第七十八頁
「一体、何だったんだ……」
月夜の雪原で呆然とするも、俺ははっとなる。
「メグルは……!」
すぐさまテントまで戻り、転げるように中へと入った。
そこでは、出て行く時と変わらないメグルがちいさく丸くなって寝ていた。
「よかった……」
ふっと力が抜けた。
恐らく、偽メグルが言っていた事ははったりだったのだろう。
本物のメグルは始めからここにいて、ずっとここにいた。それだけなのだ。
しかしあの偽物。どこからどう見てもメグルそのものだった。この世界に特殊メイクなんてあるはずもないし、第一に背丈や声、動きなどの仕草まで同じというのはどういうことなのだろう。
また、あれほどまでの敵意をもっていたことが気がかりで仕方ない。
あいつに、再び出会うことはあるのだろうか……。
「……スグルさん?」
メグルが目を開いていた。
「起きてたのか?」
「今起きました」
「ああ、ごめん。うるさくしちゃったな」
「どこに行ってたんです?」
「……ちょっとトイレに」
俺は、メグルの方を向かずに横になった。詳しく聞かれないようにと、無意識にそうしてしまったのだ。
「スグルさん」
「なんだー」
「こっち向いてください」
声のトーンが、明らかに問い詰めのものだった。
「…………」
俺は、仕方なくメグルの方へと寝返りを打つ。
「う」
メグルの人差し指が俺の頬に刺さった。
「いつも言ってるじゃないですか。悩み事があったら言ってくださいって」
「な、悩み事? 別にそんな物はないけどなあ?」
「隠しても無駄ですよ。私、スグルさんの事なら分かるんです」
……俺のことなら分かる、か。
そういえば、さっきの偽メグルも俺の心を読んでいるかのようだった。本当に読めていたのだとは思わない。だが、俺の心だけに隠していた物をああして引き出されてしまっては、動揺せずにはいられなかった。戦闘中だったにもかかわらずだ。
相手の姿がメグルだったということもあるのかも知れない。それでも、これからは気を付けなければ、この世界では何が起こりうるか分かったものではないのだから。
「スグルさん! 聞いてますか?」
「あ、ああ……。聞いてる。それで、何だっけ」
「聞いてないじゃないですか! 酷いです。せっかくお悩み相談に乗ってあげようと思ってましたのに……」
「あー、悩みだったな。そうだな……」
ここまで二人で旅をしてきた仲なのだ。
メグルもこう言ってくれているし、もう隠し事を増やす必要もないか。それに、今回のこと以上に俺には隠しておきたいことがある。騙すようで気が引けるが、今回の事を話すことで、俺が悩んでいるということを忘れてもらおう。
「実はな」
「はい、なんでしょう」
メグルはわくわくとした表情で俺の顔をじっと見てくる。
「あのさ……。一応、真剣な相談なんだけど……」
「分かってますよ?」
分かってるなら、場に合ってないその楽しそうな顔を止めていただきたい。
ま、人の悩みや相談ごとを聞くのは少なからず楽しい事は、俺にも分かる。もっとも、人に悩みを相談されたこともしたことも、これまでに一度も無いんだけどな。
ただ、そんな経験のない俺だから、同じようについ楽しく感じてしまうのだった。
「実はな、今敵に会ったんだよ」
「仲の良いお方です?」
「いや、まあ、会っただなんていうとそう聞こえるかもしれないけど……。遭遇したって言えばいいのか?」
「そうだったんですか……。私、何も気が付かずに寝てしまって……」
「いや、メグルは悪くないさ。こんな夜更けに攻めてくる敵が悪いんだ」
敵の心理としては、夜だからこそ攻めに来たのだろうが。
「敵さんはどんな方だったんです? まさか、幻魔じゃないですよね?」
「さあ、どうだろうな。でも、そのメグルに似てた奴は魔力を使ってた。どこにアクセが着いてたのかは分からないけど……」
もしくは、アクセなんて着けていなかったのかも知れない。
「待ってください。私に似てたってどういうことなんですか?」
「あ、言ってなかったな。それがな、その敵ってのがメグルに似てるどころか全く同じ顔してたんだよ。藍色の髪で、動きなんかも似てたな」
そういえば、アクセによって具現化させた武器と戦闘スタイルは違うように感じたから、姿形だけが似ていたのかな。
最後の方は言葉遣いも崩れていたように感じるし。
「敵さんと似てるって何か嫌です……」
「そうだな。似てるってよりは、本当に同じ顔してたんだけどさ」
「もっと嫌ですぅー」
「ははは、でも大丈夫だよ。偽物のメグルなんて俺がやっつけてやる。メグルはメグルだけだ。世界に一人だけの」
すると、メグルはなんだか暗い表情をしていた。
そんなに、敵が自分と似ているのが嫌だったのだろうか。
「どうしたんだよ」
「いえ、その……。もし、スグルさんに似てる人が敵だったらどうしたらいいんです? 私、もしかしたら見分けられないかも、なんてちょっと不安になっちゃって」
「えー、ずっと一緒に旅してきたじゃないかー。でもさ、俺に似てる奴なんているのか? この世界には黒髪なんていないみたいだし」
「……私が昼間に見たスグルさんは、一体誰だったんでしょう……」
「…………」
メグルに言われて、そういえばと思い出した。
似ている人物が現れたのはメグルだけじゃなかった。昼間、メグルは俺を見たと言っていたのだ。あの時から、すでに何かが始まっていたということなのか。
場の空気が、少しだけ重くなってしまった。
「スグルさんは、私の事、見分けられますか? もし、その私に似ている敵さんと並んでいたとして」
「あ、ああ! きっと大丈夫だ! きっとな……」
見分けられるか、そう問われて俺はドキッとしてしまった。
夜の暗さのせいではない、心理を突かれた動揺からでもない。つい先ほど、俺はメグルとその偽物との判断が付かなくなっていたのだ。
こんなにいつも一緒にいるメグルであっても、その全てを知っているわけではない。まさか、それを敵が策として使ってくるとは思わなかった。
次にまたあの偽メグルと対峙した時、俺は本物と偽物を正確に見分け、敵を倒すことが出来るのだろうか。
そもそも、あいつは何を目的としていたのだろう。
魔物ではない。
明らかに人の姿をした、いや、メグルの姿をした何者か。
あれも、人型の幻魔なのだろうか。
月夜に浮かぶ漆黒のローブ。
あの姿に、俺は見覚えがあった。
ローブといえばルクリエイトの女の子たちだが、そうではない。
いつの日か、俺がバステリトで平和な暮らしを送っている期間の出来事だ。
ラランと市場を歩いている時、道端でローブ姿の人物と肩をぶつけたことがあった。その時は何とも思わなかったが、レイ王との戦いの最中、レイ王は気になることを言っていたのだ。
確か、ルクリエイトの魔術師が石の力の使い方を教えてくれた、と。
そしてレイ王は、その教わったという間違ったストーンの使い方で身を滅ぼした。
だが、ルクリエイトの魔術師たちが、メロルがレイ王にストーンの使い方を教えるはずがない。しかも、あんな力を得るだけの恐ろしい方法をだ。
それなのにレイ王は魔術師に教わったと言っていた。恐らく、魔術師だと判断したのは、その人物が黒いローブを着ていたからだろう。
レイ王に力を得る方法を教えたのは、間違いなくあの黒ローブの人物なのだ。
もしかすると、今晩俺が対戦したのはそいつなのかもしれない。
そう考えたくなるのも無理はなかった。
だが、一つだけ辻褄が合わない。
俺がバステリトで肩をぶつけた人物は、俺と似たような黒髪だった。となると、藍色髪の偽メグルとは別人ということになる。
なら、メグルが見たもう一人の俺こそが、あの時の人物ということになる。
敵は複数いるのか……?
まだ見ぬ敵、分からぬ目的に恐怖を覚えた。
いつ、どこから襲撃されるかもわからない。
偽メグルは退却したように見せかけ、俺たちが眠ったところを再び襲ってくる可能性だって否定は出来ない。
「スグルさん……」
突然、メグルが俺のことを抱き枕にしてきた。
「メ、メグル?」
静かな夜。
月明かりで、うっすらと互いが確認できるほどの暗さ。
抱き着いてきたのは俺の好きな人。
寝ながらこんな事をされては、期待せずにいられるだろうか。
「い、いいのか……?」
俺は何を言っているのだろうか。
しかし、抱き着くメグルの体は、火照っているのかすごく温かかった。メグルは寒くないんじゃないかと思えるほどに。
体が火照るということはつまり……?
俺の妄想が加速する。
「スグルしゃん……」
あれ、口がまともに動いていない?
俺はメグルを少し引き離し、顔を確認してみる。
涎の出かかった顔。
俺の勝手な妄想ではあったが、雰囲気が台無しになった。
まあ、これはこれで可愛いのだが。
「もう寝てたのか……」
メグルをそのまま離すでもなく、俺はまた抱きしめた。
それにしても温かい。
熱でもあるのかな、なんて少し心配になるくらいだ。
だが、そんな病的なものというよりは、安心できる体温だった。
メグルから抱き着いてきたんだもんな。いいよな。
俺はメグルで暖を取り、そして柔らかな体をふにふに抱きしめながら眠りについた。
メグルに限らず、人肌というものは心を落ち着けてくれるのだ。




