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スグルの異世界書紀  作者: 光 煌輝
第五章 バステリト王国
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第三十二頁

 謁見の間を出た後、俺とラランはアイルズの部屋に案内された。

 ただ、アイルズの自室ではなく、兵団長としての部屋だ。


 俺が、今まで発展していない暮らしをしている地域しか見て来なかったからだろうか。兵団長室は随分と整理が整っていて、そして俺にとって現代的な生活が営めると感じられるほどだった。

 まあ、アイルズの地位が高く、城内に部屋を設けているからということもあるのだろうが。


「スグルくんと、ラランさんだっけかな。そこのソファーに腰かけてくれ」


 言われてすぐに、ラランが飛び込んだ。


「なんだこれー! ふわふわだぞー。ぼよーん。ぼよよぉーん」

「お、おい。高そうなんだから穴開けたりするなよな……」


 しかし、久々に座った木以外の椅子は、歩き疲れた足を休めてくれる。

 注意しつつも、つい俺もだらしなく、深く腰掛けてしまうのだった。

 L字型に置かれたソファーの向こう側に、アイルズが腰かける。

 その顔つきはすぐれないものだった。


「すまないね。スグルくん……。まさか、公爵があんな風にして王の側にすり寄っていたとは、僕も思わなかったよ……」

「いや、アイルズは悪くないさ」

「そういってくれるとありがたい。……やっぱり、同族の悪行は気になってしまうものだよね。逆に言えば、功績を上げた同族は英雄だ」


 この場合の同族というのは、同種族という意味だろう。もちろん、髪の色で区分できるこの世界特有の人種だな。


「でも、アイルズは同族以外の人にもあんなにも慕われていたじゃないか。となると、アイルズは英雄だな」


 この城に来るまでの、街での出来事だ。

 あれはまるで、パレードのようだったからな。

 アイルズたちは兵士だから、凱旋とでも言うべきか?


「はは、そんなことはないさ……。僕らはただ、王に言われた通りに敵国に攻めただけだ。侵略とでもいうべきだろうね……。ただ、交渉の場を設けて、ほとんどの国は応じてきたから、それほど戦わずにこの国は領土を拡大してきた。だからこそ、良くも悪くもその土地の文化がそのままなんだよ。本国から離れれば離れる程ね」


 そういえば、城の外の街並みは石造りの家が多かった気がする。城門も石で出来ているし、ここに来るまでに何度も小さな岩壁を見てきた。

 岩や石が多い地域だからこその特徴。

 まさに文化か。

 しかし、もっと前の、公爵に支配されていた……確か、ローフタウンと言っていたかな?

 あの街は俺の知っている限りでの西洋風の街並みであり、こことはまた違う様式だ。

 同じ国でありながらも、国土が広く別の人種が集まれば、その地域に根ざしている暮らしはそう簡単には変えられないということなのだな。

 気候の変化によって食べ物も変わるだろうから、納得できる話だ。


「でもさ、城があるってことここが元々のバステリトで、ここから領土を広げていったわけだろ?」

「そうさ」

「なら、どうして街には茶髪種の人が多いんだ? 王様は金髪だったじゃないか」

「そうかい? まあでも……。確かに、この世界は単一種で暮らしている種族が多いから、こうして色んな人種が住んでいるのは珍しいかもね。それでも、この国は僕らゴールドが築き上げてきた国さ。ブラウンの人たちは、元々、国を持たない種族なんだ。それでいて、こういってしまってはなんだが……。アクセを使いこなすのが下手だね。だから、統制も無しに魔物のいる世界では絶滅する傾向にあった。ただ、数が多い人種だから、そうなる前に様々な人種と交流を深める中で、生き延びてきたらしいけどね。ほら、あの人たちって優しいだろう?」


 確かに、ローフタウンでは宿のお姉さんにもお世話になったし、あの街の人たちは人情溢れる人たちだった。街全体が困窮してなければ、互いに助けることもしていたと思う。

 ただ、竜巻被害の街で出会ったおじさんは、ラランたちの種を差別するような発現をしていたから、一概に優しい種族とも言えないか。


 いや、いつでもどこでも、大勢の一部の中に頭のおかしい奴はいるものだ。あのおじさんだって、竜巻の被害に遭っていたわけだし、仕方ないと言えば仕方ないのだろう。


 アイルズは、そのまま話を続けた。


「それで、ブラウンの人たちは手先も器用なんだよね」

「そうだな。織物とかするって言ってたしな」

「うん。だから、ここでは僕らが技術を教えてあげているんだ。……その、思い出させてすまないけど、さっき、公爵が金を加工したものを持っていただろう? あれは、ゴールドの僕らが得意とする技術なんだ。もちろん、教えてあげれば誰にでもできるかもしれないけど、腕が違うよ。旅商人だなんて言われてるけど、元々、僕らは職人気質らしいんだ。それで、作ったりしたものを売り歩いて暮らしてるうちに、いつの間にか旅商人だなんて言われちゃったんだよね」


 そう語るアイルズは、何だか嬉しそうだった。

 やはり、自分の種族の誇らしい部分を語るというのは、気持ちがいいものなのだろうな。

 話をしている間、ラランは何が何だか分かっていない様子だが、それでもにんまりと笑って楽しそうに話を聞いていた。

 すると、アイルズは嬉しそうな表情のまま、おもむろに立ち上がった。


「ちょっと見てくれるかい?」


 そう言って、傘立てに入れられた傘のようになっていた剣を持ってきた。


「実はこれ、僕が作ったものなんだよ」


 アイルズが見せてきたのは、初めて会った時に腰からぶら下げていたようなロングソードだった。


「ほら」

「ほらって……。あぶな……! うわっ、重っ!」


 寝かせたロングソードを軽く投げてきたから、俺はそれを受け取るしかなかった。


「どうだい?」

「どうって言われてもなぁ……」


 俺は、ゲームの中に出てくる剣の名前ぐらいは知っているが、出来がどうだとか技術的にどうなのかとかはさっぱりだ。

 しかし、アイルズは刀身がどうだとか今までに何本作っただとか語っていた。

 はっきり言って、だんだんとめんどくさくなってきた。


「あ、あのさ」


 せめて、終わりそうにない剣の説明からは抜け出そう。


「アイルズはアクセを使うんだよな?」

「もちろんさ。あれがなきゃあ、どんなに鍛えた人間でも、魔物とは対等に渡り合えないからね」

「じゃあ、なんで剣なんて作ってるんだ? アクセがあれば、剣なんていつでも具現化出来るだろ?」

「スグルくん。武器を具現化させるのはタダじゃないじゃないか」


 言われて気が付いた。

 今までは気にせず使ってきたから、そういうものだと思い込んでしまっていた。


「確かに、アクセで作りだす武器は強力だ。だが、あれを出すには体力および生命力を消耗してしまう。僕らバステリトの兵士たちは、その消耗を出来る限り少なく抑えるために、こうした物を作っているんだよ。ブラウンの人たち用でもあるけどね」

「そうか。色々と意味があるんだな」

「そういうことさ。成すべきことに何の意味も無いものなんて無いんだよ」

「…………」


 意味の無いものは無い。

 それは、今までの俺の努力にも言える事なのだろうか。

 この世界に来て、俺の成そうと思ったことに突き進めばいいと思って行動してきたが、それは意味のあることだったのだろうか。

 ラランを助けたこと。

 幻魔を倒したこと。

 ここに来る少し前までも、色んなことがあった。

 それらは、俺にとって意味があることだったのだろうか。

 いや、もっと言えば、今以上に良い方向へと進むことが出来たのでは?

 例えば、七護を守ることが出来たかそうでなかったかだ。


 今頃悔やんでもどうしようもないのは分かっている。だが、そんな未来を作りだせる可能性があったとして、さらにその未来の方が今よりも良い未来だったとして、それを実現できなかった俺の行動には、何らかの意味があったのだろうか。

 ……なんだか、俺の頭の中ってうるせえな。

 でも、そんなことをこの世界に来てからまだたまに思い出しては、前の世界も思い出してしまう。そこでの出来事、生活も。


 別に、戻りたいわけじゃない。

 ただ、これまでももっと頑張っていれば、こんな世界に連れて来られたことを恨むような人生を送れたかもしれないのにな、なんて思ってしまうんだ。


「まあ、何にせよ努力は大事ってことさ。初めから職人である人間なんてどこにもいない」


 初めから職人はいない、か。

 そうだな。確かにそうだ。

 人間、何でもこつこつと積み重ねて実を結ぶんだよな。そうだよな……?


 いや! 卑屈になるのはよそう。

 俺はもっと頑張るべきなんだ。数日そこら、ましてや百年近くある寿命の中で、たった数年で人が変われるはずはないんだ。

 俺も、もっと気長に一生懸命に頑張るとするか。


「アイルズ! なんか、お前っていい事言うなあ!」


 お蔭で、少し吹っ切れた感はあった。


「そ、そうかな。そう言ってもらえると嬉しいよ。まあ、努力だなんてボンボンの僕が言うのもあれなんだけどね」

「ボンボン?」

「いや、恥ずかしながら、僕が兵団に入団できたのは両親のお蔭なんだ」


 おい、何だか嫌な予感がするぞ。

 努力って話はどうなった。


「両親がまだ若かった頃、もちろん、ゴールドの両親は旅商人をして暮らしていたそうなんだ。けど、そんな時に立ち寄ったのがこのバステリトだった――」


――アイルズはまだ生まれていない。バステリトもその時はまだ小さい国で、資源を求めてこれから戦争を開始しようという時だった。そんな国の王。つまり、今のレイ王の先代にあたる王の事だ。その王に、同種であるからと国で雇ってもらい、持ち前の技術を活かした剣を作っては、それは気に入られたそうなのだ。それ以来、アイルズの両親は国内で剣職人をするようになり、アイルズを産み育てた。そんな、国王に気に入られた家族の子供であるアイルズは、何の試験を受けることも無く、王の剣術指南役に上等の剣術を教わり、今に至るということなのだ。先代が亡くなり、レイ王に継承されたのは最近のことらしい。


「……なんだ、結局は親の七光りじゃねえか……」

「そ、そんなこと言わないでくれよ。一応、これでも兵団長になるまでは僕自身が頑張ってきたんだから……」

「自分で自分の努力をひけらかすのはどうかと思うぞぉ?」

「確かにそうだけど……」


 イケメンは落ち込んでもかっこいいんだな。

 ムカつくぜ。

 ……なんてな。


「気にするなって。アイルズは頑張ってるさ。さっきの謁見を見てもそれは分かる」

「そうかい……? 実は、ここのところ自信がなくなってたところでね」

「どうしてだよ?」

「……当たり前だが、国民は平和で戦争なんて望んでいないんだけど、王はまた近頃戦争をしようと言い出したんだ……」

「ああ、そういえば……」


 さっきの謁見で、奇術を使う民の国がどうとか言っていたっけか。


「まあ、一応、使者に書状を持たせて、出来るだけ戦争にはならないように交渉はしてみるつもりさ。王は、たぶん自国の領土を広げたいだけだと思うからね……」


 やっぱり、こうしてみるとアイルズは苦労人だというのが分かる。

 あのへんてこりんな王にはつくづく苛々させられているんだろうな。

 初めてあった時、つい悪口が出てしまっていたのも頷ける。


「ねー! いなんまつー!」

「あ? なんだって?」

「つまんなーい!」


 とうとう、退屈になってしまったのか。

 ラランが騒ぎ出してしまった。


「はは、やっぱり、彼女には退屈だったかもね。僕の昔話なんて」


 いや、違うだろ。

 昔話もそうだが、一番は途中で挟んできた剣の自慢だ。

 自覚が無いとなると恐ろしいな。これからは、あまり剣の話題を振ることは止めておこう。


「お外行こう! お外! お外ぉー!」

「うるさいな……。少しぐらい我慢してくれよ……」


 そんなラランに、アイルズは何か持ってきた。


「これ、食べて我慢してもらっちゃ駄目かな?」


 さらに載せられた、上品そうなクッキーだった。馬車内で食べていた、保存食的なものとは明らかに違う。甘い匂いが漂っている。

 それを見たラランは、一度は嬉しそうな顔をしたものの、まだ何かが不満な様だった。


「こんなちっこいのじゃやだぁー!」

「食いしん坊だな……。いいから食ってみろって。せっかくもらったんだしさ。悪いな、アイルズ」

「いや、いいさ。彼女も幻魔の被害者だ。領土を広げるために、彼女らの住む森を切り、勝手に関所を置いたのも僕らだしね……」

「なんだ! こんなものでっ! あたいは負けないぞー!」


 なんて言いながら、口にクッキーを詰め込んでいる。


「うまーーーい!」


 どうやら、完全敗北したようだ。


「なんだこれー。うまいなぁ。これ、なんていうんだ?」

「クッキーだよ」

「くきーか! 茶色いのに果物の匂いがするぞー」

「さすがだね、それは柑橘系の果肉が入っているからね」


 退屈だったのか、腹が減っていたのか。

どちらにせよ落ち着きはしなかったが、不満で騒がれるよりはマシか。


「スグルー。そいえば、おねえはー?」

「ああ、確かに。すっかり忘れてたな」


 着替えに行ったきり、姿を見ていない。


「アイルズ。メグルはどこにいるんだ?」

「ああ、あの綺麗な女の子だね。謁見が終わったらここにいると伝えておいたから、そろそろ来るとは思うんだけど……。確かに遅いね」

「少し様子を見に行ってもいいか?」

「ああ、いいとも」

「ついでに、ラランのこと見ててもらってもいいか?」

「もちろん」


 ラランのお守を嫌がりもせずに引き受けるなんて。


「やっぱ、あんたイケメンだよ」

「?」



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