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スグルの異世界書紀  作者: 光 煌輝
第一章 異世界での目覚め
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第一頁

 光が眩しい。

 どうやら朝の様だ。


 だが、俺はいつもすぐには起きられない。

 だからこうして、布団の中でしばらく微睡む。

 それにしても、なんだか布団が固いような。


「早く起きてくださいよぉ!」


 それに、なんだかやけに五月蠅いな……。


 って、人の声?

 そんなはずは、だって俺は家の布団の中で眠っているはず……。


 嫌々ながらも、重たい瞼を開いてみた。


「は……?」


 なんだこれは?

 白と水色のストライプだ。


 部屋のカーテンはこんなだったか、と俺は寝転がったままその布らしきものを鷲掴みしてみた。


「ひゃあんっ!」


 なんだ?

 人の悲鳴に似た何かが聞こえたような気がしたが……。

 それにこのカーテン。なんだかほんのりと温かくて柔らかい気がする。

 そのまま感触を確かめていると、カーテンがひとりでに動き出した。


「ちょ、ちょっと! いきなり何するんです!?」

「へ?」


 上を見上げると、健康そうな肌色の太もも、先ほどの白と水色のストライプ、それを囲うスカート、俺が見たことのないような服という順番で目に入ってきた。


 そして、最後には頬を染めている可愛らしげな顔と、輝くような藍色の髪を片側だけおさげにしている女の子が見えた。


「ども……」


 なんとなく、そうしなければならない気がした。


「ども、じゃないです! いきなり人のお尻触らないでくだひゃいっ!」


 ひゃい?


「え? あ、ああ、すみません」


 この可愛い子のお尻だったのか。

 しかし、そうと認識せずに触っても、なんの有難みもない。記憶にももう薄れてきてしまっている。

 もう一回、触らせてくれないだろうか。


「とにかく、起きたなら手伝ってくださいよぅ!」

「手伝うって何を……」


 そうだ。

 そもそも、どうして俺はこんな女の子と話している?

 どうして、女の子が俺の家に、部屋にいるんだ?

 待て待て、それ以前に――。


「…………!?」


 ――ここは俺の部屋じゃない!


 辺りを見回した俺の視線には、石、石、とにかく石に囲まれた洞窟の様な光景が飛び込んできた。


「なんだよ……。ここ……」


 床にも、煉瓦のように四角くかたどられた石が敷き詰められているし、明らかに俺の部屋ではなくなっていた。

 俺の寝転がっていた地面には、何やらよく分からない形の記号やらで形成された絵の様な物が描かれているが、それも俺の部屋にあった絨毯とは全く異なっている。


 また、ここは広い空間のようになっているが、空間の出入り口は奥まで続いている空洞が一つだけの様だし、何だか気味が悪い。


「なあ! ここはどこなんだよ?」


 立ち上がり、傍を忙しなくうろうろとしている女の子に問う。


「どこって、ここは――」


 藍色髪の女の子が何か言おうとした時だった。

 心臓に響く呻り声のような音が聞こえたと思ったら、女の子がその方向へと素早く身構え、


「あなたも早く!」


 なんて言っている。

 よく見れば、女の子の手には刀が握られているじゃないか。

 さっきは手伝えとか言っていたし、一体……。


 ――瞬間、呻き声が聞こえてきた方向。ぽっかりと口を開けている暗闇の向こうから、四足の獣が現れた。


 その獣は狼だった。

 狼は金に輝く瞳をギラつかせて、女の子と対峙している。


「お、おい……」


 俺は恐怖で後ずさった。

 女の子にも早く逃げてもらいたいが、女の子自身はそうする気が無いようだし、俺も自らを犠牲にしてまで助けるほど勇敢じゃない。


 逃げたい。

 そんな気持ちが心の中を支配した。

 しかし、少しずつ下がっていった俺の背中は、やがて冷たい石の壁に阻まれてしまった。


 どうやら、逃げ道はあの狼の背後の空洞しかない様なのだ。

 となると、どうにか狼を誘導して逃げるしかないのだが……。

 一体、あの女の子は何をしようというのだろうか。

 怖くは無いのだろうか。


 いまだ互いに睨み合っている獣と少女は、俺のことなど眼中にないかのように集中し、息を潜めている。

 しかし、壁際に張り付くようにしていた俺が足元の石を蹴ってしまい、僅かな音を立ててしまった。

 その刹那、獣が牙を剥き、一気に俺を目掛けて飛びつこうとしてきた。


「ひぃっ!」


 殺される……!


 今まで生きてきた中で感じた事のない恐怖をその胸に抱き、体が強張る。目の前の現実を拒絶するべく、その手で顔を、目を覆うことも出来ずに、俺はただ猛獣の光る牙を見つめるしかなかった。

 だが、俺が次に見たのは猛獣の喉の中ではなかった。


「――させません!」


 狼と対峙していた女の子は、藍色の髪を靡かせ、狼のそれと同じ、いや、それを超える程の速さを一蹴りで生み出すと、


「ええーい!」


 踏み切った脚とは逆の足で、狼の腹を蹴り飛ばした。

 スピードだけではない。


 踏み込んでから狼まで到達するまでの距離、滞空時間、その全てが俺の見てきた人間の限界をはるかに超えていた。

 蹴飛ばされた狼が、ギャン、と一度鳴いて壁に激突する。

 恐怖から、一気に唖然へと心境を切り替えられてしまった。


「い、今のは……」


 それには答えてくれず(質問にすらなっていなかったが)、代わりに手を差し伸べられながら訊かれた。


「あなた、もしかして《バトルアクセ》持ってないんですか?」

「《バトルアクセ》って……?」


 有り難くその柔らかな手を握り立ち上がるも、質問の意味が分からない。


「え? 知らないってことはないです……よね?」


 不思議そうな顔を俺に向けてくる。

 俺も、その顔をそっくりそのまま真似て首を傾げてみた。

 確実に可愛さは真似できていないがな。


「あなた、もしかして記憶喪失さんとかですか? こんなところに倒れていましたし……」

「記憶喪失……?」


 そんな馬鹿な、と思いつつも、そうかもしれないという考えが過った。

 何せ、俺は今のこの状況が何一つ理解できないでいるのだ。そう思うのも仕方がないだろう。だろう?


 しかしだ、俺にはそれ以前の、昨晩日記を書いて就寝するまでの記憶はしっかりと残っているのだ。となると、部分的な記憶喪失なのだろうか。そうでなければ、眠っている間に俺自身が勝手に動き出したか、誰かにここまで連れて来られたとしか考えようがない。


「ああ!? 頭が痛くなりそうだ!」

「だ、大丈夫ですか? 頭が痛いってことは、やっぱり記憶喪失なんですね!?」

「いや、記憶喪失の人にそれを聞かないでほしいな……」

「そ、それもそうですね……。でも、あなたは本当に記憶喪失じゃないんですか?」

「う、う~ん……」


 記憶喪失ではないと思うが、どうしてこんな所にいるのかが分からなければ、それを証明する手立てはない。


 それに、今さっき女の子が言っていた、《バトルアクセ》とかいうものが何なのかもわからない。しかし、それは俺が忘れているのではなく、始めから知らなかったように思う。

 だから、俺は聞いた。


「あ、あのさ、その《バトルアクセ》って何なのかな……?」

「これですよ」


 女の子は腕を見せてきた。

 手首につけられている金属製のリストバンドの様な物が、どうやら《バトルアクセ》というものだそうだ。しかし、ただのリストバンドとはどこか違う気がする。


「この《バトルアクセ》は装備者の潜在能力を高めてくれる物なんです。ほら、ここに石みたいなのが付いてますよね?」


 確かに、丸長な形をしたつるつるの石が付いていた。大きさは、大体四、五センチぐらいだろうか。


 そうか、リストバンドにしてはどこか変わっているなと思ったら、この石のせいだったのか。

 よく見ると、その石には何か文字の様なものが刻まれていた。


「これは何て読むの?」

「これはルーンです。これを刻むことによって、石が魔力を帯びて装備者の能力を高めてくれるようになっているんですよ」

「へえ……」


 そんなものがあるのか。

 にわかには信じがたいが、この女の子が先ほどの蹴りを繰り出したことを考えると、嘘ではないのかも知れない。


 すると、女の子はスカートのポケットからリストバンドをもう一つ取りだしていた。

 それを、俺の手首に巻きつけてくれる。


「これが無いなんてこの世界じゃ生きていけないんですから。さっきみたいな魔物に襲われたらひとたまりもないですよ? 《バトルアクセ》は先人の残してくれた大切なアイテムなんですからね」

「あ、ありがとう」


 俺の手首には、白く輝く石が備えられたリストバンドが装着された。

 しかし、女の子は言う。


「ただ、それって作った本人じゃないとあんまり効果が出ないんです。それは私の予備用なので、やっぱり心もとないかもですね」

「え、じゃああんまり意味ないんじゃ?」

「で、でも、無いよりは断然いいと思います!」


 まあ確かに、先ほどのこの女の子の様な力が出るのなら、それほど心強いものは無いと思う。さっきの様な狼に襲われても、少しぐらい対抗できるだろう。


「そうだ。お礼言ってなかったね」


 俺は、助けてくれたことを感謝しなければ、と手を差し出した。


「俺の名前はスグルっていうんだ。さっきは助けてくれてありがとう」

「よろしくお願いしますぅ! 私も一人では少し心細かったので、男の人がいてくれると心強いです。あ、えと、名前はメグルと申しますっ」


 にっこりと笑って、メグルが俺の手と握手を交わそうとした時だった。


「きゃっ――」


 メグルの手が、体が、短い悲鳴と共に俺の視界から消えた。





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