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スグルの異世界書紀  作者: 光 煌輝
第三章 夢にまで見た外界
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第十八頁

 街を歩いていて気が付いた。

 この街は、道端で多くの人が物乞いをしているから、一見すると汚く見える。事実、物乞いしている人たちの服装は酷いものだ。

 泥まみれ、血塗れで何を着ているのかもわからない。

 だが、街はどこも綺麗なのだ。

 石畳の通りにゴミは落ちていないし、家や店の建造物だって薄汚れているわけじゃない。

 そういえば、旅商人のおっさんがこの街の財政が破綻したのは「最近になって」と言っていたな。

 要するに、庶民の暮らしが貧困になったのはつい最近だから、街はまだお金があって整備されていた頃のままということなのだろう。


 だが、そう考えると疑問な点が一つ。

 破綻してから庶民の暮らしが貧困になるまでが急激すぎないだろうか。

 街の備蓄がないなんてことはありえないだろうし、何かそれなりの訳がありそうだが。

 通りを歩いていると、老人に教えられた宿に到着した。

 やはり、この宿も外見は綺麗で、それなりに良いサービスが受けられそうな印象を受けてしまう。

 実際はそうもいかないのだろうけど。


「いらっしゃいませ~」


 受付をしていたお姉さんは――何ともなかった。

 どこも、外にいる人のように怪我は負っていなかった。


「……こんな聞き方をするの失礼だと思うんだけど。お姉さんはどうして怪我をしてないんですか」


 宿泊の手続きの前に、俺はそんな質問をしてしまった。

 愛想の良い笑顔だったお姉さんの顔が、一瞬にして曇った。


「ああ……。あの人たちね……」


 悲しい目をしながら話してくれた。


「外にいる人達はみんなこの街の為に働いてくれていた人たちよ。でも、も

う怪我のせいで働くことが出来ないから、ああして外でお金を恵んでもらうしかないのよ」

「助けようとは?」

「……私だって、生活が苦しいのよ。私の仕事は宿屋で、しかも女だったからこうして怪我もなく暮らしているけど、税は高くなる一方だわ」

「あの……。あの方たちは一体、どんなお仕事をしているんでしょうか?」


 メグルが、カウンターに乗り出してきた。


「魔物退治よ」

「魔物退治?」

「そうよ。あなたたちは《バトルアクセ》を使いこなせてるみたいだから魔物もどうってことないと思うけど、私たちの種族はそうもいかないの。茶髪の種族は最も戦闘に不向きな種族と言われているわ。そのせいか知らないけど、《バトルアクセ》の力を使いこなせないの」

「それなのに魔物退治を?」

「公爵が決めたことだから、仕方ないわね」


 公爵。さっきのあの気に食わない男か。


「公爵が、突然になってルーンストーンを集めることを街の人たちに指示しだしたのよ。それまでは織物産業が盛んだったのに……」


 そうか……。

 だからあんなに怪我をしていた人達がいたのか。

 あれは、魔物にやられたということなのか。


「けど、どうしてルーンストーンなんか集め出したんです? 茶髪の人たちは上手く使いこなせないんじゃ……」

「そんなの、私に聞かれたってわからないわよ。ただ、ルーンストーンの方が織物より儲かるからって言われたのに、ぜんっぜん、食べ物と交換してくれないのよ! 織物に使ってた絹工場や綿畑は潰しちゃうし! わけわかんないのよ」


 すると、お姉さんは何かに気が付いたようにメグルを指さした。


「あ! あなたのそれよ、それ。私たちが作った織物なのよ?」


 お姉さんが指さしていたのは、メグルのスカートなどの服だった。


「前はプレイン村の若い子達が絹の方が好きだって言って、売りに行けばよく買ってくれたんだけど……」

「それは……」


 プレイン村の少子化事情を知っている身からしたら、何だか複雑な気持ちだった。


「とにかくね、輸出も自給自足も出来なくなっちゃったのよ。だから、街の男の人たちは嫌でもストーンを取りに行かなくちゃならないってわけ。そうしないと、最低限の食べ物すらもらえなくなっちゃうからね」

「わざわざ話してくれてありがとうございます」

「いいの、あなたたちは有り難いお客さんなんだし。話したら少しはストレス解消になったわ」


 俺とメグルは、それほど高くない宿代を払い、部屋に案内された。


「ここがあなたたちのお部屋ね。好きに使ってくれていいわ。食事も一応ついてるわよ」

「いいんですか? ただでさえ厳しいのに……」

「お金は貰いましたからね。ただ、味の保障は全くできないわ。何しろ、材料がカスみたいなものなんだから」

「そうですか……」


 粗方部屋の説明をすると、お姉さんはまた一階の受付へと戻っていった。

 部屋は、狭い子供部屋の様な所だった。

 外の見える大きめの窓が一つあり、ベッドが二つあるせいでかなり幅を取られている。

 中ぐらいと感じる程度の丸いテーブルがあるから、食事はここでとるのだろうか。


「メグル、今日はもうここでこのまま過ごす?」

「…………」


 ベッドに座わり、外を眺めたままメグルは何も答えない。


「……じゃあ、俺はちょっと休もうかなー」


 少し呑気な感じを出してみたが、それが気に障ったようだ。

 メグルは、ベッドに倒れて壁の方を向いてしまった。


「…………スグルさん嫌いです」


 そんな言葉をぽつりと呟いて。


「…………」


 それからどのくらい時間が経っただろうか。

 一時間? 二時間?

 それぐらいなのだろうが、無言でいる時ほど時間が経つのは遅く感じるものだ。

 何度も寝返りを打っては、俺は向こうのベッドの上に横たわるメグルの背中を見たりしていた。

 ……嫌いかあ。

 好きだなんて言われたことはなかったが、そういえば嫌いだなんてことも言われたことはなかった。

 要は、それだけ人間関係が希薄だったということなのだが、やはりどちらかと言われれば好きと言われる方がいいに決まっている。


 嫌いだなんて、文字通り嫌な思いをするだけだし……。

 旅の始まりから、何だか躓いてしまった感じだな。

 喧嘩するほど仲が良いとは言うが、あれは信じても良いのだろうか。

 また寝返りを打って、天井を見上げてみる。

 狭い……。

 何だか、異世界に来ても部屋というのはどこも狭く感じるんだな。

 当たり前か。

 部屋の大きさが広くなれば広く見えるし、狭くなれば狭く見える。

 トリックアートでもなければ、その物理法則を捻じ曲げるなんてできないだろう。

 だが、俺が思ったのはそういうことでもなかった。


 自分の目で見える世界が狭いということだ。

 どんなに狭い俺の部屋でも、どんなに広い異世界の平原でも、奥行きの広さの違いはあれど、俺の目で見ることの出来る百八十度の視界は広がらない。

 俺だけじゃない。

 どこかの野性的な民族の視力十以上の目をもってしても、見える範囲は変わらないのだ。

 そもそも、地球が丸い時点でいずれはどんなに良い視力でも見える距離には限界がくる。

 自分の立っている場所の裏側は見えないんだからな。

 それと同じように、どんなに自分で分かっているつもりでも、人の心なんてわからない。

 どれだけその人と一緒に過ごし、理解を得たからといって、心の中で考えた文字を一字一句間違えずに誰が当てられようか。

 ましてや、俺とメグルの関係はまだ浅い。

 互いの心が通じ合うなど、これからいつのことになるのやら。

 場合によっては、このまま喧嘩別れなんてことも無きにしも非ずだ。


「「はあ……」」


 意図せず、ため息がメグルと重なってしまった。


「え?」


 思わず、メグルの方を見てしまう。

 メグルもこっちを見ていた。


「あ……」


 いつもならここで笑ってくれると思うのだが、メグルはすぐにまた向こうを向いてしまった。


 こんな事で息があっていてもなぁ……。

 俺はまた、仰向けになった。

 すると、何やら外が騒がしい。

 気づいてはいるのだろうが、メグルは起き上がらない。

 俺は、起き上がって窓の外を眺めてみた。

 すっかりと日が暮れ始めている。


 騒がしくしているのは、下の通りで話している人たちの様だった。

 昼間に見た、物乞いの人たちとは違うようだが。

 俺は何があったのか気になり、部屋を出た。

 一階に降りると、受付のお姉さんがいなくなっていた。

 よく見ると、宿の外にその姿が見える。

 俺は、宿の扉を開けて訊ねた。


「何かあったんですか」

「帰ってきたのよ……」


 お姉さんの指さす方向には、列をなしてやって来る人の群れだった。

 群れというには少ないかな。

 しかし、指では数えきれないぐらいの人の数。

 この街の大半の人間が集まっているんじゃないだろうか。


「戻ったぞ!」


 最前列にいた男性が、そんな声を上げた。

 すると、待っていたかのように各家々から女性たちが出てくる。

 何を待っていたのか。

 それはたぶん、あの列をなしている男性たちだろう。

 それぞれの主人や息子、兄妹といった続柄なのか、女性たちは帰って来た 男性とハグするなり楽しげに会話するなり、それは嬉しそうだった。

 だが、中には泣き崩れる女性の姿があった。

 俺の隣にいた、宿屋のお姉さんが言う。


「あれは、家族が亡くなってしまったということよ……。もう、何度あんな光景を見たかしら……」


 俺に教えてくれたのだろうが、何も返事をすることは出来なかった。

 列を注視していると、人の行列の中に手押し式の荷車があることに気が付いた。

 その荷車の中を覗きこんで、俺は後悔した。

 一つは、大量のルーンストーンだったのだが、もう一つの荷車には人が載せられていたのだ。

 それも血塗れになり、体の一部を損失している人だ。


「見ない方がいいわよ。この後、食事にするから」


 そうは言っても、もう遅い。

 見てしまったのだから。

 気持ち悪くなるほどではなかったが、やはり食欲はなくなりそうな光景だった。


「ああやって怪我した人の中で、妻子のいない男や父子の家庭が物乞いになっちゃうのよ……。代わりに働いてくれる人がいないからね……」


 そうか、ここへ来た時の老人もリエという女の子と一緒にいたから、その類の理由で物乞いなんかをしていたのだろう。


「喜んでる人と、悲しんでる人が入り混じってますね……。同じ街の人たちなのに」

「仕方がないわ。最後はやっぱり、自分に関係することの方が大事なのよ。みんなね。さ、戻って食事にしましょう。私の所には、帰ってくる人がいないから」


 宿に戻っていくお姉さんは、何故だか元気な笑顔を俺に見せた。

 その笑顔は安心からくるものなのか。はたまた、空元気なのか。

 前者であってほしい、と俺は思った。



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