第八十五頁
今回は、前半がかなり説明回になってしまいました。
読みづらくて申し訳ないです。
その昔、世界にはマジンが現れた。マジンは魔物を作りだし、世界を恐怖に陥れる。そんなマジンは、昔話に出てくる少年そのものだった。
少年はこの世界にはない黒髪を持った人間。
そう、異世界から来た少年だったのだ。
まだ世界には異世界への移動方法も無ければ、異世界からの召喚方法もなかった。
しかし、少年は来てしまったのだ。そしてマジンとなり世界の敵になってしまった。
マジンは少年と言えど、魔物を生み出す世界の脅威。
世界の人々は倒すことを考えた。
だが、強大な力を持つマジンと魔物への対抗手段が見つからない。世界はマジン一人に追い込まれる一方だった。
そんな時、魔物の特性やストーンの力に気が付いた種族がいた。それが後のルクリエイトを作った銀髪の種族だった。
銀髪の種族たちはなんとかその身だけで初めて魔物を倒し、ストーンを手に入れる。そのストーンを持ち寄り、他の種族にそれを使う手立てを問うのだった。
しかし、そんなことを急に問われても何も考えは浮かばない。そんな時に、人々に助けを出したのが七護だった。
世界の神と崇められる彼らの声を、世界の人々は素直に聞き入れた。
その時にもたらされたのがルーン文字だった。
共通の文字を得た人々はより協力していくことになる。ストーンに文字を刻み込み、魔力を人間が扱えるように中和することに成功したのだ。
始めは一つだったルーンを、意味を持たせ別の物を考え出した種族がいる。その種族が、藍色の髪をした種族だった。
その種族は現存する全てのルーンを考えだし、性質や用途によって使い分けた。また、そのストーンをより使いやすく加工したのが金色の髪をした種族。まだストーンを使い魔物を討伐出来なかった頃に、その並はずれた身体能力で狩っていたのは赤髪の種族だった。
それぞれが役割を分担し、打倒マジンに向けて奮闘していた。
ただ、そんな中で役に立てない種族がいた。
茶髪種の人々だ。
彼らには突出した知恵も無ければ、優れた身体能力も技能もなかった。ストーンを加工し、後の《バトルアクセ》となったものを使いこなす能力さえなかった。
だが、他の種族はそれでも彼らを見捨てることはなかった。
世界全体が危機にさらされている中、危険な役割を誰かに押し付け、身内で争うなどしたくはなかったのだ。
他の種族は、茶髪種の人間たちを積極的に守った。弱者を救えずして、どうして世界が救えようか、と。
現代で茶髪種が最も多いのは、そうして戦いに参加することが無かったからなのだ。
敵の魔力を自分たちの物へとすることが出来た種族たちは、その力で魔物を倒して行った。魔物を倒し、そこで得たストーンを使いまた力を得る。
そうして、魔物に対抗するどころか戦況は優勢になっていった。
しかしそんな時、ストーンを使う人間側に異変が起きた。身体に不調をきたし荒く攻撃的になる者、必要以上に臆病になって動くことすらできない者が現れ始めたのだ。そして最後には魔物へと化す。その者たちの共通点は、ストーンを使って戦っていたということ。
そこで初めて人間たちは、どんなにストーンを扱えてもそれは人間の手に余るものだと知った。
魔物になる人間が続出するなか、マジン討伐への希望も潰えていく。
そんな中で、ある種族たちが一つの提案をした。
マジンの狙う物はこの世界だけではない。ならば、まずはこの世界を閉鎖しよう、と。
その提案をした種族とは、陰陽の二つの種族だった。
これらの種族は、他の種族と比べ強大な守護の下にいる人間たちだった。それだけの力を持った者たちが言うのなら、と種族の力を結集し、空に境虹を形成して世界を隔絶したのだ。
しかし、それだけではマジンを倒すことは出来ない。
マジンを倒すことが出来なければ世界は滅亡してしまう。もちろん、その世界に住む人々がそれを望むはずはなかった。
ならば、と陰陽以外の種族たちも提案をする。
世界は隔絶し、マジンの侵攻は自分たちの世界だけにとどまった。しかし、それでマジンが倒せないのなら、一方通行の通路を創ってマジンと同じ世界の人間を連れて来ればいいじゃないか、と。
マジンがあれだけの力を持っているのならば、同じ世界の人間を呼んで戦ってもらえばいいのだという結論に至ったのだ。
そうして出来上がったのが、大規模な召喚施設。
魔力を使う時に必要なのは念じる力。念じるということは願うということ。こうなりたい、こうしたいというのを間接的に応用して武器とする。
今まではそれだけだった。
だが、人間たちはその魔力を結集して召喚の神殿を創造。七護への信仰の力、つまりより強力な念じる力を使用することで、異世界までも通じる強力な召喚魔法を使う事に成功したのだ。
だが、所詮はその程度だった。
殆どの異世界人は何の役にも立たず、魔物に殺されていくだけの運命。
時折、世界にはない技術や情報をもたらしてくれる者もいたが、結局マジンの討伐には至らなかった。
そして、強力な召喚魔法に耐えきれなくなった施設が、ある日突然に崩壊。
一人の人間を呼びだして壊れてしまったのだ。
その時に呼び出されたというのがハンスという人間。
彼は、恐らくこの世界に来た最後の異世界人ということで、マジンを倒す為にしてほしい事を全て告げられた。
それは、生ある人間にとって残酷なこと。勝手に呼び出されて呑めるような要求ではなかった。
ハンスはそれを断りもしなかったが、受け入れることもしなかった。
だが、元の世界に変えることの出来ない以上、ハンスはこの世界を救うべく尽力する。建築の基礎を伝え、火や電気のより高度な技術も出来る限り伝えていった。
そして最終的には、神殿を建築することになる。
これまでの召喚の神殿は、魔力だけで作りだされた物であったため、魔力が切れるか維持出来なくなってしまった途端に崩壊してしまう。しかし、ハンスのもたらした建築技術により、ストーンを加工して作りだされた神殿は、これまでのように魔力で作られたものではなく、魔力を使う物。物理的な要因でもない限り、二度と崩壊しないのだった。
その神殿の名はラスロ神殿。
だが所詮、ハンスもその他種族の者たちも、完全にストーンや魔物の事を理解しているわけではなかった。
どういうわけか、召喚することが出来なかったのだ。
異世界に通じてはいるのに、なぜか呼び出すことが出来ない。
神殿は完全な失敗作だったのだ。
落胆する種族たち。そしてハンス。
だが、ハンスは諦めていなかった。
再び神殿を別の場所へ造るべく、旅立ったのだった。
数々のルーンを作りだした藍色髪の種族と共に――。
◇◇◇
「はあ…………」
語るのに疲れたのか、神官のお爺さんは一息ついた。
だが、こんな話をされてはいてもたってもいられない。
俺は構わず質問をぶつける。
「旅だったハンスが別の場所で造った神殿というのは、ピスカの事ですよね!?」
「ハンスがここへ戻って来たという記述はない。名は儂にも分からぬが、そういった物があるのならば恐らくそうなのじゃろう」
「じゃあ……」
間違いない。
俺はピスカ遺跡――過去的にはピスカ神殿か――で召喚されたんだ。あの場所が、ハンスが造ったという神殿なのだろう。
「その時にハンスと旅をし、神殿を造り上げた種族たちが貴女の種族であるブルーの方々ですな」
「私の……」
しかし、メグルはまだ納得がいかないようだ。
「旅立たなかった種族の方々はどうなってしまったんです……?」
「一説によると、ラスロ神殿が失敗した後、様々な種族たちは方々へと散ったそうじゃ。何でも、それぞれが散り、遠く離れた地ながらも交流することで世界全体を守ろうとしたらしい。そこで、失敗作とはいえ強力な魔力を蓄えたラスロ神殿を任されたのが、旅立たなかったブルーの民じゃ。何せ、ルーンを創りだし、その扱いに長けている種族じゃからの」
「でも、シーワンドの方々の髪は藍色ではありません」
確かに、神官のお爺さんは色素が抜けて髭は白、髪は抜けきってなくなってしまっている。だが、ルーシーやそのママさんパパさん、それ以外の街中で見かけた人々は皆、紫がかった青、青紫色をしていた。
「それは長き時を経て、シーワンドの民が環境に適応したからじゃ。元々、ラスロ神殿はこのように海の底になど沈んではいなかった。じゃが、異世界から召喚できる施設ではないとはいえ、異世界には通じておるラスロ神殿じゃ。空を境虹で覆ったとしても、マジンが神殿を悪用し異世界へまでにも影響を及ぼしかねなかったのじゃよ」
「だから、七護とストーンの魔力を使って海の底に沈めたってことですか」
「そうじゃ。それから長い年月、元は藍色の髪をしていた民は、日の光を浴びる事が殆どなくなった。そのせいで、日の光に弱い体質になってしまったのじゃよ。そのための、光から守る青紫色の髪というわけじゃ。ほれ、儂らは髪だけじゃなく、皮膚にもうっすらと青紫色の膜が張っているのじゃよ」
メグルと一緒に神官のお爺さんの腕に目を近づけてみると、確かにキラキラとした本当に薄い膜の様になっていた。
「……じゃあ私は」
話を聞いて何を思ったのか、メグルは俯いていた。
「メグル? そんなに落ち込むことでもないと思うけど」
「落ち込んでなんかいません……。落ち込んでなんかいませんよ……。だって、こんなに嬉しいんですから!」
ぱっ、と顔を上げ、メグルが声を張り上げた。
「スグルさん! 私、ルーシーちゃんとお友達どころか、家族ってことですよね!」
「まあ、先祖的にはそうなるんだろうな……」
「それって凄くないです!?」
「ああ、凄いとは思うけど、興奮しすぎ……」
「ほっほ。元気なようで何よりじゃな。メグルさんと言いましたかな? あなたはこのラスロ神殿を御造りになった祖先をお持ちなのじゃ。異世界からの守護神と共に旅をし、ここへ来たのは何かの縁。いや、運命とも言えましょう。この先、マジンを倒すその時まで、守護神のことを頼みましたぞ」
守護神なのに守られるのか。
おかしな話だ。
「いえ、神官さん。俺はメグルに守られる男じゃありません。この世界を守るために召喚されたというなら、この世界に生きるメグルのことだって守らなければならないはずです。理由はそれだけではありませんが、俺は守るべき存在。守られてるわけにはいかないんです」
「頼もしいですな。こんなことを言うのは誠に失礼なのじゃが、これまでに召喚されてきた異世界人にそれほどの勇士はおらんのですじゃ。いるとすれば、それはやはり世界を旅し、新たな召喚の扉を開いたハンスですかな」
「勇士だなんて……。俺はただ、この世界に恩返しがしたいだけです」
「恩返しですか……。召喚でこの世界に呼ばれる人々は皆……いやいや、これはよしておきましょうな」
なんだろう。
気になるが、俺にはそれ以上に聞きたいことがあった。
「ハンスがこの世界に呼び出されて要求されたこととは何なのですか?」
先ほどの話で、もしかしたら異世界から人間を召喚するのはハンスで最後になるかもしれない。そうなってしまえば、マジンを倒すのはハンスに全てが委ねられる。それをただ「マジンを倒す」と表現せずに、「マジンを倒す為にして欲しい事全て」と表現したのはなぜなのだろう、と気になったからだ。
問いに対し、神官のお爺さんは口を噤んでしまった。
「うむ……」
「言えないってことは、七護が俺に言えない事というのもそこに含まれてるんですね?」
「そうじゃの……。そうとだけは言える。しかし、その内容に関しては……」
「大丈夫です。俺も無理に聞き出そうだなんて思ってませんから」
「そうかの……。あなた様を勝手に呼び出した事については申し訳ないと思っておる。じゃが、その上で言わせてもらおう」
神官のお爺さんは、これから異世界に召喚したことを謝罪するのかと思った。俺は、この世界に救われたと思っているから、すぐにそれを断ろうと考えていた。謝罪なんて必要ない、と。
だが、お爺さんの口から出た言葉は想像と違っていた。
「……この先、必ずや今まで以上に辛い出来事が待っているはずじゃ。それでも……それでも、あなた様にはマジンを倒すという偉業を成し遂げて欲しいのじゃ。この世界の為に……。頼む……」
「…………」
このお爺さんは、神官だからこそ知っている何かがあるのだろう。
その物言いは、俺の返答を遅らせた。
ただマジンを倒してほしいという頼みなら、俺はすぐに頷いただろう。しかし、この先待っているという今まで以上に辛い事。それが心に引っかかって仕方がなかった。
一体、未来で俺に何が待ち構えているというのだろう。
それほど、挫折したくなるようなことが俺の身に降りかかるのか。
ハンスは、その要求を呑まなかったようだが、俺はいつの間にか承諾したことになっている。
マジンを倒す事、それはただ倒すということじゃないのか?
これまでのように、魔物を斬って射るだけじゃないのか?
深々と頭を下げるお爺さんは、神官の威厳というよりも、神にでもすがるかのような弱々しいただの老人だった。
そんなお爺さんの態度を見て、メグルが心配そうに俺の名を呼んだ。
「……スグルさん」
「…………」
俺は、お爺さんのしわくちゃな手を握るしかなかった。
「……任せてください!」
「ああ! さすがは守護神さまじゃ!」
何の御利益もないというのに、お爺さんは俺の手を擦っていた。
魔力を行使すれば、たちまち魔物化しそうな俺の右手を有り難そうに。




