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スグルの異世界書紀  作者: 光 煌輝
第一章 異世界での目覚め
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第八頁

 洗濯も終え、すっかりとこの村の衣類に身を包んだ俺は、メグルの家に再びお邪魔することとなった。

 メグルの父の服はやはりサイズが大きめだったが、少し袖が余ったりするくらいだったから気にするほどではない。

 それに、メグルの言ったように夜になるとだいぶ冷えてきた。

 むしろ大きめの服の方が暖かくて助かる。


「ただいまー!」

「お邪魔します」


 扉を開けると、そこはただ真っ暗だった。


「メグルのお母さんもお父さんもいないみたいだね」

「そうですね。きっと、祝祭の会場に行ってるんです」


 メグルのお祝いというのは、家でするんじゃなかったのか。

 会場、というからにはどこか村人が集まるところでもあるのだろう。

 慣れているのか、メグルは真っ暗な中でも家の中を行ったり来たりし、何かを持って戻ってきた。


「さあ、行きましょう」

「祝祭の会場ってとこに行くの?」

「そうですよー。きっと、みんな私たちの事を待ってるんですから。早く行かないとです」


 なんだか、中々落着けないなあ。

 しかし、文句を言う立場にはない。大人しく付いて行くことにした。


 メグルが持ってきたのは蝋燭立てに乗った蝋燭とマッチだった。

 マッチなんかあるのかと尋ねると、どうやら旅の行商人から仕入れるらしかった。

 火が無ければ料理も出来ないだろうから、当然と言えば当然だろう。


 メグルは蝋燭に火を灯すと、闇夜の中を歩き始めた。

 俺には一寸先も見ることが出来ない。


 街灯の無い世界が、こんなにも暗いとは思いもしなかった。

 本当に、この世界に来てからは新しい発見ばかりだ。今までの縛りつけられた生活から逃れられたのは確かだが、それに代わる不自由がやってきたと思えなくもない。

 しかし、その考えは贅沢というものだろう。

 完全な自由なんてありえないのだ。

 だったら、俺はこうした不便でありながらも縛るものが無い世界を選びたい。

 ほら見てみろ。

 空にはあんなにも綺麗な星空が輝いているじゃないか。

 光を失わない都会に住んでいたんじゃ、こんな星空は一生お目にかかれなかったことだろう。

 心身の自由を拘束し、それで得た金では買えない景色だ。


「スグルさん、よそ見してると迷子になっちゃいますよ」

「ん、ああ。悪い悪い」


 それにだ、今、俺はメグルと手を繋いでいるのだ。

 しかも、メグルから繋いできたんだぞ?


 もちろん、真っ暗な中で蝋燭を持っているのが一人だから、夜道を歩く時はこうしなければならないという村での決まり事なのかもしれない。

 それでも、女の子と二人、夜道で手を繋いで歩くというのは心臓の高鳴りを押さえられない。

 こんな肝試しのようなシチュエーションなのだから当たり前だろう。


 そんな風に、俺一人で勝手な妄想を楽しんでいると、村にたくさん建てられている家屋とは比べ物にならない大きさの木造の建物に到着した。

 暮らしぶりは俺の知っている近代以前のものだが、建築技術はかなり高い方なんだな。


「ここが集会所です。今回、私のお祝いをしてくれる会場です!」


 メグルはわくわくを隠しきれないようだ。

 常に口角が上がってしまっている。

 中へ入ると、会場内はろうそくの明かりしかない為か少し薄暗かった。

 しかし、そこではたくさんの村人たちが、暗さなど気にせず忙しそうに動いていた。


 食器を運んでいる人。民族っぽい装飾を飾りつけている人。

 様々だ。

 奥の方では、村長が何やら男性と話している姿も見受けられる。


「皆、忙しそうだね」

「私の為にこんなにしてくれるなんて、泣いちゃいそうです……。頑張ってよかったです」


 まだ始まってもいないのに、メグルは感極まっていた。

 すると、数名の女性陣がこちらに向かってやって来た。

 どの人もエプロンをつけていて、主婦らしさ全開だ。

 そして、やって来るなりメグルを囲んでしまった。


「メグルちゃんいたいた! いつまでボーイフレンドといちゃいちゃしてたのよぉ。もう、若いっていいわね」


 なんてことを言いながら、メグルの肩をポンと叩く女性。


「い、いい、いちゃいちゃだなんて……! それに、スグルさんはボーイフレンドでもなんでも……」

「誤魔化しても無駄よ~? メグルちゃんのお母さんから聞いてるんだから。素敵なお婿さんまで連れて帰ってきたってねえ」

「本当に儀式に行ってたのかしら。実は男探しに行ってたんじゃないのぉ?」

「ち、違いましゅうぅ!」

 

 主婦たちは皆、メグルの反応を見て笑っていた。


「ちゅーはしたのかしら? ちゅーは」

「してましぇんーー!」


 一人一人が口々にからかいの言葉を浴びせるため、メグルの顔は真っ赤になっていた。


「ちゅーなんて甘いよ。今晩はこれよねぇ?」


 極めつけに、一人の女性が、両掌を上にして腹の辺りで何かを持ち上げるような仕草をした。


「にゃ! にゃ!?」


 メグルは、猫みたいな声を上げて顔を真っ赤にしている。

 そうか。あれは抱っこの仕草なんだな。

 意味は確か……。うん、あれのお誘いだったな。

 メグルが顔を真っ赤にしてしまうのも無理はない。


 意味さえ知っていれば、俺だって恥ずかしくもなってくる。

 しかし、さすがは大人の女性たち。

 年頃の女の子にも容赦ないな。


「ま、準備はもうすぐだからそれまで仲良くやってなさいな」


 一通りメグルを弄ぶと、主婦集団はまた作業に取り掛かりに行ってしまった。

 それにしても、本当にこの村は若い人がいないんだな。一人もメグルの様な子がいないじゃないか。

 過疎化の進んだ田舎としか思えない。

 重大な少子化だ。

 その少子化を改善するために俺とメグルで……。

 俺は思わず生唾を飲み込んだ。

 ……想像だけならいくらでもしていいからな。


「メグルちゃ~ん」


 今度は、一人の初老の女性がやって来た。

 また、メグルをからかいに来たのだろうか。

 メグルは反応がいちいち大袈裟だからからかいがいがあるのだろうな。

 が、そうではなかったようだ。


「さ、向こうに行きましょうか」


 そう言って、メグルはどこかへと連れて行かれてしまう。


「スグルさんは待っててくださいね」


 メグルも、どこに行くのか分かっている様な口振りだった。

 見知らぬ場所に一人で残されて心細さは否めなかったが、待てと言われれば待っているしかない。

 俺は会場の隅に立って、きびきびと動く人たちを眺めてることにした。


 どの人も髪が藍色だったりするが、それ以外は俺と変わらない人間だ。

 それなのに、別の世界に生きているというのは何とも不思議な感覚にとらわれる。

 いや、この世界の人間からしたら、俺の方が異質で不思議な存在か。


 異質と言えば……。

 俺は、右手首にはめている《バトルアクセ》に目をやった。

 こんな、着けただけで人の身体能力が飛躍的に上がるものの原理が気になって仕方がなかった。

 まるで魔法のようじゃないか。

 危険な作用は無いのだろうか。

 あるいは代償は?

 俺も一、二回使ってしまったが、これから体調に何らかの異変をきたしたりしないだろうか。そんなことが心配だった。


 この世界の人間は当たり前のように使っているが、俺は別世界の人間なのだ。適合、不適合があったっておかしくはない。

 まあ、今のところは何も異常はないし、この道具の力によって助けられたからこそ、俺はこうしてこの場にいるという事実があるのだけれど……。

 

 これからもこの《バトルアクセ》の力を使って、俺も戦いに臨んだりしなければならないのだろうか。

 はっきりいって、戦いや殺しなんてのはしたくないな。

 どんなにひねくれていたって、殺しは気持ちのいいものじゃないはず。

 実際に狼や熊を殺してみて、余計にその実感が湧いた。


 噴き出す血。その臭い。

 思い出すだけで吐き気がする。


「うう……」


 殺してしまった罪悪感と、生の血の匂い。

 思い出すと気持ち悪くなって、俺はその場にしゃがみ込まずにはいられなかった。

 しかし、ここ数日、殆んど食べ物を口にしていなかったからだろうか。どんなに気持ち悪くとも、嘔吐することはなかった。吐けるものが無かった。

 そんな様子の俺を気遣ってか、男の人が声をかけてきてくれた。


「君、大丈夫かい?」

「あ、大丈夫です……。少し気持ち悪くなっただけで……」

「それはいけないな。って、よく見たらその黒髪……。村の者じゃないな?

 もしかして、君が娘の連れて来たっていう記憶喪失の人かい?」

「は、はい。そうです」


 って、娘?

 俺は気持ち悪さが込み上げて来ない程度に顔を上げて、その男性の顔を見た。

 なんとも爽やか、しかし男らしくたくましい体。

 俺より二回りは大きい体格の人だった。


「わたしがメグルの父だよ」


 俺が聞くよりも早く自己紹介をしてくれた。

 すぐさま、俺も会釈する。


「あ、あの、メグルさんにはお世話になりました。それと、服も借りさせてもらってます……」


 メグルさんだってよ。

 だが、仕方がない。

 母の前ならともかく、父の前で「メグル」だなんて呼び捨てにしたら投げ飛ばされそうな気がしたから。

 だが、メグル父はメグルの言ったように優しく、ふらつく俺を支えてくれると、席まで案内してくれた。


「わたしの席がここだから、君は隣に座るといい。祝祭が始まるまであまり動かずに待っていないさい」

「あ、ありがとうございます!」


 メグル父優し過ぎ。

 男なのに惚れてしまいそうだ。


 ぐっ、と親指を立てると、メグル父はどこかへと行ってしまった。

 それから、俺は案内された席で――席といっても、会場に用意された長テーブルの傍に敷かれた御座の上だが――ぼうっと村人たちの動きを見ながら時間が過ぎるのを待った。

 そして、いよいよ祝祭とやらが始まりそうな雰囲気になってきた。


 それまでは忙しそうにしていた人たちがそれぞれの敷物の上に座り、談話を始めている。

 ちなみに、男女では集まるテーブルの位置が違うようで、俺の座っている長テーブルの列とその向かい側は男性が、その男性たちと並列になる様に、別のテーブル側で女性たちが座っていた。

 その四つの列の先にはちょっとした舞台のような場所があり、そこの傍らに村長が座っていた。


 メグル父が俺の隣に座ってからは、俺はなんとか気に入ってもらわなければと思い、楽しげな話題を探すのに必死だった。

 メグルが、結婚がなんだとからかわれていたが、これじゃあ俺も婿入り前のそれみたいじゃないか。

 ちょうど、もう会話がなくなってきてギブアップかという時、会場にあるありったけの蝋燭に火がつけられ、オレンジ色ながらも電気に劣らない明るさになった。

 村長がしゃがれかけの声で話す。


「えー、この度は村で最後の若者であったワルフッド家の一人娘。メグルが儀式を終えたことの祝祭を始めようと思う。皆は、プレイン村から新たに生まれた成人に惜しみない祝いの気持ちを送ってくだされ……」


 その言葉の終わりが合図だったのか、村長は会場の隅を手で示す。その方向に、皆が一斉に顔を向けた。

 もちろん、何があるのかと俺も気になる。

 すぐにそちらへ目を向けると、そこには着物の様に袖の長く、花柄の衣装を身に纏ったメグルがいた。

 片側だけ結って前に垂らしていた髪も、今は髪留めを解いてすべて下ろしている。

 歩くたびに、その髪から光の粉が舞っているように見えてしまった。


「どうだい? わたしの娘は綺麗だろう?」


 メグル父が、俺の肩に腕を置いて聞いてきた。


「はい……。とっても」


 メグルは顔にも化粧をしていて、普段の幼さが消えていた。

 大人びた赤い唇に、落ち着いた目元。

 俺は只々見惚れてしまった。

 メグルが、長い衣装を引きずりながら舞台の真ん中まで歩いてくる。

 その様は、まるで動く人形みたいだ。

 そして、敷かれた御座に座ると、メグルは口を開いた。


「えと……。私、大人になりました~」


 あの女神とも思える姿から、どれほど荘厳な言葉か聞けるのかと思ったらこれだ。

 見た目に似合わず、やはり声は幼く、語り口調も言葉の選択もいつものメグルだった。

 そんなメグルの拍子抜けな言葉を聞いて、皆は盛大な笑いに包まれた。


「あ、あにょ……! はうぅ……」


 メグルは舞台の上で恥ずかしそうに顔を赤らめていた。

 しかし、その後はしっかりとした進行が続いていった。

 メグルが両親への感謝の言葉を述べた時には、メグル父は感動して泣いていたし、村長が今回の儀式の辛さや大変さを語った上でメグルの勇士を讃えたりしていた。

 そんな祝祭というよりは式らしいことを終えると、後はただの食事パーティーだった。

 各々が長テーブルに用意された食事を木の器に好きなように盛り、それを食べながら楽しく会話する。

 さっきまでは嫌な事を思いだして気持ちの悪かった俺だが、やはりいつまでも空腹に耐えきれるものではない。

 いざ、食べ物が目の前に並べられると、村の人たちに遠慮などせず、しっかりと頂いた。


 数日ぶりに腹を満たしたからだろうか。


 何だか目の前がぼんやりしていく――。



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