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馬を引く者  作者: 江鋼太値
馬を引く者                     第二幕 勇気
23/43

1、崖の下

                     

 

 顔を真っ青にしながら、

 「あんなことはもうおきてはいかん」

 と思いながら必死の想いで崖まで駆けていきます。

 そこには馬と狸が笑いながらコントをかわす姿が広がっていました。

 「ううっ。っひっくっひっく、ゔっゔっ」

 涙を流しながら、崖から二人のいる天国へと向かってダイブします。


                              ▲


 崖の下の地面に座り込み、二人は、タヌキんど一世の言ったこと(修行)など忘れ、楽しくコントをかわしつづけていました。ふとそこに(二人の座る真ん中に)大きな物体が飛びこんできました。頭を下にした状態で。

 そして、そのまま二人に助けられることもなく、柔らかい地面に頭からめり込みました。

 「ゔううっ。うわぁ」

 と言いながら、両手で地面をおさえ、自身の頭を引っこ抜きます。

 「んっ?やらかい?んっ?なんでだ?」

 タヌキんど一世は思いながら、引っこ抜いた頭を素早く左右に振り振りし、頭についた土を振り落とします。

 ふと上を見上げます。そこには、ががやく満天の六陽の照りつける適正で、すずしい適温の澄み渡った青空が広がっていました。

 「あーーきもちいいぜ」

 照らされる六陽の陽光に眼を細めながらかっこよく呟きます。

 「いてっ?」

 唐突に彼の思考が断ち切られました。

 「んっ?敵か」

 と彼は思い、みがまえます。

 それとも、

 「いてっ」

 また叩かれた。これはなんなんだ?これが俗にいうもぐらたたきというやつか?自身が自ら土竜(もぐら)になり、自身の頭を客観的に見下ろし、眼下に広がる無数の自身の頭なる幻を叩く。そうそれが俗にいうもぐらたたき。

 「うんっ。これこそがもぐらたたきだ」

 「ってちがーう」

 と作者は言いながら、タヌキんど一世の頭を出現させたハリセンで叩きます。

 「ぱちっ」

 小気味いい音が周りに広がる空気を振動させ、響きわたります。

 「いってぇ?」

 とタヌキんど一世は呟き、頭を両手で体に隠すように胸の位置で抱えながらしゃがみこみ、

 「なぜ敵がみえぬ?」

 と見えない傍観者となってすぐに蚊帳の外に隠れてしまう敵なる生物を探ります。

 「いてっ」

 今度は二回ぱちっという小気味いい音に頭を叩かれます。

 「んっ?今度は二回?しかも一瞬頭を上げた先に残像が見えたような?あれはハリセン?ということは」

 とタヌキんど一世が思うと、今までどうあがいても見えなかった敵なる生物(じんぶつ)の姿が見えてきました。

 それは我よりも少し背が低い。高さでいったら、160㎝ぐらいか。全身をふさふさの茶色い毛でおおわれたかわいらしい顔をした我と同じ狸?

 「狸といえば?先日わしの家を訪ねてきた?って表現がおかしかったか。先日わしが家に助けこんだ馬を引く者?それとも?」

 と思ったら、もう一体いるはずの敵のことなど忘れ、眼の前にいる狸にだきつき、顔をすりつけ、

 「あーふさふさできもちいー。んっ?なんか芳しい香りもするし、このまま寝てしまおうかなー」

 と思いながら、気持ち良さそうな寝息をたてながら、馬を引く者に抱きついたまま眠りに落ちます。

 「って、きもちわるい。くっつくな。僕に抱きついていいのは僕の最愛にして最上の馬だけだ」

 と眼下で静かに寝息をたてながら眠りこけるタヌキんど一世のかわいらしい寝顔を見ながら、威勢のいい声で罵声を浴びせます。

 「ぱちん」

 と鼻の先からでる小さな泡のはじける音が空気を振動させ、周りに広がります。

 「ここはどこだ?」

 「やっと起きたか。タヌキんど一世。覚悟はできているんだろーなー」

 「んっなんか不気味な震えた声に反応し、我の身体(したい)が瞬時に殺気を感じとり、かってに背後にいざったぞ」

 と思ったら、

 「無情にも背後も壁だったぞ。こりゃどうしたらいいんじゃ。

 んっ壁がやわらかいぞ。しかもなんか生物の生きた躰を触っているようなこのきもちのいい感触。とけこまれてしまいそうじゃ」

 と思い、眼が願望に負け、ゆっくりと閉じてゆく。そして、自身の眼が完全に閉じ、身体が眠りという安息の地に堕ちようとする。

 「んっいかんいかん。今は敵の最中(さなか)。寝ては殺される。わしも死にたくはない。この弟子にもらった命。少しのことで失くしてなるものかー」

 と少しのことで失くしてなるものかーのところだけ声を荒げて宣言し、空中へと歩を進めます。

 「いくらあの馬とて空中浮遊の技などまだ体得(たいとく)できてはおらんじゃろ」

 んっ?空中浮遊?作者はその空中浮遊という言葉に反応し、解説を求めるように頭上にハテナを浮かべます。

 「空中浮遊とはの~。自分の意識の中にもう一人の姿形(すがたかたち)が同じ人物を思い浮かべ、そのもう一人の自分自身に自分の中にある人格を形成しうる意識を分け与え、そこにあたかも自分がいるようにみせかける。

 そして、今の自分を相手(戦っている敵なる生物)の意識に侵入させ、相手の意識からその意識(自分がそこにいるという意識)だけを消し、その消している間に自分の体の意識をすべてもう一人の自分(仮初の存在)に移すのである。しかし、それだけではこの空中浮遊は完成せんのだよ」

 それはどういうことだ?なぜ完成しないんだ?作者の頭の中にはその疑問が浮かびあがるが、なぜか言葉にすることができない。聞くのが怖いのか?それとも聞くのを自分自身が怖がっているのか?作者は空中浮遊したまま一時停止し、思考回路の狭間に突入しているため、眼を閉じたまま空中に停止しているかの状態で空中にとどまっているタヌキんど一世の眼の前に立ったまま考えるように顎の下に左手を握った恰好で添えるように存在しているのだった。

 タヌキんど一世は、眼を開き、そっと移動し、自然に語りかけるような感じを表す澄みきったエメラルドグリーンの眼をしたままそっと甘い言葉を用い、作者の耳元に口を添えたまま語りかける。

 「意識とは、思考じゃ。思考とは、意識。相手に抱いている感情、その全てを表しておる。

 しかし、それを表に出すことができるかは自分自身が考えることじゃ。自分を好きで、自分のことを全てわかっていて、自分自身を第三者として間接的に考えることができ、初めて自分の姿と性格を投影することができる。

 そこまで自分自身のことを知っている生物というのはほとんどこの世に存在せんといっても過言ではないのじゃよ。自分の胸に手を密着()てたままよーく考えてみるがよい。自分という存在についてな」

 作者は考える。自分の手の平を胸に密着てたまま目を瞑り、深く深く鑑みる。

 作者は一つの結論にぶち当たった。自分はこの世界のどこに存在しているのかという事実に。しかし、作者自身はそれでもいいと思った。傍観者として彼らに見守ることでしか語りかけられない存在だとしても。彼らに語りかけたい。そう思ったのだ。

 「そういうことじゃ。ようは自分自身を投影できる仕組みを知っているかということが肝心なのじゃ。

 それを知っておれば、意識投影という名の全ての技などもう体得したも当然なのじゃよ。まー現実はそううまくはいかんがのー。

 わーはっはははは」

 タヌキんど一世は、空中の一点にとどまったまま大きく口をあけ、(わら)う。世界を嘲笑うかのように。

 作者はそれを赤い(まなこ)を用い、憎悪の対象とする。右手に力を込め、握りしめる。作者は眼の前に浮かぶ黄色い狸の顔を力いっぱい殴った。全身全霊を持って。

 タヌキんど一世は、殴られ、右頬が赤くはれあがる。はれあがった頬に右手の手の平をあてる。顔がジンジンする。

 それを見て作者は確信した。正気に戻ったのだと。

 「あー、わりぃわりぃ。ちょっと錯乱してしもうた。もう大丈夫じゃ。もう一発はいらんぞ。では、話しのつづきといこうかのー。」

 タヌキんど一世は、どこまで話したか考えるためにいつもの考えるときに行う顎の下にないはずの髭をなでるような仕草をしたまま話し始めます。

 「空中浮遊のことじゃったな。さっきのつづきじゃが。それはまた今度にする。作者に話しても無駄じゃからのー。もうわしには弟子も二人できたことじゃし、そやつらに教えるとしよう。そやつらが空中浮遊に見合うだけの能力を体得したあかつきに」

 作者は開いた口がふさがりません。しかし、そんな作者の意識など露しらず、ほっといたままゆっくりとタヌキんど一世は降下を始めるのでした。もう錯乱は止まったのです。階下にいる存在が何かは考えるまでもなかったのでした。そうそれは、もう望んでも手に入らないと思っていたもの。しかし、いつかは彼らのために送り出してやらねばならぬ存在。弟子達なのだと。


                               ▲


 馬を引く者は、隣にいる馬と一緒に放心状態で顔を見合わせていました。世界には地球の概念という枠を超えた超常現象が存在すると。

 彼らもそれはわかっていました。しかし、それだけではないなにかが二人の目をそこに向けました。上空にいる何かに。

 上空には黄色い物体が浮かんでいます。先程その物体は自分達の眼の前にいました。しかし、自分達がそやつに近づこうとすると、そやつは、自分達を拒絶するかのように離れ、宙へと登っていってしまいました。でも、なにもせずにまた我らの元へと帰ってきました。

 それは、黄色い狸でした。

 「き・い・ろ・い・た・ぬ・き・・・・?」

 きいろいたぬききいろいたぬききいろいたぬき?きいろいたぬききいろいたぬき・・・・?さっぱり思い出せん。 

 馬を引く者は立ったまま腕を組み、首を傾げた状態で一心に思いだそうと奮闘していますが、どうがんばっても思い出せません。なんででしょう?馬を引く者は首を傾げるばかりです。

 二人の眼の前に黄色い狸が降臨しました。馬はなぜか地面にお尻を付けた状態で座り、前足で拍手しています。でも、人間ではないし、普段は四本足で生活している生物なので、ちゃんと拍手の音を奏でていません。でも、その感嘆しているんだなという感じは伝わってきます。ほんとっ、器用ですね、この馬。本当に馬?なんでしょうか?作者も疑問になってきました。でも、見る限り馬ですし、外見だけ?なのかな?でも、考えても埒があかないので、とりあえず置いときます。

 馬の眼はとても珍しいものでもみたかのようにきらきらとまばゆいばかりに輝いています。

 それは子供のころに感じたあのなんともいえない感じ。でも、馬にはそれを表現することができません。なぜなら、馬の子供のときの思い出といったら悲しいことばかりだったからです。でも、今は違います。それは隣にいる彼に出会ったからです。だから、馬にはその候景がわかります。これが幸せなのだと。

 今三人が抱き合いました。

 彼らの目には幸せが浮かんでいます。しかし、馬を引く者だけがなぜかぽかーんとしています。なぜ僕は見知らぬ生物と抱き合っているんだろう。隣には相棒の馬、眼の前には黄色い狸。今は顔が見えないからどんな顔をしているのか知らないけど、あちらから抱きついてきたので、きっと幸せな顔でも浮かべているのだろう。でも、なんで思いだせないんだろう?よし、隣にいる馬にでも聞いてみよう。

 そして、窮屈ながらも抱きつかれたまま馬の方に顔をゆっくりと向け、こう問いかけたのでした。

 「こやつは誰だ?」

 と、それを聴き、馬は一瞬固まりましたが、すぐに素早く左右に自身の頭を振り、こころを落ち着かせると、

 「タヌキんど一世」

 と小さく呟きました。

 タヌキんど一世?タヌキんど一世タヌキんど一世たぬきたぬきたぬき、黄色い狸。たるに入った黄色い狸?

 「おーい最後だけなんかおかしいぞー」

 と問いかけますが、そんな声など全然耳に入っていないかのように頭をかかえています。

 黄色い狸はタヌキんど一世。タヌキんど一世といえば、くそなまいきな神がかってに会えとばかりに申しこんできた人物。人物?人物人物・・・あーーー思いだしたーーーー。

 二人はその耳をはりさかんばかりの大声に驚き、とっさに耳を手でふさごうとしましたが、二人の腕を動かすタイミングが同じだったため、うまくいかず、馬の腰の位置でおしもんとうしています。もう耳が耐えられません。鼓膜がやぶれそうです。だから、馬は思いました。鼓膜を。鼓膜を作り出そう。頭の中で。いつかいってくれた。タヌキんど一世が教えてくれた。思い浮かべる物が鮮明であれば、それは必ず眼の前に出現すると。

 今度も絶対失敗しない。自分の耳を思い出せ。耳の中にある小さな薄い膜を思いだせ。そして、思い描くのだ。それがちゃんと耳の鼓膜の位置に存在しているということを。

 馬は思いました。主人が叫んでいる(あいだ)一心(いっしん)に思いつづけました。その思いは届いたようです。一度やぶれた鼓膜が自身の耳の中で再生されていきます。それは地球の概念では考えられないほどのスピードです。鼓膜が再生されるのは誰でも知っていますが、それはもう考えられうる限り、どんなスピードをも超えています。作者も驚きで、開いた口がふさがりません。

 馬の鼓膜が形成し終わりました。再生完了です。人智を超えました。馬は一息つくかのように、

 「ふぅ~~っ」

 と大きく息を吐きました。そして、額の冷や汗を右足で器用に拭い、あぶなかったぜーと思いました。

 で、眼の前の人物はどうなったかなー?でも、これを教えてくれた人物だし、大丈夫だろ。とポジティブに思っていました。で、目を開けた先に待っていたもの、それは、両耳の横に黒と白の渦巻き模様の描かれた大きな貝が浮かんでいるとっても不思議な映像だったのです。

 馬はあんぐりと大きく口を開けています。そして、今度は耐えられず、その圧倒的な候景に気を失ってしまいます。


                               ▲


 「んっ?相棒が倒れてる?」

 馬を引く者の目の前には、土のついた岩に横たわった馬がいました。

 馬を引く者には、何が起こったのかわからず、唖然としています。でも、頭を巡らせ、深く考えると、それがなぜなのかわかるような気がします。

 「私の叫びの性か?」

 馬を引く者は動揺しているのでしょうか?いつもは僕と自分のことは言っているのに、今この瞬間だけは私と言っています。

 馬を引く者にとってはよほどのことなのでしょう。額から冷や汗が流れ、それが口の中に入り、少ししょっぱいなと感じる程汗をぬぐう程の暇もないのですから。

 馬を引く者は、片膝をつき、馬の傍らにしゃがみこみました。首のところを強く押し、脈をしらべます。

 「へぇ」

 馬を引く者は安堵の表情を浮かべ、小さく息を吐きます。

 どうやら気を失っているだけのようです。少し考えすぎたみたいです。

 片膝をついているほうの足の膝に手を置き、立ち上がります。そのとき眼の前に一瞬何かが見えたような気がし、不快感を覚え、眼の前の光景に眼を凝らします。すると、それがなんなのか見えてきて、馬を引く者もその候景に脳の思考が耐えられなかったのか、その場に倒れ、気を失ってしまいます。

 その光景を眼の前で見ていた当の本人は、なんて気の弱いやつらなんじゃと思い、額に片手を添え、頭を抱えます。

 そして、自身の両耳の横の空中に出現させ、音の遮断壁としていた物体(大きな貝)の存在を思考を切ることで消し、膝をつき、二人の身体を自身の腕で一人ずつ担ぐように持ち、ゆっくりと空中浮遊を始めます。




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