第六十七頁
一旦、稲刈りの作業を中断すると、俺たちだけでなく里の人々もそれぞれの家へと向かっていた。
田んぼ道を歩いていると、様々な人に出くわす。
そして、その誰もがハルやハルの父親と同じような背丈なのだ。
まるでちびっこの世界に迷い込んでしまったかのようだった。
だが小さいだけではない。
ハルの父もそうだが、皆が皆、齢を感じさせないのだ。
どうやら、ラランたちは早期早熟でありながら、体自体が老いるのは遅いらしい。まあ、自然の近くに暮らしている種族だから、老いたり怪我で動けなくなるのは致命的なのはず。だから体も丈夫だし、衰えもないのだろう。
それにしても、男も女も皆ちょこまかとしていて可愛い。
見た目が子供のまんまというのもポイントが高い。
ナイスバディがいないと知った時は、期待していた反面少しがっかりしたが、これはこれでいいものだ。
つい愛でたくなってしまう種族だよ。
だが何より、そんな俺よりも陶酔している人物が一人いる。
「はあ~。可愛いですね~」
メグルは目移りさせている目をきらきらと輝かせていた。
無理もない。あんなに好きなラランの様な存在がたくさんいるのだから。
「どの子がいいですかね~」
「おい、攫ったりするなよ……?」
ハルの父に言われた通り、昼食はハルの家で取ることを姫々さんに伝えた。
姫々さんは快く送り出してくれた。
さあて、遠慮なくと言っていたからその通りに御馳走になるか。
そんな風に考えながらハルの家に上がって、俺は驚愕した。
「おかえりなさい」
「おう、今日は今日は客人を連れてきたぞ。ハルの友達も一緒だ」
「あら、そうなの」
ハルの父と話すのは、たぶんハルの母親なのだろう。
ハル父の態度でそう思わざるを得ない。
というのも、ハル母らしき人物もハルと何ら変わりない容姿と体格だからだ。
少し大きいぐらいか。
だが、俺が驚愕したのはそこじゃない。
「な、なんですかこれは!」
その光景にはメグルもびっくり。
十坪ほどの家の中には、子供たちがわらわらと暮らしていたのだ。
「可愛いのがいっぱいです!」
「あの、私の兄妹……」
おずおずとハルが教えてくれた。
それにしても居過ぎだろうに。
幼児幼女がいっぱいだ。
「狭い所だがゆっくりしていってくんな。まあ、こいつらがゆっくりさせてくれないがな」
ハル父は苦笑いをしていた。
「わあー!」
少し目を離した隙に、ラランが子供たちに群がられていた。
子供たちの数はざっと二桁いくかいかないかぐらいだろう。
大変そうだが、楽しそうなのが伝わって来る。
「私も混ぜでくださーい!」
メグルも、子供の群れの中に飛び込んでいった。
うん、俺はよしておこう。
俺は、二人が子供たちとじゃれ合っているのを座って眺めていた。
すると、どうしてかハルが俺の傍にやって来た。
何も言わずに、ただ隣に座っているだけだ。
様子を窺いつつも、何も言いはしない。
「何か?」
声をかけると、少しびくついたもののやっと顔を合わせてくれた。
見れば、真っ赤な髪のラランとは違い、少し赤茶けた色なんだな。
同種でも住んでいる地域が違うし、生活環境も異なっているからか。あるいは、ここの七護が茶髪種であるから、その影響なのだろうか。
「……あの、ラランちゃんはどうして」
恥ずかしそうに話し出した。
「?」
俺も少し体を傾け、聞く体勢に入る。
「ラランちゃんは、どうしてお兄ちゃんたちと旅をしてるの……?」
「どうしてって?」
「私たちは家族とは離れないから……」
それは、群れを成して暮らすという意味でかな。
だとしたら、ラランには明確な理由がある。
しかし、それをこの子に教えていいものだろうか。
「ラランは一人だけ運が良かったからだよ」
「え?」
ハルは分からないといった顔をした。
無理もない、あえて分かりづらく誤魔化したのだから。
ハルは納得いかないようだった。
「お兄ちゃんとお姉ちゃんは、ラランちゃんのお父さんでもお母さんでもない……」
「ああ、お父さんでもお母さんでもないな。似てないだろ?」
「じゃあ、どうして一緒にいるの」
「だからそれは、運が良かったからだよ」
「わかんない……」
「それでいいんだよ」
必要があれば、ラランからハルに話すことだってあるだろう。
必要が無ければ話さない。
ただそれだけの事だ。
あれは過去のことであって、これからには関係のない事。たとえ過去の出来事が今やこれからに影響を与えているとしても、過去があるからこそ今があるのだとしても、それでも未来は決めつけられてはいない、はず。
なら、ラランが自分の正しいと思った道を進むだけだ。
「お兄ちゃんたちは、また旅に出ちゃうの?」
「まあ、そうだな。そう長くはここにいないと思うぞ」
「ラランちゃんも……?」
そう、ラランは自分の正しいと考えた道を進むべきなんだ。
ラランを拾って、ラランの境遇を目の当たりにして、俺はラランを守っていこうと誓った。しかし、ラランが決めた道があり、そこは俺のいない道だとしたら、俺は追うべきではないのだろう。
「ハルも遊ぶのだー!」
「あ、ラランちゃん、私お兄ちゃんとお話しして……」
「いいよ、行ってきな」
再びここから旅立つとなった時、ラランは何も言わずに俺たちに付いて来るかもしてない。
だが、俺は忘れていない。
雑木林の木の上で、ラランが寂しそうにこの村からの仲間の匂いに思いを馳せていたことを。
今は、あんなに嬉しそうなんだ。
「お前ら~。母さんが飯を作ってくれたぞ」
『わーい!』
まるで潮が引いて行くように、子供たちは用意されたおにぎりに群がっていった。
そこにラランも混ざっている。なぜかメグルまで。
「ほら、あんたも食わねえとなくなるぞ。まだまだたくさんあるけどな」
「…………」
一つ二つ自分の分をキープしておいて、後は遠慮しておいた。
秋の涼しい昼下がり、遠くに見える山の木々は、俺たちがここへ来た時よりも色を付け始めていた。
空にはたくさんのいわし雲が並んでいる。
それを指さして、ラランは自分たちの様だと言っていた。
たくさんの小さな丸い雲が並んでいるから、そう見えたのだろう。
〝自分たち〟の様だと。
賑やか過ぎる昼食を終えると、午後も稲刈りの作業だ。
俺たちが飯を貰えたのも、この作業があるからこそだろう。
ハルの父にも言われたからではないが、午後は俺もいくら手伝った。
だが、慣れない作業はかなり体力を使った。もしかすると、魔物と戦うのと同じくらい疲れるんじゃないか? なんて思ったり思わなかったり。
そんな作業を一緒にこなした甲斐もあって、すっかりハルは俺にも心を開いてくれた。
しかし、まだ子供だからか、ラランはどうして俺たちと旅をしてるのかと、二人になった時に聞いてくるのだ。
俺の誤魔化し方が悪かった所為もあるのだろう。
日が山に接触する頃には、俺たちは姫々さんの家に戻っていた。
戻ってきて気が付く。
姫々さんの住んでいる家は、ハルや他の里の人たちのものより断然大きな物なんだと。やはり七護だから、敬意を含めた意味でこの大きさなのだろう。
ただ、姫々さん一人で暮らしているから、少し寂しいのではないのかと思う。
囲炉裏のある部屋以外は、俺たちがいなかったら使うことも少なそうだし。
その夜、風呂から上がった俺たちが寛いでいると、縁側に来るようにと姫々さんに呼ばれた。
囲炉裏のある部屋と俺たちが寝かせてもらっている部屋の両方に縁側はあるのだが、呼ばれたのは囲炉裏のある部屋の方だった。
寝室とその部屋はふすまで隔てられているだけ。
移動するという程のものではない。
「どうしたんでしょう?」
夜になってしまえば何もすることはなく、ラランとメグルが遊び疲れてしまった頃にはすぐに眠ってしまっていた。
時間は分からないが、いつもならかなり早い時間に眠っているだろう。
しかし、今晩は違うようだった。
「とりあえず行ってみようか」
俺がそう言った時には、姫々さんが開けっ放しで去ったふすまの向こうをラランが覗いていた。そして、俺たちの方を見て何かを発見したような顔をする。
たったと歩いて、ラランはすぐに向こうへと行ってしまった。
電気など通っていない。
暗い部屋には、明るい月明かりが差し込んでいるだけだった。
しかし、その月明かりがなんと明るい事か。
メグルの顔を確認するには困らなかった。
ラランが行ってしまったぞ、と顔で合図すると、行ってみましょうか、とメグルが目で合図してくる。
ふすまの向こうに出る前に、もう耳には縁側での騒がしさが届いていた。
騒がしいという程ではないか。
たくさんの人がさらさらと話している様な、耳障りなものではなかった。
行ってみると、まず目に入ったのは両足を同じ方に向け、正座を上品に崩したように座る姫々さんの姿。着ているものが着物だったならば、どれほど雅だろう。
月明かりに浮かぶ乙女。
そんなフレーズが似合いそうだった。
ちょっと丸顔で野暮ったい感じの可愛さがあるから、実際はそうでもなさそうだが。
そんな姫々さんの膝に、ラランは膝枕して頭を撫でてもらっていた。
「ララン、姫々さんにあんまり迷惑かけるなよ」
「いいんよ~。ラランちゃんもここの子らみてえに可愛いんだがら」
「ふにゃ~」
よく見れば、撫でてもらっているだけでなく、何か食っている。
縁側の外には里の人たちもたくさん集まってきているし、何かの行事だろうか。
「姫々さん、これは?」
「今日はな、十五や何だべ」
「ああ、それで……」
そういえば、そんな行事もあったな、と思い返してみた。
だが、思い返すも何も俺はお月見なんてしたことが無かった。
「んにゃむにゃ」
月見だから、きっとラランが食っているのは月見団子だろう。
だろうというより、姫々さんの隣には山積みにされた団子が見えている。
「ハルちゃ~ん」
「にゃ! メグルさん、こんばんは」
ラランがお取り込み中とみるや、メグルはハルの所へ行っていた。
いつの間に玄関を回ってきたのだろう。
ちゃんと靴まで履いてきている。
「俺はここでいいか……」
姫々さんの隣にお邪魔させてもらった。
「ススキじゃない、稲の月見というのもいいもんですね」
物は違うが黄金色なところなんかは似ているからそう思った。
「すすき? 向こうの世界では、そういうものがあるんだべか?」
「ええ、月見に供えるものの一つですね」
「そうだべか~。この世界にもすすきは生えてるんかな~?」
「…………」
「どうしたべ? 急に黙って」
「いや、俺が向こうの世界の人間かなんて話したかな……。なんて思いまして」
「おらは七護だべ。そんなのすぐに分かって当然だぁ」
「そ、それもそうですね」
視線を落とすと、膝の上のラランはいつの間にか眠ってしまっていた。
「……なんか悩み事だべか~?」
「え? いや、悩みっていうか何なんですかね……」
「隠してもわかるんよ」
「……それは、七護だからですか」
「いんや、ただの勘だべ」
「そうですか……」
少しの間があって、姫々さんは言った。
「この子のことだべ?」
「…………」
「だがら隠さなくてもいんだ。おらはこの種族の子らをずっと見てきた。人懐っこい子だがね、この子らは皆、群れを外れはしないんよ。一人でいるようなことがあれば、それは病気でも蔓延したか周りの者が殺された、もしくは攫われた……。みてえなことだべ」
鎌をかけているのか、そう語る姫々さんの瞳は少し鋭かった。
「そ、そんなことは絶対にないです。ラランにはちゃんとした理由があって……」
「大丈夫だべ。そんな人間はおらたちだって呼びはしねさ。ちゃんと見極めてるんよ」
「そうなんですか……?」
遠まわしに俺は良い人だと言われたようで、ちょっぴり嬉しかった。
「でだ、どうすんだべ?」
話の流れ的に、ラランのことだろう。
「……最終的にはラランが決める事だと思ってます。でも、ここには同種の仲間たちもいるし、何よりもララン自身がすごく嬉しそうに見えました」
「そうだべな。おらも別に構わないべ。結局のところ、この子がどうするかなんよね。ただ――」
「ただ?」
「メグルちゃんの気持ちは汲んでやらないでいんだべか? ラランちゃんが可愛い可愛い思ってるようだべ」
「ああ……。いや、でもメグルにもどうする権利もないと思うんです。それこそ、ラランが決めたことを曲げる理由も権利もどこにも。もちろん、メグルがラランに対して抱いてる愛情は知ってますけど」
「そうだべか」
すると、ふっとラランが起きあがった。
「う?」
寝ぼけたように団子を掴んで口に入れた。
「うまい!」
そう言うと、また姫々さんの膝に寝っころがってしまった。
「ラランちゃんはずっとここにいたいべ?」
聞くような諭すような、そんな口調で姫々さんはラランに聞いた。
一度瞑った目を、うっすらと開けたままラランは答える。
「スグルは恩人なのだ。また一緒にタビする……ぞ……」
かくんと首を落として、ラランはまた眠ってしまった。
「寝言か?」
「寝言だべ」
姫々さんと顔を見合わせ、俺は小さく丸くなって眠るラランを受け取った。
何かを言いたいのか、まだ口に団子が残っているのか、もぐもぐと口を動かすラランを布団まで運ぶのだった。
◇◇◇
その後、もう数日間滞在することになった俺たち。
一宿一飯どころではなくなった恩義を返すため、これまで以上に稲刈りの作業を手伝った。ただ、恩義を返すだけというよりは、これからの旅の食料分を少し分けてもらうためでもあった。
そのために、ならもう少し手伝ってくれという交渉を承諾したのだ。
だが、かなり広大な畑の面積だ。
何でも、ここの食料で冬を越えるらしいから、秋一杯は刈る作業で終わってしまうらしい。言わば、秋が一番に忙しい時なんだとか。
しかし、俺には旅をしなければならない理由がある。
姫々さんも、立場上それを分かってくれていたから、稲刈りが終わる季節を迎えるまでには旅立つ予定だった。
だが、そんなある日。
ハルの父が喧騒な声を上げて里の端の方にある田んぼから走って来た。
「大変だ!」
皆が作業を止めてその方を見る。
「どうしたんですか」
駆け寄ってきたハル父に聞いた。
あれだけ走っても息一つ切らしていないのは種族柄だろうか。
しかし、ハルの父は酷く慌てていた。
「ハルが……! 姫々様が……!」
ハルが姫々さんがどうしたというのだろう。
告げられるよりも前に、何かただならぬ気配を感じ得なかった。
「里の入口に……。ま、魔物が現れたんだ……!」




