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スグルの異世界書紀  作者: 光 煌輝
第三章 夢にまで見た外界
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第十九頁


 宿での食事は、歯が砕けそうなほど硬いパンに、具がまともに入っていない味のしないスープだった。

 はっきり言って、不味い。

 硬いパンをスープに浸して、やっと食えるほどの柔らかさになった。


 食事は俺の予想した通り、宿泊部屋で食べていた。

 テーブルを挟んでメグルと向かい合っている。が、一言もかわさない。

 音は、スープをスプーンですくうカチャカチャとしたものと、固いパンを手で引きちぎるものだけ。


 元の世界ではこんな食事慣れたものだが、この世界に来てからもこんなのばっかりな気がする。

 場所や状況が異なっているのにやっていることが変わらないとなると、いよいよ俺が原因なのかと疑う必要がありそうだ。

 もっと、楽しくて美味しい食事をしたいものだね。


 嫌いな俺の顔を見ながらだと気持ち悪いのか、あるいは食事そのものが不味いからか、メグルは全く食べずに食事を終えてしまった。

 ただ、後々になってお腹が空いてきたのか、お姉さんが食器を下げに来た時、メグルはそれに付いて行っていた。


 俺なんかがいない所で食べるのだろう。

 まあ、お腹を空かせて倒れるよりはいいさ。

 別に、気にしてなんかいない。

 ……気にしてなんか。


 結局、夜が更けても俺とメグルの間に言葉はなかった。

 しばらくしてお姉さんのところから部屋に戻って来ても、ずっとベッドの上で壁の方を向いて寝ている。

 顔を見せないから、寝ているのか起きているのかすら分からない。


「電気、消していいか?」


 就寝の合図をしても、返事はないから勝手に消す。


 明日には仲直りできればいいけど……。


 だんだんと不安になりながら、俺は眠りについた。




                ◇◇◇




 しかし、中々寝つくことが出来なかった。

 こんなもやもやとした気分のままで、寝れるはずがない。


 メグルも同じなのだろうか。

 出来れば、同じであってほしい。

 仲直りしたいと思っていてほしい。


 窓の外からは、月明かりが差し込んでいる。

 それに照らされた、メグルが寝ているはずのベッド。


 月明かりの下で、メグルは起きて何かをしていた。

 ごそごそと小さな袋の様な物の中身を確認している。


 何をしているのだろう?


 俺は、黙ってその様子を見ていた。

 すると、メグルがこっちを向いた。

 気づかれないように、俺はすぐに寝たふりをした。


 部屋の入口に向かって、足音が進んでいく。

 扉が閉まる音がして目を開ける。

 部屋に、メグルの姿はなかった。


「何処に行ったんだ?」


 窓から下の通りを見てみる。

 一階の、宿の入り口からメグルが出てきた。


 辺りを確認し、何かを探しているようだ。


 何処に行くのかは知らないが、もしものことがあったら大変だ。

 俺も、すぐに宿の外へと出た。

 そこにはもうメグルはいなかったが、宿から出て右手に向かって行ったのを上から見た。

 俺も、その方へと向かう。

 そういえば、この方向は俺達がプレイン村からやって来た方角だ。


 もしかして、メグルは俺との旅が嫌になったから、一人で帰ろうとしているんじゃ……。


 昼間はほとんど口も利かなかったし、そんな考えばかりが俺の頭に浮かんできた。

 だが、それは駄目だ。

 俺はメグルの両親と約束した。

 メグルを旅の中で守ると。

 たとえメグルが旅をするのが嫌になってしまって、村に帰りたいと言い出したとしたら、せめて村まで安全に送り届けるのが俺の使命のはず。

 俺のいない所でメグルに危険が及んだら、メグルの両親に申し訳が立たない。


 なんとしても、メグルを見つけなければ……!


 俺は、すぐにもメグルに追いつくため、走り出した。

 だが、その直後、脇の路地に人の気配を感じた。僅かだが、人影が見えたような気もする。


「メグル……?」


 暴漢の可能性も否定できない。

 建物に張り付いて、路地の中を覗きこんでみた。


「……リエちゃん?」

「んう……? あれ、青い髪のお姉ちゃんだ。朝もあったねー」

「御嬢さん、本当に悪いのう……」

「いいんです。私にはこれぐらいしか出来ませんから」


 路地の中で会話しているのは、メグルと昼間に出会った老人。そして、少女リエだった。

 メグルは、持っていた袋から、夕食に食べ残したはずのパンを取り出した。

 それを千切って、リエに渡した。


「食べていいのー!?」

「いいですよ」


 暗くて俺にはその様子がうかがえなかったが、幼い女の子のシルエットがパンの一切れを口に運ぶのが見て取れた。


「おじいさんもどうぞ」

「儂は歯が駄目じゃからのう」

「中の部分は柔らかいですから」


 今度は、老人にパンの切れ端を渡していた。


「……………」


 俺は、何とも言えない気持ちになった。

 メグルは旅が嫌になっただなんて、全くそんなことはなかったんだ。

 こんなにも、旅先での残酷さに誰よりも付き合おうとしているのは、他でもないメグルじゃないか。

 それなのに俺は、メグルがただの子供抜けしない女の子だとばかり考えていた。


 目の前の現実を変える術がないと諦めていたのは、いつも俺の方だった。

 努力が報われないからと、努力を止めたのはいつも俺だった。

 努力をしろと言ってくれる人はいるのに、止めた方がいいという人は殆どいない。

 その中で、勝手に自分の中で見切りをつけたのは俺だ。

 もちろん、報われない努力の方が圧倒的多数を占めていることは重々承知している。

 そのせいで、今の俺が出来上がったと言っても過言ではないのだから。

 俺は、徒労に疲れた精神で出来ている人間なのだ。


 だが、今のメグルはそんなちまちましたことを考えていない。

 きっと、いつかは自分のしたことが人の幸せに繋がると信じて、一つ一つの行動を小さいながらも積み重ねていっている。

 その行為が無駄になる可能性など考えずに。


 それは、馬鹿で無駄で意味のない行為なんだろうか。

 今までの俺の思考なら、そう思っても仕方なかった。


 けれど、不条理で行き場のない理屈が存在していて、それをなかなか変えることが出来ない状況というものはどこにでもあると俺は知ってしまった。

 たとえ、世界自体が変わってもだ。


 だとしたら、努力なんて安っぽい言葉を抜きにしても、そんな言葉が存在しない世界にいたとしても、何も行動しない俺はどの世界でもちんけな存在のままなんじゃないだろうか。


 動かなければ、何も変わらない。

 徒労なんて恐れている暇はない。


 大岩を壊すことが目的で、生涯、それを成し得なかったとする。

 それで、俺は報われなかったと言えるのだろうか。

 少しでも石を砕けたのなら、それでいいじゃないか。

 後は、俺の変わりに砕いてくれる奴がいるさ。

 それが才能のある人間で、俺の御膳立てがあるにしろ一発で砕く奴かもしれない。


 でも、それの何が悪い。

 岩を砕くという、俺の目的は達成されるんだ。

 自分じゃなきゃ意味が無い?


 確かに、そんな考えもあるかもしれない。

 それが最高に正しい答えかもしれない。

 だがそれなら、人が動物が植物が、あらゆる生物が子孫を残す意味はどこにある?

 自分で出来ないのなら、継承者に成し得てもらいたいからこそ、子孫を残すのではないだろうか。


 生物学的な子孫繁栄の学説を持ち出せば、それは正解ではないと思う。

 けど、俺の中ではそれが正解だ。

 自分で出来る範囲でいいから、出来る事をやって行こう。

 そう思えた。


 そしてそんな俺に今のところ与えられている為すべきことは、メグルを守ること。

 もちろん、それは言われたからでも約束されたからでも何でもない。

 いつからか芽生えた、俺の気持ちだ。

 だが、単に守るだけじゃなく、どうにかメグルがやることを手助けしてやりたい。

 俺には、何が出来るんだろうか……。

 ともかく、メグルが安全な事を知って安心した。


「戻るか……」


 引き換えし、宿に向かおうとした時だった。


「あれは……」


 メグルたちがいる路地の向こうに、昼間見た公爵の姿があった。

 向こうの通りを歩いている。

 庶民たちには酷く嫌われているだろうから、出歩くのは夜が主なのだろうか。


 しかし、それにしては辺りをしきりに気にしていて怪しい。

 それに、手で押しているあれは、夕方辺りに見た、ルーンストーンの入った荷車じゃないのか?

 布がかけられているから分からないが、きっとそうだ。


 しかし、どうしてあれをわざわざ一人で……。しかも自分で?

 俺は、メグルたちがいる路地とは別の路地に入り、公爵が歩いている通りの方へと移動した。

 上手く背後に回ることが出来た。


 やはり、公爵は辺りを見回しては、時折後ろを振り返ったりもしている。

 俺は、そのまま公爵の後を付けていった。


 しばらく尾行を続けていると、俺達がやって来た方向とは反対から街の外へと出てしまった。

 街の外には魔物がいる可能性もあるというのに、何処へ行くというのだろうか。


 公爵は、街道までも逸れると、近くの茂みへと足を踏み入れていく。

 俺も、気づかれないように離れた所から茂みへと入った。


 茂みに入り、そう奥までは入らない辺りで、公爵は足を止めた。

 俺も立ち止まり、草と木々の合間に身を潜めて様子を窺う。


「……約束の物を持ってきたぞ」


 人がいないはずの森で、公爵がそう言った。


 約束の物?

 誰と何の約束をしたというのか。


 公爵の言葉に反応したように茂みが動いた。

 そこから出てきたものを見て、俺は目を疑った。


 魔物だ。


 公爵の傍に、敵意も見せずに魔物が寄って来るではないか。

 しかも一匹だけじゃない。

 二桁はいないにしても、公爵を取り囲む程の数はいる。


 魔物の姿は、人型で小柄。

 頭には短い角が生えていて、下あごの二本の歯がやけに鋭く伸びている。

 ゲームなんかではよく目にしたことがあるから、すぐにピンときた。


「あれは……」


 ゴブリンか?

 確証はないが、見た目にはそうとしか思えなかった。


 雑魚という認識があるが、実際に動いている姿を見てみると悍ましい。恐怖すら感じる。

 人型ながら、およそ人とは似ても似つかないその顔。不細工な人間どころではない。

 魔物らしい顔といえば、そうなのだろう。

 また、俺はあることに驚くのだった。


「イノチのイシ、モテキタカ」


 言葉を話した。

 いや、炎蛇も人語を話していたのだから、今更驚くことではなかったか。


 しかし、炎蛇は自信を「魔物を束ねるもの」の様な事を言っていた。それは、いわば数ある魔物の中でも上の存在ということだろう。それによって知性やらもそれなりということを考えると、言葉をかわせたとしても何らおかしくはない。


 だが、このゴブリンは小柄で群れを成している。

 すなわち、個々の力が弱く魔物としては低級と見てもいいだろう。

 それなのに、人と言葉を交わせる知性を持ち合わせているのだ。


 俺は、息をのみながら公爵とゴブリンの会話に耳を澄ませた。


「だから、持ってきたって言ってるじゃないか」

「ソウカ、ナラダセ」

「……まったく、馬鹿どもは言葉も通じにくくて困るね」

「バカトハナンダ?」

「……何でもない。ほら、これが約束のストーンだ」


 公爵が荷車の布を取り払うと、やはりそこには溢れんばかりのルーンストーンが詰まっていた。

 街の人たちが、自らの腕や足、時には命までをも犠牲にして魔物を倒し、集めてきたストーンだ。

 それを公爵は、荷車をひっくり返してぶちまける。


 じゃらじゃらと音を立てて、ストーンが地面に散乱した。

 ゴブリンがそれを拾って確かめるような仕草をする。


「タシカニ、コレ、イノチのイシ」


 嬉しそう、なのだろうか。

 ゴブリンたちはそれを有り難そうに受け取ると、代わりにある物を公爵に手渡した。


「ヤクソクのキン。オマエにワタス」


 キン。

 恐らく、金のことだろうな。

 ルーンストーンと引き換えに、ゴブリンたちが公爵に渡した物は、かなりの大きさはある金塊だった。


「ははは、どうも。本当はもっと欲しいんだけどね。さすがに命には代えられないか……」


 ゴブリンたちは、金塊を公爵の荷車に乗せた。


「コウカンスンダ。オレタチ、モリにカエル」

「ああ、またよろしく頼むよ。くふふぅ……」


 公爵は、醜悪な笑みを浮かべながら、荷車に入った金塊を眺めていた。

 そして、しばらくうっとりとした笑みをしていると、我に返ったように荷車を押し出した。


「ふふ……。金はやっぱり重いねぇ……」


 また、気持ちの悪い顔をしながら、街に戻っていくのだった。

 俺は、そんな公爵の悪行を全て見てしまった。


 この街は、国からの税の取りたてが厳しいのでもなんでもない。

 あの心も体も醜い公爵によって、街の人たちが満足に食べる事も許されずに苦しい思いをしているのだ。


 許せない……!


 国の政策ならまだしもと考えてはいたが、個人の欲望のためならその限りではない。


 メグルと喧嘩した時以上の気分のすぐれなさを抱えながら、俺は宿に戻った。

 宿に戻ると、メグルはしっかり戻って来ていた。

 ベッドに入ってすやすやと眠っている。


「……ん?」


 よく見ると、リエを連れて来てしまっているじゃないか。

 二人は、同じベッドに入って手を繋いで寝ていた。

 リエのもう片方の小さな手の指を、メグルが咥えてしゃぶっている。


「……まあ、いいか」


 二人とも幸せそうだし、可愛らしい。

 一時は癒された俺だった。

 だがそれでも、公爵に対しての復讐の意思は消えなかった。

 むしろ、リエを見ているとより怒りの気持ちが増幅させられていくように感じた。



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