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スグルの異世界書紀  作者: 光 煌輝
第七章 魔術の国へ
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第四十五頁


 翌日、アイルズはルクエリエイトに向かう事を王に報告した。

 アイルズの兵団をも勝手に動かそうとしていたことから、王の罠としては、ルクリエイトに向かったアイルズを亡命者として、ルクリエイト諸共消し去ろうという魂胆だったのだろう。


 勝手な推測ではあったが、アイルズを消そうとしているのは間違いなかった。

 そして、どうしてそうなってしまったのかと詰めていくと、どうしても俺たちが関係しているのだった。


 アイルズは、俺たちと関わり過ぎたばかりに、こうして命を狙われるまでになってしまったのだ。

 もちろんそれも推測で、完全にそうと決まったわけじゃない。

 けれど、レイ王は近い未来に必ずや恐ろしい事を為そうとしている。

 そう感じずにはいられなかった。


「スグルくん、準備はいいかい……?」


 馬車の荷台に隠れている俺に、馬を操りながらアイルズが言った。

 しかし、念のために隠れているとはいえ、ハッシュが城門の兵士と最も早くに話を付けてくれていたから、すんなりと通ることが出来た。

 レイ王も、アイルズをわざわざ見送るなんてことはしなかったから、バステリト本国を抜けるのはそれほど困難ではなかった。


 城門を抜け、馬車が勢いよく走り出した。

 振動でそれを確認した俺は、これからの動向をどうしていくか、頭の中で整理する。

 ただ、一気に物事を片付けようなどとするのは、俺の悪い所だ。

 一つが完成しないうちに次へと手をだし、中途半端になっていたのが、今までの俺が器用貧乏たる理由なのだ。


 俺は、やればできるはずなんだ。

 一つ一つ、放り出すことなく確実に物事をこなしていけば、いつかは実を結んでくれるはず。

 たとえ小さなことでも、積み重なっていけば強くなれるんだと俺はこの世界で学んだ。

 いや、学んだというよりは、この身と心に感じさせられたのか。


 何もわからずにいた俺はたくさんの人に支えられ、一人、また一人と守るべきものが増えていく。それらが積み重なって、俺は少しずつ強くなってきた気がした。


 この力を、俺はみんなの為に役立てたい。

 今だって、俺は心のどこかで平凡は嫌だなんて思っている。

 だが、始めから戦争なんて望んじゃいない。破壊なんて求めちゃいないんだ。


 いつか、メグルは自分の世界が、俺の元いた世界よりも平和ではない事を悲しんだ。俺がフォローをいれたために、それはほんの一時だったが、メグルは誰よりも人の幸せを願い、誰よりも世界の平和を願っている。


 外の世界を見てみたい。

 確か、メグルの夢はそうだった。

 そして、こうも言っていた。

 困っている人たちを助けながら旅をしたい、と。

 だから、俺は誓ったんだ。

 そんなメグルこそを助けるのが、俺なんだと。

 メグルを守るのは俺自身の意志でもあり、プレイン村の皆、メグルの両親の願いでもある。


 ……もしかすると、バステリトの皆を助けるというよりは、メグルを助けたい。ただその一心で俺は動いているのかも知れないな。

 だが、そこに後ろめたさを感じる必要などないはずだ。


 今の俺は繋がりを信じている。

 小さな物事でも大きな物になると知っている。

 バステリトの皆を助け、王の計画を潰すことが出来れば、メグルは戻って来ると考えている。直接にメグルの居場所を探さなかったのは、そういった理由からでもある。これまでの経験から、王は子供ゆえからか短気な部分があり、それを刺激してはならないからということでもあるのだが。


 もうだいぶバステリトを離れた頃だろうか。


「スグルくん、もう隠れなくても平気だよ」


 馬を引くアイルズがそう言ってきたため、俺は被っていた布を取った。


 俺の周りには、腐るまでに食べきれるほどの食料や、硬化の入った壺、他にもランプやらが置かれていた。もう大した物は入っていないのだが、俺のリュックもしっかりと部屋から持ってきた。


 これらの物は、旅をするのには十分すぎる程の備えだった。

 国の、そして兵団長という地位だからこそ調達できる物なのだろう。特に壺いっぱいの硬化なんて、総額いくらになるのだろう。

 これだけあれば、食料やらを持って来ずとも、食事つきの質の良い宿に泊まれるはずだ。


「アイルズ! このペースだとどのくらいかかりそうだ?」

「一度も止まらなければ、たぶん五日で着くと思うよ。ただ、馬がそんなに走っていられないし、僕ももたないよ」

「じゃあ、途中での休みは必ず必要だな」

「うん。最低でも、延べ時間で半日は休まないとね。ちゃんと時計は持ってきているから、時間の管理は大丈夫だよ」

「時計?」


 確かに必要だが、そんなものここには積んでいなかったような。

 俺が荷台の上を探し回っていると、アイルズが呼んできた。


「スグルくん! これだよ、これ」


 前を向きつつ、腕だけを見せてきた。


「ああ、腕時計か」


 アイルズの腕には、近代的な腕時計が備わっていた。


「スグルくん、腕時計を知っているのかい?」

「まあな」


 そりゃあ、俺の世界は時間が分かるどころか、デジタルで管理までされていたからな。便利は便利だが、今思えば窮屈な世界だったな。

 ここは、時間に縛られていなくていい。


「スグルくんは何でも知っているんだね。失礼なんだけど、正直な所、田舎者だって少しだけ馬鹿にしていたんだ。ごめんね」

「本当に失礼だな……」


 わざわざ言うことでもないだろうに。

 メグルが聞いたら、「どうせ田舎者ですよ~」なんて卑屈になりそうだな。


 それにしても、腕時計の話をしてから、どうしてかアイルズは残念そうな雰囲気を放っていた。

 もしかすると、腕時計なんてこの世界だとまだ珍しいだろうから、俺に自慢したかったのではないだろうか。

 それなのに、知っていたから残念だったといったところか。

 馬車に揺られているだけじゃ退屈だし、少しだけ付き合ってやるか。


「アイルズ、その腕時計いいな」

「あ、興味があるかい?」


 お、少し声のトーンが上がったな。

 分かりやすい奴め。


「それ、どこで買ったんだ?」

「……ふふ、実はね」


 おっと……?

 何だか嫌な予感がしてきたのだが。


「これは僕が作った物なんだぁ~!」


 予感は的中したと同時に、まさかという思いだった。

 金髪人たちは指先が器用な職人気質だと聞いてはいたが、まさかアイルズが時計を作るまでに器用だとは思わなかった。

 そして、この嬉しそうな口調。

 ロングソードの出来栄えを俺に話してきた時と同じだ。

 アイルズは、馬を操りながらも腕時計を外し、俺に渡してきた。


「まあ、手に取ってじっくり見てくれよ~」

「お、おう……」

「始め、僕は作り方なんてわからなかったんだけどね、城の裏になんでも小さく創るお爺さんが住んでいるんだ。それで、そのお爺さんが壁にかかってる時計を持ち運べないかと考えたそうでね――――」


 それから、腕時計というものが出来るまでの過程を延々と聞かされたと思ったら、話はアイルズの腕時計づくりの工程、苦難、完成した時の感激に至るまで、物語形式で続けられた。

 退屈はしなかったが、お蔭で衰弱しそうだった。

 バステリトを出たばかりだが、もう、しばらくアイルズの声は聴きたくないと思ってしまった。




               ◇◇◇




 道程は比較的順調だった。

 ルクリエイトがそれなりに大きな国ということもあってか、街道が舗装されているということもあるのだろう。


 馬が疲れてこない限りは、出来るだけアイルズも進んでくれた。

 元々国土の広いバステリトだ。馬も、長距離を行くために随分と鍛えられているようだった。


 それから、二日ほど経った頃だった。


「もうすぐ関所だよ」


 アイルズが、少し疲れたような口調で、しかしはっきりと言った。

 関所か。

 以前にも、ラランの村へ行く際に壊れた関所を通ったな。

 あの時は関所の番人もいなかったようだが、今回は大丈夫なのだろうか。


「アイルズ、関所はすんなり通れるのか? 見張り役に話がいってるとは思えないんだけど……」

「……スグルくんの言う関所がどんなものなのかは分からないけど、たぶん、スグルくんの思ってる以上に管理は杜撰(ずさん)だから心配はいらないと思うよ」

「どういうことだ?」

「関所って言っても、何も国への侵入を拒んだり、入国、出国の審査みたいなものがあるわけじゃない。当初はそのつもりで造られたらしいんだけど、何せ国が広すぎてね。管理することが難しくなったんだ。だから、関所で見張っている兵士なんて誰もいないし、今ではバステリト領土の目印ぐらいにしか役に立ってないよ」

「そうなのか。本当に意味ないんだな」

「まったくだよ。国境なんて区切りをつけないで、全ての人がもっと容易く行き来できる世界になればいいのにね。はっきり言って、バステリトは嫌われ者だからさ……。いつか攻めてくるんじゃないかって、ルクリエイト以外の国も警戒してるって噂だよ」

「バステリト国民は辛いな……」

「そんな事は言ってられないけどね。僕らの国は僕らが変えなきゃ仕方がないんだ」

「そうか……」


 何が起こりうるかわからないこれからの出来事に対し、覚悟を決めているのはアイルズも同じだと実感した。

 しばらく走っていると、アイルズの言う様に関所に着いた。

 やはり、設置がしやすいからか、関所は小川を渡すように、それほど大規模ではないものが置かれていた。


「川に落ちないようにね」

「落ちる程に揺らさないでくれよ?」


 馬が関所に足を踏み入れた。

 荷台から見た川の景色は、きらきらと輝いて綺麗だった。

 向こうの世界で、俺の近所にあった川とは大違いな透明感をしている。


「スグルくん、川を見るのは初めてかい?」

「馬鹿にすんな。川ぐらい見た事ある。田舎もんならなおさらだろ?」

「皮肉を言わないでおくれよ……。僕はそんなつもりで言ったんじゃないんだからさ……」


 なら、川を見た事あるのかなんて質問するなよ……。

 確かに、これだけの綺麗な川は見たことないけどさ。


「……この川はね、スグルくんたちが来たプレイン村に流れ着くんだよ」

「そうなのか? でも、プレイン村に川なんてなかったぞ?」


 湿地のように池はたくさんあったが。


「そうだろうね。川は途中で消えてしまうからね」

「消える?」

「吸収性の高い土に沁みこんでしまうんだよ。それで、山の下をくぐってプレイン村の柔らかい土の上に湿地を作りだす。だから、あの地域には川が無いのに水が豊富だなんて不思議な地形が作りだされているんだ」

「ほー。そうだったのか」


 プレイン村には、なぜ川が無いのに水があるのかなんて考えもしなかったが、そういった背景があることを聞くと、アイルズの知識にも感心してしまった。

 さぞかし、国の図書館でたくさんの本を読んだのだろうな。

 こんなところで、イケメンに理科? 地理だろうか? ともかく勉強を教わることになるとは思わなかった。


 馬車はまだ関所内の橋を渡っている。

 荷台が跳ねないようにアイルズが制御してくれているのだろう。馬は走るでもなくのんびるするでもなく、丁度よい速さで渡っている。


 そんな退屈な時間を紛らわせてくれるためか、アイルズは続けた。


「それでこの川はどこから流れてきているのかって言うとね。北にある水の

国から流れてきているんだ」

「水の国?」

「ああ、どこもかしこも水に囲まれた国って聞くね。バステリトで売ってる魚も、そこから仕入れているんだよ」

「そういえば、そんなことを聞いたな」

「そこには、大きな海という水だけの世界が広がっているらしいんだよ。とても綺麗だって聞くから、僕も一回は行ってみたいんだけどね」

「海かあ……」


 思えば、メグルは海を一番に見たそうにしていたな。

 でも、池ほど大きくはないと海を軽くみていた。

 早く海に行って、メグルに海を見せてやりたい。そして、メグルがたまげる姿を見てみたい。

 そのためには、まずはメグルを助け出さないとな……。


「関所を抜けるよ。段差で少し揺れるかもしれないから気を付けて」


 アイルズの言葉を聞き、俺は荷台に掴まって備えた。


「…………」


 開けっ放しの門を今まさに通り抜けようとする。

 瞬間、俺の目の前がぐらつき始めた。


「ど、どうしたんだ!」


 アイルズが叫ぶ。

 どうやら、馬が暴れはじめたようだった。

 荷台の上が波のように激しく揺れる。

 何とか放り出されないようにと、俺は掴まっているだけで精いっぱいだった。


 だが、激しく揺れ出した直後には、馬の動きが完全に止まっていた。それも、どう考えても制止することの出来ない体勢で。


「?」


 馬は、両前足を振り上げたまま、像のように硬直していた。

 まるで、石になってしまったかのようだ。しかし、馬はしっかりと息をしており、体からも生を感じられる。本当に石になってしまったわけではないようだ。

 時間が止められたように、動きだけが止まっていたのだ。


「アイルズ……! 大丈夫か……!?」


 起き上がり、俺はアイルズの行方を捜した。


「う、くっ……。僕は大丈夫だよ……!」


 振り下ろされ、橋に叩きつけられたみたいだったが、何とかアイルズも無事の様だった。

 アイルズは立ち上がると、完全に止まったままの馬に近寄り、触れて何かを確かめているようだった。


「これは……!」


 何かに気が付いた様子のアイルズは、足元を見ていた。

 俺もそこに目をやる。

 馬の足元には、小さな円形がたくさん描かれていた。その一つ一つに注視していくと、どれもが魔方陣そのものだった。

 俺が城の中から見たものの、小さい系統のものだ。


「確か、捕縛の魔術だ。予めここに仕掛けられていたんだろう……」


 アイルズは言う。

 そして、こうとも言った。


「……ここで捕らえるように仕掛けられているということは、これを仕掛けた魔術師たちがいるということだ」


 その言葉に答えるように、関所の影から二人の黒いローブを纏った人物たちが現れた。


「その通りです。バステリトの兵士。あなたたちには捕虜となってもらいます」

「捕虜だって……?」

「そうです。メロル様の命令です。逃げ出そうとしたり、逆らおうとすれば……」


 魔術師たちは、ローブを巻き上げ、杖を出し突きつけてきた。


「私たちの魔術で焼き殺してよいと言われています」

「アイルズ……。どうする?」

「どうするも何も、僕らはルクリエイトに用がある。この人たちに従おう」

「ま、そういうことになるか……」

「では、さっそくですが馬車を動かしなさい。私たちと共にルクリエイトへ向かうのです」

「分かりました」


 アイルズは、淡々と言われたことに従っていく。

 俺も、辺りに散らばった荷物を積み直し、さっさと馬車に乗り込んだ。

 予想外の出来事に見舞われはしたが、今は少しでも時間が惜しいのだ。

 目的地が同じならば、余分な時間をかけている暇などない。


「捕縛の魔術はもう切れているはずです」


 馬車は、ルクリエイトの魔術師たちを乗せて再び走り出した。


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