第二十七頁
おじさんに聞いた関所とやらにたどり着くと、そこも見事に竜巻の爪痕が残っていた。
関所は破壊され、そこから続いている森の中の木までもが薙ぎ倒されている。
その範囲を見るからに、確かに竜巻は小さいようだ。
しかし、その大きさに似合わない破壊力。
いつ、また竜巻が発生するかも分からない。
俺達も気を付けなければ。
本当は、関所で見張り役でもいたはずなのだろうが、この有様ではさすがに誰もいなかった。
俺達は、誰にも気兼ねすることなく倒れた関所を踏み越えていく。
ここから先は、バステリト領ではないということになる。
おじさんは、政治もルールもない領地と言っていた。
国という概念はないのだろうか。
そう考えると、やはり危険だという意識が湧いてしまう。
だが、ラランを見てそんな念は振り払った。
ラランは、森に着くなり器用に木に登ったりして楽しんでいた。
「ここ、見たことあるー!」
そんなことを言って、気をひょいひょいと飛び移っている。
見たことあるということは、やはりラランはここの住人なのだろうか。
近づいてくる真相に、俺は少し緊張してきた。
すると、森の奥から不自然な風が吹いてくる。
「きゃあ!」
「うわっ! なんだ!?」
周りの木は揺れていない。
俺達の歩いている所だけを目掛けて、強めの風が吹いて来ている。
まるで、俺達が向かうのを拒んでいるかのようだ。
メグルは、必死にスカートを押さえている。
こんな時でも恥ずかしさ優先か。
「ララン! 落ちたら危ないから下りてこい――」
吹き付ける風から顔を守りつつ、木の上のラランに視線を向けた。
「…………イタチ様だ」
ラランの様子がおかしい。
「ララン……?」
ラランは、その吹いてくる風から何かを感じ取っているようだった。
そして、急に気を飛び越えながら先に行ってしまった。
何か、思い出したような顔をしていた。
まさか……。
「メグル! ラランの後を追おう!」
「ま、まてくらしゃい~……」
俺は、根の入り組んだ足元を踏みしめ、ラランの後を追った。
木を伝っていくラランは速い。
速すぎておいて行かれるが、どうやらラランはこの吹いてくる風に向かって進んでいるようだ。
なら、俺もこの風に向かって進んで行けばいい。
森の中だというのに、吹き抜けてくる不自然な風。
辿って行った先に待ち構えていたのは、森の中に出来た広い空間だった。
木が人工的に切りだされ、広場のようになっている。
ここがラランの住んでいた場所なのだろうか。
しかし、住んでいたにしては何もなさ過ぎる。
家も無ければ、人もいない。
あるのは、木に押さえつけられるようにして寄せ集まった、何かの残骸の山だった。
「これは……」
残骸の隅で、ラランが蹲っているのを発見した。
「ララン!」
傍に寄り、様子を窺ってみる。
「ララン? 大丈夫か?」
ラランは蹲ったまま、何かを言っていた。
俺もしゃがんで、耳を傾けてみる。
「…………あたい、思い出した」
記憶が、戻ったのか?
「……みんな、みんな、風で飛んでったんだ……。いきなり、竜巻があたいたちを飛ばして、あたいも飛ばされた……。飛ばされてからはもう、なんにも分かんなくなってて…………」
ラランは、かたかたと震えながら、そう言った。
竜巻に飛ばされた。
その一言で、ようやくラランが一人であの場所にいた理由が分かった。
腹を空かせて、俺達を襲った理由が分かった。
ラランも、竜巻の被害者だったのだ。
「ララン……。大丈夫だぞ。俺とメグルが付いてるからな。もう、怖がらなくてもいいんだぞ……」
少しでも、ラランが心の傷を癒してくれればと、俺はそっと抱きしめてやった。
抱きしめると、余計にラランの震えが伝わって来る。
体全体で、ラランの受けた恐怖を感じる。
怖かっただろうに。
だが、竜巻に飛ばされてでも助かったんだ。
それは良かったと思わざるを得ない。
しかし、ラランの家族や仲間たちは……。
この場には、怪我を負った人や遺体なんてのは見当たらなかった。それでも、いや、だからこそあまり考えたくはなかった。
相手は竜巻なのだ。
助かっててほしいとは思うが、望み薄なのは理解している。
「スグルさあ~ん! 待ってくださいよぅー……」
遅れて、メグルが到着した。
「……ラランちゃん、どうしたんです?」
「ラランは、ここの住人らしいんだ……」
「ここって、住むところなんて……」
言って、メグルはすぐに状況を理解したようだった。
口に手を当て、ラランの傍の残骸に、辺りに散らばった木屑から目を離せないでいた。
「こ、これを七護が……?」
そうなのだ。
問題はそこだ。
こんな酷い事をしたというのならば、やはり七護とて許されるべきではないだろう。
何が、世界を護る存在だ、ということになる。
街のおじさんが怒るのも無理はない。
しかし、その七護は一体どこにいるのか。
バステリトの兵たちもまだ来ていないようだし……。
「……ん?」
風だ。
先ほどのように強くはない風だが、一筋の風が俺の背を撫でた。
呼んでいる?
そう、直感的に思った。
背後を見やる。
顔に、風が当たる。
この先で、何かが俺を呼んでいる。
俺は、向かわずにはいられなくなった。
「メグル、ラランのこと頼む」
「大丈夫ですけど……。スグルさん、どこへ? ――あ! スグルさん!」
この世界に俺が来てしまった理由。
この先に行けば、それが分かる気がする。
走った。
俺は、その風を求めて走った。
風の来ている方向は、ラランの村らしきところから、人工的に石畳が作られた道の先だった。
その石畳は、人二人ほどの幅の一本道となっている。
鳥居をくぐった後、神社の本殿に向かう時のようだ。
何か、この先に祀られているのだろうか。
祀られている?
――七護。
その言葉が俺の脳裏を過った。
世界の守護神である七護ならば、祀られていても何らおかしくない。
小さな本殿の様な所にたどり着いた時、俺はその姿を目撃することとなった。
「……?」
しかし、俺にはどちらがそれなのか分からなくなった。
そこには二人、いや、恐らく一つと一匹が存在していたからだ。
「何奴……」
俺が、恐らく一つと認識した方が此方を振り向いた。
振り向いたと言っても、そこに顔も目も存在しているのか分からない。
青を基調に、金色の紋様の入った戦国武将の鎧の様な物だけが厳かに立っ
ていたのだから。
鎧の中は、向こうも透けて見えない唯の闇。
しかし、確実に俺を視線でとらえて、静かな威圧を放っていた。
その荘厳な雰囲気に、俺は感じ取った。
「こいつが……七護……?」
すると、誰かに否定された。
「何を言うか! 七護は僕だぞぉ!」
「え? 誰?」
辺りを見回しても、誰もいない。
いるのは、鎧と小さな社の前にいる一匹のカワウソのような小動物。
カワウソはぴょんぴょんと飛び跳ねているだけ。
まさか、このカワウソが七護なんてことはないよな?
え? ないよな?
「――おい、聞いてるのか!? 僕が七護だと言ってるだろー!」
カワウソは、怒ったように飛び跳ねている。
「……って、このカワウソが七護? 本当か?」
神、というからにはもっと厳格の有る姿をしていて、大きさも半端ない物だと思っていたのだが。
どうやら違った様だ。
「やっと理解したか? まったく……」
「なんかすみません……。カワウソ様」
「僕はカワウソじゃない! イタチなんだ!」
「あっ、イタチか……。なるほど」
似たようなものだから、どちらにしろどうでもいい。
「……まったく、とんでもない失礼な奴を呼び出してしまった様だね。異世界の人間くん」
イタチは、器用に小さな二本足で立って、腕組みをしている。
その姿だけを見れば、何ともマスコット的な可愛らしさを感じるのだが、 如何せん口調がいただけない。
神だから仕方ないのかも知れないが、偉そうなのも癪にさわる。
これを女子高生たちは、うざかわ、と表現するのだろう。
そんなことより、異世界の人間くん?
「俺のこと?」
「そうだよ。そうだ。君の事だよ。やっと来てくれたって感じだね。遅いよ」
「んなこと言われたって……」
すると、鎧が口を割ってきた。
「……お主が異世界の人間……? それに、我らが幻魔の一つ。炎蛇の気配を感じるのは一体……」
なんだ?
こいつは、どうして炎蛇の事を知っているのだろう。
それに、我らが幻魔って……。




