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スグルの異世界書紀  作者: 光 煌輝
第一章 異世界での目覚め
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第七頁

今回は少し長めですー。

 約半日が過ぎただろうか。

 途中で熊に追われて走ったおかげもあるのかも知れない。


「ここが……」


 俺は、とうとうメグルの村とやらにやって来たのだ。

 その村は、本当に草原にそのまま家がぽつぽつと建てられているだけの、小さな村だった。世帯数でいえば、三桁は確実に無いだろうな。

 家の造りは、今まで通ってきた森で取ってきたのか、どれも完全な木造建築だった。だが、技術力は高いのかそれなりに安定していそうだ。

 元の世界で例えるなら、ログハウスといったところだろう。


「結構、普通の暮らしなんだね」

「あ! なんですかそれー。ちょっと酷いです。田舎者って馬鹿にしてたんですか?」

「い、いや、そういうわけじゃないけど」

「まあ別にいいですけどー。そんなことより――」


 メグルはスカートを翻して、俺に向き直る。


「ようこそ! 私たちの村、プレイン村へ!」


 と、その時だった。


「おお! ワルフッドの娘ではないか」


 村の方から、一人の初老の男性が親しげにこちらへとやって来た。


「ワルフッド?」


 メグルの姓だろうか。


「村長さん!」


 メグルは、村長と呼んだその男性の元に駆け寄っていく。俺も、その後に続いた。


「村長さん! 私、遺跡まで行ってきました!」

「おお、そうかそうか。これで、晴れてメグルも大人の仲間入りじゃな」


 嬉しそうに話をするメグルと村長とやら。

 村長は顔立ちこそまだよぼよぼではないが、頭髪は真っ白だ。それなりに歳がいっている証拠だろう。あるいは若いうちに苦労してきたかだな。

 まあ、杖を付いて腰も曲がっているから、老人というくくりは間違いではないだろう。

 お洒落ついでなのか、頭には《バトルアクセ》についているものと同じ石が填められた、ヒッピーバンドの様な物を被っている。


 締め付けられて、頭痛くねえのかな。

 それにしても、この村の人間は髪が藍色になる遺伝子でも持っているのだろうか。村長以外の人間は、それぞれに濃淡はあるものの皆が藍色っぽい髪をしている。

 やはり、この世界での種族的なものでもあるのかもな。


 俺がじろじろと見ていたせいか、村長が俺の事を見ていた。

 視線があってしまった。

 その時、俺は思った。

 鋭く、嫌な目をしているな、と。


「メグル、そのお方は?」


 少し不審げな顔をして、村長はメグルに聞いた。


「あ……。えっと、この人はスグルさんって言うんです……」


 やはり、俺が儀式に付き添ってしまったことが心配なのだろう。

 メグルは、村長の態度を窺うようだった。


「……そうですか。いやいや、このような辺境の地までよくぞお越しくださいました。あまりもてなすことは出来ませんが、どうぞゆっくりして行ってくだされ」


 メグルが紹介してからは、村長は愛想の良い笑顔を俺に送ってくれた。


「ど、どうも……」


 儀式に関しては、特に問題ないってことでいいのかな。

 まあ、元々この儀式は、行ったかそうでないかがはっきりと証明できないものなんだ。それほど深く追求するようなことは無いのかも知れない。

 村長は、俺が村にいることにも特に嫌悪感を示すでもなく、いたって淡々としていた。


「何にせよ、メグルが戻ってきたからには祝わないといけんのう。今晩は祝祭じゃな」

「お祝いですって! スグルさん!」

「良かったな」

「もちろん、スグルさんも参加してくれますよね?」

「まあ、参加させてくれるなら有り難いけど……」

「じゃあ決まりです! それまで、私のお家で休みましょう!」

「メグルの家?」

「あそこです」


 メグルが指さす方には、どの家とも何ら変わりのない木造の一軒家が建っていた。


「早く行きましょう」

「う、うん」


 手を引かれ、俺は連れて行かれる。

 しかし、いいのだろうか。

 俺とメグルは年頃なんだぞ。

 しかも、つい最近出会ったばかりだというのに、もう女の子の家へなんて。

 世界が違うから、やはりその辺の観念も違ってはいるのだろうけど、俺にとっては何だか気恥ずかしくて仕方がない。

 一方、メグルはそんな俺などお構いなしに家の扉を開けていた。


「お母さん! お父さん! ただいま!」


 メグルは、ちょっとした遠足にでも行っていたかのように元気よく挨拶した。

 すると、奥の方から慌ただしくエプロン姿の女性が出てくる。

 女性は、メグルの姿を確認すると、一度は疑うような目をした。しかし、それが我が娘だと認識したのだろう。

 駆け寄って、メグルを抱きしめていた。


「メグル! 良かったわ! お母さん、ずっと心配していたのよ」


 本当に、心配していたという態度だった。

 数日とはいえ、娘が魔物や凶暴な動物と戦闘をするような危険な旅に出ていたのだ。本来、これが普通の反応だろう。


「お母さん、苦しいよ」


 初めて、ですます口調ではないメグルの言葉を聞いた。

 やはり、親しげにしてくれてはいたものの、まだ俺には気を遣っていたということか。

 それにしても、堅苦しさが抜けると途端に子供っぽくなるな。

 結局は年相応の少女ということか。


「ああ、ごめんなさいね……。でも、お母さん本当に心配したんだから。怪我はない? お腹もすいたでしょう? ほら、服も体もこんなに汚れて……」

「大丈夫だよ~。それより、お父さんは?」

「お父さんは草原に出てるわよ」

「お仕事?」

「ええ。最近、また家畜が襲われることが多いんですって。だからずっと見張ってないといけないらしいのよ」

「そうなんだ……」

「でも、安心なさい! 今日はメグルのために腕を振るっちゃうんだから!」

「あ、村長さんがね、お祝いしてくれるって言ってたんだよ」

「そうよ~。だから、お母さんも村の主婦の集まりで料理をするのよ」

「そうなんだ~」

「あら?」


 そこまで話して、メグルの母はやっと俺に気が付いたようだった。

 改めて顔を合わせると、やはり藍色の髪をしていてメグルそっくりの顔だ。メグルが成長したらこんな風になるんだろうな、とは思うが、メグルが可愛い系だとするならば、母の方は美人系といったところだろうか。似ている顔でもそれぐらいの違いはある。


「メグル、この方は?」


 さっきも言われた様な事を、メグルは聞かれている。


「この人はね、スグルさんっているの。記憶喪失らしいんだけど、優しい人だから大丈夫だよ」


 そう言うと、メグル母は晴れやかな表情で何故だか嬉しそうだった。


「あら~、そうなの! メグルがお婿さんまで連れてくるだなんて思わなかったわ! 今日のお祝いは本当に豪勢にしなくちゃいけないわねえ」

「お、おかあひゃん!? そんらんじゃないって!」

「いいのよ、いいのよ。うふふ、今日は気合入っちゃうわ~。えっと、スグルくんだったかしら? ゆっくりしていくといいわ」

「あ、はい……。ありがとうございます……」


 メグル母は、再び奥へと戻っていってしまった。


「もう! おかあひゃんっはら、恥ずかひいこと言うんらからぁ!」

「いいから落ち着こう?」


 メグルは、一旦深呼吸をした。


「ふう……。スグルさん、ごめんなさい。この村には若い人がいないから、男の子を連れて来たってなるとすぐにああなっちゃうんです」

「そうなのか。でも、俺は気にしてないから大丈夫だよ。それに、あんなに喜んでくれて良くしてくれるお母さんなんて、いいお母さんじゃないか」

「そう言ってくれると私も嬉しいです。あ、ちょっと待っててくださいね。すぐに戻りますから」


 メグルはリビングらしき所へと続いている通路の脇の階段に足をかける。すると、振り返って一言付け足した。


「絶対に上がってきちゃ駄目ですからねっ」

「あ、ああ……」


 恐らくはメグルの部屋があるのだろう。やっぱり、そこは駄目なのか。

 言葉通り、俺が玄関で待っているとメグルはすぐに戻ってきた。

 手には、木でできた桶っぽいものと着替えの様な物を持っている。


「これからお風呂に行きまーす」

「風呂?」

「だって、汚れてるじゃないですか。そのままでお祝いの席に着くのは失礼ですよー」

「でも、俺は着替えが……」

「大丈夫です。私がお父さんのを借りてきました」

「え、いいの? お父さんはまだ家にいなかったみたいだけど」

「はい。その辺は気にしなくてもいいですよ。お父さん、優しい人なので」

「そうか。じゃあ、お言葉に甘えて」


 俺は着替えを受け取った。

 すると、メグルはすぐにまた靴を履いて外へと向かおうとする。


「あれ? どこに行くの?」

「どこって、今お風呂に行くって言ったばかりじゃないですかあ」


 嫌な予感、とまでは行かないが、大体想像はできた。

 だが、とりあえずだ。とりあえず、俺は聞いてみる。


「もしかしてさ。そのお風呂って、また泉みたいなところ?」

「そうですよ?」


 不思議そうな顔をされてしまった。

 そして、やっぱりな、と思わざるを得なかった。


 でもまあ、考えても見れば、この全体が木造の家屋ばかりが並んでいる村に電気や水が通っているわけがないのだ。

 仕方がないと言えば、仕方がないだろう。


 そう言い聞かせていても、俺は無意識のうちに不満げな顔でもしてしまっていたのだろうか。

 俺を見つめてくるメグルが、心配そうな顔をしていた。

そして、どのように俺が感じているのかを察したのかは分からないが、元気づけるように言ってくれた。


「大丈夫ですよ~。今日はちゃんとタオルもありますからぁ」

「あ、ありがとう……」


 そういうことじゃあなかったんだけどな……。

 だが、汚れているままお祝いの場に出るというのはやはり失礼だし、何よりも、俺自身が気持ち悪くて仕方なかった。

 血液を吸ったシャツは赤黒く変色しているし、しばらく放置したせいか、鼻を摘まみたくなる異臭を放っている。

 そして何より恐ろしいのは、その異臭はかなり臭いはずだというのに、シャツに鼻を擦りつける程に近づかなければ臭わなかったということだ。

 これは、実はシャツがそんなに臭わないとかいうことじゃない。

 俺自身が、臭くなっている状態に慣れてきてしまっているということだった。


 ああ、恐ろしい……。


 一刻も早くこの纏わりついている異臭を取り払うため、俺とメグルはさっさと泉に向かうことにした。

 どうやら、村人の洗濯および風呂場は村の少し先を行ったところにあるらしい。

 その場所に向かう途中で、メグルはまたなにか楽しそうな笑顔を見せて、俺に話しかけてきた。


「スグルさーん」

「ん、なんだ?」

「実はですねえ……。ふふっ」

「なんだよ」


 メグルは口に手を当てて、何故か笑っている。

 どうしたのかと何度聞いても、「もう少しですから」なんて言って教えてくれない。


 時々、メグルはこういう所があるんだよな。

 なんて言うか、自分だけが知っていることを自慢げに話したりと、まあ、要は自慢癖があるということなのだが。

 しかし、その仕草や態度が自然とムカつかないのは、メグルが生まれ持った気質的なものがあるのだろう。


 もちろん、もう一つ理由はあるのだが――。


「スグルさん! ほら、見てください!」

「お?」


 そこには、でっかい水たまりが広がっていた。

 メグルの自慢が癇に障らない理由。

 それは――。


「今回は泉じゃなくて……こおんなにおっきい池なんですよ!」


 ――自慢することが小さい事だ。


「お、おう……」


 俺は、どう反応していいのか分からなかった。

 この大きさに驚いておけばよかったのだろうか。

 しかし、こうも間が開いてしまってはもうわざとらし過ぎてやっていられない。

 そんな俺が反応に困り続けていると、メグルは誇らしげに言う。


「大きすぎて声も出ませんでしたか? そうですよね~。山の向こうには海なんていう水たまりがあるみたいですけど、きっとここまでじゃないですもんね~」

「そ、そうだな」

「ですよねー!」


 ほんと、物を知らないというか、可愛いというか、可愛い。

 せっかく自慢しているところ悪いのだが、あまり付き合わされてもあれなので、俺は話題を逸らした。


「じゃ、じゃあさ。到着したことだし、服とか洗おうか」


 洗剤なんかはないだろうから、きっと手で水洗いだ。それでも、洗わないよりは断然綺麗になるだろう。

 まあ、汚れすぎているから洗った時に綺麗に見えるというのもあるのだろうが。


 しかしだ、服を洗うとなると脱がなくちゃならないよな?

 そうなるとやっぱり……。


「スグルさん、こっち見ないでください。脱げないじゃないですか」


 上着を捲り上げようとしている途中で、嫌な視線をこちらに向けていた。


「わああ……! ごめん……」


 気になると、ついつい目をやってしまう。抗えない男の性というやつか。

 そりゃあ脱ぐよな。この湖は洗濯と風呂を兼ねてるんだから。

 俺は遠くに見える山の方へと体ごと視線を移した。


「けどさ、メグル?」

「見ないでくださいよ」

「分かってるって……」

「ならいいです。それで、なんですか?」

「いやさ、皆がここの池でこうやって体を洗ったりするために使ってるんだろ?」

「そうですよー」

「なら、そんなに恥ずかしがることも無いんじゃないか?」

「な、何言ってるんですか! 男性と女性が一緒に入るわけないじゃないですか」

「え? そうなのか?」


 俺はてっきり、村の皆が仲良くここで背中を流しあっているものだと……。


「いいですか? この村では洗濯は女性の仕事なんです。だから、女性は昼間にここへ来て、男性が仕事へ行っている間にここで洗濯とお風呂を済ませるんですよ」

「じゃあ男は?」

「男性は夜です。昼間は仕事へ行っているので、池に来ている暇なんてありませんので。ただ、たまに家畜がここへ水を飲みに来てしまってそれを追って男性が来てしまうなんてことがありますね。それを利用して、わざと家畜を放つえっちな方もいます」

「そうだろうね」

「そうだろうねって……。スグルさんもそういう考えなんですかぁ? やらしーです」

「い、いや、今のはちょっとした冗談で……」


 その冗談が本当は冗談ではないものとして、少しは心の中にあったなんてことは言えない。

 そんな他愛のない会話をしばらくしていると、メグルが水辺に上がって来る音が聞こえた。

 パシャパシャという音が聞こえなくなり、次は布を擦る様な音が聞こえる。

 タオルで体を拭いているのだろう。

 どうやらそれも終わったようで、メグルが合図をした。


「もう、こっち向いてもいいですよ」


 振り向くと、そこには服装の変わったメグルがいた。

 上も下も、ふわふわな素材をしたピンクと白のチェック模様だった。下はズボンだし、まるでパジャマのように見える。


「暖かそうだね」

「はい。季節に関係なく、夜は冷えますから」

「……えと、じゃあ、今度は俺が入っていいのかな?」

「どうぞ。でも、あんまり奥に行っちゃ駄目ですよ? 深い所がありますから」

「溺れたら嫌だな……」

「泳げないんです?」

「いや、そんなことはないけどさ」


 こんな世界なのだ。

 池の底の方に怪物かなんかがいやしないかと勘繰ってもみたくなる。

 ただでさえ、一日、二日前に恐ろしい獣に殺されそうになったのだからな。

 まあでも、地元の村人が安全にここを使っているようだし、あまり考えすぎるのも良くないだろう。

 いつまでこの世界にいなければならないのかわからないのだから、少しずつ慣れていかないとな。


 俺は、まず上着を脱いでそこらに放った。

 どうせ汚れに汚れているのだから、雑に扱っても構わない。

 次に、ズボンを脱ごうとして何かを感じた。

 視線だった。

 何故だかわからないが、メグルがずっと俺の事を見ていたのだ。


「えっと……?」


 俺は、気まずいという感情を表情と視線で送ってみた。


「どうしました?」


 伝わらなかったようだ。


「いや、これから脱ぐから見られてると困るというか……」

「あれ!? そ、そうですね! 私ったらはしたない……!」


 メグルは、すぐに後ろを向いた。

 だが、メグルのその態度が気になって少しからかってみることにした。


「もしかして、見たかったとか? メグルも案外いやらしいなー」

「ち、ちがっ……! 別に、村に同い年の男の子がいないからって、そういうのが特別気になるとかじゃないですから!」


 やっぱり気になるのか。

 でも、それも仕方ないか。

 ネットなんて当たり前に無い世界なんだろうし、村に俺の様な男がいないんじゃなあ。そりゃあ、あれというかこれを見たことも無いだろう。

 かといって、見せびらかすなんて変態行為に及ぶことはしない。

 ちょっとだけからかってみたかっただけさ。


 俺は、メグルが見ていないうちに服を脱ぎ、池へと入った。

 池の外側は思ったより浅く、浸かるなんてできそうにない。

 しゃがんでやっと腹の上まで水がくるような感じだった。

 しかし、中の方まで行って溺れるのも嫌なので、ここらで我慢しておこう。元々、温かい風呂でもないんだしそこまで浸かる気はない。

 汚れを落とせればそれでいいさ。


 俺は、体を流そうとして気が付いた。


「あれ、そういえばタオルがあるって聞いてたけど……」

「こ、ここにありますよー……」


 顔だけ振り返ってみると、メグルが片手で目元を覆いながらタオルを差し出していた。


「ああ、メグルは動かなくていいよ。水に落ちちゃうから」


 俺は裸ながらも、そのタオルを受け取るべく、メグルに近寄っていく。

 しかし、受け取ったはいいものの、手ぬぐいサイズのタオルはやけにびしょびしょだった。


「あの、これって……」

「どうしました?」


 目を覆いながら、メグルは返事をする。


「いや、濡れてるっていうかびちゃびちゃだからさ……」

「あ、ごめんなさい……。先にスグルさんに入ってもらった方がよかったですね……。私の村では綿が希少なので、タオルも貴重なんです。だからあんまり贅沢に使えなくて……」

「そういうことか。いや、それならいいんだ。仕方ない」


 むしろ、そんな希少なものを俺に使わせてくれるんだ。感謝しないとな。

 ていうか、要は使用済みってことだ。

 メグルのような可愛らしい女の子が体のあちこちを拭いてしまったタオルを使えるなんて、神に感謝するに値する。


 タオルを握りしめ、もう一度池へと戻って行こうと思った時だ。

 そういえば、とメグルの様子がおかしかったことに気が付いた。


 どうして、目を隠しているのに俺の位置が分かったんだろう?

 確かに、俺からメグル側に寄ったということもあるが、それ以前にメグルは俺の方を向いていた。


「…………」


 怪しく思い、俺は池の縁から離れるのを止め、手で覆われているメグルの顔を凝視してみた。

 見えていないのなら、俺が今こうしていても何も言わないはずだ。俺が何をしているのか分からないはずなんだから。

 しかし、メグルは動かなかった。


 あれ、やっぱり見えてないのか?

 そう思ったが、メグルの口は不自然にぽかんと開いている。

 俺はもう一度、メグルの顔を注視した。

 よく見ると、手で覆った指の間から覗いているじゃないか。

 しかも、俺の股間辺りをガン見している。

 なんだその、そういうことに興味が出始めた小学生辺りがしそうな行動は!


「や、やっぱり興味があるんじゃないか!」

 

 思わずそう口にして俺は前を隠した。

 先ほどはあんなからかい方をしたが、俺だって、女の子に自分のモノを見られるのは恥ずかしい。

 隠すだけでなく、すぐに背を向けて池の浅いところにしゃがみ込んだ。

 すると、そこでやっとメグルも俺が見ていたことに気が付いたようだ。


「す、すごいものを見ちゃいました……!」


 凄いって言われるほどのぶつじゃないんだけどね……。

 しかもメグルは、しっかりと見ていたくせに、いまだに顔を覆う手は外していない。

 恥ずかしいのかそうでないのかはっきりしてくれよ。


「スグルさん、やっぱり恥ずかしかったんですか?」


 背を向けた俺に、メグルが言う。


「ま、まあな……。でも、俺もメグルの見ちゃったことあるんだし、お互い様だろ……」

「そ、そうですね! お互いに見ちゃいましたもんね! お互いに……」


 その後、俺が池から上がるまでは言葉を交わさなかった。互いに恥じらいがあったからだと思う。

 その会話が無かった間にメグルは何を考えていたのだろう。

 池の畔で洗い物をしながら肩を並べている時、俺にこんな事を聞いてきたのだ。


「スグルさんは……結婚とか考えたことありますか?」

「け、結婚?」


 あるはずがなかった。

 十七になったばかりの俺が、結婚など考えられるはずがない。そもそも、年齢的にあっちでは結婚すらできないからな。


「いや、ないけど」


 そう答える他に返事が見つからなかった。


「そうですか……」


 メグルは、どこか不安げだった。


「どうして、そんなこと聞いたの?」

「特には……。でも、スグルさんだったら私の事どう思います? ……お嫁さんになってもいいって、思いますか……?」

「そりゃあ、メグルみたいな可愛い子が付き合ってくれるんなら嬉しいけど」


 あくまで、付き合うという表現で止めておいた。

 やっぱり、俺には結婚なんて早い。想像もつかないのだから。

 その後、メグルは何も言わなかった。

 ただ、辺りが薄闇になっていくなかで、ちょっぴり微笑んでいたのを俺は見た。

 可愛いと言ったからだろうか。ともかく、悲しい顔をしているよりはそのほうがいいな。

 

 結婚なんて俺には分からないが、ちょっぴりメグルに魅力を感じるのだった。


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