第八十三頁
「で!? なんっでついてくんのよ!」
「いやあ……。だってさ、宿の場所とか分からないし……。なあ?」
「はいっ。ですので、ルーシーちゃんのお家に泊めてもらおうと思いまして!」
あっさりと本題に入ってくれた。
変なところで厚かましいメグルがいると助かる。
「どーして家に! 泊めなきゃ! なんないのよぉ!」
ルーシーは地団太を踏んで怒っている。
「そんなに怒ることないじゃないか~」
「あんた、止めてもらう立場よね!?」
「そうですよ~。お友達なんですから」
「だから、その友達の使い方止めた方がいいわよ……?」
まさか、こんなに嫌がるとは思わなかった。
今までは色んな人に親切にされてきたから、それに慣れてしまっていたのだろうか。
しかし、宿の場所が分からない以上、道端で寝るわけにもいかないし、海岸に戻って寒い中テントを張るのも嫌だ。
ここは何としてでも……ごねる!
「頼むよぉ~。俺たち旅人なんだよ。いつもかつかつで生活してるんだよー。食べ物も碌に食べてないし、女の子のメグルにそんな生活ばっかりさせてるなんてかわいそうだと思うだろ? なー」
「うっさいわね! だったら宿に行きなさいよ、宿に。面倒くさいけど、案内してあげるからっ」
「いやいや、言ったろ? 俺たち旅人。金ない。宿、泊まれない。死んじゃう」
「不器用な異人を演じないでくれる? 可哀相とも何とも思わないから」
「そんなぁー! ルーシーには人の心ってものが無いのかよぅ!?」
「あー、うっさい! うっさい!」
すると、そこへ一人の女性がやって来た。
「ルーシー?」
「わ、ママ……!」
「ママ?」
ルーシーと同じく青紫色の髪をした女性。水のように透明感のある肌をしたその人を、ルーシーはママと呼んだ。
買い物帰りなのだろうか、手に提げた木の籠からは魚の尾が覗いている。
「ルーシー、道端で大声なんてあげてどうしたのよ」
「ママ! これは違うの! この変態が――」
「あなたがルーシーのママさんですか! これはこれはお綺麗な方で! 実は、先ほどルーシーさんにシーワンドまで案内してもらいましてね? それで、今晩の宿まで案内してくれるって言うんです。でも、僕らお金がありませんでして……」
「あらぁ。それはお可哀想に……。こんな海の中まではるばるいらっしゃったのに大変でしたわね。よかったら家へ宿泊してはどうかしら?」
「お母さんっ!」
「いやいや、ママさん。お言葉は嬉しいのですが、娘さんが嫌がるのならば僕らは泊まることは遠慮しなくてはなりません……」
「スグルさん?」
メグルは、話が違うぞ、という顔をしてる。
「……いや、これでいいんだぞ」
「ルーシー、どうして嫌なの こんなに良い人そうなのに。今晩のお食事も賑やかになっていいじゃない。お父さんだって反対しないわよ?」
「だって……!」
「二人ともルーシーのお友達なんでしょう? 女の子の方はルーシーの部屋で一緒に眠ればいいんじゃないの?」
「だから! それが駄目だって言ってんの!」
どうやら、ルーシーは俺たちが家に行くのが嫌というよりも、自分の部屋に来られるのが嫌な様だ。
思春期なんだな。
その気持ちは俺も分からなく無いし、踏みにじる気もない。
「ルーシー、俺は部屋に勝手には言ったりしないぞ? メグルは頼むよ? な?」
「じゃあ、あんたは家に泊まらないの……」
「いや、そういうわけでもないんだけどな……?」
「あっ、ママ分かっちゃったわ。ルーシー、あれが見られるのが嫌なのね」
「そ、そうよ! 悪い!?」
「ルーシーちゃん、お母さんにそんな風に言っちゃ駄目ですよぉ」
「だってぇ!」
「なあ、あれって何だ?」
「あら、大したことじゃないのよ? それはね……」
「ママ! やめてよぉ! もう泊まってもいいからさぁ!」
「らしいわ。あなたたち、よかったわね」
「「はい! ありがとうございます!」」
「もお~……」
ルーシーママが通りかかったのは然程偶然でもなく、家が近いからだった。泊まることに決まってすぐ、俺たちは家へ案内された。
海の外で日が沈んだからか、海中はどんどんと光を失い、あっという間に真っ暗になっていく。だが、何もかも見えなくなる前に、シーワンドの至るところに生きているサンゴたちが、薄暗い緑や青に発光しだした。そのお蔭で、夜に外を出歩くことも出来るのだそうだ。
その何とも幻想的な光景をルーシー宅の窓から眺めていると、ルーシーママが話しかけてくる。
「どこから来たのかしら?」
何度問われたか分からないその問い、俺の体は反射的に肩が上がった。
「え、ええと……。どこから来たかですか?」
「ええ、あの女の子、メグルちゃんって言ったかしら? 私たちに髪色が似てるじゃない?」
なんだ、メグルの事だったのか。
メグルは今、ルーシーの部屋に二人でいる。
「そういえばそうですね。どっちも青っぽい感じで」
「だから、どこから来たのか気になっちゃってねぇ」
別に、言っても構わないだろう。
「プレイン村というところですよ」
「プレイン村って、あの西南の方にある?」
西南の方なのだろうか?
俺たちは東に進み、そして北に進んだのだろうからそうなのかもしれないな。
そんなことよりも――。
「ママさん、プレイン村を知ってるんですか?」
「知ってるなんて程でもないわ。本当に存在してるなんて驚いてるぐらいだもの」
「どういうことです?」
「シーワンドの歴史にあるのよ。その昔、シーワンドの民が海の底に沈む前、遠くの地方に移り住んだ人々がいるって。青い髪だからもしかしたらって思ったの」
「そうなんですか。その昔話、もっとよく聞かせてくれませんか」
「あら、ごめんなさい。私、そういうことにはあまり詳しくないのよ。ただ、昔に離れ離れになった種族の子孫が会いに来てくれた、なんて考えたら嬉しくなっちゃって」
確かに、その昔話がいつの時代のものかは知れない。だが、先祖の代で生き別れた者たちが再会したとなれば、嬉しく思う気持ちも分からなくはない。
海の底に沈む前……。
シーワンドは、その昔から水の国ではなかったのだろうか。
だとすればどうして沈むなんてことになり、また、そこで暮らす人々はそのままここに暮らしているのだろう。
「歴史に興味があるのなら、明日行く遺跡の神官さんに聞くといいわ。あのお爺さんは何でも知ってるのよね~」
あの巨大な建造物は遺跡だったのか。
「あれ、どうしてママさんが遺跡に行くって……」
「知ってるのか、ってことかしら」
「は、はい」
「ルーシーが教えてくれるのよ。ああ見えて、あの子まだまだ子供なのよ。何かあると全部私に教えてくれるんだから」
「そうなんですか」
「パパがなかなか帰って来ないのもあるのかしらねぇ。あ、今日も帰って来れないみたいだから、遠慮せずにご飯食べていってちょうだいね。いつもパパの分作っても、帰って来ないと余っちゃうのよ」
「はい、ごちそうになります」
「さ~て、頑張らなくちゃねー」
ママさんは台所へと行ってしまった。
すると、ちょうどよく二人が部屋から戻ってきた。
「ほら! メグルすぐに出て! スグルに見られちゃうからっ」
「駄目なんです?」
「駄目ったら駄目なのよ! メグルも言っちゃ駄目だからね!」
「ルーシーちゃんダメダメばっかりです」
「当り前じゃない。あんなの恥ずかしいし、どうせ笑うから……」
「そんなことありませんよ~。ね、スグルさん?」
「何がだ?」
「これですよ、これ」
メグルが見せてきたのは、何やら手書きで描かれた絵が本になっているものだった。
「こりゃあなんだ?」
よく見れば、文字も書かれている。
「なになに……。あるところにルーシーという女の子がいました。ルーシーはお魚が大好きです。お父さんとお母さんも大好きで――」
「あびゃあああ! ばばばば、馬鹿っ! 何読んでんのよお! メグルもどうして持ってきたわけ!?」
読んでいる途中でルーシーにひったくられてしまった。
どうやら、物は絵本の様なものだったが。
「言っちゃ駄目って言われたから見てもらいました」
メグルはちっとも悪びれていない。
だが、俺にはしっかりとルーシーの恥ずかしさの原因が分かったぞ。
「ルーシー、うるさいわよ」
「だって! だってぇ!」
「今のはルーシーが描いたのか?」
「そ、そうよ! どうせ笑うんでしょ!」
ルーシーは固く絵本を抱きしめたまま頭を振っている。
「それ、日記とかじゃなくて物語だよな」
「そうよ……。どうせ笑うんでしょ……」
「笑わないって。な、メグル?」
「は、はい。私は、ルーシーちゃんがすごく面白いものを書いてると思ったからスグルさんに見せたんです……。あの……勝手なことしちゃってごめんなさいです……」
「そう、なの……?」
絵本を大事そうに抱えたルーシーは、少しだけ涙ぐんだ目を上げた。
「これを見られるのが嫌だから、俺たちを家に上げたくなかったんだろ?」
「そうなのよ~」
「ママは黙っててよぉ!」
「あら~」
台所から顔だけ覗いていたおちゃめなママさんは引っ込んでいった。
「ルーシー、俺の世界ではな。漫画ってものが流行ってるんだぞ」
「まんが?」
「ああ、分かりやすく言えば絵本みたいなものになるのかな? その漫画が好きで読んでいる人が沢山いれば、それだけ描いてる人もたくさんいる。なのに、なぜか書いてる漫画を恥ずかしがったりして隠しちゃうんだぞ。好きな物なのに」
「どうして……?」
「周りが茶化すからだ。プロでもないのに漫画描いてるよ、とか意地の悪い気持ちからなんだろうけどな」
「そんなの、頑張ってる人に酷いです!」
「ああ、そうだな」
だが、それは結果が出せないから仕方ない。なんてことを、俺はもう言わないし、この子ルーシーにもそう思ってほしくはない。
純粋に頑張ってほしい。
自分のやりたいと思ったことを恥ずかしがらず、前を向いて堂々と。
「だからな、ルーシーは周りなんて気にせずに絵本書けばいいんだよ。けど、もし誰かに笑われたとしてだ。絵本を書くのが辛くなって楽しくなくなったらそこでやめるのもいい。やりたいことに対して頑張る意味で無理をするのはいいけど、無理して続ける意味はないと思うんだ」
「……私、絵本書きたい」
「じゃあ頑張りましょう! 私、応援してますよ!」
「うん! 私、頑張る!」
そうだ。
努力が大切なのは誰もが分かっているが、その努力というのは前向きで情熱のある物だけでいいのだ。
他人を蹴落とし、のし上がるための努力なんて必要ない。
努力っていうのはもっと、綺麗な物であるべきなんだ。
頑張らずに結果も無い奴と、頑張ったけど結果が無かった人間が同じはずはない。
もっとも俺の世界では、決してそうではなかったが……。
それでも俺は、誰かに俺のようになってほしくないから、努力は大切だと伝えたいと思っている。
けど、それって無責任ではないだろうか。
たとえば、ルーシーが絵本を書き続けられなくなったとして。その理由が絵の下手さだったとして、それでも頑張ればいいと言った俺の言葉は彼女を苦しめないだろうか。
決して報われると言ったわけじゃない、なんて言葉を告げるのか?
それじゃあ、今まで俺が味わってきたことと同じじゃないか。
……しかし、だからこそ俺の口から、辛くなったら楽しくなくなったら止めればいいという言葉が出たのだろう。
結局のところ、俺自身がまだ、努力という物をどう受け止めていいのか分かっていないのだ。今までが、努力の果てに辛い思いをしてきたばかりに、どうしても後ろ向きな方への考えになってしまう。
それでもいつか、俺が俺自身に納得させることの出来る努力が分かった時、俺は本当に変われる、いや、変わった時なのだろう。
「でも、どうしてルーシーちゃんがお話の中に出てくるんです? これは想像の物語ですよね」
「……そ、それは、私が主人公になってみたかったから……」
「えっ、マジ? 自分を主人公に? それはちょっとなぁ」
「なんなのよ! さっきは笑わないって言ったくせに! きぃー!」
「いや、笑ってはないからなー。あっはっは!」
「この変態野郎! ぶちのめす!」
「ルーシー、汚い言葉を使わないの。あ、メグルちゃんご飯出来たから運ぶの手伝ってもらえないかしら~」
「はい! お安い御用です!」
なんだかんだでルーシーは明るさを取り戻し、晩御飯も賑やかなものとなった。
暗く生きるよりも明るく。
考え込むよりも動いてみる。
あまり悩むなと言ってくれたメグルのためにも、俺ももう少し気楽に行こうと思う。
無理をした見せかけじゃなく、本当の意味で。それでいて、頑張るところは頑張ればいいんだ。
そうだよな……。




