第二十五頁
「メグルー! 取ってきたぞー!」
「おねー!」
無事、魔物にも遭遇することなくメグルのいる場所へと戻ってきた。
しかし、メグルは返事してくれない。
体育座りをして、膝の間に顔を埋めてしまっている。
持ってきた果物を置き、メグルの顔色を窺って見る。
「どうしたんだ? やっぱり、具合が悪いんじゃないのか?」
「……何でもないです」
「何でもないってことはないだろ? そうやって伏せてるんだし」
「……気にしないでください」
「おねえ! 美味しいの取ってきたぞ?」
ラランも心配なのか、メグルの顔を覗き込みながら果物を差し出している。
「……いりません」
「おっぱい食べないと、いっぱい大きくならないぞ? あれ?」
「……い、いらないって言ってるじゃないれすか。あと、逆です」
あ、ちょっと動揺した。
しかも、しっかりと突っ込んでいる。
「メグル、もしかしてラランの胸に嫉妬してるとか?」
「そ、そんなんじゃないです! ちょっとはそうですけど……」
ちょっとはそうだと認める辺り、本当に真の理由は別なのだろう。
「じゃあ、どうして今日はそんなに不機嫌なんだよー。ん?」
「お?」
俺とラランで、しつこくメグルの顔を覗き込んでやった。
すると、観念したのか、メグルは理由を語った。
「……最近、二人ばっかり楽しそうです」
「うえ?」
「……私、仲間外れにされてるみたいです」
まさか、そんなことでここまで不機嫌になっていたのか?
確かに、最近の俺はラランと話すことが多くなった。
それによって、メグルとの会話量を比較すれば減ったことも否めないだろう。
だがそれで仲間外れとは、どんだけ構ってちゃんなんだ。
こりゃあ、思った以上に子供だな。
「メグル? 別に俺とラランは仲間外れになんかしてないぞ?」
「でも、二人でいる時の方が楽しそうですぅ……」
「そ、そんなことないって。な? ララン――」
「あたいと一緒はつまらないのか……?」
え、今度はどうしてこの子が悲しそうに……。
「うえっ……。あたいは楽しかったのに……」
「スグルさん! ラランちゃん泣かすなんて酷いじゃないですか」
何故そうなる。
それまでは悲しそうにしていたメグルが、ラランを庇い始めた。
悪者は俺だったのか?
結局、メグルが不機嫌だったのは、ただ俺とラランが楽しくやっていたのに自分はその輪に入ることが出来なかったから、らしい。
その後は、また三人で仲良く旅を始めることが出来た。
と、思ったのだが――。
◇◇◇
街を出て、もう何度目の野宿だろうか。
今日も明日に備えて早く寝ようと言ったのだが、メグルは寝付けない様だった。
こっそりと部屋を出て、何処かへと行ってしまうのだ。
実は、最近ずっとこの調子なのだ。
思えば、不機嫌になり始めた時からだったと思う。
今までは、トイレにでも行っているのだろうから、見に行くなんてとんでもない、なんて思っていた。
だが、こうも毎日となると、何か別の理由があるのではと勘繰ってしまう。
魔物に襲われでもしないかと心配な気持ちもある。
今夜は、俺もテントから出てメグルを探しに出た。
今日の野宿場所は、街道からそれほど離れていない場所だ。やはり、森の傍は魔物の危険があるからな。
だから、隠れる場所も特には無い。
早々、姿が見えなくなることは無いはずだ。
と、思ったのだが、ついさっき出て行ったばかりのメグルの姿はもう見えなくなっていた。
「はやいな……」
一体、どこへ行ってしまったのだろう。
そんなに遠くへ行ってないといいのだが。
「ん?」
俺は、何か声の様な物を聞いた。
耳を澄ますと、どうやらメグルのようだが。
「う…………ん…………」
息を殺している様な、そんな声だった。
そしてその声は、どうやら、街道近くの茂みの中から聞こえている。
「もしかして、泣いてる……?」
詰まる様なその声に、俺はそう感じた。
もしかして、ホームシックだろうか。
旅立つときにあんなにも落ち込んでいたのだ。
このぐらいの次期にホームシックが出てきてもおかしくは無い。
そういえば、俺はちっとも家に帰りたくならないな。
まあ、向こうでの生活を考えれば、何ら不思議ではないが。
ともかく、泣くにしても一人で夜の外は危険だ。
俺は、メグルの声が聞こえる茂みを覗きこんでみた。
「んふ、はふっ…………」
あれ?
泣いているわけじゃない。
しゃがみ込んでいるメグルが何をしているのかを、俺はさらに覗きこんでみた。
その行為がはっきりと見えた時、俺は思わず声を出してしまった。
「あ」
「ひんっ!」
驚いたように、メグルの肩が跳ねた。
そして、ロボットのように固い動きで、徐々に首だけが此方を向く。
「ご、ごめん。続き……してていいよ」
逃げるわけにもいかず、そう言ってあげるしかフォローが思いつかなかった。
メグルは、しゃがんだまま股の間に手を当てて硬直している。
丁寧にも、パンツは茂みの枝に引っかけてあった。
「ちが、ちが、ちがっ……ちがいま……す」
もう、本当に壊れたロボットの様だった。
「……いや、気にしなくていいんだ。ほ、ほら、旅ってのはプライバシーがないからね。……ははは」
何言ってんだ俺は。
とにかく、こういう時は一人にしてあげるのが一番だろう。
ほら、親にこういったのが見つかった時、しばらく親の顔を見たくなくなるじゃないか。それと一緒でさ。
少しずつ、少しずつ。
俺は後退していく。
「あは、あはは」
笑えていない笑いを残しつつテントまで一直線に戻ろうとした時だった。
「まてくだひゃい!」
「はい!」
突然の大声に、俺はピシッと体を止めた。
「こ、これには訳があってですね……」
「そ、それは性欲的な訳ですか?」
「そ、そうですけど違います!」
「いや、それじゃよく分からないです……」
「あ、あの、こうするとおっぱい大きくなるってラランちゃんが……」
「だ、だから、一日に五、六回はするんですね?」
「にゃああ!? どうして知ってるんでしゅ!」
「お父様に……」
「え? あ、え? お、お父しゃんが……!? ……と、とにかく、おっきくするためにしてただけなんです! 私、えっちな子じゃありません!」
「そ、そうですか。じゃあ、そのえっちな下半身をとりあえず隠していただけないでしょうか……」
「へ?」
下を見て、ようやく開脚しながら俺と話していたことを理解したようだ。
「いにゃああああああ!」
◇◇◇
まだ月は上の方にある。
そんな晩に、俺とメグルは草原に座っていた。
「おっぱいだけでなく、大事なとこまで見られちゃいました……。見られちゃいました……。見られちゃいました……」
「ま、まあ、そんなに気にすんなって。ほら、前にも似たようなことがあっただろ? お互いに見ちゃったんだから気にしなくていいって」
「それ、慰めになってないです……。女の子と男の子じゃ、見られた時の恥ずかしさが違うんです……」
そうなのかな?
俺は女の子になったことが無いし、メグルは男になったことは無いと思うんだけど。
「で、でもさ。胸の大きさなんて気にしなくていいと思うぞ? 俺、メグルみたいに小さくても好きだしさ……。な? な?」
「ほんとですかぁ……?」
「う、うん。本当だ」
「おっきおっぱいよりも、小さい方が好きってことですか?」
なんだ、そのどちらに転んでも変態扱いされそうな質問は。
「どちらかって言われればどっちも好きなんだけど……」
「選んでください! 浮気は駄目です!」
「浮気って……」
「……やっぱり、小さいのは好きじゃないんですね……」
「いや! 分かった! 俺は小さい方が好きだぞ。美乳ラブ! 愛すべき貧乳だ! いやらしく垂れていない。それはもう、まさに芸術の様だよ!」
「……大げさすぎて嘘くさいです」
だってよお。
本当はどっちも好きなんだもん。
「でも、でも! 小さいのも好きだからな?」
「…………じゃあ、私の…はす……ですか」
何故か、そこだけ必要以上に伏せていたため聞こえなかった。
言いたいことははっきり言えばいいのに。
「今、なんて?」
やっぱり、なんて言っているのかが分からなかったから、俺は聞き直した。
なのに、
「……またそうやって」
なんて言って、メグルはもう答えようとはしてくれなかった。
しかも、なんだか少し怒っているようだし。
「いや、本当に聞こえなかったんだってばあ」
「いーっだ! スグルさんは巨乳なラランちゃんとえっちなことしてればいいんですぅ!」
「お、おい! さすがにそれは言い過ぎ――」
「なんだー。やっぱりあたいとの子供欲しかったのかー」
突然、背後からラランの声がした。
「ララン、起きてたのか!?」
「おねえの「いにゃああああ!」って声が聞こえたから起きた。そんなことより、交尾するのか?」
ラランは、躊躇なく服を捲り始めた。
「ば、馬鹿! 見せなくていいから! 交尾なんてしない!」
「えー、しないのかー。あ、もしかしておねえとしたいのか?」
「え、メグルと……?」
そう言われると、急に胸が締め付けられるような思いがした。
俺がメグルを見ると、顔をそむける。
だよな、メグルが俺なんかとそんなことしたいわけがない。
なんて思っていると、
「ラ、ラランちゃん! そんな所に潜り込まないでくださいぃぃ!」
ラランは、メグルのスカートの中に頭を突っ込んでいた。
頭を突っ込んで、一体何をしているんだか。
頭を離すと、ラランはまるで分析するような口調で言う。
「あたい、間違ってた。交尾したいのはおねえの方だった。道理で、おねえから雌の匂いがすると思った。スグル、おねえの方がしたがってる。待たせるのは可哀相」
メグルがしたがってるって?
マジで?
いや……。これはラランのミスリードだ。
俺を変態に仕立て上げて、自分も好きなメグルから引き離そうという、ラランの謀略に違いない。
そもそも、ラランは何をしたがってるかはっきり言っていない。
いや、交尾と言っていたか?
いやいや、それでもだ。メグルが俺とそんなことしたがるはずもないし。
……でも、メグルはさっき、一人で行為にふけっていたからまさかのまさか……。
「ごくり……」
「ス、スグルさん、目が怖いです! 私は別にそこまでは――」
「でも、おねえのここはしたいしたいって言ってる!」
「そんなとこ指さないでくだしゃい!」
「だって、したいって」
「だ、だから違うって……。あの、あの……! もおおお! 違うんでしゅよおおおおおおおおお!」
とうとう、メグルはおかしくなってしまった。
顔から首、耳まで真っ赤にして、テントまで走って行く。
走る勢いで時折スカートが翻っていたが、パンツをはき忘れているために尻が見え隠れしている。
結局、メグルが不機嫌だった理由は定かではない。
まあ、きっと胸が小さいのを気にしていたのだろう。
自分より大きいものを持つラランが来て、嫉妬してしまった的な感じかな。
俺の予想では。
何にせよ、メグルが元気は元気になった。
よかった、よかった。
ただ、ラランが来てからというもの、今日の出来事といい、俺も色んな意味で元気になってしまっている。
迷惑ではないが、ありがたくも辛い。
メグルのように、隠れなければいけないという意味で……。




