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スグルの異世界書紀  作者: 光 煌輝
第一章 異世界での目覚め
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第五頁

 

 辺りはすっかりと夕暮れ色に染まり、泉の周りの森は完全な闇と化していた。

 木々の向こうは一寸先も見えない。

 これでは、どんなに慎重に歩いてもまともに進むことは叶わないだろう。

 だから、メグルはここを野宿の場所に指定したのか。

 いや、これまでにもメグルのように儀式を行ってきた人々がいると考えると、予めここで野宿することが決まっているのかも知れない。


 とにかく、俺はこんな危険な場所での野宿は出来る限りしたくはなかった。だからといって他にどうしようもないのもまた事実なのだが。


 そんな俺とは対照的に、相変わらずメグルは恐れなどないようだった。

 辺りが暗くなり始めていようとも、呑気に服なんかを脱ぎ始めている――。


「え?」


 泉の傍では、メグルの裸体が夕日で照らされ、オレンジ色に染まっていた。


「ど、どうして脱いでるんだよ!?」

「あ! 見ちゃ駄目ですよぅ! これから水浴びするんですからぁ」


 じゃあ、それを先に行ってくれよ……。

 俺が見ないようにと余所を向くと、水に入って行く音が聞こえた。


「血がいっぱいついちゃいましたからね~。綺麗にしないとです」

「そうだなぁ……」


 確かに、俺も今日は大量の血を浴びてしまって、血生臭さに気持ち悪さを感じていた所だ。


 こんなに血液を浴びたのは生まれて初めてだよ。まったく。

 ……俺も少しは洗い流したいな。


 後ろでは、メグルの立てている水音が聞こえている。

 水浴びをしたい欲求と同時に、別の欲も湧いてきてしまうのは人の子に生まれたからには仕方がない事だ。特に男に生まれたからには。


「メグル?」

「何ですかー」

「俺も入っていいかな?」

「いいですよ~。……でも、見ちゃ駄目ですよ?」


 やはり、それは駄目なのか。


「う、うん。大丈夫、だと思う……」


 一応の承諾を得ると、俺も血に濡れた服を脱いで泉に入った。

 入る時、メグルの背中が見えてしまったことぐらいは仕方のない事だろう。

 俺が入るとすぐ、メグルが背中越しに話しかけてきた。


「スグルさんのお背中洗いましょうか?」

「え、いいの?」

「絶対に振り返っちゃ駄目ですからね?」


 そこは頑ななんだな……。


「ありがとう。頼むよ」



 ただ、洗うってどうすんだ。

 何か洗えるようなものを持ってきているとは思えなかったけど。

 水面が揺らぎ、メグルが傍に寄って来るのが分かった。

 すると、背中に温かな何かが触れるのを感じた。


「首の辺りにも血が付いちゃってますねー」


 背中に触れてきたのはメグルの手だった。

 柔らかくて気持ちがいい。同時に、恥ずかしさも込み上げてくる。


「スグルさんどうしました? 耳が赤いです」

「ど、どうもしてないけど」

「そうですか?」


 そう言うメグルは何ともないのだろうか。

 見られはしなければ恥ずかしくないというのもおかしなものだ。

 俺は気を紛らわす為に、メグルに適当な話題を振ってみる。適当とはいえ、これからの事で気になったことだ。


「そういえばさ、野宿するのはいいけど、道具とかは何もないの?」

「道具、ですか?」

「うん。食料とかどうするのかなって思ってさ」

「何もないですよ?」

「えっ……。それじゃあ、今日の野宿って……」

「はい。草の上に寝ますー」

「やっぱりそうなのか……」


 予想はしていたが、実際にそうだと告げられると精神的にきついな。しかも、それを実行しなければならないのだ。肉体的にも厳しい。


 すると、俺の肩の辺りを擦りながら、今度はメグルから話しだす。

 その口調はこれまでに話していた時とは打って変わって、少し不安げなものだった。


「……私たちの儀式は、本当は何の力も借りちゃいけないものなんです。野宿のための装備がないのもそのためなんですよ。だから……」

「あ………」


 俺はすぐに気が付いた。

 ほとんどの場面で助けてもらい、足手まといになっていたとはいえ、俺は少なからずメグルの手伝い的な事をしてしまっていた。

 それが何かしらの力を借りてはいけないということに反する行為だとしたら……。


 俺が察したと同時に、メグルはすぐさま言葉を続けた。


「す、スグルさんがいけないって言ってるんじゃないんですよ? ただ、私心配なんです……。私が村に帰った時、儀式が無かったことにされないかって……」

「……儀式が無かったことにされたらどうなるの?」

「大人になったって認めてもらえないんです……」

「それだけ?」


 もっと何かしらのペナルティがあると思っていたから、素っ頓狂な声を上げてしまった。

 しかし、メグルは本気だった。


「それだけって……! 私たちは大人になったことを認めてもらえないと村から一生出させてもらえないんですよ!? 一生、村の中で働いて生きていくしかないんです……。結婚だってさせてもらえません…………」

「ご、ごめん……」


 確かにそれはつらいな……。

 そうとは知らずに俺はなんてことを。

 しかし、知らなかったというのは都合の良い言い訳だろうか。

 どちらにせよ、俺はメグルを悲しませてしまったのだから。


「……儀式のやり直しはさせてもらえるんです。でも私、もう一人で旅をするのは怖いです……。魔物が襲って来たり、夜は独りで寝なくちゃいけなかったり、怪我も一杯しました……」


 そうか、たとえやり直しのきく儀式でも、それをこんな女の子が一人でこなすとなったらどんなに辛い事か。

 たとえもう一度チャンスを与えられても、二度目はやりたくないのも当然だ。

 それにしても、何物にも動じずに心の強い女の子だと思っていたが、そんなことはなかったのか。弱い部分もしっかりあるし、人間らしい。

 何よりも、女の子らしいじゃないか。


「きっと大丈夫だよ。メグルはちゃんと儀式をこなしたんだし、それは俺が証明するよ。だから大丈夫だ!」


 俺は、振り返ってメグルの両肩を掴んだ。

 気休めぐらいにしかならないとは思うが、ここは応援しないとな。


「スグルさん……」


 すると、少しは安心してくれたのか、悲しげだったメグルの表情が、気持ち和らいだのが分かった。

 だが、その表情を見た後に、視線が下に向いて気が付く。


 濡れて艶やかな肩甲骨の下にはそれなりのふくらみ。なだらかな曲線に藍色の髪が張り付いているのが、淫らさの演出を手伝っている。

 つい、すぐには視線を逸らせずに見とれてしまった。

 だって、始めて見てしまったんだもの。こんな可愛らしい子のこれを生で。


「あ、やば……」


 本能からやっと理性に戻り、慌てて視線を顔に戻すが、その赤らんだ顔を見て手遅れだということに気が付いた。

 メグルは必死に両腕で隠し始めたが、もう十分に堪能させてもらった後だ。御馳走さん。


「見ないでくだひゃいいぃぃぃぃぃ!」


 だから、振りかぶられた平手が飛んでこようとも、悔いはなかった――。




               ◇◇◇




「悪かったよ……」

「もう! 見ないでくださいって言ったじゃないですかぁ!」


 メグルはとっくに泉から上がっている一方で、俺はまだ浸かっていた。

 また見るかもしれないからと、肌が渇いて服を着るまでは上がって来るなというのだ。無情だなあ。

 見るだけなら減るもんでもないだろうに。

 日がすっかりと暮れてしまった後の泉は寒くなってきた。しかし、メグルのお怒りはまだ冷めやらぬようで、いつまでも俺を責め立ててくる。


「本当に大胆過ぎです! スグルさんはいつもそんなにえっちなんですか?」

「いつもっ……!? そ、そんなわけないだろ」


 さすがにそれは誤解だ。

 見ることが出来て嬉しかったのは否定しないが、さっきだって見ようと思ってみたわけじゃない。

 変態扱いされるほどじゃないだろう。


「そうなんです? でも、昼間には抱っこまでしてきましたよね。もしかして、一目惚れなんかしちゃいました? 私に」

「ああ!? はあ!? なんでそうなるんだよ」


 興味なさそうな顔をしている癖に、意外とそういう突っ込んだ話もするんだな。

 しかも、少し自分に自信がありげな発言だな。「私に一目惚れしちゃいましたか?」なんて……。


 俺なんかはたとえ興味があっても向こうの世界で上手くいかなかったせいか、やっぱり恋愛ごとの話はからっきし苦手だ。少し嫌悪していた部分もあるな。

 だが、積極的に行けば彼女の一人ぐらいは出来るんじゃないか、なんてことを言われたことも無くはなかったから、メグルにもそう見えているのだろうか。結構ましな顔に見えていたりするのだろうか。

 一応、世界が違うとはいえ同じ人間のようだし、美的センスもそこまで違うってことはないだろうしな。


 積極性ねえ……。

 その言葉を信じて、俺は少し冗談をかましてみた。


「お、おお……。メグルのこと好きかもなー。……少しだぞ? 少し……」


 冗談のつもりでも言っている自分が恥ずかしくなってしまい、結局は「少し」だなんて予防線を張ってしまった。

 しかし、実際のところ俺の気持ちはどうなんだろう。

 今日出会ったばかりの女の子を好きになるなんてことはあっていいのだろうか。

 でも、状況が状況とはいえ、俺が女の子を助け、そしてこんなにも優しくされたのは初めてかも知れない。だからこそ、恋だの愛だのの感情が少しなりとも湧きあがってきても不思議ではないのかも。

 それなりに成長した男女の仲なんだ。

 キスの一つぐらいだって許されるはず。


 しかし、さっきからメグルの反応が無いが、俺の言葉をどう受け止めたのだろう。

 まあ、冗談だと判ってはいると思うが……。


「スグルさん……?」


 お、良かった。そこにいることはいるようだ。

 いまだ肌が乾かないのか、俺は許可なしには後ろを振り向くことが出来ないでいる。いい加減、体もふやけてしまいそうだ。


「どうした?」


 俺は空を見ながら、メグルに返事をした。


「スグルさんは記憶喪失なんですよね?」

「え? あー、うん……」

「じゃあ、女の人を抱っこするってことがどういうことか分からなくてしてしまったんですよね?」


 何だか探るように聞いて来るな。


「……うん。悪いけど」


 本当に分からないのだから仕方がない。


「……じゃあ、今後のこともあるので教えておきますね」

「あ、頼むよ」


 そうだよ。

 むしろ、さっきはどうして言ってくれなかったんだと思う。

 俺はこの世界のことが分からないのだから、出来るだけ向こうの世界とのギャップを早めに埋めておきたい。でなければ、また抱っこしただけでとんでもない悲鳴を上げられるようなことになりかねないのだから。


「いいですか? 女の人を抱っこするって行為はですね? 行為はですね? 抱っこって行為はですね?」

「どうしたんだ? 早く教えてくれよー」


 どうしてそんなにもったいぶっているのだろう。

 その先が出ないのか、メグルはしばらく同じ言葉を繰り返すということをしていた。

 そして、やっと次の言葉を発したと思いきや、何だかそれはよく分からない言葉だった。


「そ、そ、その、ですね? べ、べ、べ、べ、べどに誘うってことなんでずびょ!」

「え? ごめん、もう一回……」


 今までと同じ言語だよな?


「ですから! ベッドに誘ってえっちしようってことなんですぅ!」

「ああ……。って、え!?」


 どうやら、メグルは恥ずかしかったりなど動揺する時には滑舌が訳の分からないことになってしまうようだ。

 だが、今の一言はしっかりと聞こえた。

 聞こえた所為で、俺も動揺せずにはいられない。

 どうりで、メグルがあんなにも恥ずかしがっていたわけだ。

 大胆だのえっちだの言われる理由がようやく分かった。そのまんまじゃないか。

 ていうか、俺は無意識のうちにすでに積極的になっていたということか。いや、無意識なら積極性も何もないけどさ。

 ともかく、そんな重大な事だったなんて思わなかった。


「俺、すごく悪い事しちゃったみたいだな……」

「そうですよ! 結婚する人としかそんなことしちゃ駄目なんですからぁ!」


 だよな。

 そういうことは自分の好きな人としか……。


「で、でも、わらひ、すぎゅるひゃんとにゃららったら……」


 たらったらった? 兎のダンスでも踊っているのだろうか。

 ていうか、今なんて? 俺の名前が入っていたような気がするが。


「ごめん、また聞こえなかった。もう一回――」

「だから! 見ないでくださいってばあああ!」

「わああ! でも、もう一回だけ言って……」

「こ、来ないでくださいよぅ!」


 しんと静まる森の中の泉。

 そこで、俺とメグルはそんな風に騒がしい夜を送ったのだった。


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