀正しく行う。

 「おまえ馬か?」

 地の文が鋭くつっこみを入れる。

 「へへへ」

 頬を赤らめ、上体を起こし、頭の後ろを掻きながら照れます。

 そのお芝居を見て固まったままの思考を解除するように頭を左右に勢いよく振り、即座に平静を取り戻し、

 「おんどりゃー」

 とどやしつけるように吠え、畳を勢いよくたたき、

 「ドンッ」

 と音を立てることで即座にその場の空気を変える。

 一瞬のことで理解できず、三人の思考と身体がその場で一時停止する。

 「・・・」

 場を見計らい、二人を修行に誘うために扉を()け、外へ出るが、すぐにびしょぬれになり、我先にと畳の部屋の隅にある檜で造られたタンスを開け、全体が白くぬられ、ゆりがあしらわれた大きなバスタオルを取りだす。

 それを頭に広げてかけ、ごしごしと頭を拭く。

 ひとしきり拭いた(あと)、顎の下に片手を握った状態で添え、その腕を支えるように肘の下に横一本線にもうかたっぽうの腕を添え、考える。

 考えがまとまらず、畳の床とフローリングの床を行ったりきたりしている。それでもまとまらず、しまいには、う~んとうなり声をあげだす始末。

 三人はタヌキんど一世を温かい目で見守るが、いやけがさし、

 「もういいんじゃねーの」

 とだらけたように足を肩幅に開いて伸ばし、フローリングの床に座り、両方の手の平を床につけ、腰から後ろにそらすように頭をのけぞらせ、馬を引く者は呟く。

 その返答が頭にきたタヌキんど一世は、一気に頭に血がのぼり、

 「二人とも表へでぇーー」

 と今だ雨風が吹き込み、開きっぱなしの扉を指さしながら怒りの声をあげる。

 馬を引く者は、扉の外の風景を見て一瞬冷や汗を掻きながら固まるが、

 「はやくでろよ」

 と言われているような感じで勢いよく顎で扉の方を指さされ、

 「わかったよ」

 重い腰をあげ、外へと出ていく。

 馬は反対に、

 「わーい」

 元気よく返事をし、主人よりも早くに扉の外へと姿を消す。

 その馬の行動を見て、

 「元気のいいやつだな」 

 と馬を引く者は思い、頭の後ろを掻きながら、ゆっくりと歩を進めていくが、すぐに、

 「はやくしろって」

 頭を後ろから勢いよく丸めた雑誌の束で、

 「ぺちーん」

 と叩かれる。

 「いてっ」

 頭を両手でおさえ、涙をしたたらせながら、わかったよというように足取りを速め、雨風の吹きすさぶ外へと出ていく。

 続いてタヌキんど一世も後を追うように外へと出る。

 三人が外へ出ていったのを見計らって、俺は関係ないというように扉を閉め、ストッパーとして、手頃な長さに切った杉の木で戸を押さえるように戸の後ろに斜めに立て掛け、

 「よしっ。これでオッケー」

 と手をぱんぱんとうちならしながら呟くが、すぐに、

 「おっけじゃねー。おめーえも出んだよ」

 勢いよく扉を押しあけられながらタヌキんど一世に言われ、首の後ろを掴まれ、ひきづられるようにして外へと連れていかれる作者。

 「うぅー」

 嘆きの声をあげ、涙を滝のように流しながら、外へと連れていかれ、

 「どさっ」

 音を立てながら土の上に投げられます。少し力を加えて投げられたため、両膝を地面に打ちつけ、遅れて顎が地面の土にあたります。草の間にある土がはね、

 「べちゃっ」

 と小さく音を立てます。

 作者はまだ涙を流しています。もう涙腺が壊れてるんじゃないかって思うぐらいの量を流しています。もう見ていられません。

 「だいじょうぶかあ」

 馬を引く者が慰めるようにしゃがんだまま作者の顔を覗き込むように声をかけます。

 「おまえだけだよーそれをかけてくれるのはー」

 起き上がり、勢いよく馬を引く者に抱きつきます。

 勢いよく作者に抱きつかれたため、

 「べちゃ」

 音をたて、土と草の地面の上にどさっと腰をおろしてしまい、

 「ぎゃっ」

 って短く声をあげながらも、抱きつかれているため立つこともできず、とりあえず目の前にいる生物を慰めるためにやさしく片手で作者の頭をなでます。

 作者の膝から下は地面についており、草と泥でべっとり汚れています。

 作者は涙を流しながら顔を上げ、涙で見えない目で目の前の生物の顔を一心不乱にみつめます。

 作者の涙でぬれた顔を見ながら、

 「子供だなー」

 と馬を引く者は思い、

 「よしよし」

 やさしく作者の頭をなで、泥で汚れるのもいとわず女座りにしていた足を伸ばしたのち、やさしく作者を包み込むように両腕を作者の背中のほうへまわし、抱きしめます。

 その候景を見て、タヌキんど一世は立ったまま涙を流しますが、すぐに、

 「あーずるいー」

 作者の後ろから馬が勢いよくジャンプして抱きついたため、盛大に地面に顔から突っ込み、顔が泥だらけになってしまい、

 「あちゃー」

 と思い、立ったまま頭を下げ、片手で顔を隠すように添えます。

 作者は、地面に顔をうずめて息ができないため、上にいる二人にどいてもらうために両腕をばたばたと上下に上げ下げしています。

 でも、どくきのない馬は、

 「いぇーい」

 馬を引く者の背中を上から握ったままの手でもって叩きまくります。


                              ▲


 世界は愛に溢れている。愛があるからこそ生きていける。愛に包まれているからこそ世界は輝く。世界が愛で溢れた時地に堕ちる。その時こそ鉄槌を(くだ)すときだ。

 タヌキんど一世は思った。この世界を見て思った。世界には、愛にはいつか終わりが来ると、でも、それが起きるのに後悔などしてほしくない。してほしくない後悔をするために我はここで叩く。鉄槌を墜す。

 「我、鉄槌を墜すとき世界は偽りの世を迎える。迎え討て、二対の闇よ!」

 タヌキんど一世が目をつぶったまま宣言し、(くれない)に染まった(まなこ)を開きしとき、夢への誘ぎの扉は開く。

 二人は作者を置いたままどこかへと消えた。一瞬にしてその場からいなくなった。

 夢という闇の狭間に堕とされたのだ。二人の前には闇が(ひろが)っていた。


                              ▲


 二人は一瞬何が起きたのかわからず、呆然としていた。

 馬は主人の背中を叩くのをやめ、体勢を少し前かがみにしたまま首だけを右に傾ける。馬の眼の前には闇しか写っていない。

 馬は目の前の候景に呆気にとられ、身体(からだ)の動きを停止する。

 「これは夢だ。これは夢だ。これは夢だ。これは夢だ」

 驚愕の事実に耐えられなくなった馬の思考は顔を青くしたままの状態で一時停止し、これは夢だという言葉を脳に刻み続ける。でも、馬の(せかい)の候景はからわず、あいかわらず闇が投影されつづけるだけだった。

 いっぽう主人は、馬が笑顔を浮かべ、笑いながら叩くのを唐突にやめたことに違和感を覚え、頭を抱えた恰好のままゆっくりと身体(からだ)を起こし、顔をあげる。

 「馬が僕を見ていない?」

 目の前の相棒が主人の僕を見ていないことに違和感が増大し、額に冷や汗を浮かべながら相棒の見ている方向へ眼を向ける。

 するとそこには、何もない真っ暗闇の世界が氾っていた。

 馬を引く者は眼の前の候景を見て、一瞬何が起こったのかわからず、身体(からだ)の動きと思考を停止させる。

 二人の時が止まり、闇の世界だけがゆっくりと時を刻み続ける。もう二人の世界が歩みを始める時は二度とこないのだろうか。

 作者がそう感じた時、静寂を()()るように闇の世界に声が響く。

 「闇への申し子達よ。世界が終わったと思ったか?ふへへへ、大いに結構。我は闇の狭間に存在する(やみ)(かげ)。我を倒すことができれば教えてやろう。この世界から出る糸口を」

 その言葉が終わった時、二人の目の前に狸のような背恰好をした小さな黒い生物が現れた。

 そいつは全身が影に包まれたように黒っぽく、まるでその世界に存在するのを自分から避けているかのようにぼやけて投影されていた。

 闇影は瞳のない黒っぽい顔に笑顔を浮かべながら体勢を低くし、腰から小刀を抜く。

 小刀も影に包まれたように黒っぽく、ぼやけたように存在している。

 闇影はさらに体勢を低くし、左足と右足の間を縦に大きく開け、かまえた後、後ろ脚をたて、力を込め、一気に解き放つ。それは洗練された動きだった。足の運びは眼で追う事が難しく、動いていることしかわからない。

 でも、馬を引く者には目の前の光景が理解できた。やっと修行が始まったのだと。

 馬を引く者は相棒を守るように相棒の前に立ち、右肘を胸の所から上斜めに曲げ、首の隣に拳を持ってくるようにしてかまえる。拳には何も握っていないため、手持ちぶたさのように少し開いた状態で握られている。

 闇影は眼の前の人物の動きに快感を覚え、少し笑みを浮かべ、口の右端だけをつりあげながら少し開き、

 「へへっ」

 と呟き、腕を大きく左右に広げた状態で上半身をできるだけ前に倒し、体勢を低くする。

 右手には小刀を持ち、闇影がせまってくる。馬を引く者は眼の前の人物を迎え撃つために威嚇の念を込めた眼で持って目の前の人物を見つめる。

 拳には何も握られていないため、武器も何も持っていない。でも、僕には相棒を守るという強い使命がある。

 相棒は僕を支えてくれた。僕のこころのぽっかりと()いてしまった隙間に光りを灯してくれた。だから守る。何物にもかえがたい大切な宝物を守る。

 馬を引く者は腰を低くし、両足に力を込め、上へと跳びあがる。馬を引く者の行動を意図してなかったため、闇影の振り抜いた刃は空を切る。

 闇影は馬を引く者の姿を見失い、さっきまで目の前の敵なる人物のいた場所で立ったまま顔だけを左右に振り回し、周りを見回す。

 ふと闇影は頭に強烈な比重を感じ、すぐに体勢を立て直すために後方へと退(さが)る。

 馬を引く者は敵が思った通りの行動をせず、違和感を覚えるが、すぐに闇の地面にはまってしまった両足をばねの力を使って引っこ抜き、相棒の控える所までいざる。

 闇影はくらってしまったダメージを振り払うように頭を左右に素早く振り、目の前の人物を見つめる。

 闇影は眼の前の人物が思ったよりも素早いことに驚愕するが、それはまだ敵の力量を測れていないだけのことと思い、すぐに思考を立ち切り、かまえる。

 「今度は敵から一手が打ちこまれる番だ。敵は何をしてくる?思いを巡らせろ。敵の力を見極めるんだ」

 闇影は背筋を伸ばし、敵の瞳をみつめたまま目の前の人物の動きに眼を光らせる。

 馬を引く者は立ったまま目を閉じ、口だけを動かし、大きく深呼吸をする。

 「僕は強い。僕は強い。負けない。負けたくない」

 自分に言い聞かせるように脳に深く刻み込む。自分は負けないと。

 馬を引く者は閉じていた眼を大きく開き、決心したかのように前へと走り出す。

 「武器は何も持っていない。でも、僕はもう一人じゃない。一人じゃないんだ」

 馬を引く者はそう言い聞かせながら目の前の人物へと向かっていく。

 友を失わなわぬために自分が行動せねばならぬときが絶対来る。これからもそんな時は幾度となく巡ってくるだろう。でも、その時ごとに立ち止まってちゃ、前に進めない。いや、そんなことをしていたら相棒に顔向けできない。

 「あいつをまもらなきゃ。あいつを」

 「ドゴッ」

 馬を引く者は突然自分の腹を何かにけられ、後方へと飛ばされる。

 馬を引く者は飛ばされながらも誰がそうしたのか見定めるために目を開ける。

 そこには相棒の強くたくましい後ろ姿が映っていた。

 「あー僕はまた何もできないんだ」

 馬を引く者は弱い自分を隠すようにそう思い、何も見ないようにするために脳の思考を断ち切るかのように深く深く瞳を閉じるのだった。


                               ▲


 相棒は目の前の生物(じんぶつ)を睨みつける。瞳を(あか)(ぐろ)く染め、相手を威嚇する。身長を高く見せ、相手を威圧するために顔を横に向けたまま()(がん)する(相手を威圧する眼光を持って睨みつけること。)。

 時に精神は能力をも凌駕する。精神を強く(たも)てば、たとえ目の前の相手よりも自分が劣っていたとしても相手にそれを悟られずに強くみせることができる。世界は自分が思っているよりも広いんだ。自分より強いやつがいたってそれは当然のことだ。自分が劣っていることは知っている。自分が弱いことは知っている。でも、俺は、俺は、

 「主人を、主人を、守りたいんだーーーーー」

 馬は叫んだ。のどが張り裂けんばかりに叫んだ。

 口をめいいっぱい開き、両目を瞑り、目の前の敵に向かって叫ぶ。おまえを倒してやるという願いを込めて。

 馬は凛々しい身体(したい)を相手にみせつけるようにして敵の前に立ちふさがる。今まで驚いた自分をかばうために目の前に立ってくれていた人物を払いのけ、そやつを守るために。

 馬は瞳に怒りの精神を集中させ、相手を威圧する。瞳が思いに反応し、一際紅黒く染まる。

 今、紅に染まった威眼を持った彼は、主人を守るために闇に立ち向かう。闇影という名の闇を断罪するために。


                               ▲


 闇影と馬は間合いを保ち、睨み合う。二人の周りに観客はいず、闇だけがそれをみつめている。

 二人の間に静寂が流れる。でもそれは一瞬のことだった。 

 静寂を穿つように両者が走り出す。馬は主人の思いを頭に載せ、腹に狙いを定め頭突きを喰らわす。

 でも、闇影はその単調な動きに惑うことなく向かっていき、走りながら左にいざることで頭突きをよけ、頭突きの風圧を用い、自身の体を一回転させ、左拳を敵の首筋に叩きこむ。

 馬は痛みに顔をひきつらせ、涙をこぼし、闇の地面に爪で傷をつけながら後方へと飛ばされる。しかし、思いのほか勢いが載っていなかったのか、その攻撃は馬の身体(したい)を浮き上がらせることはなく、後方へと地面をひきずるようにしていざらせることしかしなかった。

 だが、闇影はそれを予想していたかのように体勢を低くし、敵の懐へすべりこみ、天へと突き挙げるようにして拳を腹に叩きこむ。

 腹は拳のあたった振動によって少し躰のほうへ向かって沈み込みながら馬の身体(したい)を空中へと浮き上がらせる。闇影の勢いに載った躰は留まることを知らず、空中へと浮き上がった馬の肢体を捕えるように動きに合わせ、爆転(ばくてん)をした後、横回転さながら腹の側面へと蹴りをお見舞いする。

 またもや敵の攻撃を受けた腹は躰の方へと向かって沈み込み、馬の身体(したい)を後方へと吹き飛ばす。

 闇影は足から軽やかに着地し、片足で立ったまま後方へと飛ばされる敵の(したい)を睨みつける。

 「弱い。弱すぎる。これが本当にあの黄色い閃光が選んだ勇者だとでもいうのか?本当に弱い。まだ我の思いすら技に込めていないというのに」

 闇影はその場にしゃがみ込み、体育座りをしながら考える。

 「狸と馬。馬の方の精神は強い。というか強すぎる。

 あのなにものにも負けない。負けるはずがないという不屈の精神。それをあやつは持っておる。でも、(からだ)がそれについていけておらん。どんなに精神が強くても、こう肢体が弱いと倒せる敵も倒せん。

 でも、狸の方は思ったよりも強かった。あれは逸材じゃ。最初からあんだけのことをできるやつはそうはおらん。でも、仲間に飛ばされた後はもどってはこんかった。あれでは自分は弱いと決めつけているようなもんではないか」

 闇影は闇の地面に目を向け、涙をこぼしながら拳を握りしめたまま地面へと向かって振りおろす。なんどもなんども。闇に染まってしまった手の甲が赤くはれ上がるまでなんどもなんども振りおろす。

 涙は時に精神をも壊すという。こころはもろく、弱い。闇影のこころはずっと闇に閉じ込められていたことで極度に弱っていた。

 そこへ突然二人の生物が頬り込まれた。一人は今戦い、倒した馬。もう一人は戦いの最中、仲間によって後方へと飛ばされた狸。

 でも、どちらも我のこころにぽっかりとあいてしまった穴を穿つことはなかった。また我は一人ぼっちなのか。永劫に続く闇の中に頬り込まれた我を光りへと導いてくれる英雄はもう現れないのか。我はずっとこの闇の空間に穿たれたままなのか。

 闇影は闇の中でしゃがみ込んだまま涙を流しつづける。孤独という名の永劫の闇に囚われた少女にはもう泣くことしか残されていなかったのだった。


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